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2005年6月

2005.06.30

子供の頃への退行

 心を癒すワイス博士の過去生退行瞑想を、何度も繰り返し聴いている。聴きながら寝てしまうことも多く、夢の中に、山川亜希子さんが登場したりする。私は、いくつかの催眠誘導CDを実践して来たが、山川亜希子さんの声が一番リラックスできる。ただ、誘導のスピードが、ほんの少しではあるが、速い気がする。

 きのうも書いたように、まだ新しい前世は探求できていない。しかし、今日、子供の頃に退行したとき、激しく泣きじゃくる私がいた。どういうわけか、子供の頃のことを思い出すと、涙が止まらなくなってしまったのだ。決して、親からの愛情をしっかり受け取ることができずに育って来たとか、そういうわけではない。ただ、小さい頃からとてもひねくれていたことを思い出してしまったのだ。小さい頃の写真を見ると、確かに私はひねくれた顔をしている。私のひねくれた性格は、小学校の高学年まで続いていた。小学校高学年になるまでの私は、かなりの悪ガキだった。女性教師を泣かせたり、男の子と喧嘩をして、男の子の心や身体を傷つけたこともあった。問題児だった私は、親にもずいぶん迷惑をかけてしまった。

 何故、あれほどまでにひねくれていたのか、私にはわからない。もしかすると、私が生まれる頃に生死の境を彷徨ったというツインソウルと何か関連があったのかもしれない。ツインソウルはその頃、臨死体験をしている。もしかすると、中間世で書いたような繰り上がりが発生したのかもしれない。ただ、今日、退行してわかったことは、私は生まれて来ることに対して、かなり抵抗していたのではないかということだった。

 私をこれ以上ひねくれないように導いてくれたのは、小学校ニ年のときの担任のS先生だった。S先生は、小学校高学年になった私が、廊下に座って、友達の何らかの手助けをしたとき、私の行動をちゃんと見ていて、私の態度を誉めてくれたのだ。私はそれがうれしくて、いつまでもひねくれていてはいけないと、目覚めたのだった。

 それほどひねくれていた私を、何十年か後に出会ったガンモがこよなく愛してくれている。そのことを思うと、どうしても涙が止まらず、そこから更に前世まで退行することができなかった。

 これから、退行催眠を重ねて行くことによって、これまでわからなかったことが次々に明らかにされるのだろうか。とにかく、心を癒すワイス博士の過去生退行瞑想をは、精神的に癒されるし、聴いていてとても気持ちがいいので、何度でも繰り返し聴いてしまう。これから退行催眠CDを購入しようとしている人にはお勧めのCDだ。

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2005.06.29

疎外感

 今日は、派遣仲間たちと三宮のタイ料理のお店にご飯を食べに行った。タイ料理ももビールもとてもおいしかったのだが、最近、精神世界への探求心が特に深まって来た私は、何となくそこが自分の居場所ではないような気がしてしまった。仕事の延長のような会話ではなく、もっともっと魂が喜ぶような話をしたいと思ってしまったのだ。彼女たちの前で、本当の自分を出せないことがとても苦しかった。私が本当の自分を出そうとすると、彼女たちは、普段使っていない脳ミソを引っ張り出されたかのように、きょとんとする。そのため、場の雰囲気が固まってしまうのだ。

 男女の深い愛を体験している上に、ソウルメイトやツインソウルのテレパシーやエネルギー、そして輪廻転生の話に付き合ってくれる人たちは、ネットの中にしか存在しないのだろうか。私が、退行催眠や瞑想のCDを買ったことに、熱心に耳を傾けてくれる人は、リアルの世界にはいないのだろうか。

 私はこういう者だと叫びながら、ブログやホームページを綴っている。そうしたページを検索されて、集まって来てくださる方たちもまた、私と同じように、男女の愛のはなしやソウルメイトやツインソウルの話ができる人を探しているのだろうか。

 以前、「こういう話は誰とでもできるわけじゃないので、このようなホームページがあるのは有り難い」と言ってくださった方がいる。そんなことを言ってくださると、こちらこそ、私のホームページを見つけてくださってありがとうという気持ちになれる。しかし、何故、そういう人たちは、私の身近にいなくて、全国のあちらこちらに散らばっているのだろう。私と同じような感覚を持っている人たちは、一体全体、どのように社会に溶け込んでいるのか、教えて欲しい。神を探求すればするほど、こんなふうに孤独になってしまうのは、どうしてなのだろう。

 家に帰れば、疎外感を感じながら帰宅した私を、ガンモが安定的な愛情で包み込んでくれる。ああ、何とありがたいことだ。そして私は、ガンモのいるこの家こそが私の居場所だと実感するのだった。

※8万ヒット、ありがとうございます。m(__)m

心を癒すワイス博士の過去生退行瞑想の他、瞑想へのいざない[CD]も購入した。まだ、新しい前世を思い出すには至っていないが、これらのCDは大変素晴らしい。瞑想効果が高く、何と言っても、山川さんご夫妻の催眠誘導が非常に心地良い。お二人は、数々の精神世界の書を手がけられている翻訳家なのだが、今回、初めて声を聞かせていただいて、本当にスピリチュアルな方なのだと実感した。

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2005.06.28

天文学的数字

 今、私の職場では、おさらいに書いたような状況で、ユーザサポートにてんてこ舞いである。しかし、実際に忙しく対応しているのは社員の人たちで、私たち派遣社員は、ひっそりと裏方に徹している。

 問い合わせの電話がたくさん掛かって来るので、問い合わせ専用の電話回線を増設して対応しているのだが、これまで業務に使用していなかった保留機能のない電話機を見つけて来て接続したため、お客様をお待たせするときに、受話器を手で被わなくてはならない。電話のはなしなどというサイトを運営していて、ちょっと電話に詳しい私は、社員の方に、外付け保留メロディというアクセサリパーツがあることを教えてあげた。確か、数百円程度で手に入ると思っていたので、ネットで検索してみたのだが、電話機が多機能になった今の時代、保留メロディの付いていない電話機などほとんど存在しなくなっているためか、もはやこのようなアクセサリパーツは売られていないようだった。

 私はガンモにこのことを報告した。するとガンモは、
電話のはなしで公開している外付け保留メロディ(右側に紹介しているオレンジの音符マークのもの)は、独身時代に俺とまるみがそれぞれ一つずつ持ってたはずだから、それらを探し出して、学校(ガンまる用語で会社のこと)に持って行ってあげればいいんじゃない?」
と言う。ユーザサポートに使っている電話機はちょうど二台あり、それら二台とも保留機能が付いていないのだ。なるほど、我が家にこれが二個あるのなら、ちょうどいい。

 しかし、ちょっと待てよ。この、オレンジの音符マークの外付け保留メロディは、それほどたくさん世の中に出回っていたのだろうか? いや、おそらく、出回ってはいないと思う。あんなものを持っている人は、ちょっとした電話マニアに違いない。だから、それを持っていた二人が愛し合い、結婚に至るなどという確率は、もしかすると、天文学的数字なのではないだろうか。

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2005.06.27

手に職

 先日、「ガンまる日記」を読んでくださっている方から、とても感動的なメールをいただいた。メールの内容は書けないが、そのメールを拝見し、私の綴る文章が世の中の役に立っていることを知った。彼女自身、胸がえぐられるほど辛い体験をされているにも関わらず、その中にも愛を見いだそうとしながら、一生懸命、前向きに生きてらっしゃることに心を動かされた。その方から、愛の感動を分けてもらった。私からもありがとうと申し上げたい。

 掲示板で交流させていただいている人たちからも、私は愛の感動を分けてもらっている。言葉がなかなか出て来なくても根気強く見守ってくれたり、私が第二チャクラに異常のある病を抱えると、一緒に泣いてくれたりした。中には、化け物みたいに神への道をまっしぐらに突き進んでいる人もいる。また、関わって行くと決めた人たちの状況を把握しながら、いつもポジティヴな言葉を投げかけてくれる人もいる。ああ、ホームページを持っていて良かった。「ガンまる日記」を書き始めて本当に良かったと思うのだ。

 その反面、私の社会生活はすさんでいると思う。心を閉じ、魂の力を使わずに、左脳だけで淡々と仕事をしている。私の魂は、ちっとも喜んではない。私の仕事は天職ではなく、手に職だと思う。

 私の魂が喜ぶ仕事とは、何なのだろう。男女の愛とは何かを伝えて行くことだろうか。ソウルメイトやツインソウルに関するエピソードを綴って行くことだろうか。でも、私はそを仕事にしてしまえるのだろうか。お金の存在を、愛とは相反するものとして受け入れている限り、私は自分の天職を見つけることができない。魂が喜ぶ仕事を見つけてお金をもらうことが、心苦しいのだ。

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2005.06.26

前世療法、再び

 ホームページが軌道に乗ってからというもの、私の意識は掲示板やメールの返信に集中するようになり、精神世界の本を読むことから、すっかり遠ざかってしまっていた。片道の通勤時間が一時間半もあるというのに、私は本を読まず、携帯用のノートパソコンを開いては、コメントの返信に向けて構想を練る毎日である。そうした作業が、精神世界の本を読むことと同じくらい貴重な体験をさせてくれていると思っていた。

 しかし、先日の記事の流れからもおわかりいただけるように、久しぶりに、愛の記憶の宝庫である自分の魂を大きく揺さぶってみたくなったのだ。私は退行催眠や前世療法の本を、ネットで改めて検索してみた。すると、私が精神世界の本を読まなくなってから、退行催眠や前世療法に関するいくつもの新しい本が出版されていることがわかった。

 私は、それらの本をいくつかネットで注文し、入手した。また、前世を思い出すときに使用していた退行催眠CDを改めて聴き返してみた。残念ながら、新しい前世を思い出すことはできなかったが、リラグゼーション効果のおかげで、言い様のない心地良さを実感した。魂が満たされて行くような感じなのだ。私は、そのCDで深い眠りを体験し、目覚めたときにはとてもすっきりしていた。

 もうすぐ、ワイス博士の心を癒すワイス博士の過去生退行瞑想が手元に届く。届いたら、早速退行瞑想を実践し、これまで思い出せなかった別の前世を思い出すことにトライしてみたい。果たして、封印された魂の記憶は、私に何をもたらしてくれるのだろう。

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2005.06.25

テレパシー

 ソウルメイトやツインソウルは、テレパシーが通じやすい。数ヶ月振りのメニューにも関わらず、私が、今夜はカレーにしようと思っていると、それがガンモに通じている。ガンモと私は、頭をくっつけて、お互いに心に思った数字や色を送り合うと、ズバズバ言い当てる仲だ。

 昔、東京都内の駅の構内にある写真屋さんでアルバイトをしていた頃、私の好きなアーチストが駅の階段を昇って来るのがわかったことがある。あっ、と思って顔を上げると、そのアーチストが視界に入って来たのだが、私は大して驚きもせず、笑顔であいさつを交わした。思えば、そのアーチストとは、何度となく街でばったり出会った。住んでいる場所が比較的近かったせいもあるのだが、いくら近くても、時間と空間が一致しなければ、出会うことはない。仕事帰りにたまたま立ち寄った銭湯(最寄駅ではない)の帰りに、すっぴんの顔を見られてしまったこともあれば、平日の昼間に、ちょっとした用があってたまたま外へ出掛けたときに、街でばったり出会ったこともあった。しかし、出会う直前に予感がするので、顔を合わせても驚かない。不思議なのは、アーチストのほうにも、さほど驚いた様子がなかったことだ。私がこの近くに住んでいることを知っていたからかもしれないが。

