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2005.01.03

持続と変化

 今日でとうとうお正月休みも終わり、いよいよ明日から仕事が始まる。あちこち出掛けたおかげで、あっという間のお正月休みだった。お正月休み最後の今日は、ガンモも仕事で呼び出されることもなく、まったりとした時間を過ごした。

 ところで、先日、愛と人生ってなんだろうね「理想の相手」が相手を縛るにコメントを書かせていただいたところ、管理人のmiyashuさんより「もう少し詳しく説明を」とのリクエストがあったので、トラックバックさせていただくことにする。

【元の記事より引用】
それは言い換えれば、ここまでの理想的な相手がいながらも「悪魔」の力は強く人を引っ張るものであるということを主張したいのでしょうか。あるいは理想過ぎるからこそそこに問題が生じるといいたいのでしょうか。

【それに対する私のコメント】
世の中に戦争が起こってしまう原因が、これと似ているのかもしれませんね。
私は、生きて行くときのテーマとして、持続と変化があると思っています。
これらは、片方だけでなく、両方必要なのでは? と思うのです。

そう言えば、今年観た『ビッグフィッシュ』という映画の中に、ユートピアにいる詩人が詩を書けないと嘆いているシーンがあり、とても印象的でした。
満たされていない状態は、何かを生み出したいエネルギーになるのではないでしょうか。

 愛を持続させることは男女の関係においてもっとももっとも大切なことの一つであるが、次第に変化して行く要素もある。あたかも持続だけで突っ走っているような男女にさえ、必ず変化は訪れている。その変化が著しくなく、例え変化してもお互いの関係が常に相対的に保たれていれば、変化が持続を上回ることはない。変化が持続を上回った場合、劣化になる。上記の私のコメントに当てはまっているのは、変化が持続を上回る関係に限定されるだろう。と、ここまでは前置きである。

 ホームページを通じていろいろな方々と交流させていただく中で、私がいつも感じているのは、多くの人が男女間の問題を抱えているということである。自由意思に満ち溢れた存在である私たちが、わざわざそのような選択をしてしまうのは、問題を抱えていたほうが、本当の愛を理解しやすいということの証なのではないかと思う。つまり、本当に愛する人の不在でもって、その人が自分にとっていかに貴重な存在であることを確かめようとしているということである。不足している状態が、活力になるのだ。

 愛を持続させることができない多くの人は、本当の愛を知るために、わざわざ遠回りの選択をしてしまう。その遠回りが何故必要なのかと言うと、関わりが長くなって行くと、変化が持続を上回ってしまうからなのではないだろうか。そして、この元記事に書かれているのは、愛を持続することができない人の例ではないだろうか。

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