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2005年2月

2005.02.28

不思議なことがあるものだ

 今日はガンモが早朝から出勤することになっていた。午前六時から、私の職場近くで仕事が入っていたため、ガンモは午前四時半過ぎに起床し、午前五時過ぎに家を出たようだった。電車で行けば一時間半かかる場所でも、車を飛ばせば一時間程度で到着できるからだ。

 私は、ガンモが起きて支度を整えているのはわかっていたが、目を開け切れずに、まだベッドの中にいた。ガンモは、私の睡眠の邪魔をしないようにしながら、私がちゃんと起きられるように、目覚まし時計を再びセットし、ファンヒータのタイマーも掛け直してくれていた。

 ガンモが出掛けたあと、私はうとうとしながら、ガンモのはっきりとしたヴィジョンを見ていた。そのヴィジョンの中で、ガンモは道路を渡っていて、車に轢かれそうになってオロオロしていた。危ない! と私は思った。しかし我に返ってみると、ガンモは車で出掛けているはずだから、車に轢かれそうになるはずはなかった。私はそれほど気にも留めず、目覚まし時計が鳴るまでゆっくりと眠った。

 夜、仕事を終えてガンモと連絡を取ってみると、
「車のことでちょっと話がある」
とガンモが言う。早朝出勤だったガンモは、早めに帰宅していた。
「何?」
と私が聞くと、ガンモは、
「早く帰って来〜い。話は家に帰ってから」
と言う。

 何だろうと、ドキドキしながら帰宅すると、ガンモは、
「実は、今朝、車が動かなくてタクシー拾って仕事に行った」
と言う。どうやら、しばらく車に乗っていなかったためか、バッテリが上がってしまっていたらしい。更に、
「タクシーを拾おうとして国道を渡るとき、車に轢かれそうになって焦った。ホントに怖かった」
と言う。
「ええ? それ、本当? 私、今朝、ガンモが車に轢かれそうになるヴィジョンを見たんだよ」
と私は驚きの声を上げた。そして、
「でも、誰かを加害者にしてしまってはいけないよ」
そう言いながら、私は、ガンモを何度も何度も強く抱き締めていた。

 頭をくっつけて色のイメージを送り合うと、ほぼ百パーセントに確率で色を言い当てる私たち。これも、ガンモの危機を感じ取って見たヴィジョンなのだろうか。

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2005.02.27

ガンまる、箱根へ行く

 ホテルをチェックアウトしたあと、箱根フリーパスを買って新宿から特急ロマンスカーに乗り込み、箱根湯本へと出掛けた。ロマンスカーは、前方の展望席を予約していた。予約を入れたとき、最前列は既に埋まってしまっていた上に、横並びの席を確保できなかったため、私たちは、展望席の二列目の通路を挟んで隣同士に座った。

 東京に住んでいたとき、私は小田急線沿線にアパートを借りていた。大学も小田急線沿線だったので、小田急線とは馴染みが深いはずなのだが、特急ロマンスカーにはほとんど乗ったことがなかった。昔、良く見かけていたオレンジ色のロマンスカーは既に引退してしまったらしく、その姿をもう見ることができないのだと思うと、残念に思えて仕方なかった。おまけに、いつの間にか小田急線のいくつかの駅が高架になってしまっていて、視界に飛び込んで来る駅の雰囲気も、線路の様子も、また、窓から眺める景色も、私が知っているものとは違うものになってしまっていた。それに加え、特急列車以外の車両もどんどん新しくなり、近代的なデザインの車両に世代交代されている。これらの事実が、私をとてつもなくブルーな気持ちにさせたのだった。しかし、こんなことでブルーになってしまうなんて、もしかして、私はとんでもなく懐古主義者なのだろうか?
 
 箱根湯本に到着すると、駅はものすごい人でごった返していた。二月の終わりとは言え、まだまだ寒い日々が続いているというのに、人々はわざわざ箱根までやって来るのだ。いや、寒い季節だからこそ、温泉に入って温まりたいと思うのかもしれないが。

 満員の箱根登山鉄道に乗り、強羅まで出たあと、早雲山までケーブルカーに乗った。箱根はきのうも雪が降ったようで、一部のバスは運休するほど、外は本格的な雪景色だった。更に、ロープウェイを乗り継ぎ、大涌谷で黒たまごを食べて、再びロープウェイに乗り、芦ノ湖で海賊船に乗った。そして、箱根の関所跡を見て、三島までバスに乗り、新幹線で帰って来た。

 今回は、時間があまりなかったために、温泉に入ることができなかったのだが、今度来るときは、ちゃんと温泉に入りたいと思った。しかし、やはり、温泉は、オフシーズに来たいものだ。

 ああ、また一つの旅が終わってしまった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、ガンまる、箱根へ行くをご覧ください。

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2005.02.26

世界の中古カメラ市と秋葉原

 朝七時半過ぎに東京駅に着いた私たちは、これから出掛ける松屋銀座の開店時間まで、あちこちで時間を潰した。外を出歩いている間、最も気掛かりなのは、デジカメやパソコンの電池の消耗具合である。例えば、ガタンゴトンツアーで各駅停車の旅をしているとき、時間はたっぷりあるのに電池がなくてパソコンが使えないといった状況に陥ることがある。また、例え電池が充分残っていたとしても、持ち歩いているAir"Hが圏外で繋がらなかったりする。更に、時間も電池もたっぷりある上、Air"Hの圏内にいるのに、言葉がなかなか出て来なかったりする。快適な状況というものは、そうやすやすといっぺんには揃ってくれないものである。

 私たちは、無料の休憩所を見つけ、そこで休むことにした。ガンモはまだ眠りが足りなかったようで、しばらくテーブルの上にうつ伏せになって寝ていた。私はガンまる日記をまだ書いていなかったので、電池がなくならないうちに急いで書き上げた。

 そうこうしているうちに、ようやく松屋銀座の開店時間になり、私たちは世界の中古カメラ市が開催されている催事場へと足を運んだ。私はその会場では、「人はどんどん移り変わって行くものだ」ということを改めて実感した。私は、中古カメラ市に通い始めて今年で十二年になるが、同じように足を運んで来る顔ぶれが、すっかり変化してしまっているのを感じてしまう。今回、私たちは、店員さん以外の知っている人に誰にも会わなかった。人の興味はどんどん変化し、交友関係も変化し、更には中古カメラの値段も変化してしまっていた。私たち自身も、もはや欲しいと思うカメラがなく、ただショーケースを眺めるだけに終わってしまった。

 銀座で昼食をとったあと、私たちは、ガンモの庭である秋葉原へと向かった。秋葉原では、時間節約のため、ガンモと一時的に別行動を取り、ガンモはパソコンショップ巡りをし、私は古本屋さんに入った。しかし、しばらく古本屋さんで物色しているうちに、ガンモと離れていることが急に寂しくなり、すぐに合流した。

 ガンモが秋葉原で買ったものは、私たちが普段持ち歩いているPDAの電池を長持ちさせるためのグッズだった。これがうまく完成すれば、ACアダプタのない状態でも、電池不足の状態に悩まされなくて済むらしい。帰宅してから、ガンモが手作りしてくれることになっている。

 その後、私たちは、秋葉原の交通会館に足を運び、鉄道関係の展示物を見て楽しんだ。鉄道会館は、土曜日ということもあって、家族連れなどのたくさんの人で賑わっていた。私たちは、閉館時間ギリギリまで展示物を楽しみ、売店で鉄道グッズを買ってご機嫌になった。

※今日、撮影した写真:
世界の中古カメラ市
秋葉原の交通会館

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寝台特急「あさかぜ」の旅

 「すみませんが、明日は仕事を早く上がりたいです」
そう申し出る私の要求を受け入れてくれたのか、十九時前に仕事を上がることができた。私たちは、今月末で引退する寝台特急「あさかぜ」に乗り、東京で行われる中古カメラ市に向かうのだ。

 「あさかぜ」は、下関−東京間を結ぶ寝台特急だが、私たちは、途中の大阪から終点の東京まで乗車する。大阪駅発は午前0時32分。私はガンモと待ち合わせをしていったん家に帰り、出発の準備を整えてから再び家を出た。