 ツインソウルからのテレパシーは、意識がそのまま飛んで来る。それは、感情の塊と言っていいほどの強烈なものだ。夜中だというのに、私はその感情の塊に驚き、起き上がる。あまりにも強烈な感情の塊を受け取ることになった私は、激しく泣きじゃくる。その感情の塊の内容を、ツインソウルにそれとなく確認してみると、ちゃんと当たっているのだ。しかし、ツインソウルは、自分の感情の塊を私に解明して欲しくはないようだ。

 また、ツインソウルの意識が、私に対して活動的かそうでないかが、はっきりとわかる。二週間ほど音沙汰がなくても、再び意識の活動を始めたことが、まるでマグマの動きを察知する研究者のように、はっきりと予測できる。

 以前、私のホームページで、ソウルメイトやツインソウルとのテレパシーが話題になったことがある。ソウルメイトやツインソウルに出会っている人たちは、みんな同じような経験をしているのが不思議だった。また、テレパシーと夢は、非常に密接な関係にあることもわかっている。テレパシーは意識の送受信だが、夢という映像を使って、ソウルメイトやツインソウルからのメッセージを受け取っている人もいた。

 テレパシーは、コミュニケーションにおける時間の短縮を促進してくれると同時に、言葉では説明不要の状況も用意してくれる。長たらしい言葉の説明よりも、感情の塊が飛んで来るほうが、はるかに効率がいい。しかし、何故、このようなことが起こるのか、また、どのようにすればテレパシー能力を高められるのか。それは私にはわからない。

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2005.06.24

量より質

 以前、同じ職場で働いていた女性は、アメリカ人の男性と国際結婚をしていた。日本では、英会話教室で英語を教えていたご主人さんは、女性の生徒さんたちからとても人気があったらしい。バレンタインデーに、女性の生徒さんからチョコレートをいくつかもらったことを知った彼女は、
「自分の夫が女性から人気があるのって、ちょっと複雑な気持ちだけど、やっぱりうれしいよね?」
と私に同意を求めて来た。私は、
「うーん、それはどうだろう」
と言いながら、お茶を濁してしまった。正直言って、あまりうれしいとは思えなかった。嫉妬や焼きもちの観点からではない。英会話の先生にチョコレートをあげるという女性の生徒さんたちの気持ちが、非常に軽いと思えたからだ。もしもその女性たちが、自分の夫に対して本格的な愛情を持ってくれているのであれば、私は心から喜べると思う。

 多くの人たちから好意を持たれることを誇りに思っている人もいるかもしれないが、私は逆に、不幸だと思ってしまう。第一、好意を持たれたとしても、肉体は一つしかないのだから、すべての人に同じだけの気持ちを返すことなど不可能だ。それに、数が多いということは、それだけ本格的でない愛情も含まれていることを否めないだろう。多くの人たちから好意を持たれることは、想いの質よりも、量で勝負といった傾向が強くなってしまう。だから、いわゆるモテる人というのは、愛情が薄い人が多い。一人の人に留まろうとするエネルギーよりも、次へ次へと向かうエネルギーのほうが強いのだ。そして、縁の数だけ多くて、まだまだ本格的な愛情を知らない人が多い。また、好意を示されることに大して受身で、自分からも愛するということを知らない。私は、そういう人には魅力を感じない。

 多くの人たちから好意を持たれる芸能人も、そういう面においては気の毒だと思ってしまう。ふと一人になった芸能人を目にするとき、彼の心の奥底に見え隠れする寂しさのようなものを感じ取らずにはいられない。本格的な友情や愛情が育ちにくく、自分が人々に利用されていると感じてしまうことも多いのではないだろうか。芸能人を前にすると、気持ちの浅いファンほど、彼の元へと寄って行ってサインや握手を求めるが、気持ちの深いファンほど、彼の元へは近づかず、遠目で見守っている。

 本格的な愛情が、何故ありがたいか。それは、人を傷つけることのない愛情だからだ。本格的な愛情は、誰からも何も奪おうとはせず、その人の既存の環境に、容易に溶け込んで行くことができる。

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2005.06.23

愛の深さと縁の深さ

 いろいろな方々のブログを拝見していると、多くの異性たちとの出会いに恵まれているにも関わらず、絆の強い交際にまで発展しないといったブログを見掛けることがある。特に最近では、ネットにおける出会いが殊のほか盛んになっているようだ。しかし、多くの異性たちと出会い、肉体関係を結ぶほどの恋愛にまで発展するものの、何となく疎遠になってしまい、やがては縁が切れてしまうといったパターンを繰り返している人がいるようだ。このような展開は、縁はあっても、関係を持続させることのできない、愛のない関係の典型だと思う。

 少し前に、私のホームページの掲示板に、出会った男性との間にいろいろなシンクロ現象が起こっているが、その男性とは年も違う上、自分とはまったく異なる存在なので、その関係を進行させて良いものかどうか戸惑っている。縁があれば結婚したいのだが、といったような書き込みがあった。私は、その書き込みに対し、以下のような返信をさせていただいた。

直感的と言うよりも、私の気持ちを率直に書かせてください。

「条件」がいいから結婚するわけではないと思いますよ。
だから、年齢差があるからとか、住んでいる世界がまったく違うとか、
そういったことがらが気になるのであれば、
例え結婚してもうまく行かないかもしれませんね。

うまく行く結婚とは、年齢差があっても愛があるから関係ない、
住んでいる世界が違っていても自分の違うものを持っている相手だから吸収できる、そういう関係だと思います。

それができるかできないかを「縁」と決めてしまうのは、
愛をベースにした考え方とはちょっと違うと思っています。
例えそれができなかったとして、「縁」がなかったというよりも、
「愛」がなかった、と私は判断します。

> まだ行動を起こしてないので縁が無い(縁が決まってない)のであれば
> やめようかと思っています

愛を大切に生きている人が、こういう言葉を聞くととても悲しくなります。
もう一度、何が一番大切なのかをじっくり考えてみてください。
私はこのサイトで、もっとも大切なものは何かを一生懸命書き綴っているつもりなのですが。

厳しい書き方をしてしまって、申し訳ありません。
でも、結婚の素晴らしさ、愛の素晴らしさを伝えて行く者として、
どうしても書かずにはいられなかったのです。

 私は、縁があるから結婚するのではなく、愛があるから結婚するのだと思っている。縁はただ、二人を引き合わせるきっかけに過ぎない。もしもこの先、二人の間に多大な困難が待ち受けていたとして、それを二人で乗り越えて行くことができるのだとしたら、この二人の間には縁があったのではなく、愛があったと表現するほうがふさわしいと思うのだ。

 だとすると、縁とは、単なる種であり、愛とは、その種に水をやったり肥料をやったりして育てて行くものなのだろうか。いや、違う。世の中には、「愛を育てる」などという表現もあるが、私は、果たして本当にそうなのだろうかと疑問に思ってしまう。愛を育てるって何だろう。「育てる」という表現の中には、最初は小さくて、やがて大きく成長して行くといったイメージがある。そうなると、育って行った愛は、やがて飛び立って行くのだろうか。

 愛はいつも同じ大きさで、縮小したり拡大するように見えてしまうのは、単に自分の中の愛が不足しているだけなのではないだろうか。そう、私たちが、覚醒しているときにだけ、神の存在を実感するときのように。

 愛が純粋であればあるほど、愛することと愛されることが同時に起こって行く。そうなると、シンクロ現象も、もっと内的なものへと変化して行く。そして、縁を感じさせてくれたシンクロ現象も、単に外的なものに過ぎないと気づいて行くことだろう。もしも徹底的に縁にこだわるなら、外的なシンクロ現象よりも、内的なシンクロ現象のほうに注目したほうがいいのかもしれない。内的なシンクロ現象とは、魂と魂が深く関わることによって生じる、相対的なシンクロ現象を意味する。

 愛があれば縁は切れず、例え縁が切れたように見えても、愛はどこまでも続いて行く。そういう関係を築くことができたとき、愛の深さは縁の深さとイコールになる。これが、私なりの持論だ。

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2005.06.22

中間世

 前世や現世に対し、転生と転生の間の肉体を持たない時期のことを、中間世と言う。私たちの魂は、中間世の時期に、次の転生で肉体を持って生まれるときの計画を立てているそうだ。

 ここに、中間世にテーマを絞った素晴らしい本がある。それは、ホイットン博士の『輪廻転生──驚くべき現代の神話』という本である。原題の『LIFE BETWEEN LIFE』のほうが、題名としてはぴったり来る本ではある。内容はやはり、何らかの問題を抱えた患者たちに退行催眠を施して中間世まで導き、彼らの立てた魂の計画を知ることにより、問題の根本解決を図ろうというものである。私は、この本に登場するカルマ的な父親を持つ青年の報告を読んだとき、感動で胸が打ち震えたのを覚えている。

 彼は、若い頃から父のことが大嫌いで、父の病気が重くても、老人ホームを訪問しなかった。しかし、あるとき、何となく父のことが気になって老人ホームを訪問してみると、人口呼吸のチューブが外れて息ができずに苦しんでいる父の姿を見た。彼は、このまま見てみぬふりをして父を死なせてしまうか、それとも看護婦を呼ぶか、ジレンマに陥ったという。しかし彼は、大声で看護婦を呼び、父は一命をとりとめたのだった。

 何年かのちに彼は、自転車に乗っていて、横からトラックに跳ねられるひどい車故に遭う。にもかかわらず、大腿骨骨折はまぬがれたそうだ。のちに彼は、退行催眠により、これらの出来事が中間世で計画されたものだと知ることになる。彼は、以下のように報告している。

 「父の生死を決めたあの事件は、あきらかに私が自分で計画した重要な試練で、そのことは私のカルマの台本にはっきりと書かれていました。もし私に対して父が犯した罪──何回もの人生にわたるものらしい──を許してやれたら、私は自転車事故で死なずにすむことになっていたのです。計画では、私の過去の行為のために、父を死なせようとすることになっていました。でも、私はテストにパスし、事故ののち、その計画は終了したのです。来世にわたる未完成の計画が繰り上げられて今生で起こったことがわかりました。」

 私はこの部分を読んで、とにかく号泣したのだ。彼がカルマの計画をまっとうした上に、更なるステップアップまで実現できて、本当に良かった。カルマの計画をクリアした彼には、素晴らしいご褒美が用意されていたのだ。

 私にも魂の計画があるのだとすれば、それは、前世の夫との間に作ってしまったカルマを解消することだったのではないかと思う。そして、めでたくカルマを解消することができたなら、ガンモと出会って結ばれるような計画を立てていたのではないろうか。更に、ツインソウルに出会ったのは、カルマ的な前世の夫と過ごしていたときにソウルメイトと出会って駆け落ちしたことに対する、追試の意味合いを持っているのではないだろうか。それらのことを思うと、涙がとめどなく溢れて来るのだった。

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2005.06.21

退行催眠

 退行催眠について、これまで「ガンまる日記」の中でも触れてはいるものの、その内容については詳しく書いていなかったと思う。具体的に、退行催眠とはどのようなことを行うのか。今回は、それについて書いてみたい。

 退行催眠とは、言葉の通り、過去に退行する催眠をかけて、過去を思い出して行くことである。問題となった過去まで遡るので、一言で言うと、問題が発生した原因がはっきりとわかり、トラウマが解決されやすい。思い出す対象が現世に留まる場合もあれば、前世にまで遡る場合もあるようだ。現世に留まる場合は、例えば、セックスに対する恐怖を感じている女性がいるとする。彼女は、子供の頃に父親から性的虐待を受けていた。そのようなケースの場合、勇気を持って父親から性的虐待を受けていた頃に戻り、その父親を一生懸命許して行くといったセラピーが行われることもある。前世への退行も同じような感じで、問題のある前世まで退行し、原因となっている出来事を確認し、解放して行く作業となる。前世まで遡る必要があるのは、問題の原因が現世に見つからない場合である。

