« 凸凹理論 | トップページ | 闇の言葉を聞いてみたかった »

2005.08.28

火傷は必要か?

 今回は、夏綺さんが掲示板に書き込んでくださったコメントを引用しながら記事を書かせていただこく予定だったのだが、予定を変更して、SHANAさんからいただいたメールを皆さんにもご紹介させていただきながら、新たな展開を受け入れてみたいと思う。SHANAさん、記事の転載を承諾してくださってありがとう。

 まず、SHANAさんからのメールは、私が先日書いた、

 実は、先日、このはなさん宛のコメントを書かせていただきながら、私の中にはもう一つの考えがあった。それは、火傷をして、魂に刻み付けるということだ。私は、前世で当時の夫を深く傷つけた上でソウルメイトと一緒になった。そのときの後悔があるために、人を傷つけてまで一緒になるということを、これからの転生では絶対に選択しないことに決めた。それは、ある意味、火傷をして火の熱さを覚えたことになる。もしかすると、私は、火傷をして熱い想いをしたからこそ、もう火傷をしたくないと思っているのかもしれない。だとすると、まだ火傷をして熱い想いを体験していない魂は、火傷の経験が必要になるということなのだろうか。

 更に、これは本当に究極的な例なのだが、私たちは、人を殺してはいけないということを潜在的に知っている。ところが、何故、人を殺してはいけないかを明確に説明できる人はいないと言われている。しかし、もしかすると、もしかすると、人を殺してはいけないことを既に知っている魂は、過去世において、殺人を犯してしまい、ひどく後悔した魂なのかもしれない。しかし、もはやそのときの記憶がないために、それを明確に説明することができないのではないか。

 だとすると、すべての学びは否定的な手段でしか有り得ないのだろうか。肯定的な手段で、自分の進むべき道を魂に刻み付けることはできないのだろうか。そのあたりが、まだまだ私の疑問とするところなのである。

の部分を、更に発展させたものであることを最初に述べておきたい。

-------------------------------------------------------------------------

> まるみさん、こんにちは。
> はじめてまるみさんにメールを書きます。
> 突然でごめんなさい。

SHANAさん、こんにちは。
いえいえ、大丈夫ですよ。(^^)
ここのところパワーダウン気味だったSHANAさんが、この件について、魂の感覚を使いながら、一生懸命メールを書いてくださったことに、とても感謝しています。

> 今日の「ガンまる日記」で、
>
> 『それは、ある意味、火傷をして火の熱さを覚えたこ
> とになる。もしかすると、私は、火傷をして熱い想い
> をしたからこそ、もう火傷をしたくないと思っている
> のかもしれない。だとすると、まだ火傷をして熱い想
> いを体験していない魂は、火傷の経験が必要になると
> いうことなのだろうか』
>
> と書かれていたことに、私は同意します。
> 私の意見を書かせてください。
> もしかしたら、まるみさんの言いたい事とズレてるか
> もしれませんが…。

いえいえ、全然ズレなんかいませんでした。むしろ、恐ろしいくらいに的中していました。
そして、SHANAさんが書いてくださった内容を、どのようにしてわかりやすく、誤解のないように、皆さんに伝えて行けばいいかについて、考えながら書いています。

> 私は火傷の経験が必要だと思うのです。
> 火傷を知らなければ、火傷の痛みはわかりません。さ
> らに、その下に書かれていたように、人を殺さない魂
> や、人を殺すのは悪いと考える魂は、かつてその経験
> があるのだと私は思っています。自ら手を下した場合
> も、間近に見た場合もあるでしょう。魂は過去の経験
> から、人を殺してはいけないと思うのだと思います。

やはり、SHANAさんも、そのように思われるのですね。

> もともと、人を殺すことは、善でも悪でもないと思う
> のです。ただの現象だと思うのです。その現象に理由
> をつけるのは、私たち自身なんです。

ああ、SHANAさん。精神世界的にはそうなんです。
かの有名な『神との対話』という本の中にも、それと同じようなことが書かれていますね。
しかし私は、あの本を読み始めたとき、吸収して行くことがあまりにも苦しくなってしまい、読み続けることを途中で挫折してしまいました。
『神との対話』の中の神は、いつも光と闇の両方の存在を証明するようなことを言っていました。
今思えば、私は、光の部分だけを吸収してしまいたかったのでしょう。

