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2004.12.25

阿吽

 きのうのクリスマス・イブは、クリスマスケーキを作って食べた。と言っても、スポンジケーキもホイップクリームもスーパーで買って来たのもの。イチゴとキウイフルーツでたっぷりデコレーションして、大きなケーキをガンモと二人で丸ごとほおばった。

 さてさて、今日はガンモの仕事も休みだったので、毎月二十五日に行われている京都・北野天満宮の終い天神(今年最後の骨董市)に出掛けた。ガンモも私も、大の骨董市好きなのだ。これまで、北野天満宮へのアクセスは、京都市バスを利用していたのだが、骨董市が行われている二十五日は、市バスが非常に混雑することから、ガンモの提案により、阪急電車で嵐山まで出て、嵐山から京福電車に乗り換えて北野白梅町まで行くことになった。このルートを選択することにより、ガンモは新たな鉄道のり潰しを達成できたわけである。


(写真は、嵐山にある桂川の橋の上から見た空。もわもわとした、へんてこな雲だった)


(写真は、京福電車。広島の広電や長崎の市電とデザインが似ている)

 京福電車には、以前にも乗車したことがあるのだが、均一料金かつ一両編成なので、路面電車感覚で乗れる電車である。東京で言えば世田谷線、大阪で言えば阪堺線といったところだろうか。

 クリスマスだと言うのに、北野天満宮は、たくさんの参拝客で賑わっていた。あちこちの神社に足を運んでいると、神社が生きているか否かが良くわかる。北野天満宮は、活気に満ちたクリアな雰囲気の神社で、訪れる人たちの気持ちを明るくしてくれる。

 神社の周りには、ずらっと骨董業者が並び、めぼしいものを求めようとする人たちで賑わっている。とにかく、訪れる人たちの表情も生き生きしているのだ。

 ところで、私は最近、神社に行くと、必ず狛犬を探すようになった。向かって右側の狛犬は、口を「あ」の形に開いていて、向かって左側の狛犬は、口を「ん」の形に閉じている。つまり、二匹の狛犬で、始めと終わりを意味しているらしい。きのうの日記に、私たちが生きていることそのものが、片側からの証明に過ぎないと書いたが、これらの狛犬は、両方同時に存在することによって、正反対の証明を同時に行っていることになる。

 自分も狛犬のように生きるには、自分と正反対の証明を行っている人の力を借りなければならない。そして、相手の中に入り込み、自分の行っている証明と正反対の立場を、相手の目の裏側から表側に回り、自分の目で確認すること。これができるようになれば、おそらく私たちの人生は、今よりももっともっと満足度の高いものとなるだろう。


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