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2004年12月

2004.12.31

明るいマニア

 早朝に、倉敷のホテルをチェックアウトすると、何と、外は雪だった。まだ降り始めたばかりのようで、みぞれ混じりの様子だったが、駅まで歩く間に、本格的な雪に変わった。

 水島臨海鉄道に乗り、終点からすぐに折り返した。何故、早起きしなければならなかったのかと言うと、その時間を過ぎてしまうと、14時過ぎまで、終点まで行く電車がないからだ。しかし、雪のため、帰りの電車は10分程度遅れて運行した。外を見ると、まるで雪国のように雪がしんしんと降っている。

 今日、ガンモが組んでいた予定は、カメ好きの私亀甲(かめのこう)駅に連れて行ってくれることだった。しかし、雪のため、伯備線、吉備線、津山線が運休し、亀甲駅にたどり着くことはできなかった。そこで、急遽予定を変更し、岡山市電を乗りつぶすことになった。

 岡山駅で降りると、ポストの上に桃太郎が乗っていた。私は最近、全国を旅する中で、ポストの上の乗っかっているオブジェに注目している。たいてい、その土地の名物が乗っかっていて、なかなか面白いのだ。

 岡山市電の一日乗車券は五百円。スクラッチ式のカードで、乗車日を自分で削る。私たちが市電の写真を撮っていると、市電の運転手さんに話し掛けられた。まずは私に向かって、
あなたも電車が好きなの?」
と。ガンモの電車好きは完全にばれてしまっているようだ。私も、デジカメを首からぶら下げ、市電を撮影していたので、電車好きなのかどうかを確認したくなったらしい。私は、
「ええ、まあ」
と答えた。
「いやあ、いるんだよね。男性と一緒に来て、つまらなそうにしている女の人が」
「ああ、わかります。わかります」
と私が言うと、運転手さんは、これまで出会った鉄道マニアの話をいろいろ聞かせてくれた。
「中には、知っててわざと聞いて来るヤツがいるんだよねえ。僕らが答えられないと、何だ、知らないのか、みたいに言って来るヤツ。あと、一人で回ってるマニアは暗いのが多いね。あなたたちには笑いがあるから、明るいマニアだ」

 運転手さんは、運転しながらも、私たちに熱心に話し掛けてくれる。それが、いいのか悪いのか良くわからないが、何だかとても不思議な時間だった。市電を降りたあと、ガンモと二人で「明るいマニア」と言われたことを笑い合った。
「それって、まだまだ初心者ってことだよね」
と私が言うと、
「そんなことより」
とガンモは言った。
「運転中は、乗客に話し掛けないでくださいという張り紙を作ろうかな。あの運転手さん、運転中にしゃべり過ぎ」
と言いつつも、運転手さんのサービスに感謝しているガンモだった。

 岡山市電を乗りつぶしたあと、私たちは大阪方面に向かった。途中、某駅で降りて、トイレを借りた。その駅では、私の友人が改札業務をやっているはずだった。ふと改札を見ると、彼女が視界に入って来た。JRの制服を着込んで、仕事の顔をして立っている。彼女は、私たちに気づいたようで、驚きの笑顔を見せてくれた。ガンモは彼女に青春18きっぷを差し出して、
「二人です」
と言って改札を通り抜けた。彼女の人生、いろいろあったが、元気そうで何より。そして、年末の勤務、ご苦労さん。一生懸命元気に頑張っている友人の姿を見て、ちょっと安心した私たちだった。

 さて、大阪に着いて、関西に住んでいるというのに、ホテルにチェックインした私たち。実は、私たちはこれからカウントダウンライブに出かける。場所は、29日と同じ場所だ。今日は早起きもしたし、あちこち動き回って過酷なスケジュールだったが、これからがいよいよ大詰めである。

※今年お世話になった皆さん、本当にありがとうございました。「ガンまる日記」を書き始めて、本当に良かったと思っています。「ガンまる日記」を通じて、たくさんの良い出会いがありました。来年も引き続きよろしくお願い申し上げます。皆さんも、どうか良いお年をお迎えください。

※掲示板への書き込み、どうもありがとうございます。お返事が遅くなると思いますが、どうか気長に待っていてください。

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2004.12.30

津山から倉敷へ

 またまたガンモと青春18きっぷの旅に出て、今夜は倉敷のホテルでこれを書いている。昼間は、姫新線に乗って岡山県津山で降りて、レンタサイクルを借りてあちこち回った。このレンタサイクルが、九州旅行のときに借りた、楽チャリのような体力のいらない電動式の自転車ではなく、完全な人動式自転車だったので、坂道の多い城下町を走り回ると、かなりいい運動になった。初めて知ったのだが、津山と言えば、B'zの稲葉氏の故郷らしい。

 衆楽園という庭園まで足を伸ばし、比較的長い時間をここで過ごした。

 池の中ではカモが自由に泳ぎまわっていて、ぺちゃくちゃおしゃべりをしながら、私たちのいる岸まで泳いで来た。まるで、近所のおばちゃんたちみたいににぎやかだ。私たちは、餌を欲しがっているのだろうと思い、持っていたドラ焼きをちぎって与えた。すると、カモは夢中でそれを食べてくれた。

 庭園内は、手入れされていてとても美しい。年末のせいか、人気も少なくてのんびりできた。

 ところで、一般家庭の軒先には、大変奇妙なものがぶら下がっていた。これは一体何なのだろう? お相撲さんの人形にも見えるが、赤と白のバージョンがあるようだ。

 津山から姫新線で新見まで行き、新見から伯備線に乗って倉敷まで出た。倉敷に着いたのは夜だった。ホテルに着くと、外人さんがエアコンのことで困っていた。部屋が暑くなってしまったのだが、どのような操作をすれば温度調整ができるのかを知りたがっているようだった。

 チェックインして、ホテルの室内に設置されているエアコンのコントローラを見て、ガンモが言った。
「ああ、確かにこれは、外人さんには難しいだろうなあ」
見ると、そのコントローラの表記は、すべて日本語(漢字)だった。

 こういうことが起こると、実にいろいろなことを考えさせられてしまう。ホテルという場所は、日本人だけでなく、外国人の方々もたくさん利用されている。エアコンのコントローラ一つ使えないというだけで、ストレスを感じてしまい、彼らにとって、せっかくの日本旅行が楽しいものでなくなってしまう。だからと言って、すべての部屋のエアコンのコントローラを英語表記のあるものに取り替えるのも、なかなか至難の業である。

 そう、難しいのは、最大公約数的な判断をどこで下すかということなのだ。これについては、私自身も、いつも壁にぶつかってしまう。一体どこで線を引けばいいのかと。最大公約数的な判断をすると、詳細な部分を切り捨てざるを得ないため、そのことをいつも残念に思ってしまうのだ。だから私の場合、詳細と大雑把の両方を持つことになってしまう。

