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2005.07.26

コミュニケーションの限界に挑戦

 これは、えいりえさんの月見想会えて良かったへのトラックバックである。ありがたいことに、えいりえさんはいつも、私のホームページや「ガンまる日記」を気にかけてくれている。いつも本当にありがとう。

 私は今、いろいろな想いで胸がいっぱいである。ホームページを持っていて良かった。「ガンまる日記」を書いていて良かったという熱い想いが込み上げているのだ。何故なら、ホームページや「ガンまる日記」を通じて知り合った人たちとの関係が、あまりにも素晴らしすぎるからだ。もう、コンピュータ系の仕事なんかしている場合じゃない。

 まず、きのうの記事でご紹介させていただいたHさんから、再びメールをいただいた。まだお返事は書けていないのだが、ご紹介させていただいた内容の続編が少し書かれてあり、またまた感動に打ちのめされた。一人の人をここまで愛し通せるものなのか。Hさんには、無償の愛が確実に存在することを証明してもらったような気がする。同じ学びを選択していなくても、愛の感動は起こる。ああ、だから神は、愛をいろいろな形に分散させたのだろうか。一つの魂では愛のすべてを到底学び切れないために、他の魂が別の学びを作業分担してくれているのだろうか。

 Hさんの生き方に感動したというご感想もいくつかいただいている。Hさんの生き方をここでご紹介させていただいた私は、それらの純粋な感動をHさんにお伝えする役割を持っている。(Hさん、掲載の許可をありがとうございました。もうしばらく、私にメールのお返事を書く時間をください)

 また、先日、私の誕生日のことを記事に書いたとき、わざわざお誕生日おめでとうメッセージを送ってくださった方たちがいた。その方たちにも、まだお返事できていないのだが、本当に感謝している。(メールをくださった皆さん、本当にありがとうございますm(__)m)

 更に、ここのところ、しばしば感動させられている出来事がある。それは、掲示板で交流させていただいている方たちが、本名や写真をメールに添付して送ってくださることだ。ホームページでプロフィールを公開している者にとって、これほど感動的なことはない。ネットの世界では、住んでいるところも本名も明かさないままに交流が深まって行くことが多い。そんな中にあって、わざわざご自分の情報を提示してくださるのは、とてもありがたい。私は、写真を開く度に感動する。何故なら、写真はその人の魂そのものだからだ。そして、情報を提示してくださると、対等に付き合えるという安心感がある。

 ところで、きのうの台風の日、私の掲示板で出会ったえいりえさんとフニさんが日本で顔を合わせたという。「日本で」と書いたのは、フニさんは、アメリカ在住だからだ。現在、一時帰国中なのだ。台風の影響が心配だったが、二人はちゃんと会えて、会話もはずんだようで何よりだ。やはり、根本的なところで繋がっていると、実際に会ってもギャップがないし、会話もはずむものだ。私は、二人は同性のソウルメイトではないかと思っている。えいりえさんの元記事から引用させていただく。

そして、11時から19時過ぎまで話しを続け、別れる時には名残惜しくて、涙が出そうになりながら手をつなぎ、ハグをしてから別れた。会ってしまったことがとても嬉しかったからこそ、簡単に会えないことが寂しく感じられたのだと思う。

 何と素晴らしい出会いだろう。ネットで知り合って、実際には初めて会ったのに、11時から19時過ぎまで話が続く関係など、めったやたらと出会えるものではない。私は、えいりえさんとフニさんにはまだお会いしたことがなくて、写真でしか知らないのだが、二人が離れがたくてハグしている様子が難なく目に浮かぶ。きっと、ごく自然な流れでハグすることになったのだろう。フニさんは、もうすぐアメリカに帰る。今回は会うことができなかったが、次回帰国されるときには是非ともお会いしたいものだ。フニさん、どうかお気をつけて。

 海外在住と言えば、掲示板に参加してくださっている人の中には、イギリスでツインソウルのお子さんを産んで育てている女性もいる。彼女はときどき、お子さんの写真をメールに添付して送ってくれる。それらの写真は私に、魂としての親子の関わりが存在していることを教えてくれる。そのような親子の関わりは、私がこれまで知らなかったものだ。また、彼女は以前、武豊線三昧の記事で私に素晴らしい整体院を紹介してくださった方でもある。インターネットに接続できない状況が続いたとき、彼女は、日本語の使えないイギリスのネットカフェから、一生懸命英語でメッセージを書き込んでくれた。英語だと読みにくい人もいるだろうと、日本語で紙に書いたコメントをスキャンして、それをアップロードしようと頑張ってくれたこともある。そのような歩み寄りを、私は決して忘れることができない。

 このように、私のホームページや「ガンまる日記」を訪れてくださる方たちは、大変素晴らしい。その交流方法は、もはや、ネットにおけるコミュニケーションの常識や限界を超えている。そして、これらの限界を超えようと、いつも私を励ましてくれたのが、愛とは何か?に書いた彼女だった。

 彼女たちに出会えたことを、私は心から感謝している。もしかすると、人は、特定の対象を決めて、密に関わり合うようにできているのかもしれない。そして、そこから生まれる相対的な関係の中で、自分自身を見いだそうとしているのかもしれない。どんどん疎遠になって行く人も多いネットの世界で、距離がどんどん近づき、末長く交流できる人もいる。疎遠になるかならないかは、最初からどのモードで関わろうとしているかではないだろうか。

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