JR福知山線の脱線事故
私の職場では、お昼休みになると、NHKのニュースが流れる。そのニュースで、JR福知山線(通称:宝塚線)の脱線事故のことを知り、声を上げて驚いた。すぐにインターネットでニュースを確認して、自宅にいるガンモに電話を掛けた。今日はスピッツのライブに行くため、ガンモは休みを取っていたのだ。
私が電話を掛けたとき、ガンモはまだベッドで横になっていたらしい。
「尼崎で脱線事故があったんだよ」
と私が言うと、ガンモは、
「何? 路面電車でしょ?」
などと言う。尼崎に路面電車が走っているわけがない。ガンモは一体何を言っているのだろうと思っていたら、尼崎を長崎と聞き間違えていたらしい。ガンモはまさか、尼崎などという身近な場所で、列車の脱線事故が起こるなどとは思ってもいなかったようだ。もちろん、私だって思っていなかったのだが。
脱線事故の事実を知ったあとの私は、胸がざわざわして、仕事中も落ち着かなかった。何故、こんなに胸がざわざわするのだろうと思った。実は、宝塚線(地元の人たちは、福知山線とは言わない)は、四〜五年前の私の通勤経路だった。塚口のすぐ近くにあるM電機に、とあるソフト会社から二重派遣されていたのだ。胸がざわざわするのはそのせいだろうか? いや、違う。
亡くなられた方たちの中に、自分の知っている人がいるかもしれないとか、そういうことではなかった。事故の原因は、きっと些細なことであるはずなのに、このような大惨事に発展してしまったことが苦しかったのだ。いつもその電車に乗っている人もいれば、今日に限ってその電車に乗った人もいるだろう。その人たちの、まったく予測することができなかったであろう突然の死。そして、その事実を受け入れなければならない数多くの遺族の方たちがいるということ。この世に、愛する人の死ほど辛くて苦しいものはないということ。それらの想いが、私の中で大きく渦巻いていた。
私は今朝、十時頃自分の職場に着いた。そのとき、職場のすぐ近くで、何台もの救急車やパトカーが、サイレンを鳴らしながら慌しく通り過ぎて行く音を聞いた。あれは一体何なのだろうと思っていたのだが、インターネットのニュースで、私の職場がある神戸市も、事故現場にレスキュー隊などを派遣したことを知った。私の職場は神戸市の西の外れにあり、事故のあった尼崎までは車でおよそ一時間半ほどかかる。それでも、あの時間に何台もの救急車やパトカーが走り去って行ったことを考えると、やはり事故現場に向かっていたのではないかと思う。
あまりにも身近な出来事に驚き、そして、無事で良かったという言葉を聞く度に、無事でなかった人たちのことを思った。心より、亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。
ざわざわした気持ちがずっと続いて、スピッツのライブの最中も上の空だった。スピッツのライブの話は、明日に回すことにしよう。
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