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2005.05.18

言葉に対する信頼

 ツインソウルと出会った人たちは、相手から見て、自分が相対的に陰であるのか陽であるのかを知ることになる。陰のグループに属している人たちの多くは、基本的に、言葉というものを信頼してはいない。何故かと言うと、いつも本心を言わないことで人間関係を成り立たせているために、相手もまた、本心を明かしてくれるとは思っていないからだ。

 すなわち、陰の人たちは、自らの感情と、表に出す言葉が必ずしもイコールになっていないことが多い。更に、言葉に対する信頼がないために、言葉に依存しない芸術などの間接的な表現方法を好む。陰の人たちは、陽の人たちと違って、普段から感情を小出しにしていないために、自分の中に感情をどんどん溜め込み、それらの感情を、芸術などを通して間接的に表現することを得意としているのである。一方、普段から感情を小出しにしている陽は、溜め込むものがないために、芸術による間接的な表現方法よりも、ストレートな表現方法を好む。陽は、言葉を信頼しているので、自らの感情と、表に出す言葉のギャップが少ないのだ。

 言葉に対する信頼がない陰は、沈黙を守り続けることも厭わない。しかし、心の中では、自分の感情とイコールの表現がなかなか見つからないことを嘆いている。的確に表現できないくらいなら、黙るほうがマシだと思っている。一方、言葉を信頼し、言葉で思考する陽は、沈黙が大の苦手である。「先にしゃべったほうが負け」というゲームをしたならば、陽が負けるのは間違いないだろう。陽は、言葉を信頼しているからこそ、感情を言葉に変えることができるのだ。そして、その感情は、いつだって熱い。

 私は、もっと多くの人が、言葉を信頼するようになれば、コミュニケーションがもっと円滑に進むのではないかと思うことがある。陰の人たちは、自分の感情を押し殺しながら、わざわざ感情をストレートに表現しない方法を選択している。その中には、表現したほうがいいことも含まれている。しかし、彼らに言わせれば、そうした方法で、世界平和を守っているらしい。

 彼らから沈黙を取り上げたなら、彼らの言葉に対する信頼も戻って来るのだろうか。しかし、同時に、世界平和と芸術が消えてなくなってしまうかもしれない。

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