能動と受動
おそらく、この二元的な世界においては、ほとんどすべての事象に対し、二つの局面が存在している。特に、ツインソウルと対話をしていると、その二つの局面を行ったり来たりすることになる。二つの局面は、表と裏、陽と陰という言い方もできるが、能動と受動という言い方のほうが、よりしっくり来る。
例えばツインソウルが、
「意見がかみあわないときは、どちらかが折れることも必要なんだよ」
と言うと、私は、
「折れることは、歩み寄ることは違うの?」
などと切り返す。この場合、歩み寄ることは能動で、折れることは受動に当たる。ツインソウルに言わせれば、能動は光の法則、受動は闇の法則ということらしい。そして、私は能動的な生き方を選び、ツインソウルは受動的な生き方を選んでいる。
能動と受動は、結果的には同じことなのだが、表現方法が異なっていたり、そこに辿り着くまでのルートが著しく異なっていたりする。しかし、実際には、同じ事象を観察する視点が異なっているだけである。
視点が異なっていても、結果的に同じところに辿り着くというのは、愛という観点から見ると、非常に興味深い現象である。決して横道にもそれず、また、袋小路にも迷い込まない選択は、一つの極を全うしたことになり、同時に両極を体験したことにもなる。
※こんな抽象的な表現方法でも、思わず書きたくなってしまったのは、ツインソウルと関わって行くことに対し、非常に困難だと感じている人が多いからです。確かに、正反対を吸収して行くことは困難なことに違いないのだけれど、根気強く関わって行くことによって、本当に素晴らしいご褒美がもらえる関係でもあります。どうか、挫折しないで向き合って欲しいと思います。そして、どんなご褒美を受け取ったのか、私に報告してくださいな。
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