ツインソウルは、遠きにありて想うもの?
ここのところ、若い頃にツインソウルに出会い、別れてしまったという方たちの発言がとても気になっている。彼女たちの話を聞いていると、ツインソウルという存在は、例え離れ離れになってしまったとしても、お互いにとっていつまでも特別な存在であり続けるようだ。そして、他の人では絶対に駄目なのだと言う。
対象がツインソウルではないが、私が最初のソウルメイトに出会ったのは十代の頃だった。確かにそれ以降、ガンモに出会う三〇歳までの間、誰を好きになっても最初に出会ったソウルメイトに対する想いを超えることはなかった。その強烈さ、親しさを他の誰に対しても感じることができなかったのだ。そういう意味で、他の人では絶対に駄目という気持ちは良くわかる。
では、もしもツインソウルと私が若い頃に出会っていたらどうなのだろうと、ふと考えてみた。おそらく、若い頃に出会っていたとしても、ツインソウルと私は、男女の関係に発展することはなかっただろうと思う。ただ、お互いに気になる存在として、強烈に胸に焼き付く存在ではあると思う。
もしもツインソウルがクラスメイトだったとしたら、授業中に先生に注意されたとしても、決しておしゃべりをやめなかったことだろう。そして、お互いに良きライバルとして張り合いながら、勉強やそれぞれの趣味の世界においても強烈な刺激を与え合っていたのではないかと思う。
しかし、もしも仮に、ツインソウルと私が高校生まで同じ学校に通っていたとしても、お互いに別々の人と付き合っていたのではないかと思う。ただ、その奇妙な交友関係から、お互いの恋人には常に嫉妬される存在だったかもしれない。そして、お互いが別々の大学に進学して初めて、その存在の大きさに気づくのではないだろうか。
ツインソウルと離れたことによる痛みを抱えている人たちに、私は言いたい。これから先、若い頃に出会って離れてしまったツインソウルのことを無理に忘れる必要はないと思う。無理に忘れようとするよりも、ツインソウルの想い出と共存して行くことのできる対象こそが、真のパートナーになるのだと思う。ツインソウルと離れてしまった人が、その後ソウルメイトと出会い、めでたく結ばれたという話は、しばしば私の耳にも入って来る。私自身の経験からも、ソウルメイトとツインソウル共存可能な存在であることが証明されている。ソウルメイトは、ツインソウルと一緒に過ごせないということがもはや決定的になってしまっている人たちにとって、溶け合うことのできる貴重な存在である。ツインソウルと離れたのは、ソウルメイトと出会うためだった! と、いつか断言できるような、素晴らしい出会いが待っているかもしれない。どうか、希望を持って生きて欲しいと思う。
※解像度が800×600以下のノートパソコンでご覧になっている皆さん、ごめんなさい。m(__)m ブログをお借りしているココログに新しいテンプレートが追加されていたので、花火のテンプレートを早速拝借してみたところ、解像度が800×600以下のノートパソコンでは、記事が下のほうに表示されてしまうことがわかりました。さきほど、解像度が800×600以下のノートパソコンでもちゃんと表示されるようなテンプレートに修正させていただきました。ご不便をおかけして申し訳ありませんでした。m(__)m
| 固定リンク