※年末年始はあちこち動き回るため、掲示板やメールの返信が遅れます。ご了承ください。

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2004.12.29

リアルとバーチャル

 今日は、もう二十年以上通い続けているアーチストの年末恒例のライブの日だった。午後六時過ぎに開演し、およそ四時間近くも演奏し続けてくれた。私は十代の頃に彼らと出会い、彼らと共に年を重ねて来た。その中のメンバーの一人に特別に惹かれ、自分の周りにいる男性たちよりも身近に感じたものだった。その人に対しては、最初から、芸能人という気がしなかった。

 結婚してからは、そのライブに、ガンモと一緒に通うようになった。そもそも、ガンモと出会えたのも、その人に惹かれていたおかげだと言っていい。その人の影響で始めた趣味がきっかけで、パソコン通信のフォーラムでガンモと出会ったからだ。

 考えてみれば、私には、最初から、リアルとバーチャルの区別がなかったのだと思う。だから、パソコン通信も、ひらがな表記だったが、本名で交流させてもらっていた。ガンモと結婚してから苗字が変わったので、パソコン通信で使っていたハンドルネームをまるみに変えた。実は、この愛称も、リアルの友人達から実際に呼んでもらっている愛称なのである。そして、ホームページで公開しているプロフィールには、本名も公開している。

 簡単に言えば、私の生き方は、芸能人を一人の人間として好きになり、ネットの世界と現実の世界を区別しない生き方なのだ。リアルとバーチャルを分けたがる人もいるが、私は自分の世界を二つも持つことはできなかった。もしも無理にでも分けるとするならば、リアルとバーチャルではなく、自分の本質を引き出してくれる人とそうでない人に分けたい。私の場合、私の本質を引き出してくれる人は、リアルには極端に少ない。そのため、リアルの人たちとはなかなか繋がれないという、ちょっとした悩みを抱えている。

 ネットの世界は、肉体を使わない分、魂に向かって語りかけることのできる貴重な場だと思う。私は、掲示板やメールの返事を書きながら、感動にむせび泣いたことが何度もある。何でこんなに泣けて来るのだろうと思う。その答えはやはり、魂に向かって書いているからだと思う。

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2004.12.28

私の仕事納めとガンモの出張

 今日は、私の仕事納めの日だった。定時後に行われる納会をパスしてさっさと退社し、三ノ宮に向かった。私は仕事納めだったのだが、ガンモは今夜、一泊の予定で鳥取に出張する。明日、鳥取で作業し、夕方帰って来て、ライブ会場で落ち合う予定だ。

 私は、出張に出掛けるガンモを見送ろうと思っていた。三ノ宮に着いてガンモに電話を掛けると、ガンモもちょうど三ノ宮に着いたばかりだと言う。急いでホームまで上がり、鳥取行きの特急列車に乗り込むガンモを見送った。

 そう言えば、以前、ガンモが出張に行くのを泣きながら見送ったことがあったっけ・・・・・・。あの頃から比べると、私たちもだいぶ人並みになって来たと思う。当時は離れ離れになってしまうことをとても悲劇的に感じて、家に帰ってからも一人で泣いていたのを思い出す。ガンモが出張に行ったあと、駅の自転車置き場に残っているガンモの自転車を見ることすら辛かった。でも、今は大丈夫になった。離れ離れになるのは、わずか一日だけなのだから。

 発車を知らせるベルが鳴り、ガンモの乗った鳥取行きの特急列車が発車した。私は、ガンモの乗った特急列車を追いかけて、ホームを走った。まるで、青春映画のヒロインみたいだった。

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2004.12.27

初恋は、心に残るものなのか?

 ガンモの初恋の相手から、ゴールデンウィークに行われた小学校の同窓会の報告書が届いた。ガンモはニコニコしながらそれを読んでいる。本当に、心からうれしそうな顔をしている。しかも、彼女は神戸に住んでいるようだ。先日の同窓会には、ガンもは結局仕事のために行けなかったのだが、また来年、同窓会が開催されるという。そのときこそ、ガンモが初恋の人と再会できるといいのに。私もその同窓会に参加して、ガンモと彼女のツーショット写真を撮ってあげてもいい。

 私の初恋は幼稚園の頃だったが、私はいつまでも初恋をひきずるタイプではないので、初恋の相手のことなど、きれいさっぱり忘れてしまっている。過去の恋は過去の恋。いつまでも心の中に残したりはしない。だから、心の中でいつまでも初恋を温め続けている人は、一体どんな気持ちなのだろうと想像してしまう。私の場合、前世で深く関わった人のことは覚えているのだけれど。

 ところで、今夜は空に奇妙な雲が浮かんでいた。私はこれまでに、こんな雲を見たことがない。三脚を使わずに手持ちで撮影したので、かなりブレてしまっている。雲が大き過ぎて、レンズに入り切らなかったので、三枚綴りでご紹介させていただく。



 そう言えば、阪神大震災の直前に、奇妙な形の雲が浮かんでいたと聞いている。何もなければいいのだが。

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2004.12.26

回転寿司で人間ウォッチング

 私たちは、回転寿司が好きで良く利用している。今日もガンモと二人で行って来た。つい先日までは、自宅近くの回転寿司屋を利用していたのだが、最近、自宅から少し離れたところに、新しい回転寿司屋ができたのだ。そこは、流れていないお寿司の注文も、おあいそも、席に備え付けのタッチパネル式のメニューから操作できるようになっているため、わざわざ店員を呼ぶ必要がない。自宅近くの回転寿司屋では、忙しそうに走り回っている店員を呼び止めることが、かなり骨の折れる仕事だったため、私たちはこのタッチパネル式のメニューがとても気に入って、ここを利用するようになった。

 回転寿司屋には、実にいろいろな人たちが集まっている。私たちとは似ても似つかないオシャレなカップルや、小さいお子さん連れのご家族。

 中でも、目立っていたのは、六〇歳前後の年配のご夫婦だった。お二人の間には、もはや夫婦だけで過ごしていると思われる、静かな時間が感じられた。小奇麗な感じの奥さんは、きちんとお化粧もしていて、ピアスまで付けている。ご主人さんのほうは、私の席からは良く見えなかったが、回転寿司屋に二人で来られるのだから、きっと普段から仲のいいご夫婦なのだろう。奥さんの、お目当てのお寿司を探す目がとても生き生きしていて、回転寿司屋にいることがとても楽しそうだった。私が見ていても何だか微笑ましい。