 今回の私たちが利用する席はB寝台。この寝台は、進行方向に対して垂直に横になるため、列車が停車する度にごろんごろん揺れる。B寝台よりもグレードの高いA寝台の場合、進行方向に対して水平に横になるため、ごろんごろん率も比較的少なく、快適に寝られると言われている。果たして、B寝台で寝られるのだろうか? そんな心配をしていたのだが、 私は「あさかぜ」に乗車した途端、このB寝台が大好きになった。

 客車の中に入ると、カプセルホテルのようにたくさんの寝台が並んでいた。それぞれの寝台は、カーテンで仕切られている。一つの狭い区画の中に、上下合わせて四つの寝台がある。カーテンで仕切られた空間の中で、それぞれの人たちが思い思いに過ごしていることを想像すると、私は何だかとてもわくわくして来た。

  「あさかぜ」のB寝台は、寝台急行「銀河」のA寝台よりもかなり狭くなっている。そのため、ガンモの寝台に潜り込んで一緒に眠ることはできず、私は上の寝台、ガンモは下の寝台でそれぞれ眠った。

 日頃の疲れがたまっていたからだろうか。寝台列車に乗るといつも寝不足になってしまうのだが、今回は、驚くほど良く眠れた。列車内の温度が熱過ぎず、また、寒過ぎず、その上、特急列車だったため、停車する回数が少なかったことも要因の一つだろう。もうすぐ横浜に到着するという朝のアナウンスが流れて来たとき、すっきりと目が覚めていて、とても気持ちが良かった。

 私は、「この寝台特急に、また乗りたい!」と強く思ったのだが、今更どんなにあがいてみても、「あさかぜ」は今月末で引退してしまう。こうした情緒溢れる乗り物がどんどん引退してしまうのは、とても残念なことだ。そのせいか、数多くの鉄道ファンがこの「あさかぜ」に乗り込んでいて、東京駅に着いたときも、カメラを構えながら、「あさかぜ」との別れを偲んでいた。また、休日の早朝にもかかわらず、駅だけでなく、車窓から見える踏切などの撮影ポイントでも、数多くの鉄道ファンがカメラを構える姿が目に入った。

寝台特急「あさかぜ」へ
長い間、本当にお疲れ様。私はたった一度しか利用できなかったけど、最後に君が、多くの人たちに愛されていることを知ることができて、良かったよ。それだけで、私の心も熱くなるんだ。素敵なひとときをありがとう。

※余力があれば、夜にでも「あさかぜ」の写真を掲載します。
※掲示板にコメントを書き込んでくださっている皆さん、本当にいつもありがとうございます。毎日、発信することに精一杯の日々が続いていましたが、私の返信を根気強く待ってくださって感謝しています。仕事の忙しさなどで精神的に厳しいとき、皆さんからのコメントがとても励みになっています。ありがとうございます。
※写真を掲載しようと試みたのですが、自宅サーバへのファイルの転送に失敗してしまったため、アルバムを作りました。「あさかぜ」の写真を見てみたいという方はどうぞ。なお、旅行記として掲げている文章は、「ガンまる日記」に書いたものと同じ文章です。
寝台特急「あさかぜ」の旅

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2005.02.24

相対的な関係

 これは、えいりえさんの月見草もったいない関係へのトラックバックである。

 この記事の中で、えいりえさんに新しい出会いがあり、その相手に過去の恋について正直に話したときのことが書かれている。

5年も同棲していたのにもったいないと思わないか、と聞かれて正直驚いた。

 これを質問した人の気持ちもある程度はわかる。しかし、愛の観点からものごとを見てみると、五年も同棲していたのに結婚に至らなかったのは、お互いの距離を縮めて行くことが困難だったのではないかと想像する。

 ガンモと出会う前、私もいくつかの恋愛を経験して来た。それなりに長く付き合った人もいたが、単に恋愛期間が長いだけで、なかなかお互いの距離を縮めることができなかった。ガンモと付き合い始めてわずか三週間で結婚を決意したことからすると、私はこれまでの関係に対して、ずっと躊躇していたのではないかと思える。

人間関係も同じだと思う。相性や、立場など、良い関係を築くこともあれば、悪い状況にしか出来ないこともある。それでも、お互いを引き立たせられるように、お互いが気を使うことが出来ればいいのだ。他と比較をして、どうこう言うよりも、その関係をより良く出来るように心がけることが、本当に必要なことなのだと思う。

 これは、本当にそう思う。更に、人の相性というものは、他の相対的な関係の影響を大いに受けていると思う。例えば、同じ人でも、あるグループの中にいるときは心地良くない面が強く打ち出されてしまうが、一対一で付き合ってみると、その人への理解が足りなかったことを思い知らされることがある。これは、人間対人間が、相対的な関係を築いて行くことの現れだと思う。

 相対的な関係が心地良いこともあれば、心地良くないこともある。しかし、じっくりと時間をかけて根気良く向き合えば、いつか必ずお互いのプラスの面を引き出せるときが来ると思う。そして、じっくりとかけるその時間は、何も現世だけに留まらなくてもいいと思う。

 こうして築き上げて来た関係が、ソウルメイトなのだと私は思う。

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2005.02.23

景気の悪さがもたらしてくれたもの

 仕事がとても忙しく、帰宅してからお風呂に入って就寝するまでに、ごくわずかの時間しかない。それでも、帰宅してパソコンを立ち上げてがちゃがちゃやっていると、ついつい睡眠時間を削ってしまうことになる。

 最近疲労気味のガンモは、私よりも早くベッドに入って寝ていることがある。私は、睡眠中のガンモを起こさないようにガンモの寝ているベッドにそっと潜り込むのだが、私たちが寝ているのはシングルベッドの上、私の定位置が壁側なので、眠りに就いているガンモを起こしてしまう。
私は、
「ガンモ、ごめんね」
と言いながら布団の中に入る。途中で起こされても、ガンモは決して怒らない。私はそこに、ガンモの深い愛情を感じる。

 今よりもう少し景気が良かった頃、システムトラブルのため、ガンモが仕事で持っていたポケベルが夜中に鳴って、私も一緒に起こされることが多かった。ガンモは眠い目をこすりながらも、ささっと起き出して、車を走らせ、お客さんのところに出向いて行った。そんなとき、支度を整えているガンモに話し掛けると、とてもキリキリしていた。寝ているところを起こされた上に、仕事に出掛けなければならないのだから、当然のことだろう。私も、夜中にポケベルに起こされて、不機嫌になっていたことを思い出す。しかし、景気が悪くなって、お客さんがトラブル時のサポート呼び出し料金を節約するようになってくれたおかげで、夜中の呼び出しも激減した。

 今、私の職場では、残業規制の話がある。会社の予算が少ないので、できるだけ残業を減らして帰宅しましょうということらしい。これは、私にとっても大変ありがたい。

 景気の悪さがもたらしてくれたものは、余暇の安らぎだったのではないだろうか。景気にまったく左右されない職業の人もいれば、そうでない人もいらっしゃるだろう。少なくとも、企業のこうした節約は、私たちにとっては大変ありがたい。

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2005.02.22

まるみはスケベなんだよ

 先日訪れた城崎温泉は、若い男女のカップルも多かったが、若い女性同士の二人組も多かった。私はそれを見てガンモに言った。
「女性同士で温泉に行こうって言い出す気持ちがわからない。私なら、絶対に男の人と行くけどなあ」
それに対しガンモは、
「まるみはスケベなんだよ」
と言った。スケベ? この私が?