 退行催眠そのものはヒプノセラピー、前世を思い出す場合は、前世療法などと表現されることもある。私が行ったのは、前世への退行催眠である。実際に、ヒプノセラピストと対面し、その人の力を借りて思い出す人もいれば、私のように、ヒプノセラピストのメッセージの入った退行催眠CDを使って思い出す人もいる。

 私の場合、初めての退行催眠を行うきっかけとなったのは、前世の夫との凄まじいカルマを解消したことにあった。それは、ガンモと出会う前のことである。思い出すようになった前後のことはあまりはっきりと覚えてはいないのだが、凄まじいほどの愛憎の原因を、何とかして突き止めたかったのだと思う。

 退行催眠CDは、確か渋谷にあるパルコの本屋さんで手に入れたように思う。そのCDを、夜寝る前にリラックスしながら聴いていると、前世の夫と過ごしていたときに作り出していたカルマを、まるで映画を観るように、当時のいやあな感覚と一緒に思い出したのだ。思い出した内容については、過去の「ガンまる日記」にもホームページにも書いているので、敢えて触れないでおく。そのときに出て来た尋常じゃないほどの涙は、自分の涙ではなく、前世の夫の涙であると感じた。そして、現世での苦しみの原因を作ったのは、私自身であったこともわかってしまったのだ。前世を思い出したことで、現世での苦しみの原因がわかり、自分のことも相手のことも許せるようになった。

 前世を思い出すコツは、呼吸法にあると思う。私は演劇をやっていたので、腹式呼吸に対する知識があった。それが成功に繋がったのかもしれない。私の場合、前世を思い出すときは、身体がストンと落ちて行く。だから、思い出せるときは、これは来るぞ、という感覚がある。それはまるで、金縛りの反対のような感覚だ。身体中の緊張がすべてほぐれ、これまで閉じられていたあらゆる感覚が開放されて行くような感じである。そう、魂のセックスに近い状態である。

 前世への退行催眠は、問題となっている前世を的確に見せてくれる。それは、ほんの短い映像なのだが、前世の感情のたっぷりと詰まった、非常に効率的な映像だ。しかし、特に切実な問題を抱えていない場合は、空振りに終わってしまうことが多いようだ。

 愛の記憶を紐解くことは、現世の自分への癒しにも繋がる。例えば、今は良好でない関係が、前世で起こったあることが原因でこじれてしまっているのだとしたら・・・・・・。その原因を探ってみるだけの価値はあるかもしれない。

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2005.06.20

既知感

 私のサイトをリンクしてくださっているので気がついたのだが、私と同じ兵庫県に在住のさちさんという方が、ソウルメイトを探してというブログを書かれている。さちさんの文章はとてもスピリチュアルで、思わず引き込まれてしまうかのようだ。瞑想をしたり、自分自身を深く探求している人たちは、まるで魂が旅をしているかのような心地良い文章を綴ることができる。左脳ではなく、右脳で文章を綴っているからだ。さちさんの文章もまた、私を心地良い魂の旅へと誘ってくれる。

 さちさんのブログの中で、ワイス博士の『魂の伴侶』の文章を引用されている部分がある。私も、この本は、発売された当時に読んでいる。しかし、こうして今、引用されている部分を読み返してみると、突き上げて来るような感動を押さえることができない。例えば、

 その人はあちらの側の世界、天国からやってくる。そして、違った姿をしている。しかし、あなたは心で見分けることができる。あなたの心は、月に照らされたエジプトの砂漠や、モンゴルの平原でその人をあなたの腕に抱きしめたように、その人を再び抱きしめる。あなたたちは一緒に、今まで誰からも忘れ去られた将軍のひきいる軍隊の仲間として、草原を馬でかけめぐったことがあった。そして、太古の昔、どこかの岩の洞窟の中で、一緒に暮らしていた。あなたたちは時を越えて結ばれている。そして、あなたが、一人ぼっちになることは、これからもないだろう。

とか、

 「私はあなたを知らない」と、あなたの頭は抵抗するかもしれない。でもあなたの心は憶えている。その人があなたの手を初めてとった時、彼の手の感触は時空を越えて、あなたの存在のすべての原子をゆさぶる。その人があなたの目の中をのぞく。すると、あなたは相手の目の中に、何世紀も向うの魂の友を発見する。あなたの心は高鳴り、腕にとりはだがたつ。この瞬間、まわりのものすべてが消え去ってしまう。

とか、

 二人が互いに気づいた時、二人の情熱はどんな火山よりも激しく噴出する。計り知れないほどのエネルギーが放出される。
 魂同志の認識が、瞬間的に起こることもある。突然、親しみの感情が湧き上がってくる。意識のレベルの計り知れない深い場所で、今、出会ったばかりの人を知っているという気がする。最も親密な家族に対するものと同じ深さか、さもなければ、それよりも、ずっと深いところで感じる感覚だ。そして直感的に、何を言えばよいか、相手がどう反応するかも知っている。一日、いや一週間、または一ヶ月で獲得できるより、ずっと深い信頼と安心が一瞬のうちに生まれる。

など。もう、涙なしでは読めない文章だ。出会った人にしかわからない、時空を超えた親しい愛の記憶。これを書かれたワイス博士は、精神医学の先生である。ワイス博士は、当時、前著の『前世療法』を出版するとき、輪廻転生を認めてしまうことで、医学の立場を追われるのではないかという懸念があったようだ。結局、『前世療法』は世の中に大反響を呼び起こし、ワイス博士は続いて『前世療法II』を執筆された。さちさんのブログで取り上げられている『魂の伴侶』は、『前世療法II』のあとに執筆されたものである。

 ここでも取り上げられている既知感であるが、ワイス博士が書かれているように、

突然、親しみの感情が湧き上がってくる。意識のレベルの計り知れない深い場所で、今、出会ったばかりの人を知っているという気がする。

もう、これ以上の表現はない。本当にそうなのだ。初めて会ったのに知っている。何故か懐かしく、実際に、急速に親しくなれる。ガンモも私も、出会ったとき、もう三〇代の大人だったというのに、親しくなるのに時間はかからなかった。その年代から新たな親しい関係を築き上げて行くには、躊躇したり、時間がかかったり、また、これまで蓄積したものが噛みあわず、停滞したりするのが通常の展開だろう。しかし、私たちは、交際し始めてわずか三週間で結婚を決めてしまったのだ。そして、私たちはまるで前世の続きから始めるように結ばれた。

 火山が爆発するような激しい感情。これは、ツインソウルだろう。ツインソウルが何者であるかわかり始めたとき、あまりもの強い記憶の衝撃に、私はしばらくの間、うずくまって泣いていた。どうしても、泣かずにはいられなかった。ツインソウルが何者なのか、細かく思い出そうとすると、時空が、ウルトラQのようにぐにゃりと曲がった。実際、私が思い出したツインソウルとの前世では、メラメラと燃え盛るツインソウルと私の炎のような感情を見ている。

 久しぶりに目を通したワイス博士の文章は、しばらく眠っていた私の目を大きく開かせてくれた。決して忘れることができない魂の記憶。それは、毎回クリアされることなく、どんどん蓄積されている。私は、こうした愛の記憶を、世の中に伝えて行きたかった。さちさんのブログが、それを思い出させてくれた。さちさん、本当にありがとう。

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2005.06.19

しょんぼり父の日

 ゆうべ、午前二時にコールセンタから電話があり、ガンモは呼び出されて仕事に出掛けて行った。そのまま一睡もせずに仕事を続け、午後三時半頃ガンモは帰宅した。何という過酷な勤務だろう。車で事故を起こしたりしないか、いつも冷や冷やものだ。一体何時に帰って来るのかと思い、仕事中のガンモに電話を掛けると、
「あとをよろしく」
などと言う。何だ、まるで遺言みたいじゃないかなどと思っていると、
「鳩をよろしく」
の聞き間違いだった。

 帰宅したあと、ガンモはすぐに眠るのかと思ったが、寝室の窓からしばらく鳩を眺めていた。ガンモは、鳩を新しい家族だと認め、自分のことを「ハト親」などと言った。里親の響きから思いついたらしい。鳩は、今日も一生懸命卵を温めていた。私は、ガンモが仕事に出掛けている間に、鳩がつがいでいるのを見た。雄と思われる鳩は、巣作りのために運んで来た細い枝を口にくわえていた。

 それから私は、ガンモと一緒にベッドに横になり、夕方まで少し眠った。

 今日は父の日だった。父の日のプレゼントとして、糖尿病を患っている義父には深層水のにがり水を、私の父には磁化杯というコップを、母とお揃いで使ってもらえるように、二個送った。どちらも健康を考えての品物である。実家の父と電話で話していたときに、荷物は届いたかと確認すると、届いていないと言う。楽天のお店から発送してもらったものだが、きのう、知らない業者から荷物が届いたので、母が受け取り拒否をしたと言うのだ。母曰く、
「荷物が届けられるなんて聞いてなかったし、最近、こういう詐欺が多いからね」
私が、
「父の日なんだし、娘から何か届くって、だいたい予想がつくでしょう」
と反論すると、
「中に請求書みたいなのが入ってたので、これを払うんですか? と宅配業者さんに尋ねたら、これで払うって言われたのよ」
と言う。ああ、何ということだ。母の日に、同じように楽天から発送してもらったときは、あらかじめ伝えておいたのに、今回は伝えなかったのだ。それが、裏目に出てしまったとは。何となくしょんぼり気分で幕を閉じた父の日だった。

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2005.06.18

鳩の巣

 私たちの住んでいるマンションには、ベランダが三箇所ある。そのうちの一箇所が、台所に面しているベランダなのだが、数日前から、私たちが台所で用を足していると、鳥がわさわさと飛び立って行く音が聞こえるようになった。最初は、カラスが台所のゴミを目当てにやって来ているのかと思っていた。しかし、今日になって、
「グルッポという声が聞こえるから、どうも鳩みたいだよ」
とガンモが言った。

 今日はガンモも仕事が休みだったので、私たちは、台所のベランダに近い寝室でくつろいでいた。ふと、寝室の窓からベランダをのぞいていたガンモが、興奮した様子で、
「俺のゴミ箱から、鳩が首を出してる!」
と言った。ガンモのゴミ箱とは、ガンモが学生の頃から使っていた金属製のゴミ箱のことである。もう使わないそのゴミ箱は、ベランダに出しっぱなしにしていたため、横になって転がっていた。

 その直後、バサバサバサという音がして、鳩が飛び立って行くのが見えたのだ。私たちは、顔を見合わせた。もしかすると、ガンモのゴミ箱の中に、鳩が巣を作っているのだろうか?