私も、殺人が、善でも悪でもないということを、精神世界の究極的な側面から述べてみようと思います。
何故、私がそのように思うかというと、加害者の魂の学びと、被害者の魂の学びが、最終的にはイコールになるだろうと思えるからです。
ただし、イコールになるのは、加害者の魂が、誰かの自由意思を完全に奪ってしまったことを心底後悔し、被害者の魂が、自分の自由意思が完全に奪われたことを心底許せるようになったときにだけに起こるのではないかと思います。
このように、加害者の魂の学びと、被害者の魂の学びがイコールになれば、人を殺すということは、善悪どちらにも傾かない事象になりますね。

> 遠い昔、王や、奴隷がいた時代、戦争は、国を豊かに
> する、良いことの側面をもっていたのだと思います。
> 自分に歯向かったり、暗殺や、侵略をするものを殺せ
> ば殺すほど、英雄であり、偉大な王でした。
> その頃、殺人は、「仕方のないこと」だったのだと思
> います。私は、多くの魂は、そういった時代に、一度
> 経験しているのではないか、と思うのです。その時
> の、イヤな気持ちや、むなしさを思い出し、この現世
> で殺人をしないのだと思うのです。
>
> 私も、カルマ的な経験をしなければ、「奪う愛」があ
> ると思っていたでしょう。私も火傷をしたのです。
> 良いことだけで生きていける人はいないと思います。
> (だからといって、火傷を自らしなさい、というワケ
> ではないのです)過去、火傷をした人は、その痛みか
> ら、これから火傷をしそうな人に、警鐘を鳴らすでし
> ょう。それは当然の事です。そこで、その痛みをリア
> ルに想像できたのなら、踏みとどまり、いまいち感じ
> られなければ、火傷へ向かってしまうと思います。

SHANAさんの書かれていることが、とても良くわかります。そう、私も火傷を体験した身だからです。
いろいろな方たちとの交流を通じて私がいつも思うのは、苦しみを体験した人ほど、愛情も深いということです。
社会生活においては、挫折を経験している人ほど、温かみを感じます。

学生の頃に、住み込みでアルバイトをしていた観光ホテルの社長さんには愛人がいました。
社長さんは、ときどき、その観光ホテルにやって来ては、愛人と同じ部屋に泊まっていました。
あるとき、社長さんが奥様を連れてホテルにやって来ました。私は、奥様のお顔を拝見して驚きました。
とても気品のある方なのですが、気苦労を重ねて来たと思われるそのお顔の奥には、苦しみを乗り越えながらも、魂が成長して来た証が刻み込まれていたのです。それは、英知といってもいいものかもしれません。

また、通勤の途中に、障害を持ったお子さんを連れたお母様を良く見かけます。
彼女たちにも、同じような魂の英知を感じます。苦しみの中から、強力にレベルアップした魂といった印象を受けるのです。

> 私が、このはなさんに対して、言える事はありませ
> ん。私は経験不足です。でも、まるみさんが、必死に
> 「火傷をしてしまう!」と声を上げる気持ちがすごく
> 解ります。私だって、友人がそうなれば、止めるでし
> ょうから^^;

うん、そうなんですね。
私も、友人たちが火傷の方向に行き始めたときは、自分の火傷の体験談を話して聞かせながら、火傷に向かってしまわないように、必死に食い止めようとしました。
中には、それが通じない友人もいましたが、火傷をして、ハッピーエンドを迎えた友人は一人もいません。
ただ、火傷をしなくても、まるで用意されていたかのように、道が急に開けて来たという人はいます。

> ココ最近の私の考えでは、世の中は全て相対的に存在
> しているのだと思うのです。
> 愛と不安、幸せと不幸、喜びと悲しみ…。プラスのも
> のだけ感じていたら、その気持ちがプラスだとわかる
> でしょうか。マイナスがあるから、プラスは光り輝く
> のだと思うのです。プラスは私たちの魂が、もともと
> 持っているものだとおもいませんか?そして、マイナ
> スの経験を通して、プラスの素晴らしさを実感してい
> るのだと思います。