 いや、私は男の人が好きというよりも、女性同士が苦手なのだと思う。高校はもちろん共学だったが、大学も共学だった。私の中には、女子大に進学するなどという選択肢は、最初からなかったのだ。大学のときに所属していたサークル(写真研究会)も、圧倒的に男性が多かった。独身時代から始めたクラシックカメラという趣味も、ほとんど男性ばかりの世界だ。更に、仕事として選んだソフトウェアの開発も、比較的男性の多い職場である。また、本を読むときも、女性作家の作品はほとんど読まず、男性作家の作品を好んで読む。

 ときどき、仕事仲間たちの間で、
「女性だけで飲みに行きませんか?」
とか、
「女性だけでお茶しましょう」
などと誘われることがある。私は、それが苦手で仕方がない。何故、苦手なのか。理由はいろいろある。一つは、私が女性らしくないからだろう。私には、多くの女性たちに共通の、化粧品やブランド、テレビドラマなどにまったく興味がない。もう一つは、私の持っているマニアックな部分を引き出してもらえなくて、ムズムズするからだ。

 一人で行動することが苦手な女性たちは、特別繋がる何かがなくても群れたがる。単に群れているというだけで安心するのだろう。私はおそらく、単に表面的な繋がりを持っているだけなのに、あたかも密接に繋がっているかのような錯覚を植え付けてしまうことが苦手なのだろうと思う。その証拠に、相手が女性であっても、単に表面的な繋がりではなく、深い部分で繋がろうとしてくれる女性たちとの交流は、とても心地がいい。

 男性と一緒にいて心地がいいのは、何でもすっぱり言えて、すぐに忘れてくれるからだと思う。女性同士だと、なかなかそうはいかない。しかし、相手が男性であったとしても、単に表面的な繋がりばかりでは、やはり疲れる。

 もちろん、温泉に一緒に行きたい男性とは、愛情で結ばれた男性に限る。温泉に行くなら男性と一緒がいいと言ったのは、私にとってもっとも優先すべき関係が、愛する男性との関係であり、その関係をさしおいてまで、女性同士で出掛けることはできないという意味だったと思う。

 こんな私でも、やっぱりスケベなんだろうか?

※タイトルに惹かれて、ついつい読んでしまったという方。そんなあなたがスケベです。

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2005.02.21

旅のあとに思うこと

 思えば私は、学生時代から良く旅をしていた。時刻表のピンクのページが大好きで、企画きっぷなどにも詳しかった。今でもずっと応援し続けているアーチストのライブに地方遠征していたからだ。東京に住んでいたため、帰省するにも学割が必要になる。旅好きの私は、年間に発行される学割だけでは足りずに、学割を必要としない友人から学割を分けてもらっていた。飛行機も、スカイメイトが適用され得る範囲内で、その特権を大いに利用していた。

 学生の頃は、旅から帰ったその翌日に、学校に行くのが辛くてたまらなかった。私の場合、アーチストのライブツアーに勝手に同行することが多かったので、旅と日常生活とのギャップにしばしば苦しんでいた。旅先でのアーチストとの些細なやりとりを、何度も何度も思い出してはセンチメンタルな気分に浸っていたものだった。あの頃から私は、自分の感覚が多くの人には理解されないことに気付いていた。だから、学生時代の友人たちとは感情を触れ合わせることなく、無機質なやりとりしかできなかった。彼らは、私の中に眠っている炎のような感情を引き出してはくれなかったのだ。

 旅先で出会った同じアーチストを応援する友人たちとは、すぐに仲良くなれた。お互いに、自分の中に燃える炎を確認し合ったからだと思う。出会ったその日に、同じホテルのツインルームに宿泊した友人もいる。あれから二十年経った今でも、彼女とは細々と交流が続いている。

 今になって思うのは、どの道も、確実にガンモに通じていたということだ。ガンモが鉄色に染まる前から、私は無意識のうちに鉄道の写真を撮り続けていた。昔のガタンゴトンツアーの写真を見ながらガンモが言う。
「まるみ、こんな写真撮ってたの?」
「そう。ガンモより早く潜在的鉄だったから」
私はそう答える。

 道を照らしてくれた人にも書いた通り、アーチストを見続けていたことも、確実にガンモに通じていた。そして、当時、あちこちを旅して得た知識は、現在、ガンモとの旅に役立っている。

 おそらく、人生もまた、一つの旅なのだろう。果たしてこの旅はどこに続いているのだろうか。

※5万アクセスありがとうございました。
※用量節約のため、外部サーバから引き込んでいた画像に、参照制限がかけられてしまいました。過去の記事で参照しているすべての画像を自宅サーバに取り込み、画像のリンクを張り替える必要があります。折を見て作業させていただきますのでよろしくお願い申し上げます。

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2005.02.20

ちょこっと九州

 朝、目覚めてみると、鳥取では雪が降っていた。ホテルをチェックアウトして空を見上げてみると、まるでかき氷が降って来ているみたいに大きなぼた雪だった。そんな中、鳥取駅近くにある鳥取鉄道記念物公園に足を運ぶ。

 ここには、本物そっくりのレトロなホームがあり、昭和時代の鳥取駅の雰囲気が再現されていた。ただし、ほとんど手入れがされていないらしく、荒れ放題だった。

 それから私たちは、鳥取から在来線特急スーパーまつかぜに乗り、島根県の益田へと向かった。

 今回、ガンモに渡されたのは、我が家の最寄駅から北九州市内までの切符だった。何故、城崎に一泊したあと、わざわざ鳥取に泊まり、その次の行き先が北九州市内なのか。それは、益田から小倉まで運行している在来線特急いそかぜが、今月いっぱいで引退するからである。

 鳥取から益田までの所要時間はおよそ三時間強、更に、益田から小倉までの所要時間は三時間弱。私たちは、合計六時間余りも列車に乗り続け、ようやく小倉に到着した。関門海峡は、去年の夏に青春18きっぷのガタンゴトンツアーで通過しているのだが、ガンモと私の共通の見解では、「やはり、青春18きっぷのガタンゴトンツアーのほうが楽しい」ということだった。ガンモ曰く、
「特急列車はスピードが速くて移動時間も節約できるけど、高校生も乗って来ないし、おばあちゃんのネイティヴな方言も聞けない」
確かにそうだ。特急列車は、その土地の人ではなく、旅行者が利用する乗り物であると言っても過言ではない。だから、移動時間の節約は可能だとしても、その土地の雰囲気を味わうことができないのである。

 さて、まつかぜはそれほどでもなかったのだが、引退するいそかぜにはたくさんの鉄が乗車していた。ホームに降りてみると、まるでいそかぜとの別れを惜しむかのように、いそかぜの姿を写真に収めようとしている人たちが群れをなしていた。

 私たちは、小倉におよそ一時間半ほど滞在し、駅前の井筒屋にある小倉らうめん横丁でラーメンを食べ、新幹線で帰って来た。

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2005.02.19

鉄砲玉のように、飛び出して来たおばあちゃん

 旅館をチェックアウトしたあと、城崎ロープウェイに乗り、山頂まで行った。

 雨が降っていたため、ロープウェイからの視界は悪かったが、山頂に着いて展望台から見下ろすと、霧のようでいて、湯けむりのようなものがあちこちから立ち上り、天候が悪いながらも美しい景色を見せてくれた。

 身体が冷えて来たので、ロープウェイを降りたあと、山麓にある足湯に入り、身体を暖めた。これまで私たちは、足湯というものを軽く見ていたのだが、しばらく足湯につかると身体全体がぽかぽかして来るということがわかり、他の足湯にも入ってみようと、文芸館という施設の入口に用意されている足湯にも入ってみた。文芸館の中までは入らなかったのだが、城崎にゆかりのある文人たちの作品などが展示されているそうだ。

 城崎をあとにして、特急はまかぜで浜坂まで出て、そこから鳥取行きの普通列車に乗り換え、鳥取にやって来た。鳥取へは、年に何度か足を運んでいるので、慣れたものだ。鳥取から若桜(わかさ)鉄道に乗り、ガンモの鉄道乗り潰しに協力する。

 ホテルにチェックインしようとすると、七十歳くらいのおばあちゃんがフロントの女性に何やらしきりに事情を説明しているのが見えた。どうやら、ご主人さんと大喧嘩をして鳥取まで出て来たが、家に電話を掛けても通じないので、FAXを使わせて欲しいとのことだった。そんな年齢になっても、夫婦穏やかに過ごすことができずに、まるで鉄砲玉のように飛び出して来てしまうのだろうかと驚いてしまった。

