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2005年3月

2005.03.31

エンドレスのメカニズム

 ツインソウルと私の取っている立場は、まるで正反対なのに、話がなかなか終わらない。対話を進めて行くうちに、いつの間にか対立はなくなってしまっていて、今はもうまったく違う展開になっている。そう言えば、ムラがあるとかないとか、そんなことで対立し始めたような気もする。

 私はこれまで、ツインソウルとは、お互いの主張する立場が異なっているために、それぞれの立場での説明がたくさん必要になり、言葉がどんどん肥大しているのだと思っていた。しかし、最近、それは違うということがわかって来た。おそらく、お互いに、このまま対話を終わらせてしまうことがもったいないと思っているのだ。

 正反対とは行かないまでも、私たちが通常、自分とは異なる立場の人の意見に耳を傾けようとするとき、一体どのような結末を迎えているだろうか。
「へええ、そんな意見もあるんだ」
おそらく、ここまででひとまず対話を終結させているのではないだろうか。つまり、それから先の対話がない場合がほとんどで、その後のやりとりは、まるで腫れ物にでも触るかのように、双方の相違には触れない交流となる。また、相手を鏡にして映し出される自分自身を醜いと思ってしまう。そういう気持ちが、ギブアップしたい気持ちを引き起こしているのではないかと思う。

 ツインソウルと私が対話を始めると、相手の回答からどんどんイメージをふくらませて相手をとことん理解しようとして、その上に少しずつ別の話が加わって行く。そのために、長い長いやりとりになってしまうわけである。決して、
「へええ、そんな意見もあるんだ」
では終わらせない。また、相手という鏡を通して映し出される自分からも逃げ出さない。むしろ、鍛えられているという感覚さえある。

 実は、これがエンドレスのメカニズムだったのである。

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2005.03.30

 今日は、女性の派遣仲間四人での飲み会だった。メンバーは、元同じ職場で働いていた女性が一人と、私を含めた同じ職場の女性が三人だった。

 飲み会の席での共通の話題と言うと、ほぼ100%が職場の話題だった。しかし、話をしているうちに、私の心は次第に乾いて来た。もっと内面に触れる話をしたいと思っていたのだが、どうしても職場の話題ばかりになってしまっていた。

 職場のメンバーと飲みに行ったときに、女性の手を握って来る男性がいたと誰かが言った。ちょっと驚きだったのは、そういう行為が許せるかどうかという質問に対し、私以外の人は全員、「ああ、そういう人なんだなと思って許せる」と答えたことだった。私は、「(夫以外の人に)手を握られるなんて、絶対にイヤだ!」と、頑なに拒んでいた。どうも私は、その手のことに対し、どうしても譲れないところがある。例え相手がツインソウルだとしても、私は頑なに拒否することだろう。

 飲み会の帰り道、仕事帰りのサラリーマンが、私の前を歩いているのが見えた。年齢や雰囲気からして、おそらく部長クラスの人ではないかと思う。その後ろ姿はとても寂しそうだった。ああ、この人もまた、自分を出し切れない職場で働いているのではないかと思うと、何だか急に泣けて来た。人は何故、自分を出し切れる空間に自分自身を配置しようとしないのだろう? そんなことを考えながら、私は他の派遣仲間にその涙を見られたくなくて、彼女たちから少し離れて歩いた。

 人と人の交流が、特定の枠からはみ出すことができない場合、その関係は、とても窮屈なものになってしまう。枠というのは、最大公約数に置き換えられる。しかし、これまでの枠を越えて、別の共通の枠を見つけたることができたとき、その関係性は、別の役割を持って来る。例えば、派遣仲間から友達へ、あるいは、友達から恋人へと。そして、更に別の枠を見つけると、その関係はもっともっと密なものへと発展して行く。

 ガンモと私の間には、もともと、クラシックカメラという枠があった。しかし、いつの間にかクラシックカメラという枠からはみ出して、フォークソングやコンピュータ、骨董市など、様々な新しい枠を作り出して行った。

 これから彼女たちと、今の枠からはみ出して、新しい枠を作って行けるのだろうか? 私が作りたい枠は、精神世界の枠。スピリチュアリズムの枠。彼女たちは、私がそんな枠を持っていることすら知らないかもしれないのに。

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2005.03.29

天井から見てみたい

 夜、布団に入ったとき、私はふと思う。二人で一つの布団に入って眠っている私たちを、天井から見ることができたら、どんなに楽しいだろうかと。私は、愛し合う男女が一つの布団にくるまって仲良く眠っている姿を見ると、とてもうれしい気持ちになる。しかし、自分自身が実践しているその姿を見ることができないのは、とても残念なことだ。私たちは有名人ではないのだから、専属のカメラマンがいて、記録してくれているわけではない。自分たちで天井にカメラを備えつけて記録するという手もあるが、少々マニアっぽい。

 それでも、前世を思い出すときは、自分自身の目を使ってものを見ているのではなく、まるで記録された映画のように、自分自身を含めた登場人物のやりとりを見る。ということは、今の私の生活ぶりも、もう一人の私がしっかり記録してくれているのかもしれない。

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2005.03.28

P!

 熱は下がったものの、私はゆうべ、ひどい肩こりのためになかなか眠りに就くことができなかった。肩こりとの付き合いは長いが、夜も寝られないほどひどい肩こりを経験したのは初めてのことだった。夜寝る前に磁気ネックレスを三つもつけた上に、磁気ブレスレッドを両手に巻きつけたというのに、ほとんど効果をもたらさなかった。

 結局私は、今日、仕事を休んだのだ。ひどい肩こりと頭痛のために。パソコンに向かい続ける仕事なので、仕事に行くと、肩こりが余計ひどくなるからだ。

 磁気ネックレスでは埒があかないので、私は自分の肩にピップエレキバンを貼りめぐらした。そして、何故、磁気ネックレスに効果がないかわかった。私の凝りは、ネックレスがぶら下がっている場所よりも、もっと外側に集中していたのである。

 ピップエレキバンのおかげで、夕方には凝りも和らいで来たが、何だか情けない。ビタミンEをしっかり取ろう。

 ガンモに肩こりがひどいと言うと、
「肩こりって何? 肩が凝るなんてわからないよ」
と言う。肩こりの辛さを知らないなんて、作家の村上春樹さんだけかと思っていたら、ガンモもそうだった。まあ、憎たらしい。

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2005.03.27

トイレに鍵を掛けるか?

 きのう、三八度四分もの熱があったというのに、厚着をして布団をかぶって眠りに就いた私は、朝にはすっかり熱を追い出して、ほとんど平熱に戻っていた。しかし、まだまだ本調子ではなく、身体のどこかが寒いような感覚がある。おまけに、厚着をして寝たせいか、肩こりがひどい。

 それでも、午後からマンションの定期総会があるため、役員の私は出掛けなければならなかった。ガンモには、待機の仕事が入っていたからだ。熱を出したため、ゆうべはお風呂に入らずに寝たのだが、びっしょりと寝汗をかいたまま出掛けるわけにも行かず、私は思い切ってシャワーを浴びた。ガンモに、
「どこの世界に、ゆうべ三八度もあったのに、シャワーを浴びる人がいるの?」
と言われたので、
「ここの世界」
と答えておいた。

 定期総会は、年に一度行われているもので、一年間の会計報告と来年度の予算案、今後の課題などについて、区分所有者の間で話し合いが行われる。マンションのイベントがあると、いろいろなご夫婦を観察できるから面白い。特に、定期総会には、普段顔を合わせないような男性たちが出揃って来るので、「なるほど、この人があの奥さんのご主人さんかあ」などと思いを馳せながら、私は密かに人間ウォッチングを始めるのだ。似たものご夫婦もいれば、まったくタイプの異なるご夫婦もいる。それが何とも面白い。

 総会の議題がひと通り終わり、「他に何かあればどうぞ」というコーナーで、
「この間、トイレに一時間半も閉じ込められました。皆さんも、トイレに鍵をかけるときは注意してください」
という報告があった。閉じ込められた方は、鍵専門の方に来ていただいて対処してもらったらしいが、そのときにわかったことは、トイレに使われていた鍵が不良品だったということだった。その話を聞いて、他にも同じようにトイレに閉じ込められた人が出て来て、話は一瞬のうちに広がりを見せた。

 しかし、そもそも我が家では、用を足すときにトイレに鍵を掛ける習慣がないため、トイレの鍵など一度も掛けてみたことがなかった。おそらく、小さいお子さんがいらっしゃるご家庭でも、トイレに鍵は掛けないのではないだろうか。トイレに鍵を掛けるようになるのは、お子さんが成長して大きくなってからのことだろうと思う。

 そういう点から考えても、私たち夫婦に子供がいたとしたら、夫婦関係と親子関係がアンバランスになってしまうような気がする。でも、それは頭の中だけで考えたことであって、実際には、大きなお子さんがいらっしゃっても、トイレに鍵をかけない上に、夫婦間の関係が我が家みたいにオープンなご家族もいらっしゃるかもしれない。もしもそんなご家族がいたとしたら、私は涙を流して大喜びすることだろう。

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2005.03.26

まるみの発熱

 普段からほとんど風邪とは無縁の私なのだが、どういうわけか、急に熱が出て来た。熱を計ってみると、三十八度四分もある。どうりで、歩くとふらふらするわけだ。

 ガンモが私のためにおかゆを作ってくれた。おいしかった。また、氷枕も用意してくれたのだが、私は、熱は冷やさずに身体から押し出す主義なので、厚着をして布団をかぶって寝た。すると、体温が一度下がった。

