« 感情に触れたい | トップページ | ガンモが男らしく見えた日 »

2005.06.06

熱いものを感じた日

 最近、かつての掲示板仲間たちが、久しぶりに近況報告をしてくれるために掲示板を訪れ、停滞気味の私を励ましてくれている。私はそれが、とてつもなくうれしい。かつて、彼らと交わした約束を、私はちゃんと覚えている。でも、覚えているのは私だけではなかった。彼らもちゃんと覚えてくれていたのだ。

 男女の愛についてじっくり語り合う掲示板で、彼らが書き込んでくれた内容を読みながら、感動にむせび泣いたことがしばしばあった。また、時には交流が停滞したり、相手の立場がわからず意見がひどく対立したこともあった。プラス方面にもマイナス方面にも感情を大きくぶつけ合った大切な仲間たち。そうした強烈な交流の思い出が、彼らと私を再び結び付けてくれている。もしも感情のぶつけ合いがなければ、私たちは単に流れて行く存在に過ぎず、再び交わることはなかっただろうと思う。まだ返事は書けないでいるが、再び訪問してくれてとてもうれしかった。本当にありがとう。

 みんなそれぞれ、大変な時期を迎えていたり、困難な状況に打ち勝とうと、奮闘したりしている。あとで振り返ってみれば、苦悩の時期が、今の自分を形成する肥やしになっていることを、彼らは知っている。そうした山場を乗り越えて来た人たちは、たくましくて深みがある。ああ、何て美しいのだろう。

 今の掲示板には、私の厳しい言葉を真正面から受け止めてくれたり、パンパンにふくらんだ愛情をたっぷり示してくれる人たちもいる。私の遅い返信をいつも気遣ってくださり、根気強く返信を待ってくださっている。本当にありがとう。更に、精神世界の道を一緒に歩いて行こうと励ましてくださる人もいる。その人の綴る文章は、地にしっかりと足がついていて、どんどん引き込まれてしまう。ああ、本当にありがたいことだ。

 昼休みにメールをチェックすると、先日こちらで紹介させていただいた、ブログを閉鎖してしまった方からメールが届いていた。こちらでブログを書いていますというご案内をくださったのだ。私はうれしくなり、早速訪問してみた。そして、そこで自分らしさを取り戻し、生き生きと文章を綴っている彼女の姿にまたしても感動し、涙さえ出て来てしまった。そうだ、そうだ。ホームページやブログは、本来、自分にとって最も心地良い居場所であるべきなのだ。最も自分に返ることのできる場所であるべきはずなのに、そこで自分自身を表現できなくなってしまったら、それこそ酸欠になってしまって苦しいだろう。彼女がまた、心地良く自分を表現できる場所を見つけることができて、本当に良かったと思う。

 彼らに共通しているのは、既に苦しみを知った人であるということだ。ここに挙げ切れなかったが、他にも、ご家族やお子さんの写真をメールで送ってくれる仲間や、いつも元気の出るポジティヴな言葉をくれる仲間、愛の言葉で毎回、私を泣かせる仲間、文章を綴ることで自分らしらを取り戻した仲間など、たくさんの仲間たちがいる。思い返してみると、彼女たちの苦しいときを応援し、ともに過ごせたことに対し、今では喜びさえ感じている。

 苦しみを知っているからこそ、彼らが励ましてくれる言葉には深みがある。言葉が立体になっていて、ピチピチしている。だから、私はそれらの言葉を素通りしたくない。無理にでも前に進もうとして、ほんの数行程度の返信で済ませてしまいたくない。彼らの言葉を全身で受け止め、じっくり時間をかけてから、私も立体の言葉を返すつもりだ。

|

« 感情に触れたい | トップページ | ガンモが男らしく見えた日 »