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2005.05.14

表裏一体

 今日は、しばらく非公開にしていた、かつての公開掲示板の過去ログを思い切って整理して公開した。掲示板の過去ログを読み返しながら、私は感動のあまりむせび泣いていた。その掲示板は、男女の愛という共通のテーマを持った人たちが集う、とてもエネルギー値の高い掲示板だった。しかし、私がホームページを通して伝えて行きたい内容とは著しく異なる主張を書き込まれる方がいて、大きなストレスを感じてしまい、とうとう閉鎖してしまったのだ。それ以外にも、掲示板の流れがどんどん速くなり、週末ごとに二〇件ほどの返信を書き続けて行くことにも限界を感じていた。

 その頃の掲示板の過去ログを読み返しながら、私は気づいてしまった。私たちが高いバイブレーションを感じれば感じるほど、同時に深い影を落としてもいることを。私たちは、決して光の部分だけを選択することはできないのだ。光と影は表裏一体で、いつも同時に存在しているのだった。

 だから、心地良く流れていると思われる掲示板にも、必ず大きな嵐をもたらす人が出て来る。そして、不思議なことに、大きな嵐が起こったときにこそ、掲示板に参加している人たちが一体となり、困難を乗り越えようとするのだった。この嵐を一緒に乗り越えられない人たちとは、どんどん疎遠になってしまっていることがわかった。また、ほとんどの場合、嵐が起こるのは、感覚や経験の共有ではなく、言葉だけのやりとりに発展してしまったときだった。言葉だけで理解し合おうとすると、お互いにエネルギーを消耗し、結果がとことん裏目に出て失敗することが多いのだ。つまりそれは、感覚や経験を、言葉だけでは表現し切れないということなのだと思った。

 更に、辛い経験をして、アドバイスや答えを求める書き込みをした人に対して、感動的なコメントを返してくれている人は、単に光の経験だけでなく、闇の経験も同時に持ち合わせていることがわかった。闇の経験が、その人に愛の深みを持たせていることは明らかだった。

 しかし、実際は、多くの人たちが、光だけの立場を主張しようとしたり、もしくは、闇だけの立場を主張したがっていると感じた。男女の愛について深く語り合うことに照れがある人は、闇の経験は多いが、光の経験が極端に少ないことがわかった。光と闇の表裏一体の経験を最もバランス良く持ち合わせているのは、ツインソウルと一緒に過ごしている人たちだった。ツインソウルと一緒に過ごすことは、光と闇を同時に体験することになるからだ。

 私は、このような高いエネルギーを感じさせてくれる人たちに、心から感謝した。何て素晴らしい掲示板なのだろうと思った。掲示板は、共通のテーマを持った人が学び合う、学校のようなものだ。その中には、悪ガキもいれば優等生もいる。学校から悪ガキを追い出すのではなく、悪ガキが優等生に一歩でも近づけるような学校であれば、もっと素晴らしいのではと思った。

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