 私が肉体的な辛さを抱えると、ツインソウルの魂がすぐ側にあるのがわかる。この感覚をわかってくださる方はいらっしゃるだろうか? もしかすると、私がここで描写するツインソウルは、ネガティヴな存在として映っているのかもしれない。しかし、それは違うのだ。ツインソウルは、ネガティヴでもあると同時に、ポジティヴでもある関係である。言い換えると、ゼロの関係なのである。私がいつも、ツインソウルはむかつく! などと書いているばっかりに、ツインソウルが単にネガティヴだけの存在に映ってしまっているのだとしたら、それは非常に残念なことである。ツインソウルは、ネガティヴな面を持ち合わせていながらも、お互いが自己愛に走ることなく、ネガティヴな状況から決して逃げ出さない関係であり、言葉を介さなくても、感情が伝わってくる驚異的な関係なのである。

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2005.03.25

喧嘩のメカニズム

 私たち夫婦は、普段からほとんど喧嘩をすることがないのだが、先日、久しぶりに喧嘩をした。原因は、ほんの些細なことだった。夕飯のときに、私がお味噌汁の中に入れるネギを手で取ったことに対し、ガンモが、
「汚い手で入れないでよ」
と言ったのだ。ガンモは、ほんのギャグのつもりで言ったのかもしれない。普段なら、
「何言ってるの。きれいだよ。ちゃあんと洗ってるんだから」
と即座に答えただろう。しかし、そのときは、そんなことを言われてしまうことが悲しくて、
「手が汚いなんてひどいよ」
と言いながら、その場で「うわーん」と泣いた。ガンモはとても困った顔をしていたが、私はしばらく膨れっ面をしていた。

 泣いているとき、私は冷静に自分の気持ちを分析していた。心の中では、「これって、私の自己愛なんじゃないの?」と思っていた。それに、普段からマメにお料理をしていれば、お料理をする妻の手がきれいか汚いかなどという意識はガンモにないはずだろう。つまり、自分の行為が自分に返って来ているだけのことだったのだ。

 しばらくして、膨れっ面をしている私のところへ、ガンモがゴロニャンと寄って来た。それだけでもう仲直り完了。喧嘩をすると、私たちはじっと見詰め合う。いつも私が怒って、ガンモが困った顔をするのだが、私はガンモの困った顔を見ていると、ガンモのことがたまらなくいとおしくなる。そして、そのいとおしさに、また新たな涙が出て来るのだった。

 喧嘩は、自分自身のことを大切に思う自己愛から起こる。それは、先日から書いている、愛の分離である。自分だけが愛から外れ、自分勝手に一人歩きしようとしたときである。つまり、自己愛が自己愛を生むのだ。そして、喧嘩の状態を解除するのは、相手のことを心から大切に思う気持ちを思い出したときである。これは、分離とは正反対の、含有である。

 夫婦にしても、交友関係にしても、喧嘩をしたあとにネガティヴな感情を残さないでいられることは素晴らしい。そのためには、喧嘩の種を毎回完全燃焼させて、燃やし尽くしてしまうのだ。完全燃焼が起こらない場合、喧嘩の種はお互いのどこかでくすぶり続け、それらが積もり積もって大爆発、ということにもなりかねない。喧嘩に限らず、何事においても、毎回完全燃焼できるかどうか。それが相性の善し悪しを決定付けているのではないだろうか。

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2005.03.24

嫉妬のメカニズム

 嫉妬は愛情の裏返し、などと言う。そこには、愛情を裏返さなければならない事情があるわけである。その事情とは、一体どのようなことなのだろうか。

 私たち夫婦の間には、嫉妬の感情がほとんど生まれない。何故、生まれないのか。常にオープンでいることに加え、お互いに相手を信頼し合い、ほんの小さな裏切りも存在しないことが一番の理由だと思われる。嫉妬という感情は、裏切りと密接な関係にあると思う。自分にとって、相手が心地良いパートナーであることを示し続けている二人には、嫉妬の感情は生まれないのではないだろうか。

 私の派遣仲間の女性は、お互いに別々のパートナーと二人で出掛けることに対して、深い信頼があるのだそうだ。彼女のご主人さんはクラシック好きで、クラシックのコンサートに彼女以外の女性と出掛けることがあるのだと言う。自分と一緒に行くよりも、詳しい者同士で出掛けた方が楽しめるからと彼女は言う。そして、彼女自身もまた、男友達と二人だけでお酒を飲みに行くことがあると言う。それでも、お互いに信頼し合っているから、心配するようなことは何もないのだと言う。

 ほとんどの趣味を一緒に楽しんでいる私たちには、彼女たちご夫婦のような状況は発生しないが、私はツインソウルと、友人として、頻繁に連絡を取り合っている。しかし、ツインソウルと二人だけで会うというようなことは決してない。ツインソウルとの交流に関して、ガンモは協力的で、理解がある。一方、私は、ガンモのか初恋に対して理解を示している。と言っても、本当にかわいいものだが。

 相手の喜びが、自分の喜びに繋がらない場合、嫉妬の感情が生まれる。そのとき、一見、愛し合っているかのように見える二人の間には、分離(切り離し)が起こる。この分離がある限り、嫉妬から解放されることはないのではないだろうか。

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2005.03.23

ワンネス

 ワンネスとは、すべての魂はもともと一つであるという精神世界的な考えである。何故、このような考えが精神世界で広く受け入れられているのか、不思議に思われる方も多いだろう。答えは簡単だ。たった一つでも、究極的に密な愛を体験すれば、その愛が、同時に他者にも繋がっていることを実感するようになるのだ。これはまるで、たった一つの扉が全世界に通じている「どこでもドア」を発見したような感覚である。

 その証拠に、誰かを傷つけると、自分も傷つくことになる。おそらく、カルマの考え方は、ワンネスの考えをネガティヴに表現したものだろうと思う。

 ワンネスを実感するまでのプロセスは、ぬるくなったお風呂を温めて行く行為に似ている。ぬるくなったお風呂を温めようとするとき、熱いお湯が注がれる蛇口に近い場所から次第に温まって行く。熱いお湯を注げば注ぐほど、蛇口から遠く離れたところにあるお湯も一緒に温まって行く。このとき、自分=熱いお湯を注ぐ蛇口であり、蛇口から近いお湯=密に関わろうと決めた対象である。

 例え、生きるテーマが異なっていたとしても、すべての人々の生きるテーマはワンネスに繋がっている。異なっているのは、ワンネスから近いか遠いだけなのではないだろうか。そして、その距離感は、魂と魂を付き合わせて対話したときに初めて実感できるのである。

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2005.03.22

愛の側面

 先日、セントレアに行ったときのことをここに書いた。私は、セントレアに行く前に、セントレアに行って来た人の書いた記事を読んでいた。しかし、実際に自分がセントレアに行ったあとに、改めてその記事を読み返してみると、その記事から吸収できる内容が一段と増えていることに気が付いた。言い換えると、自分自身がセントレアに足を運ばなければ、その人の書いた記事をほとんど吸収できていなかったことになる。このことを通して私が思ったのは、自分に経験のないことは素通りしてしまうということだった。

 私たちは、誰かの経験を自分の中に取り込もうとするとき、自分自身の経験と照らし合わせながら理解しようとする傾向にある。例えば、私がホームページやブログに書く内容に関しても、読んでくださっている方たちは、ご自分の経験と照らし合わせながら読んでくださっているのではないだろうか。だから、こんなことを経験して、こんなことを思ったと私が書いたとしても、その内容が、読んでくださっている方たちの経験と一致しないとき、その内容は吸収されないだろう。もしもその人が別の経験を持っているなら、私の経験よりも、自分自身の経験を優先させるはずだ。

 これは、いろいろな出来事が、その人の生きるテーマに従って引き起こされていることの証だと思う。自分自身の体験したことに基づいて、ある人は「愛は苦しいものだ」と言い、またある人は「愛は光だ」と言う。このことだけでも、愛がいろいろな側面を持っていることがわかる。

 おそらく、愛を外から見ている限り、私たちがどんなに言葉を尽くしたとしても、愛の側面しか語ることができない。愛の中に入らなければ、愛は様々な側面を私たちに見せつけ、これが愛だと主張する。

 愛を側面から見るのではなく、愛の中に入る方法はただ一つ。何かを徹底的に極めることだと私は思う。例えそれが極端にネガティヴなものであったとしても、極めた道は、愛の側面ではなく、愛の中に続いている。

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2005.03.21

魅惑のセントレア

 大垣のホテルをチェックアウトした私たちは、近鉄養老線に乗って、ひとまず揖斐に向かった。そこから折り返し、再び大垣まで戻り、今度はさきほどとは反対方向の桑名へと向かった。これで、近鉄養老線を完乗したことになる。

 揖斐から大垣まで折り返すとき、またしても、電車の運転手さんに、声をかけられた。
「遠くから見えられたのですか?」
おそらく私たちがデジカメを持ってあちこちを撮影していたからだろう。「見えられた」と言うのは、岐阜・三重方面独特の言い回しだと思う。更に、
「これからどちらに行かれるのですか?」
と運転手さんに聞かれたので、
「桑名に向かいます」
と答えると、
「今日は近鉄に乗ってずっと回られるんですか。いいですねえ」
と言われた。三連休なのにお仕事の運転手さん。そういう人たちが居てくれるからこそ、私たちが旅を楽しめると言うのに、いきなり話し掛けられたために防御モードを解除できず、素直に感謝の気持ちを述べることができなかった。パソコンに詳しい運転手さんで、私が使っているPDAの製造会社をピタリと言い当てた。運転手さんもPDAが欲しいと思っていらっしゃるそうで、
「使い心地はいかがですか?」
と尋ねられたが、私は、
「これはとても遅いですよ」
と本当のことを教えてあげた。(実際、私が持ち歩いているPDAは、動作が遅いし、利用している回線スピードもひどく遅い)

