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2005.07.03

愛の記憶

 先日からご紹介しているニュートン博士の『死後の世界が教える「人生はなんのためにあるのか」』にも書かれているように、私たちの魂が肉体を離れ、中間世まで導かれると、そこでソウルメイトたちに再会すると言う。中間世では、魂はいくつかのグループに分かれて存在しているそうだ。ということは、グループ・ソウルや類魂(るいこん)などと呼ばれている単位が、中間世を一緒に過ごしている魂たちなのだろう。

 しかし、ツインソウルはどうなのだろう。ニュートン博士が、ソウルメイトとツインソウルを明確に分けて記述しているかどうかは読み取れなかった。ただ、気になったのは、グループ分けされている魂は、どれも同じ学びを必要としている魂たちであり、同じ段階、同じレベルにある魂たちなのだそうだ。段階やレベルといった表現を使うと、差別的に聞こえるかもしれないが、決してそういうわけではないらしい。強いて言えば、転生の回数も多く、ベテランの魂と、若い魂といった感じだろうか。

 ある被験者は、退行催眠で中間世に戻ったとき、次のような反応を示したという。以下、『死後の世界が教える「人生はなんのためにあるのか」』より引用させていただく。

ニュートン あなたたち二人はいまなにをしていますか。
被験者 抱き合っています。
ニュートン ほかの人たちが、いま抱き合っているあなたたちを見るとしたら、どんなふうに見えるでしょうか。
被験者 (返事がありません)
ニュートン (被験者は自分のソウルメイトとの再会にすっかり心を奪われていて、目から涙をこぼしていました。私は少し待ってから、またたずねました)あなたとラリーはまわりで見守っている人たちにはどんなふうに見えるんでしょうか。
被験者 彼らにはたぶん・・・・・・二つの明るい光の塊が、お互いのまわりをくるくると回っているように見えるでしょう・・・・・・。(被験者が落ち着いてきたので、私はティッシュで彼女の顔の涙をふいてあげました)
ニュートン それはなにを意味しているのですか。
被験者 私たちは抱き合って・・・・・・愛を表現し・・・・・・結び付いて・・・・・・二人で幸せになって・・・・・・。
ニュートン ソウルメイトと出会ったあと、次になにが起こりますか。
被験者 (安楽椅子の肘掛けをしっかりとつかんで)まあ、みんなここにいるわ──さっきはただ感じるだけだったのに。みんなが私のまわりに集まってきました。
ニュートン それはあなたの夫がそばに来たあとのことですね。
被験者 ええ・・・・・・お母さん! 彼女が私のほうにやって来ます・・・・・・長いこと会っていなかったの・・・・・・まあ、母さん・・・・・・。(被験者はまた泣きはじめました)

 この被験者は、人生を何度も一緒に過ごしたラリーというソウルメイトとの再会を喜んでいるのである。そして、ラリーとの再会を果たしたあと、同じ魂のグループに属しているソウルメイトたちと再会している。こうしたソウルメイトたちとの再会について、ニュートン博士は、次のように述べてもいる。

 スピリットの世界の現象で興味深いのは、人生で重要な位置を占めていた人たちが必ず出迎えに来てくれるということです。たとえ彼らがすでに別の肉体に転生して別の人生を送っていたとしても、それが可能だということです。

 これは、現世で愛し愛される関係を築いている人たちにとって、本当に涙が出て来る表現なのではないだろうか。

 さて、これを読まれている方たちの中には、輪廻転生に関して、懐疑的な考えを持たれている方もいらっしゃることだろう。しかし、そういう方々は、前世を思い出したときの、魂の奥から込み上げて来るようなあの激情を知らないのだろう。もしもそれを知っていれば、これらの記憶が決して作り出されたものでないことを理解しているだろうし、あやふやな前世というものなど有り得ないことも知っているだろう。実際、自分の前世を知りたいと思って退行催眠に挑戦するとき、何かを見たいと思って無理に想像しようとすることはある。しかし、想像の延長線上に、ぼんやりと見えて来るようなものは前世の記憶ではない。前世の記憶とは、激しい感情とともに、どうしても押さえ切れず、突き上げて来るような感情を伴いながら思い出すものだ。そのような感情を人工的に作り出すことは、不可能ではないかと私は思う。何故なら、自分がこれまで経験したことのないほどの、この世のものとはとても思えないほどの激情だからだ。

 『死後の世界が教える「人生はなんのためにあるのか」』の著者であるニュートン博士でさえ、輪廻転生に関して、最初は懐疑的な考えを持っていたようだ。しかし、多くの被験者と関わって行くうちに、彼らが同じような反応を示し、催眠中に見えて来る光景を同じように描写することから、輪廻転生の実在を受け入れずにはいられなくなったと言う。ニュートン博士は、以下のように書いている。

 一部の催眠現象を批判する人たちは、トランス状態にある被験者は催眠家が暗示した理論的な枠組みに合わせるために記憶をでっち上げたり反応を偏らせたりすると考えています。私はこの一般論が間違った仮定であることを知りました。私は被験者がもたらす情報を、まるで初めて聴くかのような態度で聞きます。たとえ被験者が催眠家の暗示に逆らってスピリチュアルな世界に関する幻想を抱いたとしても、または日頃の死後の世界のイメージに影響された連想をしたとしても、そういった応答ではたちまち他のケースの報告と矛盾したものになってしまうでしょう。

 おそらく、誰の中にも、前世の記憶はあるのだと思う。しかし、思い出しやすい人とそうでない人がいるのは、人を愛するときに、魂の全開モードで愛しているか、多少の手抜きモードで愛しているかの違いなのではないだろうか。魂の全開モードで人を愛した人でなければ、あの激情は引き出せないような気がする。

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