 向こうのテーブルでは、ご両親と一緒に来ている小学生のお子さんが、携帯電話を操作している姿が見えた。家族の中にあっても、外とのコミュニケーションを絶やしたくないようだ。しかし、彼女の注文したデザートが届いたことを母親が知らせると、彼女の顔がほっとほころび、やがて、携帯電話をしまいこんだ。

 それから、忘れてはならないのは、寒い中、外で駐車場の整理をしている警備員のおじさん達。コートも着ずに、青い警備服だけで、赤く光る棒を持って、車を誘導している。寒いのに、本当にご苦労様。

 こんなふうに、人間ウォッチングを重ねながら、回転寿司屋でのひとときをガンモと過ごした。いろいろなご家族や、いろいろなご夫婦をネタにさせていただいたが、今宵、私たちのことも、誰かのブログに書かれていたりして・・・・・・。

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2004.12.25

阿吽

 きのうのクリスマス・イブは、クリスマスケーキを作って食べた。と言っても、スポンジケーキもホイップクリームもスーパーで買って来たのもの。イチゴとキウイフルーツでたっぷりデコレーションして、大きなケーキをガンモと二人で丸ごとほおばった。

 さてさて、今日はガンモの仕事も休みだったので、毎月二十五日に行われている京都・北野天満宮の終い天神(今年最後の骨董市)に出掛けた。ガンモも私も、大の骨董市好きなのだ。これまで、北野天満宮へのアクセスは、京都市バスを利用していたのだが、骨董市が行われている二十五日は、市バスが非常に混雑することから、ガンモの提案により、阪急電車で嵐山まで出て、嵐山から京福電車に乗り換えて北野白梅町まで行くことになった。このルートを選択することにより、ガンモは新たな鉄道のり潰しを達成できたわけである。


(写真は、嵐山にある桂川の橋の上から見た空。もわもわとした、へんてこな雲だった)


(写真は、京福電車。広島の広電や長崎の市電とデザインが似ている)

 京福電車には、以前にも乗車したことがあるのだが、均一料金かつ一両編成なので、路面電車感覚で乗れる電車である。東京で言えば世田谷線、大阪で言えば阪堺線といったところだろうか。

 クリスマスだと言うのに、北野天満宮は、たくさんの参拝客で賑わっていた。あちこちの神社に足を運んでいると、神社が生きているか否かが良くわかる。北野天満宮は、活気に満ちたクリアな雰囲気の神社で、訪れる人たちの気持ちを明るくしてくれる。

 神社の周りには、ずらっと骨董業者が並び、めぼしいものを求めようとする人たちで賑わっている。とにかく、訪れる人たちの表情も生き生きしているのだ。

 ところで、私は最近、神社に行くと、必ず狛犬を探すようになった。向かって右側の狛犬は、口を「あ」の形に開いていて、向かって左側の狛犬は、口を「ん」の形に閉じている。つまり、二匹の狛犬で、始めと終わりを意味しているらしい。きのうの日記に、私たちが生きていることそのものが、片側からの証明に過ぎないと書いたが、これらの狛犬は、両方同時に存在することによって、正反対の証明を同時に行っていることになる。

 自分も狛犬のように生きるには、自分と正反対の証明を行っている人の力を借りなければならない。そして、相手の中に入り込み、自分の行っている証明と正反対の立場を、相手の目の裏側から表側に回り、自分の目で確認すること。これができるようになれば、おそらく私たちの人生は、今よりももっともっと満足度の高いものとなるだろう。


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2004.12.24

魂の視点から

 あれは、ガンモの仕事が休みだったつい先日のこと。仕事の帰りに、自宅近くの路上で、路線バスが停まっているのを見かけた。夜だと言うのに、路線バスの電気は、すべて消灯されている。狭い道路だが、比較的交通量の多いその道路の真ん中には、警察官が立っていて、片側通行の自動車を誘導している。路線バスが停まっている少し先に目をやると、数人の警察官が片側車線を止めて、しきりに何か作業をしていた。その中には、バスの運転手らしき人もいる。どうやら、路線バスが事故を起こしてしまったらしい。家に帰ってから、私はガンモにこのことを話した。

 今日、私は休暇を取ったため、家で過ごしていた。きのうから週末まで四連休だ。私は、休みの日は、携帯電話を玄関に置いたままにしている。夕方、携帯電話を見てみると、ガンモからの着信履歴が残っていた。慌ててガンモに電話を掛けてみると、路線バスが事故を起こした場所に、花束が置かれていたと言う。
「重体だったけど、亡くなってしまったんじゃないだろうか」
とガンモは言った。

 私はそれを聞いて、じわじわと涙がにじみ出て来るのを感じた。誰だかわからないが、亡くなってしまった人への追悼の想いというよりも、バスの運転手のことを考えて。それが故意でないとわかっているとき、魂は、肉体を去って行くときに、自分に危害を与えた人を恨んだりするのだろうか。私は、魂は、たちどころに御破算にしていると思う。そのことを考えると、どうしても泣かずにはいられなかった。故意でないとき、被害者だとか、加害者だとか、そういう立場が存在していること自体、おかしいのではないだろうか。むしろ、状況によっては、無理矢理加害者にさせられてしまうケースもあるのではないだろうか。

 だから、肉体を去って行くときは、誰かを加害者にしてしまってはいけない。そのためには、誰かと関わるときは常に、真剣に関わろうとする覚悟がなければならない。だって、生きているということそのものが、どんなときも、片側からの証明に過ぎないのだから。

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2004.12.23

職場は戦場?

 先日、仕事をしていると、知らない男性が「失礼しまーす」と言いながらオフィスに入って来て、私の隣に座っている派遣仲間の女性の肩を親しげに叩いた。彼女は驚いて立ち上がり、その男性と一緒にオフィスの外へ出て行った。

 席に戻って来た彼女に尋ねてみると、さっきの男性は彼女のご主人さんなのだと言う。彼女のご主人さんも同じソフトウェア業界で働いていて、私たちが働いている同じビルの別会社(つまり、私の派遣先と同系列の別会社)に用があってやって来たのだと言う。以前にも、彼女のご主人さんは、この同じビルの別会社で働いていたことがあり、彼女とときどきお昼ご飯を食べに行っていたらしい。私はその話を彼女から聞いていて、とてもうらやましいと思っていた。

 「びっくりしたあ。突然、入って来るから」
と彼女が言うので、
「ご主人さんと同じ職場で働けるなんて、いいなあ」
と私が言うと、彼女は比較的クールな表情で、
「そうかなあ。同じフロアだと、ちょっときついけどね」
と言った。

 彼女に言わせれば、仕事は仕事、プライベートはプライベートなのだと言う。仕事になると、どうしても厳しい自分が出て来てしまうため、家の中と同じように接するわけには行かないらしい。私はと言うと、自宅でも会えて、職場でも会えるのだから、きっとうれしいと思う。しかし、良く良く考えてみれば、職場はやはり、戦うところ。友達と違って、本当に付き合いたいと思っている人ばかりが揃っている場所でもない。だから、愛する人には、そんな場所にいて欲しくないと思うのだろうか。