 私は、台所から回って、鳩が飛び立って行ったゴミ箱の中をそっとのぞいてみた。その中には、小さな卵が二つと、彼らが作りかけた巣があった。私は、すぐにガンモに報告した。
「卵があったよ! 作りかけの巣もある!」

 飛び立って行った鳩は、近くの建物に止まり、こちらの様子をチラチラと伺っていた。そして、私がベランダから離れたのを確認すると、再びガンモのゴミ箱の巣に戻って来たのだ。私は、懸命に卵を守ろうとする親心に心を打たれ、目頭が熱くなった。これから生まれて来るであろう子供のために、人間という危険な動物がすぐ側にいるにもかかわらず、卵を守るために巣に戻って来たのだ。そして、巣の中でしばらくゴソゴソすると、再び卵を温め始めたようだった。

 私は、その強い意志に感動した。ガンモは、
「俺らは鳩から子作りと子育てを教わるんじゃない?」
と言った。なるほど、そうかもしれない。

 更にガンモは、私に、
「鳩日記を書いたら?」
と言った。私は、
「いや、これ以上は無理だよ」
と言って断った。

 ネットで検索してみると、マンションのベランダに鳩が巣を作って卵を産んだという話が、あちこちでヒットした。中には、どうしたらいいか困っている人に対し、鳥の卵は鳥獣保護法で保護されているので、撤去したい場合は保健所に相談したほうがいいなどとアドバイスしている人もいた。例え、ここがマンションといえども、せっかく巣を作り、卵を守っている鳩を追い払うなんてとんでもない! と私は思った。もちろん、ガンモも私と同感だった。しかし、ネットに書き込まれている状況から、ベランダに鳩が卵を産むという同様の現象を体験しても、家庭によって事情は様々なのだと実感せざるを得なかった。

 私は、鳩を安心させるため、鳩にテレパシーを送った。たいていの動物は、テレパシーを感じ取ってくれる。道を歩いているとき、私はあなたに危害を与えるつもりはないとテレパシーを送ると、彼らはちゃんとそれを受け取ってくれて、私を警戒することはない。だから私は、私たち夫婦は、あなたたちに危害を加えるつもりはない。むしろ、あなたたちの雛が誕生し、巣立って行くことを応援していると、テレパシーを送った。

 実は、子供の頃、私の実家では鳩を飼っていたことがある。だから、卵から孵った鳩の雛が、どのように成長して行くかを、私はちゃんと知っている。親鳩がきちんと餌を運んで来るのであれば、手がかかるのは、糞の始末だけだ。他の住民からのクレームがなければ、ベランダでの新しい生命の誕生は、私たち夫婦に大きな感動をもたらしてくれるに違いない。卵を守るために巣に戻って来た親鳩のことを思うと、彼らを応援しないではいられないのだった。

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2005.06.17

ライバル意識

 今日は、ガンモの顧客の会社がある最寄駅で待ち合わせをして、ガンモと数年ぶりに飲みに行った。珍しく、ガンモのほうから、
「今日は飲みに行こうか」
と誘って来たのだ。結婚9周年の後夜祭のつもりらしい。

 ガンモは普段、お酒もビールもほとんど飲まないので、外食となると、私だけがビールを注文することも多い。私は、晩御飯を外で食べるとなると、お酒が入るのは当たり前だと思っていたので、ガンモとの短かった恋愛時代(付き合い始めてからすぐに結婚したため)、アルコール抜きの晩御飯を食べるということが、妙に新鮮な気がしていた。ガンモがほとんどお酒を飲まないので、二人で居酒屋に行くなんてことは、これまで数えるほどしか経験がなかったのである。

 金曜日の夜だったが、仕事を終えた後で少し遅かったので、何とか席をキープできた。私たちは、ビールで乾杯し、結婚9周年を再びお祝いした。初めて足を運んだお店だったが、料理もおいしい上に、お手頃価格だったため、私たちは料理をたくさん注文し、パクパク食べた。

 飲みに行くと、お酒を飲まない人は、実に良く食べる。ガンモも例外ではない。また、私は良く食べて良く飲む。ガンモが良く食べるので、私の分の料理がなくなってしまわないかと心配になり、私もムキになって食べてしまう。良く食べる二人がたくさん料理を注文して、すぐにおなかいっぱいになってしまった。居酒屋に入ってから出るまで、ずっと食べ通しだった。

 食べてばっかりだったので、ビールのおかわりも注文できなかった私は、
「何か違う!」
とガンモに言った。しかも、職場の人たちと飲みに行くと、たいてい、誰かが何かを熱く語り始める。仕事の愚痴や職場の噂話が多いからだ。しかし、私たちには愚痴がない上に、食い意地が張っていて、飲むことよりも、とにかく食べることに専念していた。
「違うって、何が?」
とガンモが言うので、
「だって、私たち、さっきから食べてばっかりじゃん」
と私。
「そう言えば、何か愚痴でもないの? 仕事が辛いとかさ」
と尋ねるガンモに、
「ない!」
と私は答えた。ガンモはカラカラと笑った。
「とにかく、何か違う!」
と私は繰り返した。

 料理を食べ過ぎておなかいっぱいになり、そろそろ店を出ようかという頃になって、ガンモは自分の飲みかけの温くなったビールの入ったコップを私に差し出した。残すのはもったいないので、私に飲んで欲しいらしい。
「何か違う!」
と言いながら、私はガンモの残した温いビールを飲み干した。ガンモは、
「居酒屋、気に入った。また来るから」
と言った。ちょっとしたレストランに入ってご飯を食べるのと同じくらいの値段で、おなかいっぱいになれることがわかったからだ。しかし、私は、もうちょっとビールが飲みたかった。食べる量を減らせば、もっとビールを飲めたのかもしれないが、ガンモがライバルだと、ついつい食べてしまう。食べることに関して、私がライバル意識を持ってしまうのだから、飲むことに関して、ガンモもライバル意識を持ってくれたら、もっと面白い展開になっただろう。

 果たしてこの次は、ガンモとどんな勝負が展開されるのだろう。ガンモのペースに巻かれずに、マイペースでビールを飲みたい。ガンモのペースに巻かれてしまったので、今回の勝負は、ガンモの勝ち。

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2005.06.16

結婚九周年

 去年迎えた結婚8周年から更に一年の月日が流れ、ガンモと9回目の結婚記念日を迎えた。9年というのは、節目になり切れなくて、何だか中途半端だ。去年も、「8進法なら10年なのに」などと書いているが、今年こそ、「9進法なら10年なのに」と思ってしまう。

 平日の休みを取り易いガンモは休みを取っていたが、私は仕事に出掛けた。しかし、比較的早めに仕事を上がることができたので、私はガンモと待ち合わせをして、食事に出掛けた。食事と言っても、時々二人で出掛けているお気に入りの回転寿司屋さんだ。

 テーブルについて、9周年をお茶で乾杯すると、ガンモが
「はい、これ」
と言って、郵便物を差し出した。封筒に、6月16日指定というシールが貼り付けられている。送り主は、私の古くからの友人だった。彼女はここのところ、私のホームページやブログを良く見てくれていて、今日が結婚記念日であることを覚えていてくれていたのだ。そう、彼女は、ガンモと私が付き合う前から支えてくれていた大切な友人の一人である。

 中を開けてみると、結婚9周年おめでとうの言葉とともに、彼女が手作りしてくれた亀の財布が入っていた。友人からの思わぬプレゼントに、私は感動に包まれた。彼女は、私が亀好きであることを理解し、私たちの結婚記念日が今日だということを心に留めながら、何日も前から準備してくれていたのだ。本当にありがたいことだと思った。私は、その財布をぎゅっと抱きしめた。

 余談になるのだが、私は、彼女のソウルメイトであろう男性と、ずっと一緒に仕事をしている。初めて上司に会ったときは、とにかく驚いた。何故なら、彼女と顔がそっくりだったからだ。年齢は、上司のほうが少し年下になるが、彼女と上司は誕生日が一週間と違わない。これは何かありそうだと思っていたら、前の部長が転勤するときに、その上司の縁談を私に託して行った。自分の赴任中、その上司に縁談の世話ができなかったことだけが心残りなので、あとは私に任せると言い残して転勤して行かれた。前の部長は、その上司には年上の女性がいいと言い切った。私もそれに同意したが、そのとき、私の頭の中には、彼女の存在が急浮上していた。

 しかし、まだまだプライベートな付き合いのない上司に、どのようにして彼女を紹介するか。ここから先が難関ではあるのだが、二人のエネルギーが整ってくれば、道は開けて来るのだろう。そういう意味で、今後の展開が楽しみでもある。

 さてさて、結婚9周年を迎えた私たちは、家に帰り、たくさんの抱擁を交わし、たくさんのキスをし、たくさんの愛シチューを言った。

 結婚してから9年。お風呂の中で、
「来年は、スィートテンダイアモンドかな」
と心にもないことを言ってみると、ガンモから、
「いやいや、スィートテンガタンゴトンだよ」
と、半ば本気の応答が返って来た。

 私はお風呂から上がると、母に電話を掛けた。母はいつも、私たちの結婚記念日を覚えていてくれる。私は、
「いい人と結婚したでしょ」
と言いながら、母にガンモのことを自慢した。母はそろそろ眠そうだったが、私たちの結婚記念日を祝福してくれた。

 ガンモへ。これからもずっと、シングルベッドで一緒に眠り続けるからね。ガンモ、愛シチュー(*^^*)。

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2005.06.15

喧嘩のできない関係

 最近、掲示板で、私はこう思うと反対意見をはっきりと発言させていただいても、真摯に受け止めてくださる方が多くなって来た。とてもありがたいことだと思う。しかし、その反面、これまで一度も対立がなく、単にプラスだけで築き上げて来た関係を崩して行くことを恐れるようにもなってしまった。これまでプラス面での信頼関係を積み上げて来ただけに、本当はこうして欲しい、私はこう思っているといった否定的な感情をぶつけて行くことが困難になってしまったのだ。

 何故、本心を言える相手とそうでない相手ができてしまうのだろう。相手が正直であるかどうかを、私は潜在的に感じ取っているのだろうか。おそらく、正直な人に対しては、私も正直でいられるはずだ。しかし、本心を隠している相手に対しては、私自身も正直である必要はないと思っているようだ。そして、相手に言えないことが溜まってくると、次第にストレスを感じるようになってしまう。

 対立を繰り返すほど仲良くなれるツインソウルのような関係と、一度も対立が生まれないソウルメイトのような関係。一体、どちらが良好な関係と言えるのだろう。ツインソウルと私の喧嘩のように、感情と感情を激しくぶつけ合いながらも、お互い、何事もなかったようにケロッとしているような関係が、多くの人たちと結べるとは思えない。もちろん、ガンモと私だって、時には喧嘩をすることもある。しかし、喧嘩をしても、すぐに元通りになれるとわかっているからできるのだ。やはり、最初から本音で付き合っていないと、喧嘩を始めることは難しい。

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2005.06.14

大多数との関わりに思う

 自宅の鏡では気がつかなかったのだが、今日、職場のトイレの大きな鏡で自分の顔を見てみたら、肌が黒く焼けているのがわかった。私は鏡を見ながら、一人でにやけていた。紫外線なんて気にしない。この肌の焼き具合は、私の勲章だ。何てったって、愛シチュー焼けなんだから。

 私は職場で使っているIDカード入れを、愛シチュー博で買って来たモリゾーとキッコロのIDカード入れに差し替えて、愛シチュー博の余韻をひっそりと楽しんだ。もともと緑が好きな私は、それだけでも楽しい気分になることができた。

 平日だというのにものすごい人で賑わっていた愛シチュー博だったが、そこで私たちが見せられたものは、「大多数」というテーマだった。例えば、お昼ご飯を食べるにも、たくさんの人が並んでいる。厨房にいる人たちも、カウンターにいる人たちも、それこそオーバーヒート寸前の状態で動き回っている。注文を間違えたり、お客様をお待たせしてしまってはいけないと、彼らの目つきは真剣だ。そこまで真剣にフル回転させていても、大多数を前にすると、一人一人の関わりが希薄になってしまう。ありがとうございました、という言葉が機械的になる。お昼どきという一番のピークを過ぎれば、彼らは精神的にも肉体的にも消耗し切ってしまうのではないだろうか。

 私は、注文した料理を待ちながら、自分のホームページの掲示板での交流と重ね合わせて考えていた。すると、厨房やカウンタで動き回っている店員さんたちが、私の分身であるかのように思えて来た。料理の出来上がりを待っているお客さんたちは、料理に対して何を求めているのだろうか。スピードだろうか、それとも、丁寧に作り上げられたおいしい料理だろうか。中には先を急ぐお客さんもいらっしゃることだろう。何でもいいから速く出して、と言われるかもしれない。お客のニーズに合わせて行くこと。それがお店の宿命なのだろうか。