 桑名に行き、そこから名古屋行きの急行列車に乗り換えて、名古屋まで出た。そして、少々ミーハーな私たちは、名古屋から中部国際空港(セントレア)に向けて旅立ったのだ。空港に着いた途端、驚いたのは、私たちのように、飛行機を利用するわけでもない人たちでごった返していたことだった。セントレアには、飲食店を始めとして、たくさんの楽しいお店が並んでいるのだが、ほんのちょっとお茶をすることにも躊躇してしまうほど、たくさんの人で溢れ返っていた。愛知万博開催直前の三連休であることに加え、天候にも恵まれたので、「ようし、セントレアに行こう!」と思い立った人が多かったのかもしれない。

 名古屋までの帰りは、ミューチケットを買って特急電車に乗ったのだが、名古屋まではどの電車も満席だったため、途中の金山行き特急電車に乗り、終点で乗り換えた。そして、名古屋から更に近鉄特急に乗り換え、ようやく近鉄難波まで帰って来た。これまで、JRの旅が中心だったので、今回のように、私鉄三昧の旅はとても新鮮だった。近鉄・名鉄・南海電車に三日間乗り放題で五千円は、絶対に安いと思う。[3・3・SUNフリーきっぷ]

 帰宅して、旅の終わりをガンモとの熱い抱擁で締めくくった。今回は、ガンモの花粉症が発覚し、やや大変な旅ではあったが、やはり、私たちにはこうしたフリーきっぷの旅が性に合っていると思った。何しろ、あちこち乗りつぶすことが目的なのだから。

 ちなみに、本日撮影したセントレアの写真は、こちら

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2005.03.20

にわか名鉄ファン

 岐阜に宿泊した私たちは、引退してしまう路面電車たちに別れを告げるため、まずは新岐阜駅前から黒野まで乗車した。今月末で引退するとは聞いていたが、路面電車に別れを惜しむ鉄道マニアたちで、岐阜の街は溢れ返っていた。路面電車を間近に感じられる、駅や街角で、カメラを構えている人たちはまだわかる。しかし、駅から遠く離れた田んぼや畑やあぜ道で路面電車を待ち構え、熱心にカメラを向けている人たちの姿を、一体どれだけ確認したことだろう。路面電車の引退まであと十日余りあるが、週末が天候に恵まれるかどうかわからないため、天気の良い今週に集中したのではないかと分析する人もいた。

 黒野から徹明町まで折り返し、今度は徹明町から関まで別の路面電車に乗車した。こちらの路線は、ぎゅうぎゅう詰めの満員電車だった。母親に連れられた赤ん坊が、満員電車の中で大きな声をあげて泣いている。他にも、母親に連れられた子供たちが大騒ぎしている。それでも、満員電車はなごやかな雰囲気を保ちながら走り続けた。みんな、路面電車の最後の旅に酔いしれているのだ。

 帰りは関から市ノ坪を経由して新岐阜まで出た。乗車したすべての路面電車が、今月いっぱいで廃線になる。岐阜市民でもない私がその廃止を残念に思うのだから、いつも利用していた人たちにとっては、これらの廃線はもっともっと辛いことだろう。

 岐阜の路面電車を運行させているのは、天下の名鉄だ。路面電車の市内料金が一七〇円というのは、全国的に見ても高いほうだと思う。更に、郊外に行くと、料金はもっと加算される。路面電車の料金が高いということは、それだけ利用客が少なかったのだと思う。それなのに、廃止になると聞いた途端、全国から鉄道マニアたちがやって来る。名鉄としては、こうなる前にもっと利用して欲しかったと思うのではないだろうか。

 ところで、きのうも少し触れたが、名鉄の車両は、様々なバリエーションがあって、見ているだけも面白い。私はにわか名鉄ファンになり、路面電車のプラモデルなど、名鉄のグッズをいくつか買ってしまった。

 新岐阜駅で、運転席が二階にある車両を見つけたガンモが、
「これは箱根に行くのかな」
と言った。二階に運転席があるということで、先日乗車した小田急の特急ロマンスカーに似ていたからだ。

 今夜は大垣のホテルに宿泊する。予約したホテルは、シングルのダブルユースでかなり安い値段で泊まれる。ベッドもシングルベッドに羽がついたような小さなセミダブルベッドなのだが、私にはこの狭さがものすごくうれしい。我が家のシングルベッドに近いこともあるし、部屋が狭ければ狭いほど、ガンモを近くに感じられるからだ。

 駅から近いこのホテルは、入線して来た電車を眺めるにはもってこいの場所で、電車の音が聞こえて来る度に、窓の外を眺めるガンモの姿があった。

 なお、今日、乗車した路面電車の写真はこちら。まだすべての写真を掲載し切れていないのだが、この続きはまた後日。

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2005.03.19

ガンまる、岐阜へ行く

 旅行好きの私たちが、三連休を自宅でじっと過ごすわけがない。今、私たちは、近鉄・名鉄・南海三日間乗り放題切符を使って岐阜に来ている。今月末で、岐阜の市内電車が引退するため、お別れのあいさつをしに来たのだ。

 関西方面から岐阜まで来るのに、近鉄に乗って、途中の四日市で降りて昼食を取った。四日市に関しては、小学校の社会科で、「四日市ぜんそく」という病気を習った程度の知識しかない。初めて降り立った四日市は、駅前に広い道路があり、商店街にはたくさんのお店が立ち並んでいる、いわゆる都会の雰囲気が漂う街だった。

 ガンモが「四日市花粉症」にかかった。というのは冗談だが、この歳になって初めて花粉症の症状が出て来たらしく、目がかゆいかゆいと言いながら、猫が顔を洗うかのごとく、眼鏡を外して両手で目をかいている。そして、やたらとくしゃみを繰り返す。何だかかわいそうだ。仕事中でもそんな状態なら、集中力も失せてしまうだろう。花粉症対策のため、薬局で、目薬や甜茶入りの飴を買ってみるが、あまり効果がなさそうだった。

 四日市から、近鉄内部(うつべ)線に乗った。これが、とてもかわいらしい電車で、車両の幅がとても小さく、まるでバスに乗っているような感覚だった。進行方向に向かってシートが並べられているのだが、バスのように、一人掛けのシートが通路を挟んで両側にあるだけの作りになっていた。三両編成で、真中の車両はロングシートタイプのもの。最後尾の車両は、先頭車両と同じバス型シートだが、進行方向を向いていない。また、昇降用の出入り口もひどく狭い。しかし、私たちはこの小さくてかわいらしい内部線がとても気に入った。内部線については、こちらの記事をご参照あれ。こうした面白い電車に出会えるから、旅は本当に面白い。私たちは、こういう形で変化を受け入れているのだと思う。

 内部線を制覇したあと、再び近鉄に乗り、名古屋まで出た。そこから名鉄に乗り換え、岐阜までやって来た。名鉄電車は、車両のバリエーションが多くて、また面白い。

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2005.03.18

光と闇

 祖母がインフルエンザから回復したとの連絡が入った。もう菌がいなくなったので、病室も解放されたそうだ。ああ、良かった。本当に良かった。電話を受けたとき、安堵感から、はらはらと涙がこぼれた。ただ、祖母と同じ時期にインフルエンザにかかっていた九十歳のおばあさんは、亡くなってしまったのだそうだ。ああ・・・・・・。光で照らすと同時に影ができるのと同じように、世の中のどこかで喜びがあるかと思えば、別の場所では悲しみがある。祖母と一緒に戦っていたおばあさんのご冥福をお祈りする。

 たった一つの言葉にさえ、二面性はある。例えば、私はきのう、夫婦仲のいい人がとても魅力的だと書いた。その表現方法は、同時に、夫婦仲の良くない人は魅力的でないと表現していることにもなる。

 言葉だけでなく、私たちが引き起こす様々な事象は、光と影を同時に創り出す。例えば、防犯対策のため、マンションの周辺にセンサーライトをつけましょうという話が持ち上がった。しかし、センサーライトは、空き巣対策にはなるが、空き巣以外の人が近寄って来たとき、低層階に住んでいる人が夜でも明るく感じてしまうなどの弊害が出て来る。また、私のメールアドレスには、数多くのスパムメールが次々に届く。スパムメールから逃げようとして、メールアドレスを変えようとすると、これまで交流して来た人たちに、メールアドレスの変更をお知らせしなければならない。これは、非常に手間のかかる作業だ。

 私のように、ソウルメイトと一緒に過ごしている人は、主に光の部分だけがクローズアップされた人生を送ることになる。だから、ソウルメイトは常にプラスの関係なのだと思う。闇の部分をほとんど生み出さないのだ。一方、ツインソウル的な学びをしている人は、光と闇を、同時に矛盾なく存在させることができる。ツインソウル的学びには、闇を受け入れて行く許容がある。

 私はふと思うのだ。私たちが生きている目的は、光と闇に矛盾がないことを証明するためではないのだろうかと。つまり、愛とは、究極的には、善と悪の区別がなくなって行くことなのではないだろうか。