 しかし、そうだとすると、オフィスラブって一体・・・・・・? オフィスラブの経験のない私は、勝手な想像をふくらませるしかないのであった。

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2004.12.22

セックスの原点

 ホームページに書いている内容とだぶるのだが、私には、遠い昔、両性具有の片割れであるツインソウルと一日中裸で抱き合っていたときの記憶がある。これを思い出したときの私は、かなりの衝撃を受けて、しばらく放心状態になってしまったのを覚えている。私が見たものは、現世では考えられないほど強烈な愛の世界だった。自分の見た前世を書き残した内容の一部をここでもご紹介しておきたいと思う。

 太古の昔、私はツインソウルとしか関わっていなかった。私にとってのすべてがツインソウルであり、ツインソウルにとってのすべてが私だった。
 私たちは子供の頃からずっとずっと一緒で、性体験も早かった。二人の他に関わる人がいなかったので、一切のしがらみがなく、私たちは一日中、裸で抱き合ったまま、お互いの肌と肌をこすり合わせていた。それはもう、言葉では言い表すことができないほどの心地良さだった。肉体と精神が完全に融合していたのだ。
 私は、ツインソウルの炎のような深くて熱い愛に包まれていた。その愛は、目を閉じていてもまぶたの裏からめらめらと燃える二人の熱い愛の炎を感じ取ることができるほど熱く、私たちは至福の喜びを感じていた。

 この頃の私は、肉親との関わりさえ必要とせず、ツインソウルと一日中裸で抱き合っていた。ツインソウルが情熱的な瞳で私をじっと見つめてくれていたことを、私は今でも覚えている。彼は私にとって、愛そのものだった。

 この頃のセックスが、セックスの原点だったと私は感じている。一日中、飽きもせずに裸で抱き合っていたわけだが、決してセックスの虜になっていたわけでもなく、炎のような熱いエネルギーを帯びながらも、ただただ陰と陽のエネルギーが自然に引き合うのに身を任せていた。そして、その状態は動ではなく、限りなく静に近かった。

 ガンモとのセックスのとき、私は古代に覚えたセックスの手法を使うことがある。それは、意識を精神に集中させたセックスだ。肉体は、精神を反映させるためだけに使う。
「これが、私とツインソウルが経験していた古代のセックスだよ」
と私は言う。このセックスに成功したとき、ガンモはこのセックスがとても気に入ったと言ってくれた。

 肉体的な行為に走ってしまうと、エネルギーのバランスはたちどころに崩れる。肉体的なセックスに夢中になっている人を見ると、セックスの原点からひどく外れてしまっていると感じて、私はとても残念に思ってしまう。皆さんも、心のどこかに、こんな情熱的な愛の記憶はないだろうか?

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2004.12.21

風俗のチラシに思う

 少し残業して帰路についた。ガンモに電話を掛けると、ガンモもちょうど帰れる状態にあると言う。一時間後にガンモの仕事先の最寄駅で待ち合わせをした。急に冬がやって来たのか、ひどく寒かった。

 自宅に着いてポストを見てみると、風俗のチラシが入っていた。女の子の出張サービスをアピールするもので、若い女の子の裸の写真と一緒に、時間と料金が書かれていた。私は、そういうチラシを見ると、無性に悲しくなる。世の中に、そのような需要と供給で成り立つ世界があることが悲しくてならない。私は、
「こういうことができる女の子もいるんだよね」
とガンモに言った。ガンモは、
「ある一線を超えたら、みんな一緒なんだろうなあ」
と言った。

 お金のために、誰とでもセックスできるのだろうか。お金を出してまで、セックスしたいと思うのだろうか。心を使わずに、肉体だけでセックスができるものなのだろうか。人間のこうした気持ちが知りたくて、私は以前、風俗の仕事をしていたという女性のサイトを熱心に読ませていただいたことがある。そこの掲示板には、風俗嬢との恋のはなしが赤裸々に綴られていた。その中で最も印象的だったのは、風俗嬢の彼氏の書き込みで、彼女の身体はいつも仕事で疲れているから、休みの日くらいは休ませてあげたくて彼女とセックスはしないというものだった。私はその書き込みに痛く感動し、そんな本末転倒した状況があるからこそ、このような需要も供給をなくしてしまえばいいのにと強く思うのだった。

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2004.12.20

不健康な年回り

 今年からガンモが厄年で、私が大殺界(金星人[−])に入るという年回りだった。そのせいか、この一年、身内や親しい人たちの身の上に、実にいろいろなことが起こった。特に、義母の入院、ガンモの歯痛、義父の入院、私の子宮筋腫発覚、それから、親しく交流している男友達の入院など、健康面のトラブルが多かった。今だから書けるが、十月頃にガンモの実家に帰っていたのは、義父の具合が悪かったためだ。

 ガンモの顔は、歯痛のために大きく腫れて歪んでいた。ちょうどお盆の頃、夏の野外ライブのため、横浜に出かける直前に、ガンモは風邪を引いた。その直後、ひどい歯痛に見舞われたのだ。私たちは、横浜まで出掛けるのにわざわざ新潟行きの「急行きたぐに」に乗り、新潟を回ってから横浜に出た。新潟に着いても、歯痛のため、顔をひどく歪めていたガンモ。横浜で行われたニ日間の野外ライブにも参加できず、私だけが参加することになってしまった。関連記事:ガンモの涙相性二者択一の別行動遠隔ヒーリング

 不思議なこともあった。あるとき私の右手の甲が、まるで宍戸錠氏のほっぺたのように、痛みを帯びながら突然ぷくっとふくらんだ。レントゲンを撮っても異常なし。処方してもらった湿布を貼ると、わずか一日で治まった。鍼灸医院の先生に聞くと、そこは大腸のツボがあるところだと言われたが、私は大腸に異常を抱えていたわけではなかった。もしかして・・・・・・、などと思っていると、親しく交流していた男友達が大腸の病気で入院した。彼は大腸にくぼみを作り、私は子宮に突起を作った。大腸も子宮も、同じ第二チャクラからの異常だった。

 これらの状況を通して気づかされたことがたくさんある。一つは、私たちには愛する人を癒す力が備わっているということ。それから、身体が不調を訴えるのは、何かしら原因があるのだということ。特に、口から入って来るものには気をつけなければならない。これに気を配るだけで、たいていの病気は予防できるのではないだろうか。それから、何らかの恐怖から来る心理的な問題も、自ら病気を引き起こす原因となっている。病気は、それらの心理的な問題と真剣に向き合うきっかけを与えてくれることもある。それほど深刻ではない病気は、きっと、目的地への道のりをちょっと遠回りするだけなのだと思う。