 私は、これまで鉄砲玉のようになったことはない。テレビドラマなどに良くある「実家に帰らせていただきます」も経験がない。だから、おばあちゃんの気持ちは良くわからないのだが、家を出て来てしまっても、家に連絡を入れようと頑張っているところがかわいいな、と思う。こうして強がっていても、本当の部分は他にあるのだから。こういうおばあちゃんを妻に持つご主人さんの人間像が、何となく想像できるような気がする。おばあちゃんは今夜、どうなるのだろう。FAXで連絡がついて、家族の人がホテルまで迎えに来るのか、それとも今夜はここに泊まるのか。

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2005.02.18

城崎温泉、再び

 今日は休みを取って、ガンモと城崎(きのさき)温泉に来ている。ここ城崎温泉は、去年の夏に初めて訪れたのだが、銭湯感覚で利用できる七つの外湯がとても気に入って、ガンモとまた来ようと決めていたのだった。

 お昼前に城崎に到着し、お昼ご飯を食べたあと、午後十二時半頃、宿泊する旅館に向かった。運が良ければチェックインできるのではないかと思ったのだ。しかし、旅館のエントランスは消灯され、中からフロント係の女性が出て来て、
「チェックインは午後二時からです。お荷物だけでしたら、お預かりしますが」
と言われた。彼女の顔は、お客さんを迎えるフロント係の表情ではなかった。私は突然、おかしさが込上げて来た。彼女は今、休憩中に違いないと思ったからだ。私は、休息時間中にいやいや働く自分が、周りからどんな風に映っているのか、見てみたいと考えていた。そうしたら、彼女が私の前に現れた。だから、彼女は鏡に映した私の姿だと思ったのだ。(詳しくは、社員と派遣の違いをご参照あれ)しかも、今度は私が彼女の休息時間を奪う人になっている。人生ってやつは、何て面白いのだろう。確かに、いくら休息中とは言え、あんなにムスッとしてしまっては、受けが良くないということを、彼女はわざわざ鏡になって教えてくれた。

 七つの外湯は、宿泊した旅館で入浴券をもらえば、無料で利用できる。私たちは午後二時にチェックインを済ませ、身支度を整えて、外湯に向かった。途中、ガンモは列車の撮影をするとかで、撮影ポイントで列車を待ち構えることになった。私はその間に、いくつかの外湯に入った。そして、再びガンモと合流し、またいくつかの外湯に入った。

 前回来たときはオフシーズンだったので、外湯もずいぶん空いていたのだが、今回は城崎名物のカニがおいしい時期で、平日だというのに、外湯はたくさんの人で賑わっていた。特に夕方になると女性風呂は込み合って、中には入場制限を行う外湯もあった。私はオフシーズンののんびりした雰囲気を思い出して、懐かしくなった。

(写真は、私が一番好きな外湯、まんだら湯。ここには丸い湯桶の露天風呂があり、瞑想するにはもってこい。しかし、今回は人が多くて瞑想できなかった。)

 旅館の夕食は、カニ尽くしの料理だった。カニすき、焼きカニ、湯カニ、カニ刺、カニ味噌、そして最後はカニ雑炊でしめくくった。私は、これだけのカニの命をいただくのだから、カニに感謝の気持ちを込めながらいただいた。少しでも彼らの命を無駄にしないように、隅々までおいしくいただいた。そうしたら、これだけ食べても食べ過ぎで気持ち悪くはならなかった。同じように食べていたガンモは、食べ過ぎで気持ち悪いと言って、食後、しばらく横になっていた。私はとても満足だった。特に、最後の雑炊がとてもおいしかった。それなのに、他のテーブルの人たちも、カニ雑炊にはせずに、普通の白いご飯で食べていた。おそらく、食べ過ぎで、カニ雑炊にする元気がなかったと思われる。非常にもったいない話である。

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2005.02.17

社員と派遣の違い

 最近、仕事のストレスが溜まって来ている。きのうも、休み時間に延々と打ち合わせが続き、休み時間にやりたいことがたくさんある私は、とてもイライラしていた。一緒に仕事をしている人たちは独身男性なので、打ち合わせ中にトイレに立つのも気が引けてしまう。また、私は食前に服用している薬があるのだが、打ち合わせが長引いて席を立てないとなると、薬も飲めないし、食堂にも行けない。一緒に仕事をしている男性たちは、残業のときは自席でお菓子をほおばっている。私は、休み時間はちゃんと休んで気持ちの切り替えをしたい。溜まりかねた私は、
「薬を飲んでいるので、食堂に食べに行きたいです」
と言って立ち上がった。彼らは、
「どうぞ」
と言って、私を一時的に解放してくれた。しかし、私が食堂から帰って来ても、彼らは延々と打ち合わせを続けていた。

 社員と派遣社員では、こうしたところで、仕事に対する意識に大きな違いが現れる。今や、社員はサービス残業が当たり前の時代だが、派遣社員は完全なる時給制である。派遣社員の場合、休み時間は作業時間から自動的に差し引かれるため、時給で働いているはずなのに、タダ働きになってしまう。それが積もり積もって来ると、かなりの額になる。しかし、金額のことよりも、私は休み時間は自分自身を解放し、リセットしたい。仕事中のピンと張りつめた緊張は、好きな音楽を聴くだけでもほぐされる。特に、仕事が忙しいときは、休み時間に音楽を聴くことは欠かせない。その自由を奪われるのは、絶対にイヤだ。

 帰宅してからガンモにこのことを話したが、社員として働いているガンモは、こうしたことに対して、あまり危機感を感じていないようだった。今はそんな時代じゃないから仕方がないと言う。それを聞いて、もしかすると、気持ちの切り替えをいつ行っているかにもよるのかもしれないとも思い始めた。ガンモも含めて、休み時間に休みを取らずに延々と仕事をしている社員の人たちは、勤務時間中に自分のペースで一息入れたりしている。それがある程度自由な職場であるなら、こんなストレスも溜まらないのかもしれない。でも、企業と時間で契約している私の立場ではそれが難しい。だからこそ、いい仕事をするためには、休み時間に気持ちをスッパリ切り替えることが必要なのに。

※ちょっとストレスが溜まっていたため、ここに書かせてもらいました。読んでくださった皆さん、どうもありがとう。

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2005.02.16

ツインソウルとの周期的なリズム

 ツインソウルとのやりとりがずっと続いている。それにしても、何故、こんなにも話がふくらんでしまうのか、とても不思議だ。メールはどんどん長くなり、一回ではとても書き切れず、「とりあえず、ここまででいったん送信!」などと言いながら、メールの半分くらいまで書いては送信している。それでも数百行だ。私は、これは何かに似ている! と思った。そう、電話の逆探知だ。

 誘拐犯から電話が掛かって来たとき、会話を引き伸ばすことにより、相手の発信地を特定できる。ツインソウルとのやりとりは、まさしくそんな感じだ。会話を伸ばせば伸ばすほど、お互いに相手が何者かがわかって来るのである。

 ツインソウルと私は、ひとたび理解し合うと、しばらくおとなしくしている。そして、おだやかな日が続くと、そろそろひと悶着起こしたくて、ムズムズして来る。客観的に見てみると、一つの周期が完結するのに、およそ一週間から二週間かかっているようだ。その周期の間には、バトルしたり、盛り上がったり、安定したりといったことがふんだんに盛り込まれている。それぞれの感情の動きを折れ線グラフにしてみると、面白いかもしれない。

 ツインソウルとは、リバイバルの会話も多い。以前、対話して理解し合ったことをすっかり忘れてしまっているのだ。今、「永遠とは何か?」について語り合おうとしているのだが、実は、これについても、ずっと以前に話し合ったことがある。そのときツインソウルは、「一瞬の中に永遠を見ることがある」と言い、私は、「変化しない想いの中に永遠はある」と言った。はてさて、今度はもう少し進化した永遠について語り合えるのだろうか。

 ガンモと私をビーカに入れてガチャガチャ混ぜ合わせると、境界線もわからぬほどくっつき合った、一つの「ガンまる」が出来上がる。しかし、ツインソウルと私をビーカに入れて、ガチャガチャ混ぜ合わせても、決して混ざり合わないと思う。お互い、目はグルグル回るかもしれないが、正気になるとすぐに自分の足で立ち上がり、再び自分の立場からの主張を始めることだろう。

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2005.02.15

見てはいけないものを・・・・・・

 先週の木曜日、残業を終えて上司と一緒に最終電車に乗り込むと、ちょうど飲み会を終えた別のプロジェクトのメンバーと出くわした。彼女たちは、私が上司と二人で電車に乗り込んで来たので、驚いたらしい。そして、今日、彼女たちにこんなことを言われてしまった。
見てはいけないものを見てしまったのかと思った

 何だってえ?! 

