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2005.08.08

愛国から幸福へ

 函館に二泊した私たちは、特急北斗と特急とかちを乗り継いで帯広にやって来た。朝、九時半に函館を出て、帯広に着いたのは十六時前だった。何と、およそ四百五十キロもの大移動である。北海道がいかに広いかがわかる。この大移動のおかげで、旅行が始まってからの睡眠不足もずいぶん解消された。

 帯広に着いてホテルにチェックインしたあと、私たちは再び帯広駅まで戻り、そこから路線バスに乗り、およそ一時間かけて、既に廃線になってしまった広尾線の幸福駅へと向かった。皆さんも、「愛国から幸福へ」という切符のお土産品を何度か見かけたことがあるだろう。その愛国駅と幸福駅のある広尾線である。帯広駅から路線バスに乗ると、先に愛国駅に着くのだが、路線バスの本数が数少ないことから、幸福駅だけにターゲットを絞った。

 やはり、駅の名前が幸せを呼ぶのだろう。廃線になってからずいぶん経っているというのに(昭和六十二年廃線)、幸福駅は、今でも駅とホームが残されていて、多くの人たちが訪れる観光地になっていた。ツアーバス専用の駐車場もあり、幸福駅の駅票や切符をモチーフにしたお土産ものを扱う売店もあった。うれしいことに、顔抜きまであった。

 駅が持っているオーラと言うべきか、雰囲気と言うべきか、それらが私たちにプラスレベルで働きかけてくれるのがわかった。自然に、ガンモと固く手を繋ぎたくなる。人々が幸せを願うパワーがここに終結しているのだろう。しかも、私たちが訪れたのは、末広がりの八月八日だ。

 ホームには、かつて広尾線を走っていた古い車両が停車したままだった。その中に一歩足を踏み入れてみると、廃線になってしまった悲しさのようなものが伝わって来た。この路線を毎日利用していた人たちもいたことだろう。彼らにとっては、全国的に有名な幸福駅を日常的に利用できることが、誇りだったかもしれないのだ。

 その普通列車の車両は、私たちが利用した特急列車の華やかな車両とはまったく異なっていた。以前も書いたと思うが、特急列車は、旅行者が快適に旅行できるように、近代的な工夫が施された、旅行者向けの列車である。地元の人たちはほとんど利用していない。特急列車には、普段着のおばあちゃんも学生服を着た高校生も乗っていないのだ。旅の醍醐味は、高速で移動することではなく、地元の雰囲気を感じさせてくれる彼らとのんびりした時間を共有することだと私は思っている。彼らに確実に出会うには、普通列車に乗るしかない。普通列車の中で聞く、その土地の方言は、旅の醍醐味だと言ってもいい。旅行者の多い特急列車では味わえない情趣だ。

 幸福駅をあとにした私たちは、再び路線バスに乗り、帯広駅まで戻った。夜はさすがに半袖では少し寒い。北海道は、天然のクーラーが良く効いている。

今日撮影した写真:愛国から幸福へ

みちのく二人旅の写真も追加したので、興味のある方はご覧ください。

※皆さん、お忙しい中、掲示板へのたくさんの書き込みありがとうございます。皆さんの元にも、どうか幸福が訪れますように。

※函館に対する思い入れが強い方が多いことがわかりました。函館の写真も、時間を見つけてアップしますね。

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