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2005.03.17

魅力的だと感じる男性像

 私にとって、魅力的だと感じる男性像について、世間の常識からはかけ離れているかもしれないが、ちょっと書いてみたいと思う。

 まず、夫婦仲が非常に円満であること。例え結婚していなくても、心から愛する女性がいること。その愛に、決して曇りがなく、愛をオープンにできること。

 自分の理想と仕事にギャップを感じていること。お金をもらってする仕事は、普段体験している心地良い愛とはかけ離れた作業になる。そのギャップに気づき、少しでも苦しんでいること。

 愛について、私と対等に語り合ってくれること。

 芸術を愛する心を持っていること。

 何故、急にこんなことを書きたくなったかと言うと、ゆうべの送別会で、一緒に飲んでいた派遣仲間の直属の上司が、その送別会に参加したがっていたことを小耳に挟んだからだ。派遣仲間の彼女は、三人だけで飲みに行く話になっていたので、「今夜は派遣仲間だけの約束なので、また今度」と上司に言ってくれたらしい。その上司は、私の直属の上司ではないのだが、私はこれといった理由もわからず、その上司と距離を置きたがっている自分に気づいていた。しかし、こうして魅力的だと思う男性像を挙げてみて、私が何故、その上司を敬遠し続けているのか、その原因がようやくわかったような気がする。おそらく、その上司が、奥さんを心から愛しているようには見えなかったからだと思う。だから、彼女に、今度その上司も誘って一緒に飲みに行こうと言われたとき、気が重くなってしまったのだ。

 もしかするとその上司は、私の思っているような人ではないのかもしれない。しかし、誰かを愛する想いというものは、例え仕事モードであっても、じわじわと表面ににじみ出て来るものなのではないだろうか。私は、男性でも、女性でも、そうした愛のオーラをはっきりと感じられる人をいつも探しているような気がする。

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2005.03.16

送別会

 仕事で同じチームの派遣仲間の男性が、今月いっぱいで契約が切れるため、先日一緒にお酒を飲んだ派遣仲間を誘って、彼の送別会をした。これまでじっくり話したことのなかったメンバーだったが、深く触れない部分では、なかなか盛り上がったと思う。おかしくて、おかしくて、私たちは普段使っていない頬の肉をたくさん震わせた。

 彼は、昨年九月に離婚したばかりだ。ある日突然、奥さんだった人に好きな人ができたことを知らされて、何度も話し合いを重ねた結果、離婚に至ったのだと言う。その頃の彼は、精神的にかなりまいっていた。わずか十日余りの間に、体重が十数キロ落ちたらしい。精神的にも肉体的にも極限状態だったらしく、仕事も休みがちだった。今はようやく立ち直り、仕事も精力的にこなしている。

 長い人生、いつもいつも順風満帆というわけにはいかないだろう。挫折を知らない人よりも、彼のように、苦悩を乗り越えて来た人のほうが、人の痛みを理解できる人になれる。健康な人よりも、一度でも病気をしたことのある人のほうが、肉体的な苦しみを抱えている人を気遣うことができる。今はまだ、再婚なんて考えていないと言っている彼だったが、これから先、これまでの記憶を塗り替えられるほどの素晴らしい出会いを果たして欲しいと思う。結婚が、本当に素晴らしいものだということを証明するためにも。

 先日一緒にお酒を飲んだ女性が、
「前世の記憶があるんだよね」
と私に念を押すので、お酒の席で、少しだけ魂の話をした。前世を思い出したときは、尋常じゃない涙がたくさん出たこと。そうした激情が、仕事中でも沸きあがって来て、トイレの中で良く泣いていること。出会った人と魂として向き合おうとすると、付き合いの古い魂か、新しい魂かがわかるということなどを次々に話すと、他の二人はぽかんと口を開き、私の言うことを、まるで他国語でも聞くかのように耳を傾けていた。二人の頭の中がはてなマークでいっぱいになっているのがわかった。魂や前世での関わりについて、もっともっと語りたいことはたくさんあったのだが、頭の中がはてなマークの二人の前では、熱く語り切ることができずに、ほんの触りだけ話してお開きにした。

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2005.03.15

小さな湯船

 私の実家の浴槽は、小さい。その湯船の中に、ガンモと二人で入った。お互いの実家に帰ったとき、私たちは、いつもためらわずに一緒にお風呂に入る。私の両親もずっと一緒にお風呂に入っていたので、夫婦は一緒にお風呂に入るものだと思っている。ガンモの両親も、ずっとそうだったと言う。そんな私たちも、初めて一緒にお風呂に入るときは恥かしかった。確か、明かりを消して暗くして入っていたように思う。今では、明るい場所でもすっかり平気になっている。明るいとか暗いとかいうことよりも、夫婦で一つの浴槽の中に入ることが大切だと思う。以前、テレビで熟年のご夫婦が小さな浴槽に、身を寄せ合って入っているのを見て、いいなと思ったことをここにも書いたと思うが、私たちもそんな夫婦になりたいと思う。

 小さな湯船と言えば、結婚して初めてガンモの実家のお風呂に入ったとき、私の実家と同じくらいの小さな湯船に親近感を感じた。しかし私は、理由もわからず、その小さな湯船に、もう二度とつかれないような気がして、少し寂しく感じたのだった。考えてみると、その湯船に二度とつかれないということは、もう、ガンモとこのお風呂に一緒に入れないことになってしまう。一体それはどういうことなのだろうと、気になっていた。

 しばらくすると、何と、ガンモの実家のお風呂が改装されて、小さな浴槽が引退し、少し大き目の新しい浴槽が取り付けられたのだ。小さな浴槽は、もうすぐ自分の役目が終わることを私に知らせてくれたのかもしれない。お風呂を改装したのは、義父や義母が、嫁を迎え入れる準備を整えてくれたのだと思う。小さな湯船ではなくなってしまったが、私には、義父や義母のそうした心遣いが有り難かった。

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2005.03.14

親との関係

 朝、目覚めたとき、今日のうちに実家を離れなければならないことに、言いようのない寂しさを覚えた。地元の高校を卒業し、親元離れたところにある大学に進学した私は、そのまま就職し、やがて結婚した。私が両親と一緒に暮らしていたのは、人生のうちでたった十八年だけだった。

 そのせいだろうか。私は両親にとって、いつまでも子供であるらしい。実家に帰ると、これいらんか、あれもいらんかと、たくさんのお土産を持たせてくれる。また、私たちに対し、とても献身的に接してくれる。休みの多かった学生の頃は、一週間も滞在するとたいてい親と喧嘩になり、早く一人暮らしの生活に戻りたいなどと思っていたものだった。しかし、ガンモと結婚し、親のありがたみを実感するようになってからというもの、実家をあとにするのが辛くてたまらないのだ。

 私の周りには、結婚しても自分の実家の周辺に住み、頻繁に行き来している人たちがたくさんいる。住んでいる場所が近いと、何かあったとき、お互いに助け合うことができる。しかし、果たして、親元を離れないでいることは、本当の意味での親孝行に繋がるのだろうか。それは良くわからない。

 親が側にいてくれることが当たり前になっている場合、親のありがたみを常に実感し続けることは難しいことなのかもしれない。例えば、今日の帰りも、母は、長い時間高速道路を走って帰る私たちのためにお弁当を作ってくれた。こういうありがたさは、お互いの家が近いとなかなか実感できないのではないだろうか。親のほうもまた、普段離れているからこそ手をかけたいと思うのではないだろうか。そして、ほんの短い期間だけ滞在し、お互いがもう少し一緒にいられたら・・・・・・というもどかしい思いを抱えながら別れることは、お互いにとってプラスの部分を引き出しやすい関係を築いて行けるようにも思う。

 もちろん、もっともっと密に関わって、お互いのプラスもマイナスも引き出し合っている関係が、一番素晴らしいことには違いないのだが。

 無事に帰宅したことを告げるために実家に電話を掛けると、祖母の熱が再び少し上がったことを知らされた。どうかどうか、祖母の熱が再び引いてくれますように。

 ガンモよ、長時間に渡る運転、お疲れさん。(運転免許がない私は、途中で運転を代わってあげることができない。)私を実家や公開録音など、大切な人たちのもとに運んでくれてありがとう。

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2005.03.13

ガンモ印のパソコン

 夕方、病院から帰って来た母が、祖母の熱が下がったことを知らせてくれた。ああ、良かった。本当に良かった。人のために祈ることの大切さを教えてもらった。

 さて、今日も一日、私の実家で過ごした。私たちは、今夜も実家に泊まることになっている。

 数年前、ガンモが父のために自作パソコンをプレゼントしてくれた。最近、そのパソコンの調子が良くないと聞いていたのだが、なかなかメンテナンスができずにいた。今回の帰省で、ゆっくり時間が取れたので、ガンモは父のパソコンをメンテナンスしようと計画していたのだ。

 ガンモは、午前中から、父のパソコンにWindows Updateを適用させた。長いこと実行していないので、何度も何度も再起動を要求される。それから、パソコンのマザーボードを取り替えたり、メモリを増設したりして、パソコンをパワーアップさせようと頑張った。しかし、どれをやってもうまく行かない。自宅から持って来たマザーボードは不調だった。また、メモリは認識されなかった。フロッピーディスクにアクセスできなくなったと聞いていたので、使用していない別のパソコンのフロッピーディスクドライブを移植してみたが、それでも状況は変わらなかった。スキャナが認識されないと聞いていたので、調べてみると、いつの間にかドライバがなくなっていた。ドライバはWeb上では公開されていないらしく、対応できなかった。そもそも、スキャナを別のものに取り替えようと、別のスキャナを用意していたのだが、そのスキャナはUSB対応の製品だった。しかし、マザーボードの取り替えが完了しなければ、父のパソコンではUSB接続は実現できなかったのだ。

