ところ変われば
私は、愛媛の片田舎で生まれ育った。一学年の生徒数が五十名強しかいなかった小学校時代、男子は女子の名前を呼び捨てにしていた。中学校時代、男子の頭は三年生になるまで丸坊主だった。高校時代、女子の髪の毛は眉毛が見えるまでカットするか、長い場合はゴムで結ばなければならなかった。他にも、スカートの長さなど、厳しい校則に従わなければならなかった。
そんな環境で育って来たので、大学進学のために東京へ出て来たときは驚いた。校則が緩やかで、自由にのびのび育っているし、何よりも驚いたのは、男女が友達感覚で話をしていることだった。付き合っているわけでもないのに、男女が親しくするとなど、田舎ではあり得ないことだったのだ。
大学でサークルに入ったおかげで、私にも男の子の友達ができた。男女の関係ではなく、友達であるという証に、彼らから恋の悩み事を打ち明けられたことが何度かある。また、夜通し電話でおしゃべりをしたり、ドライブがてら、夜中に喫茶店で語り合ったことも多々あった。
しかし、私から見ると、東京の男の子たちは、ナヨナヨしているように映って見えていた。言葉使いもそうだったのだが、田舎の男の子たちの中にあるようなハングリー精神を感じ取ることはなかった。彼らはとてもあっさりしていて、ねばり強さがなかった。バイタリティに関して言えば、江戸っ子は、地方出身者にはかなわないと思う。一人暮らしの経験があるかないかで、にじみ出て来るものは変わって来る。同じ江戸っ子でも、一人暮らしの経験がある人には、自立心とハングリー精神を感じた。
私は、彼らと恋愛をすることは一度もなかった。おそらく、お互いにタイプではなかったのだろう。ナヨナヨくんたちにもやはり、上品な都会の女性が良く似合う。彼らには、私と二人きりで歩いていても、きっと噂になったりはしないだろうなどと良く言われたものだ。しかし、高校時代までに体験できなかった、男の子の友達ができたことは、私にとって大変貴重な体験だったと言える。そんな男の子の友達とも、私が結婚して関西に移り住んでからは、すっかり疎遠になってしまった。今では、ほんのわずかな人たちと、思い出した頃に年賀状を交換するくらいである。
ところ変われば人も変わる。そして、ところ変わっても、お近づきになるのは、どこか同じ匂いを持った者同士だった。私には、本当にガンモがぴったりだなあと思うこの頃であった。
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