« 巣立ち | トップページ | 愛情深い人たちへ »

2005.08.02

私から離れて行った言葉

 ここのところ、私の「精神世界のはなし」に、サイト名で検索して来られる方が多いのが気になっていた。検索エンジンで調べてみたところ、ある方が、とある掲示板で、私のサイト名を挙げて、そこに行ってみてくださいと書き込みをされていることがわかった。私は、その方のコメントを拝見したとき、男女の愛について発信して行くことの重みを感じずにはいられなかった。

 と言うのは、その方が書き込みされている内容は、私が自分のサイトやガンまる日記で伝えて行きたいこととは微妙にずれていたからだ。おそらくその方は、私が発信している内容の一部を、その方なりに解釈されたのだろうと思う。しかし、その微妙な言い回しの違いは、そういう前提で私のサイトにやって来られた方に、特定の先入観を植え付けているように思えた。

 ときどき、私がソウルメイトとツインソウルの違いについてホームページで触れていることに関して、他のサイトやブログで取り上げられているのを目にすることがある。その内容を拝見すると、私の解釈とは微妙に異なっていることも多い。私から離れて行った言葉は、別の人の経験や解釈と合わさり、私が最初に生み出したものとは微妙に違うものになって行く宿命があるようだ。

 これが、喜ぶべき現象なのか、それとも、警戒すべき現象なのか、今の時点では何とも言えないが、私にとって確実に言えることは、特定の先入観なしに私のサイトに来てくださる方のほうが、今後のコミュニケーションにギャップを抱えなくて済むということだ。何故なら、特定の先入観は、お互いを知るために、あたかも近道であるかのように見えていて、実は遠回りであることが多いからだ。

 この他にも、最近、思うところがいくつかある。その一つは、私が愛の素晴らしさを綴れば綴るほど、愛の苦しみを抱えた人たちの苦しみが浮き彫りになってしまっているということだ。そして、私がソウルメイトの愛について綴れば綴るほど、一方で、ツインソウルの愛が浮き彫りになって行く。私の綴る文章は、常に、そこには存在していないものを、足りないものとして認識させているかのようだ。できれば、そこに存在してないものを浮き彫りにさせるのではなく、既にそこにあるものを引き出せるような文章を綴って行きたいものである。

 もう一つには、私のホームページやガンまる日記が多くの人たちの目に触れれば触れるほど、密に関わり切れない人たちを増やしてしまっているというジレンマを抱えている。ホームページやブログを多くの人たちが読んでくださることはとてもうれしいし、とても有り難い。しかし、その一方で、私は返信待ちの行列をたくさん作ってしまっているようにも思える。自分でおいでおいでをしておいて、なかなか返信できませんとは一体どういうことだと、私はある種の矛盾を感じてもいるのだ。言葉を発信して行くことの重みを、私はこのような視点からも感じている。

|

« 巣立ち | トップページ | 愛情深い人たちへ »