 とにかく、何をやってもうまく行かず、八方塞の状態だった。唯一解決されたのは、コンパクトフラッシュのリーダーを再認識させることだけだった。このパソコンも、かなり長いこと使ってもらっているため、あちこちにガタが来てしまっているらしい。ガンモは潔く諦めて、別のパソコンを提供することを心に決めたのだった。

 初めて父にパソコンをプレゼントしたとき、父はとても喜んでくれた。しかし、パソコンにあまりお金をかけると気を遣うので、私たちのお古を使ってもらっている。資源の再利用だ。父は、実家に帰る度に、ここまでパソコンの操作を覚えたと、私たちに披露してくれる。ときには、新聞の記事をWordで入力したものを印刷し、見せてくれたこともある。また、住所録をきれいにExcelで打ち出したものを見せてくれたこともあった。私はそれを見たとき、目頭が熱くなったのを覚えている。退職したあと再就職し、これまでよりも時間的に余裕ができた父。ぽっかりと空いたその時間を、パソコン学習のために費やしていたのだった。こんなふうに大事に使ってもらっているパソコンだから、メンテナンスもしっかり行って行きたいと思う私たちなのであった。

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2005.03.12

ラジオの公開録音

 道を照らしてくれた人に書いた通り、今日は、私がずっと応援し続けて来たアーチストが、私の故郷でラジオの公開録音を行う日だった。

 ガンモが運転する車で故郷まで帰って来た私は、公開録音が行われることになっている会館で父と待ち合わせをした。諸事情により、待ち合わせ時間に三〇分近くも遅刻した私たちを、父はあたたかく迎えてくれた。

 実は、今回の公開録音を、父母も交えて四人で観覧できることを楽しみにしていたのだが、入院中の祖母が病院内でB型インフルエンザに感染し、高熱を出してしまったので、それどころではなくなってしまった。祖母は病院で隔離された状態にあるため、私たちは祖母を見舞うことができない。母だけは、マスクをした状態でなら、わずか数分間の面会を許可されているようだが、返ってそのために、母は、私たちが実家に泊まると自分が病院から運んで来たウィルスに感染してしまうかもしれないと心配した。しかし私はガンモと話し合った末、実家に泊まることにしたのだった。

 父は、私たちに公開録音の入場券を渡すと、車で再び実家に帰って行った。父が渡してくれた荷物の中には、公開録音の入場券の他に、母が用意してくれた使い捨てカイロと飲み物があった。寒い場所で順番待ちをするときに役に立つようにと、母が気遣ってくれたのだ。私たちは、父が持って来てくれた入場券を持って、列の最後尾に並んだ。

 お金を払って観るコンサートとは違って、ラジオの公開録音は自由席のため、会場への到着が早ければ早いほど前方の席に座ることができる。私たちが到着したのは会場の二時間ほど前だったため、既にたくさんの人が並んでいたのだが、今回は三列目の席に座ることができた。

 公開録音が始まると、ステージに用意されたスクリーンに、アーチストの今日の行動が映像で映し出された。彼は何と、私の実家の近くにある図書館の脇にあるカブトガニのいる施設や、私の出身高校にも足を運んでいた。特に、カブトガニには大変な興味を示したようで、施設の人の説明に、熱心に耳を傾けていたそうだ。

 それにしても、本当に不思議なものである。十代の頃、私が通っていた図書館に、あのアーチストがやって来た。更に、私が通っていた高校のグランドにも足を踏み入れている。こんな愛媛の片田舎だと言うのに。私がもっとも図書館を利用していていたのは高校生のときだった。私がアーチストを好きになったのも高校生のときだった。二十年以上昔と現在。図書館と高校で、アーチストと私は同じ場所にいるのに、時代が異なっているために、会うことができない。時間軸のずれとはそういうものだ。

 そんな映像を見ているうちに、私の中で、自分勝手にいろいろな想いがこみ上げて来て、いつの間にか私の目はウルウルしていた。また、その感動的な想いとは裏腹に、インフルエンザで苦しんでいる祖母のことも気にかかっていた。

 公開録音は、トークと生ライブだった。ギタリストである彼は、アコースティックギターの弾き語りを何曲も聴かせてくれた。彼の演奏は、何度聴いても耳がうなる。アーチストの演奏に関して、ガンモは言う。
「やっぱりギターがうまいよね。でも、バンドとして演奏しているときよりも、単体で誰かのコピーをしながら活動しているときのほうが面白い。単体でもライブやればいいのに」
なかなか鋭いご意見ではあるが、アーチストがこれを聞いたらきっとこう言うだろう。自分にとって、今のバンド活動が母体として存在しているからこそ、こうしてときどきソロで活動できるのだと。

 さて、アーチストは、司会進行役の人に、
「愛媛の印象は?」
と尋ねられ、
「○○さんでしょう」
と答えた。○○さんというのは、地元のFM局のお偉いさんの名前である。アーチストは、○○さんに対して、特別な好意を抱いていると思う。もはやアーチストにとって、そのFM局からの仕事は、ビジネスではなく、○○さんという人柄で受けているのではないだろうか。更に、
「それと、△△さん。やっぱり、人ですよ、人」
と付け加えた。△△さんというのも、地元のFM局の人の名前である。私の知る限り、△△さんは、音楽にとても詳しい。そのあたりで、アーチストとウマが合うのではないかと思った。きっと、アーチストにとっても、単にチヤホヤされるだけの関係ではなく、対等に、いろいろな話ができる関係だからこそ、地元のFM局を大事にしてくれるのだと思う。

 公開録音は、およそ二時間でお開きになった。とても充実した二時間で、ガンモも私と一緒に楽しんでくれた。アーチストは、たくさんの人をいっぺんに幸せにできる人だ。そこが何とも頼もしい。私は、彼が、多くの人たちから愛されていることを確認する作業が好きだ。例えば、こうした公開録音に、毎回必ず出席している人たちがいる。彼の存在が、彼女たちの中で支えになっていることを確認すると、ああ、このアーチストのことを好きで良かったと心から思えるのだった。

 更に私は、ガンモと一緒にこのアーチストの前にいられることに、大きな喜びを感じていた。早々と、入場券の配布場所に足を運んでくれた母や、その入場券をわざわざ会館まで届けてくれた父。そして、関西から車を運転して会場まで私を運び、一緒に公開録音を楽しんでくれたガンモ。いろいろな人たちに支えらながら、公開録音は幕を閉じた。だから、祖母はきっと良くなる。私だって、こうしていろいろな人たちに支えられているのだから。祖母だって、きっと良くなる。

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2005.03.11

あのクエスチョンマークは何だったのだろう?

 もう少し、オークションの話をしよう。

 ほとんどの場合、オークションは、遠隔地に住んでいる人との取引になるのだが、ごく稀に、同じ市内に住んでいる人との取引が成立することがある。相手からメールが届いみて初めて、実はご近所さんだったということも少なくない。住んでいる場所が近い場合、銀行振込→発送という手続きを取らずに、相手と直接会って代金を払い、商品を直接受け取ることもある。

 いつだったか、同じ市内の人の出品したものをガンモが落札し、駅前にあるショッピングセンターで待ち合わせて取引をすることになった。ところが、出品者との約束の場所に出向くはずのガンモの仕事が、予定よりも長引いてしまったため、急遽私が対応することになった。

 先方には、夫の代わりに妻の私が行きますと、私からメールで連絡をしておいたのだが、連絡を入れたのが約束の数時間前だったため、相手はメールを読んでいなかったようだった。

 私が待ち合わせ場所に行くと、相手は女性が来るとは思っていなかったようで、かなり動揺していた。それでも事情を話して何とか取引は終了し、お金を渡して商品を受け取った。そして、取引のあとにガンモ宛に届いたメールは、こんな言葉で締めくくられていた。

きれいな(?)奥さんによろしくお伝えください

 あのクエスチョンマークは一体何を意味していたのだろう? いまだに謎である。

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2005.03.10

パソコンは、眺めるものではありません

 今回、ガンモがオークションで落札したノートパソコンは、思わずこれが本当に中古品かと疑いたくなるほどの美品だった。ノートパソコンなのにほとんど傷がない。出品者である以前の持ち主は、このノートパソコンをほとんど使用していなかったと見える。おまけに、別売りの専用付属品もすっかり揃っていて、それらを個別に買い集めるとなると、今では入手困難な上、単体でもなかなか値段の張るものらしい。ガンモはしばらく興奮しながら、
「これはいかん、これはいかん」
と繰り返していた。

 一体、ガンモにとって何がいけないのかと言うと、これほどまで美しいノートパソコンは、もったいなくて実用的でないということだった。良く、カメラの世界などで、生産○○台記念などという名目で、金ピカのカメラが製造されたりする。そういうカメラを買い求める人もいるのだが、製造台数が少ないのでコレクター向きアイテムとなり、ほとんどの人は使わずに取っておく。そして、ときどき目を細くしながら丁寧に磨いたりする。ガンモはどうやら、今回のパソコンをコレクター向きと決めたらしい。