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2004.12.19

続・愛シチュー

 ガンモは早朝に、仕事から帰宅した。愛シチューをたくさん作ったので、今日も二人で愛シチューを食べた。実は、きのうは夕方から管理組合のミーティングの予定が入っていたため、大急ぎで愛シチューを作ったので、まだ野菜にシチューの味がしみ出していなかった。しかし、半日経って、ようやくシチューの味がしみ出して来て、おいしい愛シチューとなった。

 シチューの盛り方に関して、妥協案を生み出したガンモは、先にシチューをお皿についでから、その中にご飯を盛ることにした。一方、私は、きのうも書いたように、カレーと同じ盛り方で、先にご飯をついで、その上にシチューをかける食べ方である。

 食事の用意をしているとき、同じものを食べるのに、何故、別々の盛り方をしなければならないのか、突然おかしくなって、私はゲラゲラ笑い出した。ガンモが、
「何をそんなに笑ってるの?」
と言うので、
「だって、同じものを食べるのに、盛り方が違うんだもん」
と答えた。

 皆さんも、想像してみて欲しい。ここに、愛シチューを盛ったお皿が二つある。一つはカレーと同じ盛り方。もう一つは、愛シチューの上にご飯が乗っかっている。ほうら、笑いが出て来るでしょう?

※ちなみに、愛シチューは、クリームシチューでした。

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2004.12.18

愛シチュー

 四国で生まれた私たちは、ときどき土佐弁を使う。例えば、「愛しちゅう」(愛している)。

 ところで、今日はどうしてもシチューが食べたくなり、ガンモに、
「これから愛シチューを作るよ」
と宣言して、久しぶりにシチューを作った。

 シチューを食べるとき、ガンモはご飯とシチューを分けて食べる。つまり、ガンモにとってシチューは、スープ代わりなのだ。私はと言うと、カレーと同じように、ご飯の上にシチューをかけてもぐもぐ食べる。しかし、シチューを作ったのがあまりにも久しぶりだったので、そのことをすっかり忘れてしまっていた。ついつい習慣で、ガンモのご飯をカレー皿に盛ると、
「それ、違う」
と反論されてしまった。しかし、
「まあ、今回はまるみ方式でいいよ」
との了解を得たので、ご飯を盛ったカレー皿をガンモに渡すと、ガンモは私の作った「愛シチュー」をたっぷりとご飯にかけて、もぐもぐ食べた。

 味は、ちょっと失敗だったが、身体がすごく温まった。愛シチューをたっぷり食べたガンモは今夜、近くのお客さんのところで夜勤だ。ガンモ、愛シチュー。

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午前様帰り

 ゆうべはプロジェクトの忘年会のため、三宮で夜遅くまで飲んだ。飲み会の席でも、私は愛のはなしがしたくてたまらず、近くに座っている独身男性に、
「彼女はいますか?」
と尋ねてみた。彼は理系の国立大学院卒なのだが、見るからにまじめなお堅いタイプだ。返事は、
「いません」
だった。学生時代も彼女はいなかったらしく、話の雰囲気からすると、これまで一度も女性と付き合ったことがないようだった。挙句の果てには、
「そういうことに興味が涌かないんです」
などと言われてしまった。

 私の参加しているプロジェクトには、頭はとても切れるが、いわゆる、奥手な人が多い。だから、私の振る愛のはなしがいつも不発に終わってしまう。私の頭は、数学的な計算やロジカルな考え方に対して閉じてしまっているために、仕事上では彼らからの多大な協力を得ている。つまり、彼らと私は開いている部分が異なっているために、密になり切れないのだ。

 同じプロジェクトのメンバーに、近々パパになる男性がいて、生まれて来るのは男の子か女の子かという話で盛り上がった。私は、「男の子のオーラを感じる」と断言した。しかし、私の隣に座っていた部長は、「絶対に女だ」と言い張った。部長と私は、プロジェクトメンバーの前で掛けをした。その掛けとは、私が勝ったら(つまり、生まれて来る赤ちゃんが男の子だったら)、私が職場でしばらく部長席に座れるというものだ。派遣社員の私が部長席に座れるのだから、大変名誉なことだ。私が負けたときの約束はしなかったが、部長をしばらく私の席に座らせてあげてもいい。(笑)

 愛のはなしはできなかったが、そんなバカ話で盛り上がり、いつの間にか終電の時間を過ぎてしまっていた。直属の上司と部長と私の三人が、帰る方向が同じだったので、タクシーに同乗して帰ることになった。今、仕事では様々なトラブルを抱えている私たちだが、タクシーの中で、部長は、最終的には人対人のやりとりなんだと言っていた。その通りだと私も思った。

 話に夢中になっていたため、帰りが遅くなることをガンモに連絡しそびれてしまった。話を中断し、自分の世界を作り出してしまうことが申し訳ないように思われたのだ。部長が先にタクシーを降りたあと、携帯電話の着信履歴を見ようとして携帯電話を取り出すと、携帯電話の電源が切れていた。私の携帯電話は、午前7時30分に自動的に電源が入り、午前1時になると自動的に電源が切れる設定にしている。手動で電源を入れて着信履歴を確認すると、ガンモからの着信履歴が残っていた。ガンモはきっと、私の帰りが遅いことを心配しているのだと思うと、何だか熱いものがこみあげて来たが、自宅まであと少しだったので、静かなタクシーの中でわざわざ電話をかけなかった。

 自宅に着いて、家の中に入ると、寝室から明かりが漏れていた。時刻は、午前1時半を回ったところだった。ガンモは布団に入り、本を読みながら、私を静かに待っていてくれた。ガンモの手元には、携帯電話が転がっていた。その姿に、私に対するガンモの熱い信頼を強く感じて、私はしっぽを振りながら、ガンモに顔を思い切りすり寄せた。ガンモ、愛している。待っていてくれて、本当にありがとう。

 朝、目覚めたときも、ガンモが隣にいてくれるのがとてもうれしかった。午前様帰りの私は、この上のない幸せを感じていた。

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2004.12.16

ダブルブッキング

 私たちは来月、大規模な骨董市に参加するため、およそ五ヶ月ぶりに東京に出かけることになっている。ところが、今日、帰宅すると、JCBからの郵便物を示す不在連絡票が入っていた。

 「もしかして、宝塚のチケットじゃないの?」
と私が尋ねると、
「そうかもしれないなあ。でも、ちょっと待ってよ」
とガンモ。そして、宝塚のチケットを予約した日程を確認しながら驚きの声をあげた。
「ええっ?」
どうやら、宝塚観劇の日程と、旅行の日程が重なってしまっているらしい。
「骨董市と宝塚、どっちに行くの?」
と私が尋ねると、
「骨董市、やめる?」
と、ちょっと弱気なガンモ。骨董市に参加するよりも、宝塚を観たいらしい。先日まで、東京滞在中に茨城まで行って、まだ乗りつぶしていない私鉄に乗ると張り切っていたのに。

 はてさて、ガンモはどのような決断を下すのだろう。私は、骨董市に一票!

