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2005.01.02

ガンモの実家

 ゆうべ、午後七時半頃、ガンモの実家に着いた。私たちが帰ると、義母はたくさんの心のこもった手料理で私たちをもてなしてくれる。義母の手料理は、薄味で、私の口に馴染む。私はいつもパクパク食べ過ぎて、ガンモに怒られてしまう。

 私の実家の両親に比べて、ガンモの両親はとても大人しい。私たちの料理を用意してくれたあと、そっと別の部屋にこもり、私たちが食べ終わるのを静かに待ってくれている。私たちと一緒にご飯を食べたがる私の実家の両親とは大違いだ。

 ところが今回は、私たちの食事中も、義母がキッチンに残ってくれた。私たちとコミュニケーションを取りたがっているのがわかる。そのうち、別の部屋でテレビを見ていた義父もやって来る。静かな人たちなので、わいわい騒いで大笑いするようなことはないが、いつの間にか世間話で盛り上がる。

 ガンモは、両親の前でもほとんどしゃべらないので、私が言葉の繋ぎ役を買って出ることになる。今年本厄のガンモは、義母から地元の有名なお寺にお払いに行くことをしきりに勧められるのだが、厄払いのお寺が駅から遠いこともあって、ガンモは頑なに拒んでいた。こういうとき、親の言うことを素直にきくことが親孝行になるのだろうか? 私はガンモに、
「親の言うことはきくものよ」
と言ってみたものの、心の中ではしっくり来なかった。

 私たちは親に甘えさせてもらったおかげで、旅行の疲れや睡眠不足をすっかり解消させることができた。いつもなら、香川のガンモの実家に一泊したあと、お隣の愛媛の私の実家にも一泊して帰るのだが、明日はガンモが自宅待機の担当のため、自宅に帰らなければならず、私の実家に帰ることは見送った。

 両親とのほんの短い再会はいつも、私たちが両親からの愛情を受け取るだけに終わってしまう。男女の愛と違って、親子の愛には時間差が起こり得る。特に、私たちのようなひねくれ者は、親から受け取った愛をリアルタイムで返すことができない。それは、もともと、ストレートな愛情を親から受けて育っていないせいだと思われる。特に、私の両親などは、私への愛情をストレートに表現せずに私を育て上げた。以前もここに書いたことがあるが、田舎にはへりくだりの文化があるために、親は自分の子供を誉めないのだ。子供は誉めてあげないとひねくれる。そして、一度ひねくれてしまうと、愛情表現が下手になってしまう。ガンモもまた、私と同じように育って来たそうだ。そんな私たちは、こうして親の愛を受け取ることができるようになった分だけ、まだ進歩していると言えるのだ。

 実は、この裏には、私たちが親元を離れる時期が早かったという背景がある。ガンモは十六歳、私は十八歳のときに親元を離れ、一人暮らしを始めた。その後、親元を離れたまま就職、そして結婚したので、私たちは、その頃までしか親と同居していないことになる。世の中には、もっともっと長い時間を親と過ごしている人たちもいる。そういう人たちは、親との密なコミュニケーションがずっと続いているのだと思う。しかし、そうでない私たちは、親からしてみれば、もっともっと手をかけたい対象なのではないだろうか。

 夕方になって、とうとうガンモの実家をあとにすることになり、名残惜しい思いを抱えながらも、帰路についた。きっと、今と違う距離感ならば、親に対して感じることもまた違って来るのだろう。

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