 実は、このようなことを言われたのは、これが初めてではない。私と上司は、周りから見ると、仲がいいように映って見えるらしい。この程度で仲が良いのなら、私とガンモやツインソウルとのやりとりを見せたら、彼女たちは鼻血を出すことだろう。

 彼女たちのうちの一人が、その上司と駅のホームでばったり会ったことがあるそうだが、そのとき上司は、知らん顔して、さっさと別の車両に乗り込んだと言う。もともと、その上司は女性とはあまり話をしない人なので、余計に私に対してリラックスしているように見えてしまうようだ。私は、
「それはきっと○○さんのことを女性として意識している証拠ですよ」(○○さんとは、彼女の名前)
と言った。

 このことをガンモに話すと、
「それはごもっともです」
と言いながら、納得していた。つまり、ガンモも、上司が私のことを女性として見ていないことに賛同してくれているのだった。ガンモにこんなふうに即答されるのも、何だか複雑な気がしてしまう私であった。

※申し訳ありません。他で書いているブログの記事を更新したとき、「ガンまる日記」で参加しているランキングサイトにping送信してしまいました。ランキングサイトから参照してくださった方で、身に覚えのない温泉の記事が表示された方、ごめんなさい。m(__)m

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2005.02.14

「ガンまる日記」一周年記念

 今日で、「ガンまる日記」を書き始めてちょうど一年になる。一年前の記事は、チョコを贈るより、ハートを贈ろう。ガンモと付き合うきっかけとなったFAXに書いた言葉だ。ちょうど九年前、神戸でパソコン通信写真フォーラムのオフがあった直後、私たちは交際するようになったのだ。

 「ガンまる日記」の記事数は、今回の記事を入れて三百六十七。どんなに忙しくても、一日一記事書くことを目標に、これまで書いて来た。実際は、書けない日もあって、後書き日記にして、日付をこっそり変えた日もあった。短い日記もあれば、長い日記もある。それでも、記事数はちょうど一年分ある。

 さて、ガンモは連日の出勤からようやく解放され、今日は休みだった。私の仕事も、今日で落ち着くはずだったのだが、夕方になって、突然、対応しなければならない仕事が発生してしまった。でも、
「今日は約束があるので帰ります」
と言って、すたすたと帰って来た。私たちが付き合い始めてちょうど九周年だったし、ガンモと一緒に夕ご飯を食べる約束をしていたからだ。

 家に帰って、ベッドの上で食事を取っていると、ガンモがおかずを二回もお盆の上にこぼした。
「このお盆、お昼に洗ったばかりだから」
とガンモが言うので、私たちは、こぼしたおかずをそのまま拾って食べた。

 モノが多過ぎるため、台所に立ってお味噌汁をすすることもある私たち。身動きが取れないせいで、お味噌汁をこぼしても、お互いゲラゲラ笑っている。そのことをかつて「ガンまる日記」に書いたら、それを読んでくださった方から、
「普通なら、『まるみが家の中を片付けてないからこぼすんだよ』と喧嘩になるのにね」
とコメントをいただいたことがある。私はそのコメントがとてもうれしかった。

 ときどき私は思う。もしもガンモが綺麗好きだったら、私の結婚生活はこんなに楽しかっただろうかと。ガンモだってきっと同じ気持ちだろう。私はガンモに言った。
「ガンモって、私と出会えたから、こんなに幸せになれたんだよね。他の人とだったら、きっとうまく行ってなかったよね」
「そんなのお互い様」
と言うガンモ。

 家の中が汚くても、私たちの間に愛があればそれでいい。私が「ガンまる日記」で伝えて行きたいのは、世間の常識から逸脱した、根本的な愛なのだ。

※「ガンまる日記」を繰り返し読んでくださっている皆さん、いつも本当にありがとうございます。男女の愛の素晴らしさを伝えたくて、精神世界のはなしというサイトを立ち上げたのですが、その中でも、経験ベースのソウルメイトの愛のはなしを集中的に書きたいとずっと思っていました。「ガンまる日記」は、これまで私が書きたいと思っていたことを実現させてくれるブログです。これからも、どうぞよろしくお願い致します。

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あっ、地震

 三連休の最終日、ガンモは今朝も仕事に出掛けて行った。帰りは午前一時半だと言う。私の仕事は納期に向かっての集中作業になるが、ガンモは、お客さん(ガンまる用語で生理のことではなく、企業のこと)が休みのときに出向いて作業をすることも多い。どうやら、今夜はタクシー帰りのようだ。私は今日、たっぷり昼寝をしたので、ガンモの帰りを待つつもりだ。

 あっ、たった今、地震があった。こんなときに心細い。すぐにガンモから電話があり、
「地震だよね?」
と言う。私は、玄関のドアが開いたような音がしたので、
「ガンモが帰って来たのかと思った」
と言った。すぐにインターネットで調べてみると、地震の規模はそれほど大きくはないようだった。

 モノをたくさん積み上げている我が家は、マンション一の危険地帯だ。我が家でもっとも安全な場所と言うと、お風呂場ということになる。しかし、いつもいる部屋からお風呂場に辿り着くまでに、モノが倒れかかって来る可能性は非常に高い。

 ガンモと一緒なら、苦手な飛行機に乗るのも平気だ。でも、お互いが別々にいるときに、何かが起こるのは絶対にゴメンだ。

 ところで、先日の猟奇的殺人の話だが、感情を持って行為に及ぶ人は、まだ救われると思う。何故なら、感情にはプラスとマイナスの幅があると思うからだ。大きなマイナスに振れた感情は、いつか必ず大きなプラスに振れることがあると思う。問題は、感情を伴わずに行為に及んだ場合である。このような場合、更正を担当する人は、その人の何に働きかけたらいいかわからないのではないだろうか。

 電車に乗っていても、感情があるのかないのかわからない若者は多い。昔はおんぶにだっこなど、子供とのスキンシップを行いながら子供を育てたものだが、今はベビーカーで親とのスキンシップが少ないまま子供が育つ。それが、サイレントベイビーという感情のない子供を作り上げると聞いたことがある。私は、子育ての経験がないのでわからないが、電車の中で、母と子が向かい合って抱き合っているのを見ると、思わず見入ってしまう。見ているだけで、突き上げて来るような感動があある。やはりスキンシップは、愛されているという実感を得るために、多大な効果をもたらすのではないだろうか。そして、この愛されているという実感があれば、感情の幅は広がり、感情のない子供には育たないような気がする。

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2005.02.12

愛を示すことの大切さ

 ガンモはこの三連休もずっと仕事で、体力的にちょっとまいっているようだ。今日は帰宅してご飯を食べるなり、ベッドに横になってしまった。ガンモはこうして軽く睡眠を取ると、すぐに復活して元気になる。

 私はと言うと、ウィークデーの忙しさからようやく解放されて、のんびりとした休日を過ごしている。ときどき私は思う。休日の存在を有り難く思えるのは、ウィークデーを忙しく過ごしているからなのではないかと。私は、家で怠け者だからこそ、外で働くことを自分で選択しているのだ。

 ネットサーフィンをしながら、いろいろなページを拝見した。その中に、猟奇的殺人を扱った衝撃的なページがあり、しばらく見入ってしまった。この世に存在するすべてのものが愛だとすると、こうした猟奇的殺人も、愛の一つなのだろうか? それは自己愛と呼ばれるものだろうと容易に想像できるのだが、もしもすべての存在がもともと一つなら、誰かの自己愛は、すべての存在への愛に繋がっていることになる。でも、愛のリンクがどこかで途切れてしまっているということは、私たちがまだまだ未熟である証拠なのだろうか? 私は、考えているうちにわからなくなってしまった。