※更に確認したところ、東京に滞在する最終日に宝塚の公演があるということがわかった。うまくすれば、両方選べるかも。(笑)

関連記事:宝塚にハマる

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2004.12.15

ガンモの禁止攻撃

 ゆうべ、お風呂に入ったあと、私は先日買ったスポーツブラの上下セットの下着を身につけた。スポーツブラだと思って、適当なサイズを選んで購入してしまったのだが、実際に合わせてみると、パンツもブラもかなりきつくて、身につけるのに四苦八苦してしまった。(^^;

 それでも、つい先日、ガンモに、「防犯カメラに適したおっぱい」と指摘されてしまったので、少しでも形を整えようと、少々きつめのスポーツブラでも、頑張って身につけて寝ようと思ったのである。

 ベッドにもぐり込んで電気を消すと、ガンモが寄り添って来て、私の子宮に手を当てた。筋腫がたくさんあることがわかってからというもの、こうして毎晩、ガンモが私の子宮を癒してくれている。そしてパンツに手が触れ、
「ん? 何、これ!?」
と言う。どうやら、私のはいているパンツが気に入らないらしい。
「ああ、これね。この間買ったんだけど、ちょっと小さいみたい。(^^;」
「こんなきついパンツ禁止!」

 そう言ってガンモはがばっと起き上がると、布団をはがし始めた。こんなきついパンツを履いていては、血液の流れが悪くなるので、そのパンツをすぐに脱げと言う。私はひぃひぃ笑いながら、ガンモの言いつけに従った。そして、
「実はね、ブラもきついのよ」(普段の私はブラをつけて寝ない)
と私は自己申告した。ガンモはすぐさま私のブラをチェックした。
「こんなきついの禁止! これもただちに脱ぐように!」

 私はガンモの剣幕に笑いながら従った。寝るときは、ゆったりした格好で寝たほうがいいのはわかっている。しかし、私は何となく、買って来た下着が合わないことが悔しかったのだ。

 ガンモの言いつけに従って、私はパンツを履き替え、ブラは外して寝ることにした。私は、ガンモの愛情いっぱいの禁止攻撃に大笑いし、
「ガンまる日記のネタを提供してくれてありがとう」
とお礼を言った。

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2004.12.14

謎の黄色いポッチ

 ガンモは、ものごとをロジカルに考える傾向にあるが、留守番電話や携帯電話などのマニュアルを読んで操作を覚えるといったことは苦手である。私はというと、マニュアルをしっかり読んで、次々に新しい機能を覚えて行くタイプだ。

 あるとき、ガンモが仕事で使っている携帯電話をいじっているうちに、携帯電話の待ち受け画面に黄色いポッチのようなものが表示されてしまったと言う。仕事で使っている携帯電話だから、同じ会社の携帯電話に詳しい人に聞けば、この黄色いポッチを消すことができるはずだとガンモが言い張るので、私は口を出さずに大人しくしていた。

 後日、ガンモは同じ会社の人に、どうしたらこの黄色いポッチをなくすことができるか尋ねてみたそうだが、わからないと言われたようだ。それでも諦め切れない様子で、ガンモは携帯電話をああでもない、こうでもないといじくっていたのだが、突然、
「あれ?」
と驚きの声をあげた。
「どうしたの?」
と尋ねると、
「待ち受け画面の画像を変えたら、黄色いポッチがなくなった」
と言う。

 実は、その黄色いポッチは、待ち受け画面の画像の一部だったのだ。それを、ガンモも私も、何かのボタンを押したときに出て来たボタンマークだと思って勘違いしていたのだ。詳しい人に聞いても元に戻せないはずである。私たちは、おなかを抱えて大笑いした。

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2004.12.13

新しいサドル

 今日はガンモの仕事が休みだったので、私だけが家を出た。自転車置き場に来てみると、何と、私の自転車のサドルが新しいものに変わっている。これまで、私の乗っていた自転車のサドルは、前の三角形の先の部分が破れてしまったため、補修のつもりでサドルカバーをかけていたのだが、そのサドルカバーまでが既に破けてしまっているという悲惨な状態だった。その悲惨なサドルが撤去され、新しいサドルが取り付けられていたのだった。

 私は最初、ここ最近、マンションで多発している自転車のいたずらかと思った。私たちの住むマンションでは、自転車のサドルが盗まれたりする事件が多発している。しかし、サドルがきれいになる事件もあるのだろうかとも思い、まだベッドの中にいるガンモの携帯に電話を掛けた。すると、きのう、仕事に出掛けていたガンモが、私に内緒でサドルを購入し、こっそり付け替えてくれていたのだということがわかった。あまりにも悲惨な私のサドルに見かねて、ガンモが新しいサドルを買ってくれていたのだ。私はガンモの厚意がとてもありがたく、駅までの道のりを幸せな気分で走った。新しいサドルは弾力性もあり、ふかふかで、とても乗り心地が良かった。

 ガンモ、どうもありがとう。

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2004.12.12

魂としての関わり

 相手を魂として意識し始めると、その人との関係を、できる限り絶やさないような方向で動いて行く。相手が乗り気になってくれているのを感じたり、自分の発言に対して大きな手応えを感じたりすると、それに応えて行くのが自分の喜びになって行く。相手の魂を感じて目を閉じると、感動のために魂が振動するのがわかる。そして、この魂を決して傷つけるようなことがあってはならないと誓いを立てるのだ。

 残念ながら、魂として意識できない対象もある。それは、その魂が、あまりにもたくさんの制約を持ち過ぎている場合である。また、たった一つの共感もない関係は、魂を感じることができない。見ているものや、大切に思っているもの、ベースになるものが著しく異なっている場合も同様である。

 ここのところ、文章を組み立てて行くのに四苦八苦していたように思う。「ガンまる日記」は毎日更新と決めているため、プレッシャーを感じていたのかもしれない。「ガンまる日記」の更新を優先させるとなると、掲示板やメールの返信が遅れがちであった。(コメントやメールをくださっている皆さん、ごめんなさい。もう少しお時間をください)魂として関わり始めた人たちなのだから、例え時間はかかったとしても、きちんと返信したい。