 愛シチュー博は、とにかく熱いところだった。今、ここで働いている人たちは、たまたま仕事に就いていなかった人たちなのだろうか。もしそうなら、愛シチュー博の期間中だけでもここで働けるのだから、ラッキーとしか言いようがない。愛シチュー博の会場で働くことができたなんて、一生の想い出になることだろう。しかし、愛シチュー博の会期が終わってしまえばすぐに解散だ。だとすると、限られた期間だけ、彼らは完全燃焼するのだろうか。

 愛シチュー博で撮影した写真を整理しながら、ガンモがモリゾーとキッコロと一緒に写っている写真を見つけて、突然、涙が噴き出して来た。そこには、ガンモの屈託のない笑顔が映し出されていた。ああ、私はこの笑顔を守りながら生きて行く。こうして、シチューという大きな単位から、ガンモという最小単位の愛に、私は再び着陸した。

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2005.06.13

愛シチュー博

 豊橋を経て、名古屋に宿泊していた私たちの最終目的は、愛シチュー博に足を運ぶことだった。愛シチュー博とは、全国の愛シチューファンの男女が愛知に集まり、自分たちがいかに愛シチュー好きかということを披露する大会である。というのは、もちろん、冗談である。「愛シチュー」については、愛シチューおよび続・愛シチューをご覧あれ。

 さて、これから愛シチュー博に出掛ける人たちのために、今日の記事はなるべくネタバレにならないように書かせていただこうと思う。

 私たちは、藤が丘からは行かず、名鉄で新瀬戸まで出て、そこから愛知環状線に乗り換え、リニアモーターカーに乗るために万博八草で降りた。駅に降り立った途端、私はあの、つーんと込み上げて来るような愛の感覚を思い出し、じわじわと涙が込み上げて来た。それは、普段、ばらばらの意思を持った人たちが一つの場所に集まり、共通の体験をしようとしていることへの喜びだった。人々が、ワンネスへの第一歩を歩み始めたのを確認できたことが、とてつもなくうれしかったのだ。

 それと同じようなことが、会場の中でも起こった。ニュージーランドの人たちが、どこかのステージで踊りながら歌っていたのだが、私はそれを見ながら、とても幸せな気分に満たされた。というのも、彼らの容姿というのが、ひどくおなかの出ているおじさんや、かなり年老いたおばさんといった、日本でも良く見かける、ごくごく普通のおじさん、おばさん達だったのだが、そんなことはちっともおかまいなしに、とても幸せそうに歌ったり踊ったりしていることが、この上なく素晴らしいことだと感じられたからだ。何故、あんなにおなかが出ているのに、幸せそうに笑えるのか。おなかが出ていることは、彼らにとって、ちっとも悲劇じゃないのか。そんなことを考えていたら、彼らの笑顔があまりにも素晴らしく感じられて、知らず知らずのうちに、感動で涙が出て来てしまった。もしも彼らが若くてスマートな人たちだったら、私は色眼鏡をかけて彼らを見ていたことだろう。そして、そこに、作られた幸せを感じ取ったに違いない。私は、素でいられることの幸せを、彼らの素朴な歌と踊りから感じ取ったのだった。

 ところで、先日、入梅宣言がなされたように、出掛ける前は、お天気が少々心配ではあったのだが、今日の愛知地方は、真夏日の少し手前くらいの厳しい暑さだった。精力的に外の会場を歩き回ったため、私たちは喉が渇いて仕方がなかった。これから愛シチュー博に出掛けられる人には、大きな水筒に飲み物をたっぷり入れて持参されることをお勧めする。(ペットボトルや缶類の持ち込みは不可だが、自前の水筒は持ち込み可能)ただ、中にたくさんの自動販売機が設置されている上に、値段もそれほど高くないので、できるだけ荷物を少なくしたいという方は、自動販売機で十分間に合うかもしれない。

 また、愛シチュー博の入口では、飛行機に乗るときのように、危険物の持ち込みがないかをチェックされるのだが、私は重い金属入りのダイエット靴と万歩計がひっかかってしまった。これから愛シチュー博に出掛けられる方は、ビーッと鳴ると恥かしいので、重い金属入りダイエット靴は控えられたほうがいいかもしれない。

 入場券に関するエピソードも書いておこう。私たちが愛シチュー博の入場券を入手したのは、出掛ける数日前のことだった。入場券なんて、すぐに手に入るだろうと高をくくっていたのだが、いざ、前売り券を購入しようとすると、既に売り切れ状態だった。そこで、ネットオークションで余り入場券を落札し、手に入れたというわけである。

 ネットオークションでは、愛シチュー博の施設予約まで行った入場券が、少々高い値段で数多く出回っている。これは、入場券がICカードになっていて、カード固有の番号でWebサイトの予約システムにアクセスすると、施設の事前予約ができることを利用したものだ。実際のところ、施設の事前予約はずいぶん前からいっぱいになってしまっているため、考え方によっては、自分の行きたい日付で自分の回りたい施設の予約がなされている前売り券をネットオークションで落札することは、時間の節約になるかもしれない。

 私たちの場合、入場券のみを購入したため、もはや事前予約はできず、入場してからしばらくの間、どこにも入れずにウロウロすることになってしまった。平日だと言うのに、四〇分〜百二十分待ちは当たり前の世界だった。

 予約のいらないアジアの施設などを回ったあと、いくつかの乗り物に乗ると、もう夕方になってしまっていた。ガンモがJR東海の超電導リニア館に行きたいというので、夕方になって空いて来た列の最後尾に並んだ。しかし、中のシアターの席に座り、3Dの映像が流れ始めると、私たちは連日の旅疲れと極度の寝不足のため、二人ともコックリコックリと居眠りを始めてしまったのだった。

 来場者が多いので、一日ではとても回り切れないことを覚悟しておいたほうがいいかもしれない。そういう意味で、また行きたい気持ちにさせてくれる、そんな愛シチュー博だった。

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2005.06.12

豊橋電鉄と名鉄パノラマスーパー

 今日は、きのうとはうって変わって、ほぼ快晴に近いお天気に恵まれた。私たちの一日は、まず、豊橋電鉄渥美線を制覇することから始まった。

 私はかつて、豊橋電鉄渥美線には乗車したことがある。愛知大学を訪れたときと、スピッツのライブに日帰りしたときのことだ。スピッツのライブに向かう途中に、ガンモの好きなHARD OFF(パソコンなどのジャンクショップ)と、私の好きなBOOK OFF(リサイクルブックのお店)があったのを覚えている。あのとき私は、それらのお店に行きたい衝動に駆られていたのだが、一緒に行動しているスピッツのライブ仲間たちのことを思うと、あのお店に行きたいなどと言い出すことはできなかった。ガンモと一緒なら、絶対に足を運ぶのにと、あのとき素通りしてしまったことがとても心残りだったのだ。

 今日は、ガンモと一緒だったので、渥美線を終点まで乗車して折り返した帰りに、そのお店のある駅で途中下車し、長年(?)の心残りをようやく果たすことができた。特に欲しいと思えるようなものはなかったが、ガンモと一緒にそのお店を訪れることができて良かったと思った。

 渥美線を制覇した私たちは、次に、市内電車の制覇に取り掛かった。市内電車も運営しているのは豊橋鉄道で、二つの路線に分かれているが、どちらも片道二十二分強で乗車できる路線である。しかも、二つの路線のうち、ほとんどの駅が重なっているため、難なく制覇できた。市内を走っているいくつかの車両のバリエーションも、デジタルカメラに収めることができた。

 市内電車を撮影していて興奮したのは、豊橋電鉄の市内電車の車庫で、先日引退した岐阜の路面電車の車両を見つけたことだ。岐阜の路面電車が豊橋に行くという噂は聞いていたが、実際にその車両が市内電車の車庫に収められているのを見つけたときは興奮して、ガンモも私も同時に声を上げたのだった。

 豊橋電鉄を制覇した私たちは、商店街を心行くまで探索した。豊橋は、思っていた以上に大きな街だった。さすが、新幹線の停車駅である。しかも、名物は、私の好きなちくわだ。

 私たちは、豊橋を満喫したあと、名鉄パノラマスーパーに乗って、名古屋入りした。夕方の名鉄パノラマスーパーに乗車したのだが、かつて、ロマンスカーの展望シートをゲットするときに、最前列が取れなくてとても悔しい思いをしたことを思い出し、お昼過ぎには夕方乗るパノラマスーパーを予約して、パノラマシートの最前列をゲットしたのだ。

 ところが、あろうことか、ホームに停車しているパノラマスーパーの車両を見てみると、パノラマシートは後部車両にしかついていなかった。つまり、私たちは、後ろ向きで展望しなければならないことがわかってしまったのだ。

 私たちのショックはとても大きかったが、実際にパノラマシートに乗り込んでみると、豊橋で歩き回った疲れとひどい睡眠不足のために、すぐに眠りに就いてしまった。豊橋から名古屋までのおよそ五十分のうち、三十分近くは眠っていたのではないかと思う。進行方向のパノラマシートだと、景色が迫って来るような感覚があるのだが、後ろ向きに座るパノラマシートは、景色に吸い込まれるような感覚に陥ってしまうため、私たちは深い眠りに誘われたのだった。

(今日撮影した写真(一部のみ):路面電車のはなし

※掲示板へのたくさんの書き込み、ありがとうございます。なかなか返信ができず、本当に申し訳ありません。「ガンまる」日記は、中には後書き日記もありますが、毎日更新すると自分で決めて書き始めた日記であるため、こちらからの発信を優先させていただいております。特に、旅行中は、時間や体力的な制約から、こうした傾向が強くなってしまい、申し訳ありません。掲示板のコメントは、一つずつ、確実な形で返信させていただきたいと思っていますので、どうかよろしくお願い申し上げます。

※先日からの、皆さんの投票のおかげで、少しずつですが、ランキングの順位が回復して来たようです。ちょうど、エネルギーが落ちて来て、スピリチュアルな感覚から遠ざかっているときだったので、皆さんの応援クリックで励まされました。どうもありがとうございました。まだまだ本調子とまでは行きませんが、また、いろいろなことに泣けるように、自分自身の感情を引き出して行きたいと思いますので、どうかあたたかく見守っていてください。

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2005.06.11

雨の豊川稲荷

 仕事の忙しさから解放され、ようやくの週末となった今日、私たちは旅支度を整え、東海地方に向けて旅立った。およそ三ヶ月前に利用した3・3・SUNフリー切符(名鉄・近鉄・南海三日間乗り放題切符)の使い心地がすこぶる良かったので、今回は更に千円プラスして、豊橋鉄道も乗り放題で利用できるワイド3・3・SUNフリー切符を購入した。

 早朝に目が覚めるリズムが身についてしまったガンモは、朝四時過ぎから起き出してはゴソゴソしていた。私も、ガンモのゴソゴソにつられて目が覚めてしまった。この一週間、仕事が忙しくても、この旅行のために歯をくいしばって頑張って来た。そしてとうとう、待ちに待ったその時がやって来たのだ。私は、眠い目をこすりながら、ええいっと起き上がった。

 私たちにとって旅行とは、ある程度集中して仕事をこなしたあとに、自分たち自身に贈る御褒美のような役割を持っている。もしも毎日、有り余るほどの時間があったとしたら、私は旅行に出掛けるワクワクを感じることがなくなってしまうだろうし、「ガンまる日記」を書き続けることさえできなくなってしまうだろう。

