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2005.07.05

かりそめの記憶喪失

 先日の日記に、私は以下のように書いた。

 おそらく、誰の中にも、前世の記憶はあるのだと思う。しかし、思い出しやすい人とそうでない人がいるのは、人を愛するときに、魂の全開モードで愛しているか、多少の手抜きモードで愛しているかの違いなのではないだろうか。魂の全開モードで人を愛した人でなければ、あの激情は引き出せないような気がする。

 私がこのように思ったのは、ソウルメイトやツインソウルに対しては既知感があるのに、カルマ的な相手のことはまったく覚えていなかったからだ。しかし、これに関して、ニュートン博士の『死後の世界が教える「人生はなんのためにあるのか」』の中で、別方面からアプローチされていたので、その部分を引用させていただくことにする。

ニュートン あなたが、「自分はロス・フェルダン(まるみ注:被験者の過去世の名前)の人生の記憶を意識的に覚えていない」と考える理由はなんでしょうか。
被験者 この世に戻ってくる直前に肉体を選んで予定を立てるときに、私たちは自分のアドバイザーと約束をするんです。
ニュートン なんについての約束ですか。
被験者 私たちは・・・・・・他の生を思い出さないことを・・・・・・約束するんです。
ニュートン なぜですか?
被験者 以前にやったことが原因でこういったことがおこるかもしれないと前もって知っているよりも、なにもない白紙の状態から学んだほうがいいんです。
ニュートン でも、過去世の失敗を知っていたら、それを今生での同じ落とし穴を避けるのに役立てられるんではないでしょうか。
被験者 過去についてすべてを知っていたら、多くの人はそれに気をとられて、同じ問題に別のアプローチを試みようとしなくなるでしょう。新しい人生に・・・・・・真正面から取り組まなければならないんです。
ニュートン そのほかにも理由がありますか。
被験者 (間があって)昔の記憶がなかったら・・・・・・過去の恨みを晴らし・・・・・・自分がこうむった苦しみに仕返しをしようとしないから・・・・・・時間をむだにすることもない・・・・・・とアドバイザーは言っています。

 これはまさしくその通りだ。既に解いたことのある課題の答えを知っていながら、もう一度同じ課題に取り組むのと、初めてその課題に取り組むのとでは、がむしゃらになれる度合いがまったく違って来るからだ。ということは、かりそめの記憶喪失は、根底に深い愛が流れていないカルマの関係に対してのみ発生するという解釈でも良さそうな気もする。ソウルメイトやツインソウルに対して既知感を伴うのは、彼らとの間にやり残しの課題があるにしても、覚えていても差し支えない範囲に収まっているからなのだろう。

 上記の被験者との対話を記載したあと、ニュートン博士は、以下のように書いている。

 私の知る限り、被験者が簡単に催眠状態に入れないとき、あるいは彼らがトランス状態でごくおおざっぱな内容しか思い出せないとき、そのような障害にはなんらかの原因があるようです。そういった人たちには過去の記憶がないというのではなく、彼らはそれらを白日のもとにさらす準備ができていないのです。
 この被験者はなにか自分の成長を阻害しているものがあるとわかっていましたし、それを明らかにすることを望んでいました。魂の超意識的なアイデンティティのなかには、この人生の目標も含めた私たちの連綿と続く記憶が含まれています。人生でしかるべき時機になったら、私たちは人間としての物質的な欲求と、魂のここでの目的とを調和させなければなりません。私は過去と現在の経験を整合させるために常識的なアプローチを取ろうとします。

 これについても、なるほどと納得が行く。私がカルマの相手との関係を思い出したのは、カルマを解消したあとのことだった。もしもカルマを解消する前に思い出していたら、私はカルマの相手との間に残された課題から逃げ出そうとしたことだろう。だから、思い出せないことがあるということは、まだ準備が思い出す整っていない、あるいは、まだ思い出す段階ではないということになる。決して、記憶喪失だからと言って、私たちの魂が再生していないという証にはならない。それは、前世を記憶している人がいるといういくつもの事例を無視している。

 私の魂にも、かりそめの記憶喪失がたくさんある。例えば私は、何故、ツインソウルと離れたのかを明確には知らない。遠い前世で、ツインソウルと交わしたあの熱い熱い炎のような愛は、覚醒したとき、このまま気が狂ってしまうのではないかと思うほど情熱的だった。私の魂は、ツインソウルが私を見つめる情熱的な瞳を記憶している。だから、その人の情熱を確認するには、瞳をのぞき込めばいいということも理解した。

 私が仮定しているのは、ツインソウルの愛は源のようなもので、私たちは、源から分けてもらった愛を、ソウルメイトたちに伝えて行く使命があるのではないかということだ。だから、ツインソウルと別々の人生を過ごしていても、ソウルメイトと一緒に過ごしている人たちは、難なくその使命を遂行している。これらの使命は、男女の愛を世の中に伝えて行くための重要な使命である。しかし、愛の源から分けてもらった愛をカルマの相手に伝えて行くことは、困難を極めるようだ。私も前世でこれに挫折し、カルマ的な相手を捨ててソウルメイトと駆け落ちしてしまった。だから、カルマ的な相手と一緒に過ごすことについては、私はまだまだ多くを語れるほどの持ち合わせがない。今、まさに、前世の私と同じような課題に直面している人たちがいるとして、彼らに対し、具体的にどのようにすればいいのかを助言することができないのだ。

 魂は、その人との間に何らかの課題が残されているとき、何度も何度も同じ課題を自分自身に突きつける。だから、私たちは、一度にクリアしてしまおうと思わずに、その都度その都度、目の前の課題に取り組んで行けばいいのかもしれない。おそらく、課題をクリアするヒントは、能動的であることよりも、受け身に徹することにあるような気がする。今、起こっている出来事が、自分にとって必要な出来事だと受け入れて行くのだ。

 「今」の原因を探る意味で、「過去」を知ることは大切なことではある。しかし、「過去」と「今」、そして「未来」の相関関係がわかれば、「今」がもっとも大切であることに気づいて行くことだろう。ただ、言えるのは、「今」、私たちの目の前に何か大きな課題があるとしたら、それは「過去」にクリアできなかった課題を自分自身に突きつけた可能性が非常に高いということだ。

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