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2005.09.22

心を入れる

 ようやく、待ちに待った三連休だ。先週の三連休はお出掛けだっため、ゆっくりできなかったのだが、今週はゆっくり過ごせそうだ。

 私は、仕事を終えて、職場近くのレンタルビデオショップに直行した。しかし、これと言った作品を見つけることができなかったので、自宅近くのレンタルビデオショップに出直した。連休前で、考えることはみんな同じだったらしく、入口付近にはたくさんの自転車が並んでいた。中に入ってみると、お客さんの数も多く、観たいと思っている作品で、貸し出し中になっている作品も多かった。私は一時間近く物色したあと、DVDを五枚借りて店を出た。

 五枚のうち、最初に手をつけたのは、『恋愛適齢期』だった。ジャック・ニコルソンとダイアン・キートンの恋愛映画である。

 この映画の中で、ジャク・ニコルソンがダイアン・キートンに、
「君は僕の心の友(ソウルメイト)だ」
と言う。しかし、二人で最高の時間を過ごしたにもかかわらず、恋愛に関する二人の価値観は異なっていて、二人は別れの苦しみを味わうことになる。それぞれの苦しみ方は、コメディとも言える部分もあるのだが、人はこんなふうにして、本当に大切な関係を失って来たのかもしれないとも思う。

 まず、相手の価値観の違いを認められず、自分自身を被害者に仕立て上げ、相手から離れるということ。この手の苦しみを自分自身で乗り越えて来た人は、こうした切り離しを自己愛だという表現する。結局のところ、相手のことよりも、自分のことがかわいいために、相手を自分から切り離すことによって、楽になろうとするわけである。しかし、もともと、こうした苦しみが生まれるるのは、相手側の自己愛にも原因がある。何故なら、人と人は、相対的な関係を結ぶからだ。だから、決して、一人だけの問題ではない。そういう意味で、私は、相手の自由意思を一方的に尊重し続けることが、どんなときでも解決に結び付くとは思えない。しかし、自分が許容されていることに相手が気付いたとき、それはそれは大きな学びに繋がって行く。そこまで辿り着くには、想像を絶するほどの忍耐が必要だ。

 この映画の中で、ジャック・ニコルソンは、恋の痛みを知らない人として登場する。心を入れない恋愛を重ねて来ただけに、心臓発作の経験者の彼は、恋の痛みを心臓発作と勘違いして、病院に駆け込む。何ともおかしなストーリー展開なのだが、逆に言えば、心を入れることをしなければ、数をいくつもこなせるというふうにも取れる。そして、私は、それができない性質だ。だから、進み方も亀になる。

 心を入れるということは、掲示板の交流においても大切なことだ。だから、誰かの書き込みがずしんと心に響き、それが仕事中でもずっと胸の奥にあるということが、良くある。先日も、会議中に、掲示板の書き込みのことを思い出して、泣いていた。それは、てんてんさんの「私は、死のうと思ったことがあります」という書き込みだった。私は、こうした書き込みを素通りせずに、じっと感じ取り、味わう。そして、てんてんさんの置かれた立場を想像する。ずっと一緒に生きて来た人が、別の女性と関わりを持つということ。私はただ想像することしかできない。そういう苦しみを乗り越えて来たてんてんさんが、ご主人さんを愛していると曇りなく言えること。この愛の深さに、私は会議どころではなく、涙していた。

 心を入れるということは、時として、立ち止まる必要があるということだと思う。そして、心を入れなければ、人を斬りながら、ずんずん進むことになる。

※ちーちゃん、てんてんさんへ
お二人の絡み合いへの欲望は、実は、私にもあったのです。だから、願望実現のスピードは、双方向どころか、三方向かも?

※掲示板にコメントをくださっている皆さんへ
亀ペースで申し訳ありません。今週は仕事が忙しくて、またまたパワーダウン気味でした。映画を観て、パワーアップしてからコメントを書かせてください。

※いつもたくさんの投票をありがとうございます。皆さまの応援クリックに感謝しています。m(__)m

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