 もしかすると、きのう書いた「それは愛なのだろうか」の答えも、実はそうした実情の中に隠されているように思えて来た。つまり、どんな些細なことも、偉大なことも、更には残酷なことでさえも、緻密な関連性を持ちながら、私たちが愛に向かうためのステップを築いているということである。ただ、現状を愛だと受け入れられるかどうかについては、その人自身の器の広さの問題であり、第三者が、これは愛だとか愛じゃないとか押し付けるものではないのかもしれない。じっくりと時間をかけて判断すれば、おそらくすべての出来事が愛になる。愛でないという判断は、せっかちな判断結果に過ぎないのかもしれない。

 しかし、実際には、器の広さや愛に対する判断のスピードは人それぞれだ。それゆえに温度差が生まれ、心地良い、心地良くないの感覚が生じてしまうのではないだろうか。

 私の場合、何クソ! と思いながら、何とか前に進もうとして、自分自身の尻を叩いて行くことが、とても大きなな原動力となっている。だから私には、仕事が辛くなければならないというシナリオが出来上がってしまっているのだ。つまり、ゆとりのある毎日を送っていると、怠けてしまって仕方がないということである。もしも本当に仕事が辛いのが嫌なのであれば、仕事が辛くならないようなシナリオを、自分で書いてしまえばいいのだ。

 その一方で、お金と愛は、いつも相反する形を取っている。精神世界には、「自分の好きなことをしてお金をもらえるなんて、とってもハッピー」という思想がある。私は、この考えはちょっと違うような気がしてならない。もしもその仕事が自分にとって、心からの喜びに繋がっているのであれば、「ハッピーな気持ちにさせてもらえたのだから、それだけでもう十分です。お金をいただくことなんて、とてもできません」となるのではないだろうか。親しい人や愛する人からお金を受け取ることは心苦しいはずなのに、私たちは、雇い主からは当然のようにお金を受け取っている。そこにあるのは、冷め切った割り切りである。もちろん、これも、愛へのステップに過ぎないのかもしれないが。

 さて、話を元に戻そう。今回、豊川稲荷に行くことになったのは、名鉄豊川線制覇のためと、私がスピリチュアルなスポットを好む傾向にあるために、ガンモが計画に盛り込んでくれたからだ。近鉄やら名鉄やらをたくさん乗り継いで、名鉄豊川稲荷駅に着いたのは、十五時を少し回った頃だった。入梅宣言がなされたとかで、移動中、ずっと雨が降っていたが、電車とホームの移動ばかりだったので、それほど支障はなかった。しかし、豊川稲荷駅から、目的地の豊川稲荷を目指している間はさすがに、雨よそんなに降ってくれるなと思っていた。ゴールデンウィークに出雲大社に出掛けたときでさえ、雨に降られてしまったことを思い出してしまう。

 豊川稲荷は、毎年初詣の時期になると、たくさんの人で賑わうらしい。私はそのような予備知識がまったくなかったので、立派な境内が視界に入って来たときは驚いた。雨のため、参拝者はとても少なく、私たちは静かな豊川稲荷を独り占め(正確には二人占め?)しながらたっぷりと堪能し、宿泊先の豊橋へと向かった。私たちがここで見せられたものは、たくさんの人たちで賑わう場所でさえ、静かな雰囲気に包まれることもあるということだったのかもしれない。それは、単に物事の表側だけでなく、裏側さえも体験し、愛でてみなさいという神の計らいだったのではなかろうか。

 ホテルに着いて夕食を取り、部屋に帰って来てもまだ午後七時前だった。こんな時間にゆっくりとくつろげる喜びを、私はかみしめていた。

今日撮影した写真:雨の豊川稲荷

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2005.06.10

それは愛なのだろうか

 今週は、仕事がとても忙しかった。今日までの納期の仕事を抱えていたからだ。一日たりともガンモと待ち合わせて一緒に帰ることはできず、私が帰宅すると、ガンモはいつも家でくつろいでいた。

 私はときどき冗談で、
「もしかして、仕事にも行かず、ずっと家でくつろいでいたんじゃないの?」
などと言ってみる。ガンモのほうが先に家を出るので、そんなことはあり得ないのだが、ついついそんなことを言ってみては、笑いを取っている。

 今週は、ガンモも仕事の当たりが良くて、おとといの夜、コールセンタから連絡が入り、急な徹夜作業をする羽目になってしまった。ガンモは眠い目をこすりながら、辛そうに仕事に出掛け、私が目を覚ます頃に帰宅した。私はすぐにガンモをベッドに寝かせようとしたが、徹夜明けのガンモは少しハイになっていた。そうやって気持ちをハイに持って行かないと、すぐに睡眠が襲って来るからだろうと思う。ガンモは、私が支度を整え、仕事に出掛ける頃にはスヤスヤと寝息を立てながら眠っていたが、お昼過ぎから再び起きて仕事に出掛けたようだ。

 ところで、ガンモはゆうべ、なかなか眠れなかったらしい。昼と夜が急に逆転してしまったため、身体は疲れているのに、夜、なかなか眠れなくなってしまったようだ。生活のリズムが崩れてしまったのだ。飛び飛びで夜勤を何日か体験したあとの先日の出張中も、早朝に目が覚めてしまうと嘆いていた。

 「ガンまる日記」を読んでくださっている方たちの中にも、お仕事がら、夜勤の当番が回って来る方もいらっしゃるのではないだろうか。私は、いくら仕事が忙しくても、夜勤の仕事は経験がない。もともと、夜は眠くてたまらない性質なので、夜働く仕事の人には、本当にお疲れ様ですと申し上げたい。体調を崩してしまうのは、睡眠不足からではなく、生活のリズムが狂ってしまったときなのではないだろうか。音楽の変拍子は心地良いが、生活のリズムが変拍子を刻み始めると、なかなか身体がついて行かない。

 愛とは何か、と問うときに、誰かの苦しみの上に成り立つのは愛ではないと、真っ先に考える。しかし、場合によっては、その苦しみが、人を大きく成長させることもある。だとすると、誰かに苦しみのチャンスを与えることも、愛なのだろうか。

 誰かの睡眠を奪ってしまう、その行為。それが生産であれ、人命救助であれ、睡眠を奪われた人にとって、それは愛なのだろうか。睡眠を奪われたという感覚よりも、世の中の役に立てたという喜びがあるならば、愛であることには間違いない。しかし、眠い目をこすりながら仕事をすることは、愛なのだろうか。私は多分、自分自身の喜びに繋がらない仕事をしているから、いつまで経っても、この答えを出せないでいる。

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2005.06.09

「詳細なる旅の記録」に教えられたこと

 私がレンタルしているまるみの旅行記は、自分の旅行記から誰かの旅行記をお気に入りに加えるとき、相手からのリンク許可が必要になっている。先日、私の旅行記をリンクしたいという方がいらっしゃることを知らせるメールが自動配信されて来た。その方の書いてくださったコメントは、「鉄道関係のページを調べて行く過程で、たまたままるみさんの旅行記を見つけ、そのおかげで自分もここに旅行記を公開することができました。リンク第一号として、まるみさんの旅行記を是非ともリンクさせてください」というものだった。

 私は、すぐにその方の旅行記を拝見した。ほんの少し拝見しただけで、その方の、写真や鉄道に対する思い入れの深さが感じられ、私は感動で涙がこみ上げて来た。その方は、既にたくさんの写真を公開されているのだが、一枚一枚の写真に詳細なコメントを書き入れ、時間をかけてじっくりと丁寧な旅行記を綴られていた。

 その方の旅行記は、今の私に足りていないものを教えてくれたような気がした。デジタルカメラが高性能になり、これまでよりもお手軽かつ本格的に撮影できるようになってからというもの、旅先で撮影したたくさんの写真をWebで公開するといった作業は、オンラインアルバムの普及も手伝って、とても身近なものになった。しかしその一方で、デジタルカメラの手軽さから、写真を大量生産してしまうなど、写真一枚一枚に対するありがたみが薄れつつあったのも事実である。

 写真を始めた頃は、少しでもフィルムを無駄にしたくないと、一枚一枚、丁寧にシャッターを押していた。シャッタースピードもピントも絞りも、全部自分で合わせた上でのマニュアル撮影を好んでいた。当時は、取り終えた写真が出来上がるのに、少なくとも半日はかかっていた。それが今では、電池さえあれば写したいときに写せて、気に入らなければすぐに抹消できる。写真の仕上がりは、手持ちのパソコンですぐに確認できる上、画像編集ソフトがあれば、加工だってできてしまう。街の写真屋さんの店先には、デジタルカメラのメディアを挿入すれば、すぐにでもプリントできるコイン式のプリンタが備え付けられている。また、家庭のプリンタの性能も紙質もずいぶん良くなり、わざわざ写真屋さんに行かなくても、家庭で高画質の写真を印刷できるようになった。

 そんなこんなで、私は、いつの間にか写真を大量生産するようになってしまっていた。そして、大量生産された写真を扱い切れず、まるで流れ作業のように、簡単なコメントだけつけてWebでどんどん公開していたのだ。それは、「さばく」といった作業に相当するもので、写真一枚一枚の重みなんて、ちっとも考えていなかったのである。

 私の旅行記が、単に自分が前に進むための道具に過ぎなかったのに対し、その方の旅行記は、「詳細なる旅の記録」だった。その方の掲示板にコメントを書かせていただいたところ、その方ご自身のコメントからも、旅の詳細の記録が飛び出して来た。その方は、前に進むことをちっとも急いではいなかった。私のように、一枚一枚の写真を、単に「処理」しているのではなかった。私のたった数行のコメントに対し、あれほどまで詳細なコメントを返してくださるとは・・・・・・。とにかく、何から何まで感動的だった。

 その方の「詳細なる旅の記録」に教えられたことは、他にもある。それは、情熱は必ず人に伝わるということだった。中途半端に好きなだけの気持ちではない、真剣な想いは、第三者に大きな感動を与えるということだった。それから、写真を「処理」しているように、人付き合いまでも、流してしまってはいけないということだった。そう、やはり、私の生き方として、感情を主体にした生き方を選択し続けて行きたいということが、はっきりと見えて来たのだった。

※朝方このブログを読んでくださっている方へ:
「ガンまる日記」は、夜、帰宅してから書き上げ、朝、読み返して推敲するといった手法を取らせていただいております。従いまして、まだ推敲の終わっていない午前中は、文章がまだまだ熟していません。お昼頃でしたら、推敲も終わり、誤字・脱字やおかしな表記も少なくなっているかと思います。

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2005.06.08

ガンモのサービス

 ガンモは昨日、仕事が休みだったので、近所のスーパーに一人で買い物に出掛け、ごぼう天とイカ天を買って来た。そして、毎朝お弁当を作っている私に、
「冷蔵庫にごぼう天とイカ天があるから、お弁当のおかずに持ってっていいよ」
と言ってくれた。ガンモは、私が大の蒲鉾好きなのを知っているのだ。私は、イカ天に限らず、イカが大好物でもある。

 今朝、私は、ガンモの言う通り、冷蔵庫からごぼう天を出して、お弁当の中に二本だけ詰めた。二本のごぼう天だけでもかなりのボリュームがあるので、イカ天は詰めずに他のおかずを詰めた。普段、私が愛用しているのは二段重ねのお弁当箱である。私は、ご飯がまだ温かいので少し冷ましてから蓋をしようと、温かいお弁当を台所に置いたままにして、出発の準備を整えていた。

 やがて、出掛ける時間がやって来たので、私は急いでお弁当を保冷バックに収め、それを持って仕事に出掛けた。

 さて、お昼休みにお弁当箱を開けてみると・・・・・・。あれ? あれれれれれ? ごぼう天の上に、イカ天が乗っているではないか。
「さては、ガンモだな」
と私は思い、ぷーっと笑いが込み上げて来た。ガンモはきっと、私にイカ天も食べさせたいと思って、台所に置いたままにしていた私のお弁当箱に、そっとイカ天を添えたのだろう。

