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2005.06.05

感情に触れたい

 この週末は、ガンモとのんびり家で過ごした。昨日は歯医者と鍼灸治療の予約が入っていたため出掛けられず、今日はガンモに呼び出し待機の仕事が入っていたため出掛けられなかった。幸い、ガンモは呼び出されなかったので、私たちは寝室でゴロゴロしながら、休日をともに過ごした。

 マンガをほとんど読まないまま大人になってしまった私が、最近、グリム童話系の少女マンガにすっかりはまってしまい、オークションなどで何十冊もまとめて落札しては、合間、合間に読んでいる。グリム童話系のマンガは、感動的な愛の作品も多いのだが、中には性の玩具として利用される女性たちや、猟奇的な殺人などの大変グロテスクな作品も多く含まれている。ガンモは私がそのようなマンガを読んでいるのを見て、
「精神世界を探求している人が、こんなマンガを読むのはおかしい」
と言う。私は、
「登場人物の感情に触れられるから読んでるんだよ」
と弁明した。

 感情とは、喜怒哀楽のすべてを表している。人間、生きて行く上で、決して喜びや楽しいことばかりではない。むしろ、マンガの中でも、一つの作品の中に喜怒哀楽がふんだんに盛り込まれたストーリーには、強烈に引き込まれてしまう。もちろん、怒りや悲しみばかりでもいけない。最初に苦しみが続き、最後はハッピーエンドといった展開が、最も心に強く焼き付けられるようだ。実際、グリム童話系のマンガには、そうしたストーリーが数多く含まれている。

 今のように運気がすっかり低迷してしまっている私にとっては、こうしたマンガは、自分の中で眠ってしまっている感情を呼び覚ましてくれる重要なアイテムとなっている。マンガを読みながら、感動にむせび泣いたり、また、怒ったりして、リハビリしているのだ。

 マンガに限らず、ブログやホームページの閲覧、そして、人と人の交流についても同じことが言える。私は、書き手の感情にはっきりと触れられるような文章を読みたいし、自分でも書いて行きたい。だから、あいまいでなく、自分の経験や考えがはっきりと語られ、読み手の感情を引き出してくれるような文章に積極的に触れて行きたい。そして、触れさせてもらうからには、その人の生き方を見守り、応援するくらいの覚悟を持ちたいと思っている。

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