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2005.01.04

目玉焼きタイプと卵焼きタイプ

 男女の愛を考えるとき、大きく分けて、二通りの考え方がある。一つは、人間はもともと一人という割り切った考えで、お互いに個を尊重した付き合い方をする。そしてもう一つは、相手と融合して行くことを喜びとする考えで、互いに溶け合って一つになることに喜びを見出す。私がガンモと体験しているのは、間違いなく後者だ。だから、必然的に似て来るし、最初から似ている部分も多い。

 二つの付き合い方は、それぞれ、目玉焼きタイプと卵焼きタイプと言うことができる。目玉焼きタイプは、白身は白身、黄身は黄身のままで存在しているが、全体としては一つだ。卵焼きタイプは、白身と黄身の境界をなくし、同一のものとして混ざり合う。食べ物に例えたとしても、私は卵焼きのほうが好きだ。

 当然のことながら、それぞれ異なるタイプの愛を体験している人たちが対話を始めると、お互いの立場をなかなか理解し合うことができない。個を守りたい目玉焼きタイプの人たちは、卵焼きタイプの体験している融合が、大変窮屈に思えるらしい。個を尊重するあまり、いつも一緒にいたい、お揃いでいたいという気持ちを理解できないために、お互いの自由意思でそうしていることを、拘束し合っていると思い込んでしまうようだ。一方、卵焼きタイプの人が目玉焼きタイプの人を観察すると、ドライな関係に見えてしまう。何故、一緒に行動しないのか、とても不思議に思ってしまうようだ。更に、「尊重」という表現に妙にひっかかり、「『尊重』などと言うのは、自分が長い時間、相手と一緒にいることを苦痛に感じてしまうからでは?」などとひねくれた考えを持ってしまう。

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