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2005.07.08

スピリチュアリズム

 ニュートン博士の『死後の世界が教える「人生はなんのためにあるのか」』を読み進めて行くうちに、私は昔から、精神世界の中でも、スピリチュアリズムに関する本を特に好んで読んでいたことを思い出した。スピリチュアリズムとは、一言で言えば、高級霊が語る英知と言っていいだろう。今でも、私のプロフィールには、「愛読書:シルバーバーチ」などと書いている。シルバーバーチとは、およそ六〇年間に渡り、イギリスのモーリス・バーバネル氏を霊媒として交霊したインディアンの高級霊だ。シルバーバーチの語る霊訓には、魂の奮えるような英知がつまっていた。

 ニュートン博士の被験者の中にも、魂が特に進化した人たちがいた。そういう人たちがトランス状態に入ると、シルバーバーチなどの高級霊が語る霊訓と同じように、私たちに霊的な気づきを与える言葉が次々に飛び出して来る。例えば、私たちが普段、神と呼んでいるであろう対象に対し、ある進化した魂を持つ被験者は以下のように語った。この被験者は、「神」を「源泉」と表現している。

被験者 存在することは・・・・・・春に初めて花が開くのを見ているときに、自分自身がその花であることに気づくようなものです。そして、花がさらに開きつづけると、光に満ちた野原にはほかにもたくさんの花が咲いていることに気づくようになり・・・・・・野原には限りない喜びが満ちあふれているのがわかります。
ニュートン それがもしも爆発的なものなら、多くの色を帯びたエネルギーの源泉はそれ自体が崩壊して、花々もみんな死んでしまうのではないですか。
被験者 崩壊することはありません・・・・・・源泉は無限なんです。魂である私たちが死ぬことはありません──魂の奥底では、私たちはそれを知っています。私たちが統合していくにつれて、私たちが増やした智恵が源泉をよりパワフルにするからです。
ニュートン 源泉がこの存在を生み出す理由はそれなのでしょうか。
被験者 ええ、生命を与えられた私たちは、完全な形となって戻ってくることができるんです。
ニュートン 源泉そのものがすでに完璧であるのに、自分よりも不完全な知性をさらに生み出す必要があるのですか。
被験者 私たちは創造主の創造を手助けしているんです。このようにして、自己を変容し、より高い完成の領域へと高めることによって、私たちは生命を構成する基本的な要素に、なにがしかのものを付け加えるんです。
ニュートン 魂はなんらかの現在またはスピリットの世界の恩寵からの堕落によって、源泉から切り離されて、地球のような場所にやって来たのでしょうか。
被験者 とんでもない。私たちは被造物の・・・・・・この美しい多様体を増やすために・・・・・・ここにやって来たんです。
ニュートン シース、私の言うことをよく注意して聞いてくださいよ。もしも源泉が自分の聖なるエネルギーを分割して、自分を増やすために、より劣った知性をつくりだし、それによってもっと強力にそして賢くなろうとするなら──源泉そのものにはほんとうの完全さが欠けているということになりませんか。
被験者 (間があって)源泉はそれ自身を成就するために創造するんです。
ニュートン その点が疑問なんですよ。なにかが欠けているのでないかぎり、絶対的なものがさらに絶対的なものになろうとうすることはないでしょう。
被験者 (ためらいながら)私たちが目にするもの・・・・・・源泉が・・・・・・私たちの知りうるすべてであり、創造主は私たちを通じて・・・・・・私たちを誕生させることで自分自身を表現しようとしている、と私たちは考えているんです。
ニュートン あなたは実際に源泉が、私たちが魂として存在することで強くなっていると思いますか。
被験者 (長い間があって)私は創造主の完璧さが・・・・・・その完璧さの可能性を私たちと分かち合うことによって・・・・・・維持され豊かになっているし、それこそ創造主の究極の表現にほかならないと考えています。
ニュートン では、源泉は自分自身を成長させるために、意図的に不完全な魂とその魂が宿る不完全な生命体とをつくりだして、なにが起こるのかを見守っているということですか。
被験者 そうです、だから私たちはこの決定を尊重し、生命が起源に戻って行くプロセスを信頼しなければいけないんです。食べ物のおいしさを知るには飢えなければならないし、暖かさの恵みを理解するには寒さを味わわなければならないし、両親のありがたさがわかるには、子供にならなければいけないんです。変容が私たちに目的を与えるのです。

 この中で引用した被験者の最後の言葉のような内容は、神との対話にも登場する。このことから、入口は異なっていても、スピリチュアリズムはどこかで一つに繋がっていることがわかる。私がシルバーバーチの霊訓や退行催眠に興味を示すのも、こうしたスピリチュアリズムに触れたいという欲求があるからだと思う。そして、こうしたスピリチュアリズムに触れることによって、自分自身の魂が体験して来たことを確認し、自分の気づきを世の中にも伝えて行きたいと思っているのだろう。

 そして、おそらく、世の中への伝え方は、二通りある。一つは、今、ここに愛がない! と叫ぶ方法。そしてもう一つは、今、ここに愛がある! と叫ぶ方法だ。どちらの方法も、愛という大きな流れから見れば、ある段階、ある瞬間を切り取ったものに過ぎないだろう。しかし、私は後者のやり方でやって行く。

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