 仕事が終わってからガンモに電話を掛けた。
「私のお弁当に、イカ天、入れたでしょ」
と私が言うと、ガンモは、
「ばれた? サービスしといたから」
と茶目っ気たっぷりに答えた。
「あのね、おなかいっぱいになり過ぎたよ!」
と、私が声を大にして言うと、
「そんなことより、ご飯の量、多くない?」
と、はぐらかされてしまった。

 確かに、私のお弁当のご飯は、ほんのちょっと多いかもしれない。でも、それがわかった上で、更にイカ天を加えようとしたガンモの取った行動を想像すると、どうしても笑わずにはいられなかった。ガンモ曰く、
「イカ天、イカ好きなのに、イカ天を持って行かないのは禁止!」

(参考記事:愛妻弁当

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2005.06.07

ガンモが男らしく見えた日

 私は先日、ネットオークションで、送料込み290円の商品を落札した。出品者の方と連絡を取り合い、振り込みも完了し、あとは商品の到着を待つばかりという段階だった。

 出品者の方から、きのう発送しましたというメールが届いたのだが、
「ご入金が100円足りませんでした。追って、足りない分のご入金があるかと、何度か口座を確認したのですが、ご入金がありませんでしたので、残りの100円をご入金ください」
と付け加えられていた。

 驚いて、送信簿から、出品者の方に送信したメールを確認してみると、確かに、190円を振り込みましたなどと書いている。更に、いつも振り込みに使っているインターネットの口座にアクセスしてみても、190円しか送金していないことがわかってしまった。私は青ざめた。このようなミスは、オークション取引始まって以来のことである。お相手の方に大変申し訳ない気持ちでいっぱいになるとともに、これまでの取引の実績が塗り変わるような出来事が起こってしまわないかどうか、不安にもなってしまった。

 私はすぐに、足りなかった100円を再度振り込み、出品者の方にお詫びのメールを入れた。心をこめて、丁寧にメールを書いた。そして、すぐにガンモにこのことを報告した。というのも、ネットオークションで使用しているIDは、ガンモと共通のIDだったからだ。もしも今回のことで、私たちのIDに対する評価が悪くなるようなことがあれば、ガンモをがっかりさせてしまうと思ったからだ。

 ネットオークションを良く知らない人のために書いておくと、ネットオークションでは、取引が終了したあとに、取引相手を評価するようなシステムが構築されている。通常は、商品が届いたことを知らせるメールの代わりに、取引相手を評価することで代用することが多い。評価システムで取引相手を評価すると、取引相手に評価の内容が記載されたメールが相手に届くからだ。評価内容を記載する欄に、「本日、商品が無事に届きました。素早く対応してくださったので、安心してお取引できました。ありがとうございました」などと書くと、次にその人と取引をする人が、それを参考にできるというシステムなのである。

 私は、このようなミスで、ガンモががっかりするのではないかと思っていたが、ガンモは予想に反してとても落ち着いていた。おろおろしているのは私だけだった。私は、
「悪い評価をつけられたらどうしよう」
などと気の小さいことを言った。更に、
「メールの中に、合計金額が書かれなくて、送料と商品の値段を自分で計算したら、思い込みで入金しちゃったんだよね」
などと、自分を正当化するようなことを言ったりもした。すると、ガンモは、
「そんなこと理由にならないよ。人のせいにしてはいけない」
と私を叱った。
「何度も入金を確認するくらいなら、入金が足りないって連絡してくれたらすぐに振り込んだのに、何で言ってくれなかったんだろう?」
と私が言うと、
「相手の方は、まるみが自主的に気づくのを待ってたかもしれないじゃん」
と言った。私はその言葉にじーんと来て、ようやく自己愛モードから目が覚めた。

 私がおろおろしながら自分を正当化しようとしているに対し、ガンモはとても落ち着いていて、出品者の方の気持ちを理解しようとしていたのだ。
「その人は、お金が足りなかったのに、発送してくれたんだろう? きっと、いい出品者だよ」
ガンモのこの落ち着きは何なのだ? いつになく、男らしく見えてしまうじゃないか。

 それからすぐに、出品者の方からメールが届いた。「細かい金額なのに、申し訳ありません」などと書かれてあった。「いえいえとんでもございません。もしも私が同じ立場なら、やはり、申し上げにくい状況になっていただろうと思いました」などと返信すると、翌日、「ご入金を確認しました。お手数をおかけして申し訳ありませんでした」などとメールが届いた。そして私は、「とんでもございません。今回は、本当に申し訳ありませんでした」と、再びお詫びのメールを入れた。

 このようなうっかりミスをしてしまって、大変お恥ずかしい限りなのだが、それでも、誠意を込めてメールが書けたこと、私という人物は、いざとなると自己愛の虫が騒いで来るということ、また、ガンモの男らしさに触れられたことは、大きな収穫だったと思う。

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2005.06.06

熱いものを感じた日

 最近、かつての掲示板仲間たちが、久しぶりに近況報告をしてくれるために掲示板を訪れ、停滞気味の私を励ましてくれている。私はそれが、とてつもなくうれしい。かつて、彼らと交わした約束を、私はちゃんと覚えている。でも、覚えているのは私だけではなかった。彼らもちゃんと覚えてくれていたのだ。

 男女の愛についてじっくり語り合う掲示板で、彼らが書き込んでくれた内容を読みながら、感動にむせび泣いたことがしばしばあった。また、時には交流が停滞したり、相手の立場がわからず意見がひどく対立したこともあった。プラス方面にもマイナス方面にも感情を大きくぶつけ合った大切な仲間たち。そうした強烈な交流の思い出が、彼らと私を再び結び付けてくれている。もしも感情のぶつけ合いがなければ、私たちは単に流れて行く存在に過ぎず、再び交わることはなかっただろうと思う。まだ返事は書けないでいるが、再び訪問してくれてとてもうれしかった。本当にありがとう。

 みんなそれぞれ、大変な時期を迎えていたり、困難な状況に打ち勝とうと、奮闘したりしている。あとで振り返ってみれば、苦悩の時期が、今の自分を形成する肥やしになっていることを、彼らは知っている。そうした山場を乗り越えて来た人たちは、たくましくて深みがある。ああ、何て美しいのだろう。

 今の掲示板には、私の厳しい言葉を真正面から受け止めてくれたり、パンパンにふくらんだ愛情をたっぷり示してくれる人たちもいる。私の遅い返信をいつも気遣ってくださり、根気強く返信を待ってくださっている。本当にありがとう。更に、精神世界の道を一緒に歩いて行こうと励ましてくださる人もいる。その人の綴る文章は、地にしっかりと足がついていて、どんどん引き込まれてしまう。ああ、本当にありがたいことだ。

 昼休みにメールをチェックすると、先日こちらで紹介させていただいた、ブログを閉鎖してしまった方からメールが届いていた。こちらでブログを書いていますというご案内をくださったのだ。私はうれしくなり、早速訪問してみた。そして、そこで自分らしさを取り戻し、生き生きと文章を綴っている彼女の姿にまたしても感動し、涙さえ出て来てしまった。そうだ、そうだ。ホームページやブログは、本来、自分にとって最も心地良い居場所であるべきなのだ。最も自分に返ることのできる場所であるべきはずなのに、そこで自分自身を表現できなくなってしまったら、それこそ酸欠になってしまって苦しいだろう。彼女がまた、心地良く自分を表現できる場所を見つけることができて、本当に良かったと思う。

 彼らに共通しているのは、既に苦しみを知った人であるということだ。ここに挙げ切れなかったが、他にも、ご家族やお子さんの写真をメールで送ってくれる仲間や、いつも元気の出るポジティヴな言葉をくれる仲間、愛の言葉で毎回、私を泣かせる仲間、文章を綴ることで自分らしらを取り戻した仲間など、たくさんの仲間たちがいる。思い返してみると、彼女たちの苦しいときを応援し、ともに過ごせたことに対し、今では喜びさえ感じている。

 苦しみを知っているからこそ、彼らが励ましてくれる言葉には深みがある。言葉が立体になっていて、ピチピチしている。だから、私はそれらの言葉を素通りしたくない。無理にでも前に進もうとして、ほんの数行程度の返信で済ませてしまいたくない。彼らの言葉を全身で受け止め、じっくり時間をかけてから、私も立体の言葉を返すつもりだ。

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2005.06.05

感情に触れたい

 この週末は、ガンモとのんびり家で過ごした。昨日は歯医者と鍼灸治療の予約が入っていたため出掛けられず、今日はガンモに呼び出し待機の仕事が入っていたため出掛けられなかった。幸い、ガンモは呼び出されなかったので、私たちは寝室でゴロゴロしながら、休日をともに過ごした。

 マンガをほとんど読まないまま大人になってしまった私が、最近、グリム童話系の少女マンガにすっかりはまってしまい、オークションなどで何十冊もまとめて落札しては、合間、合間に読んでいる。グリム童話系のマンガは、感動的な愛の作品も多いのだが、中には性の玩具として利用される女性たちや、猟奇的な殺人などの大変グロテスクな作品も多く含まれている。ガンモは私がそのようなマンガを読んでいるのを見て、
「精神世界を探求している人が、こんなマンガを読むのはおかしい」
と言う。私は、
「登場人物の感情に触れられるから読んでるんだよ」
と弁明した。

 感情とは、喜怒哀楽のすべてを表している。人間、生きて行く上で、決して喜びや楽しいことばかりではない。むしろ、マンガの中でも、一つの作品の中に喜怒哀楽がふんだんに盛り込まれたストーリーには、強烈に引き込まれてしまう。もちろん、怒りや悲しみばかりでもいけない。最初に苦しみが続き、最後はハッピーエンドといった展開が、最も心に強く焼き付けられるようだ。実際、グリム童話系のマンガには、そうしたストーリーが数多く含まれている。

 今のように運気がすっかり低迷してしまっている私にとっては、こうしたマンガは、自分の中で眠ってしまっている感情を呼び覚ましてくれる重要なアイテムとなっている。マンガを読みながら、感動にむせび泣いたり、また、怒ったりして、リハビリしているのだ。

 マンガに限らず、ブログやホームページの閲覧、そして、人と人の交流についても同じことが言える。私は、書き手の感情にはっきりと触れられるような文章を読みたいし、自分でも書いて行きたい。だから、あいまいでなく、自分の経験や考えがはっきりと語られ、読み手の感情を引き出してくれるような文章に積極的に触れて行きたい。そして、触れさせてもらうからには、その人の生き方を見守り、応援するくらいの覚悟を持ちたいと思っている。

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2005.06.04

書き手と読み手のアンバランス

 先日、とあるブログを拝見させていただいて、考えさせられたことがある。最近、その方の身の上に、人生を左右するような大きな出来事が起こってしまったようである。その方は、大変辛い状況の中にありながらも、一生懸命、前を向いて生きてらっしゃった。

 その方は、しばらくコメントの返信はできませんとブログの中で宣言され、気持ちの整理をつけるために、ブログの中で、ご自分のどうしようもない感情を吐き出す形で、もがくような文章を綴られていた。その方が辛い状況に陥った頃に、私もコメントを書かせていただいたのだが、コミュニケーションを成立させるのは困難な状況だった。

 その方と私の交流は、私の運営しているホームページの感想をメールでお送りくださったことから始まった。しかし、それほど深い交流には至らず、私自身も、その方のブログにほんの数回コメントを書かせていただく程度の交流だった。だから、その方の身の上に起こっていることに対してそれ以上口出しすることは控え、ブログの参照も、数日に一回のペースに留めておいた。