 ただ一つ言えるのは、猟奇的な殺人を犯す人たちは、自分が誰かに特別愛されていることを知らないのではないだろうか、ということだった。人は、自分のために生きているのではなく、自分を愛してくれている人のために生きていると思う。そのことを最初に示してくれるのは、おそらく自分の両親だろう。そして、結婚してからは、その対象が自分の家族に切り替わって行く。そう考えると、自分にとって最も身近な愛を大切にすることが、いかに重要であるかがわかって来る。愛を示すことで、本当に多くの人が救われるのではないだろうか。

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2005.02.11

鼻パックいらず

 ガンモは、私の鼻の頭の毛穴を掃除するのが大好きだ。ガンモと見つめ合っていると、いつの間にかガンモの目線は私の鼻の頭に向けられる。そして、毛穴の汚れを見つけると、私の鼻の頭に手を伸ばし、毛穴を両手の爪で挟んで、詰まった毛穴から汚れを押し出そうとする。

 今日もお風呂の中で、ガンモの手が伸びて来た。身体が温まっていると、毛穴の掃除がしやすいようだ。ときどき毛穴の掃除をし過ぎて、私の鼻が赤くなってしまうこともある。毛穴の掃除をしている姿はまるで、猿のつがいが蚤取りをしているようだ。

 ガンモのおかげで、私の鼻は、鼻パックいらずなのだが、先日、ガンモが男性用の鼻パックを買って来た。何故、男性用なのかと言うと・・・・・・、私がガンモの鼻の毛穴を掃除してあげていないからだった。

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魂が孤独を感じるとき

 何はともあれ、ようやく仕事が一段落した。私の普段の仕事はC#やC++などの言語を使った開発業務なのだが、それ以外にも、インストーラの作成業務も担当している。インストーラというのは、主婦の皆さんにはあまり馴染みのない言葉かもしれないが、パソコンにソフトウェアをインストールするときに動作するプログラムのことである。私が担当しているプロジェクトが開発している製品は、すべての対象OSを合わせるとおよそ二十ほどもあり、それらの製品すべてに最新のプログラムが適用されるようなインストーラを作成する仕事が、数ヶ月に一回やって来るのである。インストーラが出来上がったら、それぞれの対象OSでインストールの試験を行う。この試験は、私ではなく、他の人たちがやってくれるのだが、彼らから不具合の報告を受けると、ただちにインストーラを作り直し、再び試験してもらう。そんなことを一日中繰り返しながらも、ようやく作業が落ち着いて、最終電車で帰路についた。

 帰りの電車は、上司と一緒だった。上司とは、決して話が盛り上がるわけではないのだが、仕事で帰りが遅くなると、しばしば一緒になる。しかし、私の魂はその間、孤独を感じてしまう。一体、何と表現したらいいのだろう。仕事のやり方に関しては、いくらでも言える。実際、今回の作業にしても、私は上司に、
「技術屋が、何でこんな面倒臭いことをやらなきゃいけないんですか」
と文句を言った。インストーラの作成業務は、この製品のときはこう、あの製品のときはこう、といったように、一連の処理の中に組み込み切れないような作業がたくさん発生するため、処理をなかなか一本化できず、手作業に頼る部分が大変多くなっている。上司は、
「それはもっともだ」
と言っているのだが、実際のところ、なかなか改善できない状況にある。それ以外の業務が忙し過ぎて、そこまでパワーをかけられないのだ。

 私の魂が孤独を感じてしまうのは、上司と愛のはなしができないからだと思う。帰りの電車の中は、私のプライベートな時間だ。そのプライベートな時間を、私は愛で満たしたいのだと思う。一人で電車に乗るとき、私は自分を取り戻すために、愛を思い出して泣いたりする。それができないにしても、これが愛だとはっきり感じられる現象に触れていたい。そういう自分を押し殺さなければならないことが苦しいのだ。

 上司は、私が仕事中でも愛が溢れて来て、トイレに駆け込んで泣いていることを知らないだろう。仕事の忙しさなどよりも、溢れて来ている愛をトイレに流してしまうことのほうが苦しい。何故、みんな、トイレに駆け込まないのだろう? 私みたいに、愛が溢れて来ないのだろうか? 愛が溢れて来たら、仕事なんかしている場合じゃなく、とにかく家に帰りたいだろうに。

 帰宅したら、ガンモがベッドで本を読みながら私の帰りを待っていてくれた。私はお風呂に入り、すぐにガンモのいるベッドにもぐり込んだ。

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2005.02.09

帰宅して、涙が噴き出した

 仕事がことのほか忙しく、毎晩、お風呂と睡眠を取るためだけに帰宅しているようなものだ。その上、きのうからまた生理が始まってしまい、気分はかなりブルーだ。おなかにカイロを貼ると、おなかの痛みはずいぶん楽になる。それにしても、25日目に生理が来てしまうとは、ホルモンバランスがすっかり崩れてしまっている証拠だろう。今回の生理は、眠気はほとんどないが、やはり貧血が起こってしまっているのか、頭がぼうっとする。鉄分を多く含んだサプリメントを、いつもより多めに取ってしのいだ。

 ちなみに、生理のことは、ガンまる用語で「お客さん」と言う。ガンモに、
「お客さんが来たよ」
と言うと、ガンモは、
「いらっしゃい」
と返してくれる。何故、「お客さん」と呼ぶのかと言うと、
「先客あり」
という言葉からだ。何が先客なのかは、皆さんで想像して欲しい。

 ところで、今日、帰宅すると、ガンモがお風呂に入っていた。ガンモも明日、仕事だから、私の帰りを待っていられないのだろう。ガンモがお風呂に入っている音が耳に入って来た途端、私の目から涙が噴き出した。私は、
「ガーン! ガーン!」(ガーンとは、ガンモの愛称)と連発しながら、お風呂の外で、まるで子供のように泣き始めた。
「どうした?」
私の鳴き声を聞いて、ガンモがお風呂から顔を出した。ガンモの顔を見ると、また涙が込み上げて来た。

 我が家に帰ると、とにかく安心するのだ。ガンモの存在がたまらなく私を癒し、どうしても、声を上げて泣かずにはいられないのだった。学校(ガンまる用語で会社のこと)で気を張って仕事をしているだけに、気を抜ける一番の場所が我が家なのだ。

 仕事の忙しさは、明日がピークだ。それを乗り越えたら、楽しい楽しい三連休。ガンモと三連休に支えられながら、明日一日頑張ろう。

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2005.02.08

ガードを解除しよう

 長い間恋人のいない人たちから、「出会いがない」などという嘆きをしばしば耳にするが、本当にそうだろうか。ガードを解除する方法さえあれば、例えば、電車で隣に座った人とでさえも、会話を始めることができる。私は実際に、電車で隣に座った人と名刺交換をしたことがある。もうずいぶん前のことだが、電車でたまたま隣に座っていた人が、HP-LX200という超小型のノートパソコンを取り出してごそごそやっていた。私はそのノートパソコンを知っていたので、何となく会話がはずみ、名刺交換するまでに至ったのだ。そのとき、ガンモも一緒だったのだが、いつの間にか、三人でマニアックな話題に花を咲かせていた。今の時代、名刺にメールアドレスの一つでも書いておけば、後からその出会いを生かすことができるのではないだろうか。

 クラシックカメラを首からぶら下げて街を歩き回っていた独身時代も、おじさまたちから大変良く声を掛けていただいた。その手の出会いで面白いのは、私よりもカメラのほうをじっと見ているということである。一人で飲食店に入り、食事をしていると、私ではなく、カメラのほうをチラチラ見ている。たまり兼ねた様子で、
「そのカメラ、ちょっと見せてください」
と相手が言い出すのがとても面白かった。そこで会話がはずむと、やはり名刺交換に至る。ご年輩の方々は、若い男性と違って、大変礼儀正しく、後日、自筆の手紙を郵送してくださったりする。このような出会いで、男女の関係に発展することはなかったが、同じようなケースで、約束された出会いがあってもおかしくはない。少数派で生きている人間にとって、特別な共感や知識の共有は、砂漠の中でようやく見つけたオアシスのようなものなのだ。

