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2005.09.23

愛の振動

 ガンモが仕事待機の日(何かあったら、コールセンタから呼び出される日)だったため、どこへも出掛けられず、映画三昧の日となった。ガンモと二人でパソコンの画面に向かいながら、借りて来たDVDに見入った。

 愛の感覚を映画に委ねようとするとき、ああ、これこそが私の感じている愛だ! と思えるような映画に巡り合うこともあれば、これは私の感じている愛じゃない! と強く主張したくなるような愛もある。最近、「愛に関する掲示板」で、愛の振動にや波動ついての話が持ち上がっているが、まさしく、映画においても同じことが言える。

 私が「これはいい映画だ」と思えるときは、登場人物の心理描写が細かく、感情の取りこぼしがない。しかし、これはいまひとつだと思うとき、扱われているテーマが大雑把で、登場人物の感情の取りこぼしが多いのだ。

 おそらく、日常生活で私たちが愛を感じるときも、これと同じことが起こっているのではないだろうか。振動や波動を別の言葉に置き換えるとするならば、何かをすくい上げるときの網目の細かさに値すると思う。振動が大きければ、網目は細かくなり、取りこぼしが少なくなるが、振動が小さければ、網目は粗くなり、大切なものをポロポロとこぼれ落としてしまう。見逃してしまうということは、素通りしてしまうことに等しい。そして、素通りしてしまうということは、心を入れないことに等しく、心を入れないということは、閉じていることに等しい。だから、網目が粗い場合は、すくい上げるために、何度も何度も同じことを繰り返すことになるのだろう。

 では、愛の振動回数を上げるにはどうすればいいのだろう。パソコンであれば、CPUのクロック数を上げれば、パソコンの性能がアップする。メモリを増設すれば、処理スピードも上がる。でも、愛の振動回数を上げるには、どうすればいいのだろう? それにはやはり、既に関わり始めた人との関係を守るということにおいて、その人の許容可能な範囲内で、責任のある拡大を起こして行くことが必要なのではないだろうか。責任の持てない範囲において拡大を行ってしまうと、編み目の粗い愛の状態を作り出してしまうような気がする。

※ちーちゃんへ
お勧め映画ありがとう。お勧めいただいた、どの映画もまだ観ていなかったよ。まずは、『パッション』を借りて来ているんだ。それから、前にフニさんにお勧めしていただいた『ワイルド・アット・ハート』もリストに加わっているんだけど、こちらはレンタルビデオショップで見つからず。今回、ちーちゃんに紹介してもらった映画も、リストに加えておくよ。時間がかかったとしても、絶対、観るからね。今ね、映画でむせび泣きたいモードなんだよ。

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