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2005.06.11

雨の豊川稲荷

 仕事の忙しさから解放され、ようやくの週末となった今日、私たちは旅支度を整え、東海地方に向けて旅立った。およそ三ヶ月前に利用した3・3・SUNフリー切符(名鉄・近鉄・南海三日間乗り放題切符)の使い心地がすこぶる良かったので、今回は更に千円プラスして、豊橋鉄道も乗り放題で利用できるワイド3・3・SUNフリー切符を購入した。

 早朝に目が覚めるリズムが身についてしまったガンモは、朝四時過ぎから起き出してはゴソゴソしていた。私も、ガンモのゴソゴソにつられて目が覚めてしまった。この一週間、仕事が忙しくても、この旅行のために歯をくいしばって頑張って来た。そしてとうとう、待ちに待ったその時がやって来たのだ。私は、眠い目をこすりながら、ええいっと起き上がった。

 私たちにとって旅行とは、ある程度集中して仕事をこなしたあとに、自分たち自身に贈る御褒美のような役割を持っている。もしも毎日、有り余るほどの時間があったとしたら、私は旅行に出掛けるワクワクを感じることがなくなってしまうだろうし、「ガンまる日記」を書き続けることさえできなくなってしまうだろう。

 もしかすると、きのう書いた「それは愛なのだろうか」の答えも、実はそうした実情の中に隠されているように思えて来た。つまり、どんな些細なことも、偉大なことも、更には残酷なことでさえも、緻密な関連性を持ちながら、私たちが愛に向かうためのステップを築いているということである。ただ、現状を愛だと受け入れられるかどうかについては、その人自身の器の広さの問題であり、第三者が、これは愛だとか愛じゃないとか押し付けるものではないのかもしれない。じっくりと時間をかけて判断すれば、おそらくすべての出来事が愛になる。愛でないという判断は、せっかちな判断結果に過ぎないのかもしれない。

 しかし、実際には、器の広さや愛に対する判断のスピードは人それぞれだ。それゆえに温度差が生まれ、心地良い、心地良くないの感覚が生じてしまうのではないだろうか。

 私の場合、何クソ! と思いながら、何とか前に進もうとして、自分自身の尻を叩いて行くことが、とても大きなな原動力となっている。だから私には、仕事が辛くなければならないというシナリオが出来上がってしまっているのだ。つまり、ゆとりのある毎日を送っていると、怠けてしまって仕方がないということである。もしも本当に仕事が辛いのが嫌なのであれば、仕事が辛くならないようなシナリオを、自分で書いてしまえばいいのだ。

 その一方で、お金と愛は、いつも相反する形を取っている。精神世界には、「自分の好きなことをしてお金をもらえるなんて、とってもハッピー」という思想がある。私は、この考えはちょっと違うような気がしてならない。もしもその仕事が自分にとって、心からの喜びに繋がっているのであれば、「ハッピーな気持ちにさせてもらえたのだから、それだけでもう十分です。お金をいただくことなんて、とてもできません」となるのではないだろうか。親しい人や愛する人からお金を受け取ることは心苦しいはずなのに、私たちは、雇い主からは当然のようにお金を受け取っている。そこにあるのは、冷め切った割り切りである。もちろん、これも、愛へのステップに過ぎないのかもしれないが。

 さて、話を元に戻そう。今回、豊川稲荷に行くことになったのは、名鉄豊川線制覇のためと、私がスピリチュアルなスポットを好む傾向にあるために、ガンモが計画に盛り込んでくれたからだ。近鉄やら名鉄やらをたくさん乗り継いで、名鉄豊川稲荷駅に着いたのは、十五時を少し回った頃だった。入梅宣言がなされたとかで、移動中、ずっと雨が降っていたが、電車とホームの移動ばかりだったので、それほど支障はなかった。しかし、豊川稲荷駅から、目的地の豊川稲荷を目指している間はさすがに、雨よそんなに降ってくれるなと思っていた。ゴールデンウィークに出雲大社に出掛けたときでさえ、雨に降られてしまったことを思い出してしまう。

 豊川稲荷は、毎年初詣の時期になると、たくさんの人で賑わうらしい。私はそのような予備知識がまったくなかったので、立派な境内が視界に入って来たときは驚いた。雨のため、参拝者はとても少なく、私たちは静かな豊川稲荷を独り占め(正確には二人占め?)しながらたっぷりと堪能し、宿泊先の豊橋へと向かった。私たちがここで見せられたものは、たくさんの人たちで賑わう場所でさえ、静かな雰囲気に包まれることもあるということだったのかもしれない。それは、単に物事の表側だけでなく、裏側さえも体験し、愛でてみなさいという神の計らいだったのではなかろうか。

 ホテルに着いて夕食を取り、部屋に帰って来てもまだ午後七時前だった。こんな時間にゆっくりとくつろげる喜びを、私はかみしめていた。

今日撮影した写真:雨の豊川稲荷

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