 このように、あまり一般的でない知識や趣味は、人と人を容易に結び付けて行く。少数派の視点からの会話が、特別な存在であることを意識させ、ガードが解除されるのだと思う。これがもしも、
「ヘイ、そこの彼女!」
といったような、不特定多数に向けられてもおかしくないようなたナンパ方法であれば、ガードは解除されにくいだろう。

 出会いが極端に少ないという人たちは、単にガードを解除していないだけかもしれない。また、自分自身が大多数の中に埋もれてしまっていては、特別な相手を見つけだすことは難しいだろう。ちょっと考え方は違うのだが、クラシックカメラの世界で、レンズ本体よりもレンズキャップのほうを先に買っておくと、あとからレンズ本体がやって来るという迷信がある。同じように、カメラのケースを見つけたら、先にゲットしておけ。あとからカメラ本体がやって来るという言い伝えもある。

 相手を識別できるような特別な趣味や考え方を持ち、自分から特別な存在になることによって、自分にとってオリジナルな相手を、ごく自然に引き寄せて行くのではないだろうか。ただし、あまりにも極端な少数派に走り過ぎた場合は、また別の意味でのガード解除が必要かもしれない。

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2005.02.07

万事急須

 紅茶党の私は、学校(ガンまる用語で会社のこと)に持って行くティーポットを探していた。きのう、ガンモと買い物に出掛けたときに、あれでもない、これでもないと探し続けていたのだが、なかなかこれと思うものが見当たらず、四苦八苦していた。私が探していたのは、大き過ぎず、小さ過ぎず、できれば保温もできるティーポットだった。何故、大きさを気にするのかと言うと、学校の湯沸しポットからお湯を頂戴するときに、余りにも大きなティーポットだと、湯沸しポットに残るお湯が少なくなってしまい、他の人たちに迷惑をかけてしまうからだ。

 結局、昨日は買わず終いで帰宅することになった。

 今日、私が学校から帰ると、先に帰宅していたガンモが、ニヤニヤしながら、
「お土産があるから」
と言う。差し出された包みを開けてみると、何やらまあるい形の急須だった。
「ティーポットが欲しいって言ってたでしょ」
と、ガンモが得意げに言う。
「だってこれ、急須じゃない」
と反論する私。良く見ると、その急須には、ミスタードーナッツと書いてある。さてはガンモ、自分が甘いものを買う口実に利用したな、と思った。

 ガンモは甘いものが大好きなのだが、義父が糖尿病なので、義母からも、甘いものを控えるように言われている。だから、一緒に買い物に行くときは、できる限り甘いものを買わないように防御しているのだが、一人になるとすぐに甘いものを買って来る。

 ティーポットのことを思い出してくれたのはうれしいが、甘いドーナツを買ったし、何だかかわいくない急須だし、でもやっぱり学校に持って行くことにする。お茶も紅茶もこの急須で入れよう。ええい、万事急須だ。

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2005.02.06

今、神戸ハーバランドが熱い

 今日は、ガンモとJR神戸駅周辺のショッピング街に出掛けた。このあたりの場所のことを、地元の人たちは、神戸ハーバランドと呼んでいる。

 まず、駅を降りてハーバランドに向かう途中のデュオ神戸という地下街では、「愛・地球博」のキャンペーンが開催されていた。名古屋に足を運ぶ度に、このキャラクターが目に入っていたが、彼の名前はモリゾーである。モリゾーよりも小さいキャラクターもいて、こちらは写真に収めることはできなかったのだが、名前はキッコロである。愛・地球博には、是非とも足を運びたい。

 私が神戸に足を運ぶのは、実に数ヶ月ぶりのことである。その間に、大きなお店の名前が変わったりと、かなりの変化があった。一番驚いたのは、これまで人影がまばらだったハーバーサーカスというお店がBee's Kissという名前に変わり、これまで見たことがないほどたくさんの人で賑わっているということである。

 以前は閑古鳥が泣くほどだったのに、地下に神戸スィーツハーバーなる甘いもののお店群も入って、ものすごい人で賑わっている。私は、こんなに活気溢れる神戸を見たことがなかった。

 もともと、神戸に出掛けたのは、所属しているクラシックカメラのサークルの例会に参加するためだった。しかし、直前になって、何となく、行きたくなくなってしまった。最近は、カメラに対する情熱がすっかり落ち着いて来ていることが最も大きな原因の一つだが、あまり体調が良くなかった上に、例会に顔を出せば、閉め切った部屋の中でたくさんの人が煙草を吸いたがるため、余計に気が重くなってしまったのだ。カメラに対する情熱がみなぎっていた頃は気にならなかったのに、情熱が落ち着いて来ると、ちょっとしたことが気にかかるようになってしまう。結局、ガンモと話し合って、例会への参加はパスしてしまった。不思議なことに、パスした途端、急に元気になった。

 クラシックカメラに関しては、ここには書き切れないほどの想いがある。私はもう、自分の立場を守り切れなくなりつつある。カメラへの情熱はすっかり落ち着いているのに、カメラを通じて知り合った人たちとの関係を大事にしたいがために、少々無理をしているようにも思える。もちろん、カメラ抜きで交流できる人たちもいるのだが、
「最近は、以前ほど夢中ではなくなってしまったんですよね」
と言い出せない人たちもいる。また、私よりもあとからクラシックカメラに興味を持ち始めた人たちに対する、奇妙なライバル意識も働いている。そのために、私は自分の立場を一生懸命守ろうとしているのだと思う。

 そんな経緯もあって、カメラのイベントが行われると、特に欲しいものもないはずなのに、わざわざ東京まで出掛けて、カメラ仲間や店員さんとおしゃべりだけして帰って来るというパターンが続いている。今月もカメラ市に出掛ける予定だが、きっと欲しいものはないだろう。でも、長年顔を突き合わせている店員さんと話をしたり、熱い時期を一緒に過ごして来たカメラ仲間とバカ話をするのは楽しい。苦しいのは、一緒に暑い時期を過ごしていない人たちと関わって行くことだ。彼らは、私がまだまだ熱いと思ってやって来るのだが、私自身が、その熱さに対応し切れないのだ。

 ところで、ガンモと私がハーバーランドに行くと、必ず遊ぶものがある。それは、SEGAの「犬のおさんぽ」というゲームである。ルームランナーのようなものの上に乗り、実際に歩行しながらリードを引いて犬を散歩させるというもので、かなりの体力を使う。ルームランナーのベルトが、ひどく重いのだ。ときどきベルトの上を走らなければならないこともあり、ゲームが終わったあとは、いつもぜえぜえ息切れしてしまう。しかし、私の場合、身体を動かすと、何故か快調になる。このゲームをすると、停滞している機能が活性化されるのかもしれない。運動不足の方に、是非お勧めのゲームである。

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2005.02.05

漫画を読むなんて聞いてないけど?

 私は、普段、ほとんど漫画を読まない。学生の頃もそうだったし、大人になってからもそうだった。何故かと言うと、漫画は、一回読んだだけで終わってしまうからだ。しかし、月刊「手塚治虫マガジン」だけは毎月欠かさず買っている。何故なら、何度も読み返したくなるほどの感動があるからだ。

 そんな私でも、年に一回か二回、漫画に夢中になってしまう時期がある。それが、どうも今のようなのだ。毎週土曜日の午前中は、歯医者と鍼灸治療に通っているのだが、その帰りに本屋さんに寄って、女性向けのコミックを二冊ずつ買って帰るのが習慣になりつつある。そして、買って来た漫画をベッドの中に持ち込んで、読みふけるのだ。

 ガンモは、そんな私の姿を見て、
「漫画を読むなんて聞いてないけど?」
と言う。私たちはお見合い結婚ではないのだが、まるで、お見合いの釣り書きに書かれていなかったことを指摘されているみたいだ。
「まあ、いいじゃん」
と言いながら、私は漫画を読み続ける。読み続けるのだが、読み終えてみると、どの漫画も、もう二度と読まないだろうと思うものばかりで、やっぱり漫画を買って帰ったのは失敗だったと思ってしまう。

