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2005.09.04

異なるルートでも

 予想通り、ガンモは私に、
「CD貸して」
と言って来た。私がCDを探し出してガンモに渡すと、ガンモは一日中、そのCDをパソコンで再生しては、聴き入っていた。そのCDは、私の好きなアーチストが三年ほど前に別のグループに参加したときにリリースされたものだった。それ以来、そのアーチストは、ラジオの公開録音の度に、アコースティックギターでそのグループの曲を弾き語りをするのだった。

 ガンモは曲を聴くだけには留まらず、そのCDに納められているそれぞれの曲の背景をインターネットで調べていた。そして、歌詞が掲載されているサイトを見つけ、歌詞をプリントアウトしては、それを見ながら私の前で歌って見せた。

 実は、このような歩み寄りは、私のほうにもある。私は、ガンモの鉄道好きがいつの間にか私にも感染してしまい、列車のはなしなどというブログを楽しみながら書いている。相手と同じ方向を向くことで、お互いに愛情を示し合う関係。それがソウルメイトだ。お互いに秘密を持たず、二人の間に境界線のない関係である。

 私は、普段、このような愛情関係の中にいるために、人付き合いについても、共感をベースにした付き合いを好む傾向にある。共感をスタート地点にして、そこから更に発展して行く関係が、とても心地いい。だから、ツインソウルのように、関わっても関わっても相手に似て来ないのに交流が続いて行くような関係は、私にとって、驚異でもある。しかし、ツインソウルという存在は、振り返ってみると、いつの間にか、いくつもの山場を乗り越えている関係である。もしかすると、ツインソウルという存在は、歩いて来た道のりを振り返ることで、お互いの大切さを実感する関係なのかもしれない。

 ところで、ツインソウルのご主人さんと一緒に過ごしていらっしゃる(であろう)てんてんさんが、「ガンまる日記」を読んでくださる度に、自分たち夫婦とは違うなあと実感されるそうだ。そう、私にもその違いが明確にわかるのだ。だから、ソウルメイトとツインソウルを混同させることはできないと、私は思う。

 実は、非公開掲示板で交流させていただいている女性が、自分はツインソウルには出会っていないので、皆さんの書き込みを読ませてもらっても、経験がないためにコメントできなくて申し訳ないというようなことを書かれていた。確かに、私のサイトには、ツインソウルとの関わりを持っていらっしゃる方がとても多い。しかし、私は彼女に言った。ソウルメイトでも、ツインソウルでも、それぞれの関係性が違うだけで、愛を経験しているという点では変わりないのだと。

 現に、ツインソウルのご主人さんと一緒に過ごしている(であろう)てんてんさんと、ソウルメイトのガンモと一緒に過ごしている私の間には、男女の愛について、数多くの共感が見られる。こういう愛が心地いい、心地良くない、といった観点が似ている。これは、例え異なるルートを通ったとしても、男女の愛を大切に生きている人たちが、同じ目的地に向かっていることの証なのではないかと思う。だから、男女の愛のはなしをするときに、一緒に過ごしている相手がソウルメイトだろうと、ツインソウルだろうと、気にすることはないと私は思うのだ。今、自分の体験している愛を、思い切り語ればいいのだと思う。

 そうは言っても、時として、考え方が異なって来るのは、何を光とし、何を闇としながら生きて行くかの観点の違いに原因があるような気がする。光と闇は相対的なものなので、同じ要素が、ある人にとっては光であっても、ある人にとっては闇であったりする。具体的には、私にとっては、今あるパートナーを素通りして、他の人に向かうのは闇だが、他の人にとっては、それが光のこともあるということである。こうした関係は、お互いの良さをうまく引き出せない関係に発展してしまいがちである。

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