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2004.12.11

新梅田シティと精子のはなし

 久しぶりに日常を綴ってみたいと思う。

 ガンモと新梅田シティに行った。ここで、本田宗一郎と井深大展を見たあと、空中庭園展望台に昇った。私はかつて、友人と一緒にここに来たことがあるのだが、ガンモと来るのは初めてだった。(そのときに撮影した写真はこちら

 私たちが屋上展望台に昇ったとき、ちょうど夕日が沈む前で、三脚にカメラを据えつけた人たちがたくさん並んでいた。日中は暖かかったのだが、夕方になると、屋上展望台はさすがに寒かった。

 屋上展望台は回廊になっていて、三六〇度四方八方を見渡せる。

 しかし、展望台のすぐ下が庇のようになっているせいだろうか。すぐ下を見下ろすことができないので、景色が接近して来ない。長崎のハウステンボスや、門司港の展望台から見下ろした景色のほうがインパクトがあったように思う。しかし、考えようによっては、高所恐怖症には大変やさしい展望台である。

 一階の広場では、ドイツ・クリスマスマーケット大阪2004が開催されていて、巨大クリスマスツリーが設置され、ドイツの食べ物やワインなどが売られていた。

 ワインは、マグカップ付きで一杯八百円。マグカップは記念に持ち帰ることができるし、マグカップにおかわりをついでもらうときは、マグカップの値段が割引になる。私たちは、フランクフルトソーセージを食べながら、あたたかくて甘い赤ワインを飲んで、ちょっとご機嫌になっていた。

 また、「精子くん」という名前のリキュール酒が売られていたが、こちらは飲まなかった。

 家に帰ってから、ガンモと精子のはなしで盛り上がった。
まるみ「ねえねえ、何で卵子の数に対して、精子はあんなにたくさんあるんだろうね。精子って、下等動物なのかな」
ガンモ「何でだろうね」
まるみ「精子って、えびす神社の福男みたいなもんなんでしょ?」
ガンモ「そうそう」
まるみ「一等賞だけに価値があるんだ」
ガンモ「途中で死ぬやつも多いんだよね」
まるみ「でも、一等賞と二等賞はそんなに変わらないわけでしょ?」
ガンモ「そうだよねえ」
まるみ「だったら最初から精子も一個でいいんじゃないのかなあ?」
ガンモ「うーん・・・・・・」

 精子のはなしをしているうちに、だんだん眠くなり、私たちは眠りに落ちてしまった。

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2004.12.10

タダものではない

 私には、前世から深く関わっている男友達がいる。その男友達が書いている日記にガンモがアクセスし、
「日記で使われていた表現が気に入ったからもらっといた」
と言う。
「もらっといたって、一体何に使うの?」
と聞いてみると、来月、仕事仲間たちと一緒にカニを食べに行くために、その案内状をメールで作成したのだと言う。その案内状の文章を、彼が書いた文章を拝借して、自分なりにアレンジしたらしい。

 そのことをわざわざ私に言うということは、私がそれを聞いたら喜ぶのを知っているからだ。こんなことができるガンモは、やっぱりタダものではない。

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2004.12.09

記憶と忘却

 記憶と忘却という観点で愛を語ろうとすると、深い愛を体験している人は、その深い愛の体験を魂に刻み込もうとする。そして、喧嘩したことやうまく行かなかったことなどのネガティヴな感情をただちに解放し、忘れ去ってしまう。

 一方、深い愛を体験していない人はこれとは逆の傾向にあり、出会った頃に愛し合っていたことをすっかり忘れ、喧嘩したことやうまく行かなかったことを忘れることができず、いつまでも魂の記憶に留めようとする。

 こうした感情を魂に刻み込んだまま、これらの魂が現世で再会を果たすと、前者はとても懐かしい感じやうれしい感じなどのポジティヴな感情を伴うが、後者の場合、悲しいとか関わりたくないといったネガティヴな感情を伴う。

 前者の場合も、後者の場合も、前世からの続きの関係を築いて行くことになるので、前者の場合は良好な関係が続き、後者の場合は対立や分離を繰り返しながら関わって行くことになる。

 ときどき、出会った相手が後者だとわかり切っている場合、深く関わらないほうがいいのかという相談を受けることがある。これは、なかなか難しい質問だと私は思う。そういう関係を最初から断ち切ってしまうのがいいのか、それとも、ネガティヴな関係をポジティヴな関係に変えることができるほど密に関わって行く覚悟があるかどうか。一つだけ言えるのは、そういう相手と出会った場合、その関係との間に残された課題をクリアしてしまわなければ、永遠にネガティヴな関係であり続けるだろうということである。だから、例え現世でその関わりを持つこと見送ったとしても、同じ課題を持ったまま、来世で再び出会うことになるだろう。

 少しでも前に進むためには、毎日を、とにかくパワー全開で生きること。そういう生き方を、私は、「がむしゃらに生きる」と表現している。そうすれば、自分に合わないものは自然に自分から離れて行く。そして、ネガティヴな関係をいったんゼロに戻し、再び再会したときにゼロからやり直せばいい。そしておそらく、関係をゼロに戻すことで、記憶と忘却の対象が入れ替わるのではないだろうか。

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2004.12.08

はじめの一歩

 魂に、強烈な愛の記憶を刻み込んでいる人は、前世で深く関わった魂のことを記憶している。だから、現世でその魂と出会うと、自分と深く愛し合ったことのある魂だとすぐにわかるのである。そういう魂が複数存在しているということは、私たちが、たった一つの魂と深く関わっただけでは完結してしまわないことの証であると思う。

 魂に、強烈な愛の記憶を刻み込んでいない人もいる。自分自身を開かず、毎日を淡々と生きている人は、閉じてしまっているために、深い愛の感動を味わうことができない。よって、魂に刻み込むものがない。私が思うに、魂に刻み込まれるのは、通常の感覚よりもはみ出した想いなのではないだろうか。

 例えば、仕事の帰りに夜空を見上げながら、愛する人のことを想い、涙が溢れて来るか。時には溢れ出すその想いで、うずくまりたくなるほどか。いつもパワー全開で恋人や配偶者と関わっているか。想いが溢れて来て、どうしてもたまらず、トイレに駆け込むことがあるか。愛のはなしが好きで好きでたまらないか。これらの感動で流した涙が、はみ出した想いとして魂に刻まれて行くのではないだろうか。

 一つの魂と密に関わることを知ると、その魂との愛の記憶を自分の中に留めながら、別の魂と深く関わるようになる。そして、これを繰り返しているうちに、どの魂と関わったとしても、その関わりが特別深いものならば、同じ一体感を味わえるということに気づいて行くだろう。そうなれば、魂同志の区別がなくなる。区別がなくなれば、境界が取れて一つになる。これが、精神世界で言うところのワンネス(すべてはひとつ)に繋がって行くのではないだろうか。