 ある日、その方のブログを開いてみると、
「私がどこにいるかを探して来られた方へ。私は一生懸命生きています。もう見ないでください」
というようなことが書かれていた。おそらく、リアルの世界の知人か友人からのアクセスを確認されたのだろうと思う。そして、今後、このブログは閉鎖し、ハンドルを変えて別のブログを書き始めるという書き込みがあった。そのとき私は、ああ、その方の気持ちが痛いほど良くわかると思ったのだ。後日、その方のブログはパスワード制限がかかり、パスワードを入力しなければ参照できないブログとなってしまった。

 更に、もう一つの話がここにある。こちらも、とあるブログの話なのだが、ある著名人の綴られているブログで、
「自分が何者かであることを明かさない人には、このブログへのコメントもトラックバックもして欲しくない。私は自分が何者であるかをこのブログでちゃんと示している。このブログにコメントを書くなら、ハンドルや匿名ではなく、自分がどこの誰だかわかるように示して欲しい」
というようなことが怒りの感情まじりに書かれてあった。その記事は、かなりの反響を呼んでいたが、私は、これを書いた人の気持ちがとても良くわかると思った。

 前者の問題も、後者の問題も、書き手と読み手のアンバランスによって引き起こされている現象である。自分に正直に生きている書き手ほど、読み手との対等な関係を望む傾向にあるものだ。もしも書き手が自分自身を偽り、感情をあらわにせずに文章を淡々と綴れるなら、読み手の心がどんなに冷めていようとも気にならない。もともと仮面をかぶっているために、傷つくことがないのだ。しかし、自分の感情をあらわにし、自分が何者であるかを示しているような書き手に対して、読み手がいつまでも自分は何者であるかを示さないでいるのは、私は不公平だと思う。

 実際、ブログやホームページの運営は、そのあたりのバランスが一番難しい。何故なら、読み手は自分が読みたいブログやホームページを選択できるのに対し、書き手は読み手を選ぶことができないからだ。読んで欲しい、読んで欲しくない対象に関わらず、情報は常に垂れ流しになる。また、もともと一対多の関係から始まるために、書き手と読み手が対等の関係を結ぶことは、ある程度、交流が深くなってからでないと実現できない。そして、読み手の多くは、掲示板などで自分が何者かを示すことに抵抗を感じている。つまり、読み手は、自分の情報を書き手にだけ効率良く伝えたいと思っているようだ。書き手と読み手の関係は、そういうところから始まるので、なかなか対等にはなれない仕組みが出来上がっているのである。

 ありがたいことに、私が掲示板で交流させていただいている方たちとは、既に自分が何者かを示す多くの情報をいただいている。だからこそ、そうした掲示板を外部の目から守りたいという気持ちも出て来るのだ。

 このように、書き手と読み手のバランスを保ち続けるのは難しい。読み手の数が増えれば増えるほど、それは顕著になって行く。このことは、多くの人と密に関わることが困難であることを証明しているかのように思える。

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2005.06.03

ソウルメイト/ツインソウル学専攻

 私が精神世界に足を踏み入れてから、かれこれ二十年以上の月日が流れた。その中でも、男女の愛、とりわけ、ソウルメイトやツインソウルにターゲットを絞った探求は、今や私のライフワークとなっている。精神世界に専攻があるとすれば、私は、ソウルメイト/ツインソウル学専攻だ。

 私がソウルメイトを探求し始めたときは、まだまだ文献も少なく、人々の意識もソウルメイトには向いていなかった。精神世界を探求している人たちでさえ、
「ソウルメイトって何?」
と首をかしげていたものだ。しかし、ここ数年のうちに、テレビで取り上げられたことなどがきっかけで、ソウルメイトやツインソウルという言葉が広く一般に知れ渡り、多くの人たちがソウルメイトやツインソウルの存在を求めるようになって来た。ソウルメイトやツインソウルの探求を精神世界に基づいて行うのであれば、こうした展開は、大変喜ばしいことだと思う。

 ソウルメイトやツインソウルとの出会いは、魂を大きく揺さぶられることから始まる。そして、これまで閉じていた感覚が開かれ、急に涙もろくなる。テレパシーやシンクロ現象が度々起こる。ソウルメイトやツインソウルに出会った人たちは、これまで味わったことのないこれらの感覚が何なのかを知りたがる。今ではおおかたのことを調べられるインターネットだが、ソウルメイトやツインソウルという言葉を知らなければ、今、自分の身の上に起こっていることが何なのかを理解することができない。言葉が最初にあり、その言葉の意味を調べるのは容易だが、感覚が先にあり、その感覚が何であるかを調べるのは、歌詞だけわかっている歌の曲名を調べるようなものだ。

 私の場合、道を照らしてくれた人に書いたような出会いがあり、精神世界への探求も含めて、すべてはそこから始まった。そして、私に多大な影響を与えてくれたありとあらゆる現象が、その人を源に緻密に関わり合っている。カルマの相手と出会ったのも、ガンモと出会えたのも、何年も付き合えるたくさんの友達と出会えたのも、彼と出会い、彼を好きになったからだ。更に、彼の影響で蓄積して来た知識や経験が、ツインソウルとの関わりを拡大させてくれるきっかけにもなった。とにかく、不思議な存在なのである。

 多くの人たちが、ソウルメイトやツインソウルに出会ってから、同じようなスピリチュアルな経験を重ねて来ている。それらの出来事を掲示板などで聞かせていただく度に、決してマニュアルがあるわけでもなく、別々に生きている人たちの身の上に、何故、同じようなことが起こっているのか、とても不思議でたまらなかった。だから、そうした経験をオープンにして行くことは、今、自分に起こっていることが何であるのかわからない人たちにとって、道を照らすことに繋がって行くのではないかと思う。

 人生、何を選択して生きるか。それはとても重要なことだ。家事をしっかりこなすことを専攻する人もいる。子育てに専念する人もいる。仕事に生きる人もいる。おそらく、たくさんの専攻を同時にこなすことは難しい。私はこれからも、ソウルメイト/ツインソウル学を専攻し、実践し続けようと思う。

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2005.06.02

涙の再会

 今朝、目覚めてすぐにガンモに電話を掛けてみると、ガンモは大阪駅に着いたばかりだった。この分で行くと、午前八時前には帰宅できるようだ。ようやくガンモが帰って来る! 私はそう思って、シャワーを浴び、お弁当を作り始めた。最後のおかずをお弁当箱に詰めているその最中に、玄関の扉を開ける音がガチャガチャと聞こえた。ようやくガンモが帰って来たのだ! 私は、お弁当のおかずを慌てて詰め込み、大急ぎで玄関に出た。

 そこには、四日ぶりに再会するガンモの笑顔があった。私は、ガンモの顔を見るなり、涙がドバーッと出て来て、わーわー泣きながらガンモの名前を連呼した。それはもう、近所に響き渡るくらいの大声だった。私はまるで、迷子で保護された子供が親に再会できたときみたいに泣いていた。見ると、ガンモの顔も、泣き笑いしているかのようにウルウルしている。

 私たちはすぐにでも抱き合いたかったのだが、とにかく障害物の多い我が家は、玄関にさえ、書籍を始め仕事用のカバンや通勤用のリュックなど、いろいろなものが置いてある。私たちが抱き合うためには、それらの障害物を乗り越えなければならなかった。

 ようやく障害物を乗り越え、私たちは四日ぶりに身体を寄せ合い、固く固く抱き合った。ガンモもうれしそうに、身体をピチピチさせていた。キスを交わし、優しくほおずりをしながら、私たちは心から再会を喜んだ。

 そのあと、ガンモは寝室に行き、いつも二人で寝ているシングルベッドに横になった。そして、
「ああ、ウチが一番いい」
と言った。

 しかし、そんなふうに喜んでいたのも束の間、私たちはすぐにでも支度を整え、仕事に出掛けなければならなかった。ガンモは寝台列車が揺れてほとんど眠れなかったらしく、かなり眠そうだった。今日の出勤は少し遅くて良かったので、ガンモは少しだけ休んで出勤したようだ。私はガンモを残してすぐに家を出た。

 それにしても、あんなに泣いたのは、本当に久しぶりのことだった。思えば、この「ガンまる日記」を書き始めた頃、私は感動の涙をしょっちゅう流していた。それが、大殺界のどん底の運気に入り、パワーが著しく減退し、まるで地の底を這うような、身動きの取れない感覚がずっと続いていた。感情がどんどん流れて行き、感動からはどんどん遠ざかり、言葉に魂を込めることができなくなってしまっていた。だから、過去の「ガンまる日記」を読み返すと、今とは表現方法がまったく異なっているのがわかる。あの頃は、文章の中に魂を宿らせることができたのに。そして、その違いは、今のランキングの結果にも現れていると思う。

 今回、ガンモの不在を体験し、またあのようにわーわー泣けたことで、ほんの少し、自分らしさを取り戻せたような気がした。そうだ、この感覚。文章を綴りながら、どこか込み上げて来るものを押さえ切れなくなるような、この感覚が、ほんの少し蘇って来た。そう、このようにして、私は文章に魂を宿らせていたのだ。

 私は、今朝、体験したような激情を、いつかまた体験したいと思う。例えば、毎日のように、ガンモが仕事から帰って来る度に、あのような感情を引き出すことは不可能だと思う。四日間離れていたからこそ、実現できたのだ。そう、あれは、四日間待っていたご褒美だった。そして、ガンモの不在は、流れていたと思っていた感情も、どこかに溜まっているということを間接的に教えてくれる出来事だったと言える。

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2005.06.01

ガンモ、帰路につく

 研修を終えたガンモは、パソコンショップを回るため、秋葉原に出向いたそうだ。そして、閉店時間ギリギリまでパソコンショップ巡りを楽しんだあと、銭湯で汗を流してから寝台列車に乗ると言う。

 実は、私は、東京の銭湯はかなり詳しい。東京で住んでいたアパートにお風呂が付いていなかったので(のちに自室にお風呂を自作したため、銭湯通いではなくなった)、銭湯を利用していたからだ。しかし、近所の銭湯だけでは物足りず、仕事の帰りに銭湯の煙突を見つけては途中下車し、ユニークな銭湯を発掘したりしていた。当時は、露天風呂や電気風呂などのスーパー銭湯も多く、私は次第にそうした銭湯を発掘し、通うことに喜びを見出すようになった。休日ごとに自転車で遠出をして、都内のあちこちの銭湯を回っていたこともある。

 銭湯に詳しい私に、ガンモから電話が入った。
「○○に居るんだけど、銭湯はどこにあるのかな?」
○○は、私たちが東京に行くと、いつも宿を取っているエリアだ。そのエリアは、私の住んでいた場所からかなり遠かったので、銭湯巡りを実践していない。しかし、インターネットでひょひょいと調べてガンモに伝えると、ガンモはすぐに辿り着いたようだ。インターネットさまさまである。

 「あー、気持ち良かった」
と言って、風呂上りのガンモから再び電話が掛かって来た。これから寝台列車に乗り、いよいよ明日の朝には、私たちは四日振りの再会を果たすのだ。

 私は、ガンモが寝台車に乗ったときの様子を思い起こす。鉄道好きのガンモは、駅に着く度にカーテンを少し開けて、外の様子を写真に収める。最近のデジカメは、暗がりの中でも増感(感度を上げること)できるので、フラッシュは必要ないのだ。寝台車両の中で、ガンモのシャッター音が静かに響く。我が家のシングルベッドと広さは変わらないと、寝台列車に乗るといつも下段に二人で寄り添って眠る私たち。今夜はガンモが一人で寝台車の下段で眠る。寝台列車は揺れが激しいので、明日、寝不足のまま出勤ということにならなければいいのだが。

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