これは、私がずっと感じていることと同じですね。
でも、今回のことに結び付けて行く勇気は、なかなか持てませんでした。
例えば、殺人の話に戻しましょう。果たして、自分の最愛の人を殺されてたとしても、善悪はないと言えるのかどうか。
精神世界的には、その通りだ! と思えるようなことでも、激しい感情を伴う出来事となると、別物になってしまうようです。
出来事そのものは一瞬のうちに過ぎ去って行くとしても、感情というものは、長い長い年月をかけて、ようやく変化して行くものだからです。

> 否定的な学びとおっしゃいましたが、その現象を否
> 定、悪いことと感じるのは、私たち自身だと思いま
> す。現象には、良いも悪いもありません。ただ存在し
> ているだけです。その現象を通して、マイナスを見出
> し、プラスへ変換していくのは、私たち自身ではない
> でしょうか。マイナスの現象は、必ず必要です、でな
> ければ、存在するはずないと思うのです。

SHANAさんのおっしゃっていることは、とても良くわかりますよ。私だって、光だけを見ていたくない性分ですから。
でも、現象に対し、良いも悪いもないという精神世界的な考えは、あまりにも客観的過ぎるのではないかなと思うこともあります。
良い悪いかではなく、やはり、潜在的に、プラスに傾いていたいのでしょうね。
いずれプラスになることがわかっていても、それが長い長い道のりならば、躊躇してしまうのでしょう。
しかも、これが主観になったときは、激しい感情を伴いますしね。
現世で、自分が切り捨てられたときの苦しい気持ちがわかるから、これから切り捨てようとしている人には踏ん張って欲しいと思います。
また、その逆で、前世で切り捨ててしまった後悔があるから、踏ん張って欲しい気持ちもあります。
でも、例え火傷を負う方向に向かって行くとしても、火傷に関わった魂たちが長い長い旅をして、最終的にはプラスに向かうであろうことも知っています。

> 私も、このはなさんに、家族を大事にしてほしいと思
> うのです。mikiさんが言われたように、「一番幸せ
> と、子供をも越えて言ってしまうのですか」と思いま
> す。私の母は「いままで幸せなどなかった」と言いま
> す。その度、私は苦しいのです。だから、このはなさ
> んに、家族を大事にしてほしいのです。
> だけど、どの選択をするのかは、このはなさんにしか
> 解らない…。火傷へ向かうのか、回避するのか…。
> 私は、どうか、家族を大事にできるような選択をして
> ほしいと思うのですが。

SHANAさんのお母様も、ずいぶん辛い経験をして来られたのですね。
だからこそ、このはなさんには、ご家族を大切にして欲しいという思いがあるのでしょうね。

でも、確かに、最終的な選択をするのはこのはなさんご自身なんですよね。

> 魂は、全ての感情を体験したいのだと、読みました。
> 魂は不思議ですね。そうだったのなら、イヤなこと
> も、体験したいのですから。

あはは、その通りだと私も思います。
でも、そうは思っていても、なかなか客観的にはなれないものですよ。(苦笑)

> 偉そうなことを書いてすみません。
> 最近感じていたことと、合致する日記の内容だったの
> で…。
> まるみさんにメールをするきっかけになった、内容
> に、感謝します。

いえいえ、とんでもありませんよ。
おかげ様で、夏綺さんに、これまでとは違うコメントが書けそうです。(^^)
SHANAさんの、ご自分の意見ははっきりと述べるけれど、あとの判断は相手に任せるという方法、とっても参考になりましたよ。
おそらく、この方法は、許容することに重点を置いている人たちの考え方なんでしょうね。
私のように、こうありたいという思いが強過ぎると、それは時として、相手の自由意思を奪ってしまうことにもなりかねないのでしょう。いわば、コントロールに近い状態です。
それで、居心地が悪くなってしまう場合もあるのでしょうね。

まだまだこれで解決というわけには行かないと思いますが、少し別の道が見えて来たかなという感じです。
SHANAさん、どうもありがとうございました。

> それでは、また、掲示板でお話させてください。
>
> SHANA

はい、こちらこそ、よろしくお願いします。新しい方向性を示してくださったことに感謝します。

※今の流れとまったく関係がないのですが、以前お約束していた函館の写真をまとめましたので、函館の思い出にひたりたい方はどうぞ。
函館

|

« 凸凹理論 | トップページ | 闇の言葉を聞いてみたかった »