人身事故
今日はガンモの仕事が休みだった。私は早く家に帰りたかったのだが、ちょこっと残業をして、会社を出たのは午後八時過ぎだった。午後九時前に三ノ宮に着き、それからJR線に乗り換えたのだが、三ノ宮を出て二つ目の駅で、人身事故が発生したとの情報が入り、電車が止まってしまった。車内アナウンスによれば、人身事故があったのは、私たちがいつも利用している最寄駅だった。誰だかわからないが、あのホームから、列車に向かって飛び込んでしまった人がいるのかもしれない。
私は、ガンモの待つ家に早く帰りたい気持ちはあったが、今夜あの駅で人が一人亡くなったかもしれないと思うと、心がちくちく痛んだ。しばらくすると車内アナウンスが流れ、
「現在のところ、運転の再開は未定です。扉は半自動に切り替えさせていただきます。ボタンを押して開閉してください」
と言う。そして、停車中、扉が開きっぱなしにならないように、すべての扉が閉められた。更にしばらく経つと、
「ただいま救出作業を行っており、まだかなりの時間がかかるものと思われます。運転再開の目処が立たないため、阪神電車、阪急電車への振替輸送を行います」
というアナウンスが流れ、それを聞いたほとんどの乗客が、他の電鉄に乗り換えるために電車を次々に降りて行った。電車が停車していた駅は、阪神電車や阪急電車からそれほど遠くない駅だったからだ。
私は、現状を受け入れようと思った。ガンモに電話を掛けて事情を説明した。急いでいるのだから、乗り換えるのが当たり前、という気にはとてもなれなかった。その人の想いを無視したくなかったのだ。その人がどんな想いを抱えながら電車に飛び込んだのか。自ら死を選びたくなるほどの苦い想いを無視し、電車の遅れにより、あたかも自分が被害をこうむったかのように振舞うことができなかった。
四十分ほど停車したのち、電車はようやく動き始めた。最寄駅に到着すると、私が降りたホームから、たくさんの作業服を着た人たちが、どやどやと階段を降りて来るのが見えた。それを見た私は、何故だかわからないが、涙が出て来た。私は顔をぐしゃぐしゃにしながら自転車に乗り、家まで帰った。
家に着いて、ガンモの顔を見るなり、私はまた顔をぐしゃぐしゃにしながらビービー泣いた。悲しさのような、どうしようもなくやり切れない想いが込み上げて来た。
今夜、帰るべきはずの人が帰って来なかった家がある。でも、何も関わりのない人たちにとっては、今夜も、そして、明日からも、これまでと変わらない日々が過ぎて行くだけである。電車は何事もなかったかのように運行し、駅もこれまでと変わらない表情で人々を迎え入れる。ああ、何でもっと立ち止まらないんだろう。立ち止まることは、決して迷惑なんかじゃないのに。そう思うと、どうしても泣かずにはいられなかった。
※飛び込んだ人は、亡くなってはいない模様。何はともあれ、良かった。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。





コメント