 もともと、このノートパソコンを買ったのは、私たちが旅行中に持ち歩くノートパソコン(いまどき、MMX Pentiumである。旅先でデジカメの画像処理をするときなど、まるでカメのようにのろい)がひどく遅いためだった。新しいパソコンが手に入って、ようやく快適な旅行ができる! と思ったのだが、思いのほか美しかったため、持ち歩いて傷をつけたくないらしい。
「パソコンなんて、どんどん新しいのが出るのだから、使わなきゃもったいないよ」
と私が言っても、
「これはいかん、これはいかん」
の一点張り。

 ああ・・・・・・。

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2005.03.09

オークション詐欺(未遂)

 今日の昼休みにニュースサイトを見ていたら、こんな記事が飛び込んで来た。

ネット競売で新手詐欺、入札履歴もとに「取引メール」

 インターネットオークションの参加者が「落札者が辞退したので、商品を買ってほしい」などとウソのメールで、現金をだまし取られる被害が相次いでいる。

 オークションサイトの管理者から参加者に与えられるメールアドレスが、適正な入札のため公開される入札履歴から分かることを逆手に取った新手口。ネットオークション国内最大手のヤフーは注意を呼びかけている。

 ヤフー・オークションで、パソコンの入札に参加して落札できなかった北九州市小倉南区の男性会社員(32)に1週間後、「落札者の取引が遅れる。あなたに9万円で譲りたい」と、出品者を名乗るメールが届いた。パソコンの落札価格は12万円で、9万円はこの会社員の入札額だった。現金を振り込んだが、商品は届かなかった。

 メールは、オークション参加者らに無料で与えられるアドレスに送られていた。アドレスは、会員を識別するIDの後ろに「@yahoo.co.jp」をつけたもの。オークションでは、商品ごとに入札者の会員IDと入札額が公開されており、この入札履歴をもとにウソのメールを送りつけたとみられる。

 ネットオークション詐欺の対策サイトを運営するパソコン講師中島慎一さん(30)(三重県四日市市)のもとには、今年に入って同様の被害相談が約50件あり、被害総額も1000万円を超えるという。

[以上、YOMIURI ON-LINEより]

 私たちは、ネットオークションを度々利用しているが、これまで大きなトラブルに巻き込まれたことはない。実は、先日、とあるパソコンの出品に対して入札し、落札はできなかったのだが、出品者らしき人から以下のようなメールを受け取った。(実際にこのメールを書いた人は、出品者を装った人だと思われる)

YAHOOオークション『■△△△(ここにはオークションのタイトルが記載されていた)■』の出品者○○○(出品者のYahoo! ID)です。
昨日は入札していただきありがとうございました。
この商品は落札者様が決まったのですが、
その後のご連絡で入金に一週間以上かかるということがわかりまして、
お話し合いの上で辞退していただきました。
キャンセル料を落札者様が責任を持ってご負担され、
お互いの評価のこともありますので、取引きは無事終了という形に
させていただきましたが、まだ買い手が見つかっていない状況です。

そこで入札いただいた額XX,000円でお買い上げできますがいかがでしょうか?
今回だけですが、特別に送料などは無料にさせて頂きますので
入札額のみの代金でお買い求めできます。
前向きにご検討頂ければ幸いです。
この商品はお支払い確認日の翌日に発送可能です。

【お取引をご希望でなければ返信は結構】です。
一応他の方へも声をかけていますので、ご購入希望でしたらお早めに連絡下さい。
その際は【氏名とお届け先】を忘れずにお知らせ下さい。
宜しくお願いします。

 このメールを受信したのは私だったが、このオークションに入札したのはガンモだったので、すぐにこのメールをガンモに転送して知らせた。しかし、オークション慣れしている私は、内心おかしいと思っていた。

 通常、正規の落札者がキャンセルされて、別の入札者(つまり、今回の場合は私たち)が繰り上げ落札者に指定される場合、繰り上げ落札者にしても良いかどうかの確認メールが、オークションサイトから、Yahoo!に登録しているメールアドレスに届くようになっている。しかし、届けられたメールは、Yahoo!に登録しているメールアドレスではなく、記事にある通り、Yahoo! IDの後ろに@yahoo.co.jpを付加したメールアドレス宛に送信されたものだった。きちんとYahoo!を通し、正規の手続きを踏めば、このようなメールを受け取ることはない。あたかも直接取引きのような方法で話を持ちかけられているようで、とても怪しいと思ったのだ。おまけに、発信者のメールアドレスが、gooのフリーメールアドレスだったことも警戒した理由の一つである。私は、ガンモにメールを転送しながら、
「このメール、絶対に怪しい。何やらプンプン臭うよ」
と言っていた。状況を理解したガンモも、やはりこのメールは怪しいと言った。結局私たちは、このメールに対して何もアクションを起こさなかったのだ。

 それから数日経った今日、私はこの記事を読んで、慌ててガンモに電話を掛けた。あまりにも私が慌てていたため、ガンモも驚いていた。実は、このオークションの商品が落札できなかったので、その後、別の商品を落札し、入金を済ませたばかりだったのだ。
「今回落札した商品、大丈夫だよね?」
と私が心配していると、ガンモは出品者から知らされた宅急便の問い合わせ番号を宅急便会社の問い合わせページで検索し、その荷物が現在どこにあるかを調べたようだ。
「大丈夫。今日、ちゃんと配達されて、今、我が家の宅配ボックスに入ってるみたい」
とガンモから返事が帰って来た。

 ネットオークションに慣れていない人には取引の流れを理解するのが難しいかもしれない。通常、取引が成立すると、出品者に指定された銀行口座などに落札者が先に代金を振込み、出品者はその入金を確認してから商品を発送する。丁寧な出品者だと、手元に残った配達伝票に書かれている問い合わせ番号を、予めメールで知らせてくれるのだ。今回取引が成立した出品者は、丁寧な出品者だった。

 帰宅すると、落札した商品が無事に届いていた。ああ、善良な出品者を疑ったりして申し訳なかったと思った。こうして、我が家にノートパソコンがまた一台増えたわけである。

 参考までに、オークション詐欺と思われるメールのヘッダ情報を記載しておこう。

X-BkASPil-Result: none
X-Apparently-To: (私たちのYahoo! ID)@yahoo.co.jp via web2812.mail.bbt.yahoo.co.jp; Wed, 02 Mar 2005 18:21:45 +0900
Return-Path: <(発信者のgoo ID)@mail.goo.ne.jp>
Received: from cm135.mail.goo.ne.jp (HELO mail.goo.ne.jp) (210.150.10.135)←これは、gooを運営しているエヌ・ティ・ティ レゾナント株式会社のIPアドレス
by mta58.mail.bbt.yahoo.co.jp
with SMTP;
Wed, 02 Mar 2005 18:21:45 +0900
Received: (qmail 24146 invoked
by uid 65534);
2 Mar 2005 18:21:45 +0900
Date: 2 Mar 2005 18:21:45 +0900
Message-ID: <20050302092145.24145.qmail@mail.goo.ne.jp>
X-Mailer: Goo Mail http://mail.goo.ne.jp/
Mime-Version: 1.0
Content-Transfer-Encoding: 7bit
Content-Type: text/plain; charset=iso-2022-jp
From: (発信者のgoo ID)@mail.goo.ne.jp
To: (私たちのYahoo! ID)@yahoo.co.jp
X-Original-IP: [203.180.89.18] ←これが、発信者のIPアドレス
Subject: ■YAHOOオークション『■△△△(ここにはオークションのタイトルが記載されていた)■■

 IPアドレスからプロバイダや会社名を知る方法をお知らせしておこう。CGI倶楽部というサイトにアクセスし、さきほどの発信者のIPアドレスを入力してみると、日本通信株式会社という会社情報が導き出される。どうやら、モバイル環境でこのメールを送信したらしい。

※今後、このパターンの応用も起こり得るので、オークションで商品を落札される皆さんは、この手のメールにはくれぐれもお気をつけください。

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2005.03.08

ガンモがワンマンになる日

 今日は、生理前の体調不良で仕事を休んだ。最近、私の体調にはムラがある。ムラなんて、苦手なはずなのに。一日中、横になっていたわけではなく、ときどきパソコンの前に座っては、CD−ROMに焼き付けた古い写真の整理をした。そして、私たち夫婦がこれまで、本当にあちこちを一緒に旅して来たことを実感したのだった。

 ガンモと私がガタンゴトンツアーを始めたのは、結婚して二年くらい経ってからのことだった。その頃の写真を見てみると、今とは体型がまるで、使用後(過去)/使用前(現在)みたいに異なっている。それに加え、旅先で訪れている場所が大変お粗末である。カメラ屋やパソコンショップなど、別にその土地でなくてもいいような場所ばかり訪れているのだ。どんなに写真を整理しようとしても、そんなお粗末な写真しか出て来ない。実際に、観光地を訪れていないのだから。今になって思えば、本当にもったいないことをしたものだ。(参考までに、北海道福岡

 私が収録している写真のほとんどは、ガンモが写っている写真だが、そこに写っているガンモの服を見れば、そのとき私がどんな服を着ていたかがわかるようになっている。何故なら、私たちはいつも、おそろいの服を着て、おそろいのリュックを背負っているからだ。

 ガタンゴトンツアーで利用する列車のほとんどはワンマンだ。ガタンゴトンツアーの頃になると、ガンモは私と一緒に旅を楽しめるように、一人で旅の計画を立ててくれる。そんなガンモが、私と一緒にワンマン列車に乗って、時刻表を片手に持ち、得意げな顔をしてこっちを見ている様子がたくさん写っているのだった。

