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2004.12.24

魂の視点から

 あれは、ガンモの仕事が休みだったつい先日のこと。仕事の帰りに、自宅近くの路上で、路線バスが停まっているのを見かけた。夜だと言うのに、路線バスの電気は、すべて消灯されている。狭い道路だが、比較的交通量の多いその道路の真ん中には、警察官が立っていて、片側通行の自動車を誘導している。路線バスが停まっている少し先に目をやると、数人の警察官が片側車線を止めて、しきりに何か作業をしていた。その中には、バスの運転手らしき人もいる。どうやら、路線バスが事故を起こしてしまったらしい。家に帰ってから、私はガンモにこのことを話した。

 今日、私は休暇を取ったため、家で過ごしていた。きのうから週末まで四連休だ。私は、休みの日は、携帯電話を玄関に置いたままにしている。夕方、携帯電話を見てみると、ガンモからの着信履歴が残っていた。慌ててガンモに電話を掛けてみると、路線バスが事故を起こした場所に、花束が置かれていたと言う。
「重体だったけど、亡くなってしまったんじゃないだろうか」
とガンモは言った。

 私はそれを聞いて、じわじわと涙がにじみ出て来るのを感じた。誰だかわからないが、亡くなってしまった人への追悼の想いというよりも、バスの運転手のことを考えて。それが故意でないとわかっているとき、魂は、肉体を去って行くときに、自分に危害を与えた人を恨んだりするのだろうか。私は、魂は、たちどころに御破算にしていると思う。そのことを考えると、どうしても泣かずにはいられなかった。故意でないとき、被害者だとか、加害者だとか、そういう立場が存在していること自体、おかしいのではないだろうか。むしろ、状況によっては、無理矢理加害者にさせられてしまうケースもあるのではないだろうか。

 だから、肉体を去って行くときは、誰かを加害者にしてしまってはいけない。そのためには、誰かと関わるときは常に、真剣に関わろうとする覚悟がなければならない。だって、生きているということそのものが、どんなときも、片側からの証明に過ぎないのだから。

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