 ガンモも漫画は読まない。でも、私が買って来た月刊「手塚治虫マガジン」には目を通している。そういう点で、私たち夫婦は似ている。そう言えば、私は若い頃、友人たちの前で、
「電車の中で、どんなにときめく人に出会ったとしても、漫画を読んでたら諦めるなあ」
などと言っていた。それくらい、漫画を読むということを受け入れたくなかったのだと思う。

 ここのところ私が漫画に夢中になっていたのは、おそらく、仕事の忙しさなどから本来の自分を見失いつつあって、自分に合わないものを自分に突きつけながら、本来の自分を取り戻そうとしているのではないかと思う。でも、もう、しばらく漫画は買いたくなくなって来た。漫画のおかげで、少しずつ本来の自分を取り戻せそうである。

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2005.02.04

愛すれば愛される

 休み時間に、仕事仲間が隣でおしゃべりを始めた。私は、せめて休み時間くらいは自分の世界を守りたかったので、ヘッドフォンを耳にさして、お気に入りの音楽を聴き始めた。私は、仕事が忙しくなるといつも、このような方法でバランスを取ろうとする。

 やがて、その音楽のコンセプトが私の魂を大きく揺さぶり、私は感動の涙を流さずにはいられなかった。仕事仲間たちの笑い声が次第に遠くなり、私は自分だけの世界に浸った。今なら、仕事仲間に泣き顔を見られたとしても、恥かしくはなかった。どうして泣いているのかと尋ねられたなら、私は逆に聞き返したことだろう。
「あなたには、何度聴いても泣けて来る音楽がありますか?」
と。音楽はそのまま、男女の愛に置き換えることができる。
「その人の魂を感じただけで、泣ける人がいますか?」

 音楽を男女の愛に置き換えたとき、私は思ったのだ。ソウルメイトやツインソウルと一緒に過ごしていることは、決して特別なことなんかじゃない。私たちはただ、自分が許容し得る範囲で愛を限定してしまっているだけなのだと。自分が深く愛すれば愛するほど、相手からも同時に深く愛される。ただそれだけのことなのだ。

 だから、深く愛される人はきっと、これまで愛を大事にして来た人だ。愛を出し惜しみせず、自分も深く愛して来た人だ。私は、音楽を聴きながら、はっきりとそう感じたのだった。

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2005.02.03

プログレ豆まき

 今日は節分だった。会社の売店にも、鬼の面付きの豆まきセットが売られていた。小さい頃は、この豆を、歳の数だけ食べたものだ。大人はたくさん食べられるので、早く大人になりたいと思っていたものだが、今、歳の数だけ食べるとなると、かなりの数になってしまう。

 関西に来て初めて知ったのだが、関西では、節分の日に、太巻き寿司を丸かぶりする風習がある。ガンモはスーパーで太巻き寿司を買って帰り、丸かぶりしたそうだ。私の夕食はと言うと、悲しいかな、今日も社員食堂の定食だった。ガンモと一緒に太巻き寿司を丸かぶりしたかった。

 ところで、豆まきのときは、「福は内、鬼は外」と言う。この言葉について少し考えてみたのだが、これは、光だけを取り入れて行こうとする考えであるように思う。実際の生活には、光も闇も存在している。しかし、「福は内、鬼は外」というのは、闇を排除し、光だけを残して行こうとする考えだと思う。

 私は、鬼が福になって行くプロセスも面白いと思うし、福がときどき鬼になってもいいのではないかと思っている。鬼を排除してしまうよりも、味方につけたほうがいいと思う。それに、福だって、いつもニコニコ笑っているわけにもいかないだろう。

 そんなことをふまえながら、豆まきをしようとすると、
「鬼は福、福もときどき鬼」
と、変拍子のリズムになってしまう。この掛け声を、今夜、プログレ豆まきと命名しよう。

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2005.02.02

溶け合うソウルメイト

 バックナンバーの固定リンクが重複する件について、ココログの問い合わせ窓口に質問したら、何と、即日で返答があった。レスポンスの速さに驚いた。どうやら、バグのようである。

 今日はガンモの仕事が休みだった。私は一人でベッドから起き出して、支度を整え、家を出た。ガンモが休みのときは、いつも離れがたくて、ベッドで眠っているガンモに顔をすり寄せ、出発ギリギリまで、「行って来ます」のあいさつをする。寒い冬は特に、ガンモが暖かい布団にくるまって、この上なく幸せそうな顔をしているので、私は一層離れがたい。すっかり支度を整えているのに、そのままベッドにもぐりこんでしまいたくなる。

 後ろ髪を引かれる思いで出勤し、仕事に励む。ガンモが休みで家にいるというのに、私は仕事がとても忙しい。今日も、社員食堂で夕食を取った。来週一杯まで、この状態が続きそうである。

 家に帰ると、ガンモがいた。私たちは、お互い顔を合わせると、久しぶりに再会した恋人同士のように、何度も固く抱き合う。最近、私たちの間で流行っているのは、再会したとき、外国映画のように、頬と頬をすり合わせる愛情表現だ。ああ、ソウルメイトは、こうして溶け合うのだな、といつも思う。考え方によっては、私たちをこうして溶け合わせているのは、仕事の忙しさかもしれない。もしそうだとすると、仕事の忙しさにも、ちょっとだけ感謝なのだ。

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2005.02.01

凍結した道路

 今朝、起きてみると、うっすらと雪が積もっていた。窓を明けて見てみると、ふかふかした雪ではなく、凍りやすいタイプの粉雪だとわかった。以前、ガンモは雪の日に、自転車に乗り、すってんころりんと転んでしまい、左肩の小さな骨を折ってしまったことがある。
「あんなことにならないように、十分注意してよ」
と念を押して、ガンモを送り出した。

 ガンモの会社は九時始まりで、通勤時間も我が家から、せいぜい多く見積もっても片道四十五分程度なのだが、私は通勤時間が片道一時間半と長い。そのため、いつもフレックスタイムギリギリの十時出勤にさせてもらっている。だから、私たちは、帰りは待ち合わせて一緒に帰って来るが、朝、出掛ける時間は微妙にずれている。

 しかし、今日は私もいつもより少し早めに家を出た。最寄駅までは自転車なのだが、途中で滑ったりしないように、細心の注意を払いながら、自転車を走らせた。思った通り、道路は凍結していて、ブレーキをかけるのが怖かった。何とか駅まで辿り着き、ホームに上がると、いつも何もなくても遅れている電車が、今日は遅れていなかった。三宮に着いたとき、先に会社に着いたであろうガンモに電話を掛けて、ガンモの無事を確認した。

 夕方は、久しぶりにガンモと待ち合わせて、一緒に夕食を取った。その帰り、みどりの窓口に寄って、この春引退する寝台特急「あさかぜ」と「さくら」の空席状況を確認した。ある程度、予想はしていたが、どちらも満席だった。引退前に乗車できないのはいささか残念だが、
「考えてみると、満席の寝台特急って怖いよなあ。鉄ばっかりだよ、きっと」
とガンモは言う。自分だって、その鉄のくせに。実は、「あさかぜ」のほうが、喫煙席なら取れているのだが、長旅を喫煙車両で過ごすのは厳しいと判断し、キャンセルするつもりだ。さきほど、Yahoo!オークションで検索してみたら、「あさかぜ」と「さくら」の寝台特急券が売りに出され、高値がついている。

 みどりの窓口をあとにして、冷たい風が吹きすさぶ中、私たちは帰路に着いた。道路はもう凍結してはいなかったが、耳当てと帽子なしではいられないほどの冷たさだった。私は毛糸の帽子をかぶっていたが、ガンモには帽子がなかった。

 私たちの住んでいる地域は、普段、ここまで温度が下がらないだけに、ちょっとでも零度を下回ろうものなら、もう大騒ぎである。北国の人は、もっともっと寒いところで暮らしているだろうに。そう言えば、以前、春先に北海道に行ったとき、私たちはものすごく寒いと感じているのに、地元の人たちは平気で薄着で歩いているのに驚いた。地元の人に会ったのだが、
「もう暖かいですよ」
などと言いながら、薄着で笑っている。私には、彼らが化け物に思えたものだ。 

 外は、まるで嵐のように冷たい風がビュービューと吹き付けている。明日もまた、道路が凍っているのだろうか。

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