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2005.03.07

あらわな感情

 エネルギー値の低迷状態が続いている中で、温かい言葉を投げかけてくれる友がいる。私があらわにした感情に対して、同調してくれる人の存在は、本当にありがたい。一緒に泣いたり、一緒に怒ったりしてくれて、本当にありがとう。掲示板に書いてくださったコメントの返信ができなくても、「自分で好きなことを書いているだけですから、返信は気にしなくていいですよ」なんて言ってくださる方もいる。本当にありがたい許容だ。ああ、ありがとう。

 つい先日、「これまで結婚に対して夢を持っていなかったのに、『ガンまる日記』を読んで、結婚もいいなと思うようになりました」という大変うれしいメールをいただいた。こうしたメールが、今、とても励みになっている。私がここで伝えたいと思ったことが、ちゃんと伝わっているという実感を得られる喜び。ああ、本当にありがたい。

 その一方で、毎日のように訪問してくださっている方々の期待を裏切れないというプレッシャーを感じることもある。特に、記事に魂を吹き込めない状態が続くと、その傾向が強くなる。また、記事の中で私が感情の針を震わせて泣いたことが宙に浮いてしまったと感じるとき、温度差を感じて残念に思うこともある。

 いろいろな方のブログを読ませていただきながら、私がついつい引き込まれてしまうのは、書き手の感情があらわに表現されたブログである。私は、人の感情に触れるのが好きでたまらないのだと思う。だから、私の感情を見逃さないでいてくれる人たちの存在が、とてもありがたいのだ。

※自分自身の癒しのため、写真をベースにしたブログをいくつか立ち上げました。お時間に余裕があれば、サイドバーにある「まるみの管理しているブログ」よりご参照くだされば幸いです。産みの苦しみを味わっているときは、こちらに専念しているかも?

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2005.03.06

図書館で休日を過ごす

 きのう、久しぶりにガンモの髪の毛を切った。前髪を切り過ぎてしまったようで、ガンモに、
「切り過ぎ!」
と文句を言われた。相手が私だから、ガンモはそんなことが言えるのであって、これが免許を持った床屋さんなら、きっと言えないに違いない。だから、これでいいのだ。髪の毛なんて、すぐ伸びるのだから。

 さて、今日はガンモと二人で大阪の中央図書館に出掛けた。何故、地元の図書館ではなく、大阪の図書館なのかと言うと、もう少しで期限の切れる、大阪までの回数券が余っていたからである。

 さすが、中央図書館と名がつくだけあって、とても大きな図書館だった。広い読書室や、パソコン持込可のミーティングルームのようなところもあり、LANの口まで来ている。ここにパソコンを持ち込めば、きっと調べものが楽しくて仕方がないに違いない。

 私は児童書のコーナーで、本を二冊読んだ。ガンモも鉄道関係の専門書を一冊読み終えたようだ。しかし、またたく間に閉館時間がやって来て、楽しい時間はあっという間に終わってしまった。もっと長い時間をここで過ごしたいと私は思った。

 ところで、今日、自宅でガンモがたまたま開いていたページがお弁当のブログだった。ガンモが愛読している絵日記を描いている人が、絵日記以外に書いているブログだった。そのブログは、彼女の夫に作ってあげた愛妻弁当を公開したページで、あまりにもカラフルなお弁当の写真についつい引き込まれ、私は長いこと見入ってしまった。何だろう。彼女の作るお弁当には、彩りばかりでなく、本当に愛がこもっていた。そのことが読み手である私にもはっきりと伝わって来て、そのブログから目が離せなかったのだ。

 ガンモは、普段お料理をしない、そんな私の姿に驚き、
「おお、珍しいじゃん」
と言った。私は、
「このブログ、素晴らしい。愛がこもってるよ」
と言った。私はこれまで、義務でする家事や、どれだけ尽くしてもらったかで愛情を量ろうとする世間一般の考えが大嫌いだった。でも、世の中には、義務ではなく、自分の喜びにも繋がる家事が存在することを思い知らされた。本当に、そのお弁当ブログは素晴らしかった。毎日違うおかずなのに、冷凍食品を使っていないのだ。

 図書館の帰りに寄った本屋さんで、私は熱心に、お弁当の本を探して読んだ。実は、私は、かわいらしいお弁当箱をたくさん持っている。お弁当箱を集めることに、喜びを見出していた時期があったのだ。しかし、私が作るお弁当はとても粗末だった。それはきっと、お弁当作りが私の喜びになっていなかったせいだろう。ガンモは不特定多数の客先での作業が多いため、私がお弁当を作っても、食べる場所を確保できない。だから、作るとしたら、自分用のお弁当しか作れない。あの素敵なブログに影響されて、またお弁当作りを復活させようか。ふと、そんなことを思ったが、三日坊主になるので、宣言するのはやめておこう。もしも三日以上続いたら、改めてガンまる日記で報告させていただくことにしよう。

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2005.03.05

念力に失敗

 今日は、歯医者に行ったあと、管理組合のミーティングに参加した。一年間担当した管理組合の役員も、今月末の総会をもってようやく終了する。管理組合のミーティングが終わったあと、およそ三週間ぶりに鍼灸医院で治療を受けた。保険の効かない鍼灸治療は、毎回四千円ちょっとの支出になる。これを毎週のように受けているのだから、治療費だってバカにならない。どうして東洋医学は保険の対象にならないのかといつも思う。整体だって漢方薬だってそうだ。少し前に読んだ本に、
「西洋医学は魔法なのよ。東洋医学で何日もかかることを、一瞬のうちに解決しちゃうんだから」
と書かれてあった。私のように、東洋医学の力でじわじわと効果が出て来ている人もいると思う。例えば、下半身の冷えを解決するために飲んでいる漢方薬。この漢方薬のおかげで、私の下半身は、ずいぶん温かくなった。夏でも冷たかった私の下半身が、今ではぽかぽかと暖かくなっている。整体院で、下半身の血液の流れが悪くなっているのは、骨盤にゆがみがあることが原因だと言われた。それから、整体院で言われたことを意識的に実践した上で、自分の症状に合った漢方薬をネットで検索して、漢方薬を飲み始めた。その漢方薬だって、保険が効いてくれれば、ずいぶん安く上がるのにと思う。まあ、ここでぶつぶつ言っても仕方がない。実際、東洋医学は、身体に合わない人もいるし、効果が期待できない場合もあるようだから。

 鍼灸治療に出掛ける前、ガンモが私に言った。
「今夜は○○寿司に行こう」
○○寿司とは、私たちがとても気に入っている回転寿司の名前だ。お気に入りの回転寿司に行けると聞いて、私はウキウキして来た。ガンモが宣言した直後は忘れていたのだが、鍼灸治療を受けている間に、ふと、
「そう言えば、車はまだ動かないままなんじゃなかったっけ?」
と思い出した。治療を終えて帰宅してみると、やっぱりそうだった。
「バッテリを買いに行かなきゃいけないのに、交通手段がない」
とガンモが言う。

 私たちは普段、自転車で最寄駅まで通っている。しかし、きのう、ガンモが帰宅したとき、会社の人の車で自宅まで送ってもらったため、ガンモの自転車は駅の駐輪場に置きっぱなしだった。私の自転車はあるのだが、購入したバッテリを積み込めるほど頑丈な籠ではない。ガンモの自転車なら、およそ数キロはあるだろうバッテリをしっかり積み込めるらしい。

 駅までバスで行き、そこからガンモの自転車に乗って車用品のお店に行く手もある。しかし、ガンモはこんなに寒いのに、と言って、なかなか動きたがらなかった。
「じゃあ、回転寿司までタクシーで乗り付けようか?」
と私が提案すると、
「そんなアホな」
とガンモは反対した。結局、うだうだしているうちに、どんどん時間が過ぎて行った。私たちは、おなかがぺこぺこだった。それでも、私は回転寿司に行くことを諦められなかった。何故なら、ガンモの
「○○寿司に行こう」
という宣言の直後から、すっかり回転寿司で晩御飯を食べるモードに切り替わってしまっていたからだ。こうなると、何が何でも回転寿司に行きたくなってしまう。そこで私は提案した。
「今日もまた、車が動かないと決まったわけじゃないでしょ。これから駐車場まで降りてエンジンをかけてみて、動かなかったら潔く諦めて、近所のスーパーに行こう」
「よしわかった」
とガンモが言った。

 私たちは支度を整え、駐車場まで降りて行った。電気製品などが動かなくなったとき、私が念力をかければたいていのものは動き出す、というのは、実はまんざら嘘でもない。念力をかけているとき、それが動き出すか動き出さないかの手応えを強く感じる。動き出すときは、動き出す前から、絶対に動くという確信があるのだ。しかし、ここのところ、エネルギー値が落ちているせいか、車に対してちっともパワーを注ぎ込めない。ガンモが運転席に座り、キーを差し込む。カチャッと乾いた音がしただけで、エンジンはかからなかった。

 私たちは諦めて近所のスーパーに行き、お寿司のファミリーセットを買って来て、ベッドの上で食べたのだった。

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2005.03.04

エネルギー指数

 ソウルナビゲーションという占いに、エネルギー指数という項目がある。生年月日を入力すると、自分のエネルギー指数がわかる。エネルギー指数の解説を見ると、

平均値はだいたい180から200です。
160から230程度であれば、普通のサラリーマンとして働くことが苦になりません。
主婦でしたら180もあれば充分です。
160未満ですと、自分のペースを守れる環境でないとつらいかもしれません。
230を越える場合、エネルギー過多なので趣味に打ちこむなどして余剰エネルギーを発散させましょう。

 ちなみに、私のエネルギー指数は293だ。つまり、230を越えているので、エネルギー過多ということになる。エネルギーがみなぎっているから、あちこちで活発に動き回ることができる。それが私の誇りだった。

 しかし、最近の私は、このエネルギー指数とは裏腹に、エネルギー値が底をついてしまっている。思うように動けない。地を這いたくなる。見落としてしまうものが多い。どこか裏街道を歩きたくなる。世の中に伝えて行きたいことは山ほどあるのに、人と関わって行くエネルギーが極端に不足してしまっている。自分の発信した内容に対して、フィードバックができない。ああ、まるで自分じゃないみたいだ。

 今は、蓄積して行く時期なんだろうか。それとも、自分に向かう時期なんだろうか。それでも、このエネルギー指数の高さが、私をじっとさせてはくれない。

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2005.03.03

図書館

 今日は、定時に仕事を上がり、職場近くの図書館へと急いだ。地元の図書館は遠い上、平日に仕事を持っていると、図書館の開館時間にはなかなか出掛けることができないため、図書館にはほとんど馴染みがないのだが、最近、無性に子供時代を懐かしむ傾向が出て来てしまい、図書館に置いてあるはずの紙芝居を見てみたいと思ったのだ。

 いつだったか、図書館で紙芝居を借りて来て、ガンモと二人で読み上げたことがある。感情を込めて読み上げると、まるで演劇で役を演じているときのように面白い。紙芝居はべろべろに使い込まれていて、蛍光灯の光に当たるとテカテカと光る。子供の頃、幼稚園の先生が紙芝居を読み上げているとき、テカテカと光るため、絵が良く見えなかったことをぼんやりと思い出す。使い込まれた紙芝居を職場近くの図書館で見つけたとき、私はすっかりうれしくなった。

 何を隠そう、私は図書館の児童コーナーが大好きだ。子供の頃に読んだ本がたくさん並んでいるし、何よりも夢がある。ときどき、それらの本を手に取って読み返すことがしばしばある。何度でも読めてしまうのは、『いやいやえん』と『ハンカチの上の花畑』、寺村輝夫さんの『ぼくは王さま』シリーズだ。メアリー・ポピンズも怪盗ルパンも大好きだった。ああ、子供の本は何て楽しいのだろう。大人になってからも、十分楽しめる。思わず借りたい衝動に駆られるのだが、仕事が忙しくなると返却できなくなってしまうため、思いとどまった。

 図書館でゆっくり過ごしたかったのだが、またたく間に閉館時間がやって来てしまった。近いうちに、ガンモと地元の図書館に足を運びたいと思った。鉄道関係の本を読み漁りたいガンモも、きっと喜んでついて来てくれるだろうと思う。紙芝居と児童書に読みふけることができたら、きっと最高の休日になるに違いない。

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2005.03.02

熱く生きる

 派遣仲間と飲みに行った。彼女は私と同じように、開発を担当している。私の派遣先では、同じ派遣会社からおよそ十人の派遣社員が働いているが、開発を担当しているのは彼女と私だけである。彼女は私よりも二つ年下で、私と同じように結婚している。彼女は現在の時給に不満があるらしく、派遣先と交渉を重ね、何とか今の時給よりも二百円上げてくれるように頑張っているらしい。

 もともと、彼女の時給は、今よりも五百円低い設定だった。それを、交渉に交渉を重ねて、現在の時給にまで持ち込んだらしい。派遣先は、五百円も上げたのだから、これ以上、時給を上げることはできないと言っていると言う。しかし彼女は、他の求人情報と比較し、自分の実力であればもう少しもらえるはずだと主張する。私は、彼女よりも高い時給をもらっているが、今後、時給を上げて欲しいと交渉するのに、そこまで戦う気にはなれない。実際、彼女は、何をどうすれば時給を上げてもらえるのか、部長と面談までしている。その結果、時給を上げてもらえないなら、今の職場を離れる覚悟が既にあると言う。自分の評価に対する彼女の詰め寄り方に、私はただ目を見張るばかりであった。

 彼女とは、仕事のはなしばかりでなく、恋愛のはなしもした。彼女は私の生き方をある程度知っているので、私に軽蔑されそうだと言いながら、過去の様々な恋愛について語ってくれた。驚いたことに、彼女はこれまで、男性から告白されるばかりで、自分から先に好きになって告白したことはないのだと言う。
「じゃあ、片思いの辛さとか知らないんだ」
と尋ねると、
「うん」
と言う。
「告白されて、それほど好きじゃなくても付き合うの?」
と尋ねると、
「だって、付き合ってみないと、好きになれるかどうかわからないでしょ。もちろん、最初から、ある程度好きじゃないと付き合えないけどね」
と言う。私は、目を丸くした。
「じゃあ、お試し期間みたいなのがあるんだ」
「うん、そうだね」
「お試し期間が終了して、やっぱりダメでした、好きになれませんでしたってのはないの?」
と尋ねると、
「最初から少しは好きだから、それはないかな。付き合って行くうちに、だんだん好きになって行くのよ」
「へええええ、そうなんだあ。私は、最初から直感的に好きかどうかを判断するから、自分が近づいて欲しくないなあと思っている人は、なるべく寄せ付けないね」
と私が言うと、彼女は、
「相手を最初から直感的に好きかどうかなんて判断できないよ」
と言う。しかも、驚いたことに、かつての恋人に対しても、まだ好きという想いが残っていると彼女は言う。私は、
「過去の恋愛は過去の恋愛で、別れたらもうあとには何も残らないけどなあ」
と答えた。今度は彼女が驚いていた。
「結構、すぱっと割り切れるのね」
と彼女が言うので、
「ただし、前世で深く愛した人たちのことは、今でも覚えているけどね」
と付け加えると、彼女はとても驚いていた。私は、現世でお付き合いのあった男性たちとは、魂としての関わりがまだ浅いために、すぐに忘れられるのだと説明した。しかし、前世で深く愛した人たちとは、既に魂としての関わりを持っているので、男女の関係にはならず、友達なのだと話した。
「そういうことを、旦那さんも知ってるの?」
と彼女が尋ねるので、
「もちろん」
と答えた。

 それからほんの少し、前世のはなしをした。
「私たちが生きている目的は、誰かを特別深く愛し、愛の記憶を魂に刻んで行くことなんじゃないのかな」
と私が言うと、彼女は、
「ほお」
と言いながら聞き入ってはくれたが、彼女にとって、その手のはなしは少々難しいようだった。

 彼女は自分の評価に対して熱く生きようとし、私は、徹底的に男女の愛に関して熱く生きようとしている。みんなそれぞれに、何か熱いものを持って生きているのだなあと実感した。

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2005.03.01

人身事故

 今日はガンモの仕事が休みだった。私は早く家に帰りたかったのだが、ちょこっと残業をして、会社を出たのは午後八時過ぎだった。午後九時前に三ノ宮に着き、それからJR線に乗り換えたのだが、三ノ宮を出て二つ目の駅で、人身事故が発生したとの情報が入り、電車が止まってしまった。車内アナウンスによれば、人身事故があったのは、私たちがいつも利用している最寄駅だった。誰だかわからないが、あのホームから、列車に向かって飛び込んでしまった人がいるのかもしれない。

 私は、ガンモの待つ家に早く帰りたい気持ちはあったが、今夜あの駅で人が一人亡くなったかもしれないと思うと、心がちくちく痛んだ。しばらくすると車内アナウンスが流れ、
「現在のところ、運転の再開は未定です。扉は半自動に切り替えさせていただきます。ボタンを押して開閉してください」
と言う。そして、停車中、扉が開きっぱなしにならないように、すべての扉が閉められた。更にしばらく経つと、
「ただいま救出作業を行っており、まだかなりの時間がかかるものと思われます。運転再開の目処が立たないため、阪神電車、阪急電車への振替輸送を行います」
というアナウンスが流れ、それを聞いたほとんどの乗客が、他の電鉄に乗り換えるために電車を次々に降りて行った。電車が停車していた駅は、阪神電車や阪急電車からそれほど遠くない駅だったからだ。

 私は、現状を受け入れようと思った。ガンモに電話を掛けて事情を説明した。急いでいるのだから、乗り換えるのが当たり前、という気にはとてもなれなかった。その人の想いを無視したくなかったのだ。その人がどんな想いを抱えながら電車に飛び込んだのか。自ら死を選びたくなるほどの苦い想いを無視し、電車の遅れにより、あたかも自分が被害をこうむったかのように振舞うことができなかった。

 四十分ほど停車したのち、電車はようやく動き始めた。最寄駅に到着すると、私が降りたホームから、たくさんの作業服を着た人たちが、どやどやと階段を降りて来るのが見えた。それを見た私は、何故だかわからないが、涙が出て来た。私は顔をぐしゃぐしゃにしながら自転車に乗り、家まで帰った。

 家に着いて、ガンモの顔を見るなり、私はまた顔をぐしゃぐしゃにしながらビービー泣いた。悲しさのような、どうしようもなくやり切れない想いが込み上げて来た。

 今夜、帰るべきはずの人が帰って来なかった家がある。でも、何も関わりのない人たちにとっては、今夜も、そして、明日からも、これまでと変わらない日々が過ぎて行くだけである。電車は何事もなかったかのように運行し、駅もこれまでと変わらない表情で人々を迎え入れる。ああ、何でもっと立ち止まらないんだろう。立ち止まることは、決して迷惑なんかじゃないのに。そう思うと、どうしても泣かずにはいられなかった。

※飛び込んだ人は、亡くなってはいない模様。何はともあれ、良かった。

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