 はじめの一歩は、恋人や配偶者と、はみ出すほどの想いで強烈に愛し合うこと。それを体験した人なら、その次にどんなことが起こるか、予想はつくだろう。それは、離れていても繋がっているような感覚だったり、別のパートナーと密に関わっていることが頼もしく思えたり。もしもそう思えないのであれば、まだ二つの魂は一つにはなっていないと私は思う。

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2004.12.07

両性具有への憧れ

 次にこの世に生まれるとしたら、男女どちらに生まれて来たいかについて、ずっと考えているのだが、なかなか答えが出ない。というのも、男性であっても、女性であっても、片方の性しか持っていないことについては変わりがないからだ。つまり私は、片方の姓だけで生まれて来ることに対し、どこか物足りない気がしている。それはまるで、コンプレックスにまで発展してしまいそうな勢いだ。だから、できれば、両性具有で生まれて来たいのである。

 両性具有は、自分自身の中に男性性と女性性の両方を持っていて、それ自身で完結している。更に、両性具有で生まれて来るということは、ツインソウルとの合体を意味している。

 しかし、両性具有でいることは、本当に孤独を感じないで済むのだろうか? 両性具有の肉体を持っていると、セックスをする必要もないのだろうか? セックスというコミュニケーション方法を失ってしまうのだとすると、やはり、男性と女性に分かれていたほうがいいのだろうか?

 太古の昔、男女という別々の性に分離するまでは、すべての人間が両性具有だったと言われている。私には、その頃の記憶がないのでわからない。両性具有から、分離した直後の記憶はあるのだが。

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2004.12.06

デザートは別腹?

 最近の私は、ブログのコメントにトラックバックさせたいただきたい気持ちでいっぱいである。先日、愛と人生ってなんだろうねセックスについてのイメージに、不合理ゆえに我信ずのmori夫さんがコメントされているのに反応して、以下のようなコメントを書かせていただいた。引用部分はmori夫さんのコメントである。

> 性的に愛し合うのは、なぜ”ただ一人”でなければならないか。
> 愛は、そんなに”1対1”でなければならないものなのか。
> 同時に複数の相手と、それを行ってはいけないとされるのはなぜか。


またまた突拍子もないコメントになりますが、
多対多の関係をバイキングで食べる料理に例えてみると、
いくつものお皿に料理を取って食べているときに、
お皿にまだ料理が残っているにもかかわらず、別の料理を取りに行くのだとしたら、
周りの人はあまりいい気はしないですよね。
でも、その人が本当に大食いで、どのお皿の料理もすべてきれいにたいらげた上で、
次の料理を取りに行くのだとしたら、批判はされないですよね。


つまり、まずは一つの対象に対し、徹底的に関わっていることが前提なのではないでしょうか。
そして、Aさんと深く愛し合っているまさにその最中に、
Bさんのことを決して除外したりせず、Bさんとも深く愛し合える状態にあること。
Aさんと深く愛し合っているまさにその最中に、Bさんを寂しく思わせたりしないこと。
これができていないから、複数の対象との関わりを気持ち悪いと感じてしまうのだと思います。
誰も傷つけることなく、AさんもBさんも同時に深く愛することができれば、
その愛は澄み切っていて、とても素晴らしいものだと思います。
でも、肉体関係を含めた上で、これを実践できる人は、そういないと思います。
神々は、多対多で性交しても、すごく楽しそうにしてますけどね。

 実は、このコメントを書きながら、私の中には、普段から感じている別の想いが急浮上して来た。それは、共存可能な愛とそうでない愛があるということである。共存可能な愛は、バイキング料理で言うところのデザートに相当するのかもしれない。つまり、別腹に入るのである。多くの人は、親子の愛は共存させることができるのに、男女の愛はなかなか共存させることができない。これについては、これまでにも私のホームページの掲示板でもとことん語り合って来たことなのだが、結局のところ、男女の愛は肉体関係を持つという意味で、とにかく特別なのだという結論に達している。

 でも、私は思うのだ。もしも魂の探求に終わりがないのだとすれば、一つの密な愛を体験した魂は、別の魂とも深く結び付いてみたいと思うのではないだろうか。そして、自分と深く関わったことのある魂が、別の魂との密な愛を経験している姿を見守ることは、その魂にとって、大きな喜びなのではないだろうか。

※この記事のままでは、親子の関係をデザートに例えるなんてけしからんというお叱りの言葉を受けそうなので、ここで訂正させていただきます。強調したかったのは、「デザート」よりも「別腹」です。しかし、うっかりデザートと書いてしまったのは、私自身が男女の愛をテーマにした人生を送っているからだと思います。ある時期まで、私とガンモの間には、子供が入り込む余裕などないと思っていました。でも、もしも子供の存在が別腹だとすると納得できるできるような気がするのです。しかし、こればっかりは、経験してみないと詳細には語れません。

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2004.12.05

遠くで汽笛を聞きながら

 京都・東寺で行われている骨董市にガンモと二人で行って来た。東寺では、毎月第一日曜と毎月二十一日に骨董市が開催されている。規模としては、毎月二十一日に開催されている「弘法さんの市」のほうがずっと大きい。

 家を出る前、私が住んでいる地域ではまったく雨が降っていなかったのだが、京都では雨が降ったり止んだりしていたようで、地面のあちこちに水溜りがあり、せっかくの骨董市も、全体的に消極的モードだった。

 古いものというのは、見ているだけで心が躍るものが多い。誰かが愛着をもって使用していたものや、これまで欲しかったのに、時期を逃してしまったため入手できなかった懐かしいものなど、いろいろな素性を持ったものたちが、まるで買ってくれといわんばかりに並べられている。私たちは、骨董市で古いカメラを買うこともある。最近では業者さんの目が肥えてしまったので珍しくなって来たが、以前は希少価値のある古カメラが格安な値段で手に入ることも多かった。

 ところで、骨董市を見て回っている間に、すぐ近くで汽笛が聞こえているのを、とても不思議に思っていた。最初は効果音のようにも思えたが、耳をすまして聞いてみると、本格的な汽笛であることがわかった。ガンモは何やら閃いたらしく、
「行こう」
と私に言った。どうやらガンモには、その汽笛に心当たりがあるらしい。

 骨董市をあとにして、汽笛の音を頼りに何十分も歩いた。すると、とある公園に着いて、公園の入口で提示されている地図の中に、「梅小路蒸気機関車館」と書かれているのが見えた。
「新幹線に乗ってると見えるとこだから。いつかここに来ようと思ってたんだ」
とガンモが言う。私は、地図も見ずにここまで辿り着いたガンモの鉄への情熱の深さに感心したものだ。

 そこでは、ほんの短い線路を行き来するだけなのだが、SLスチーム号という本物のSLに乗車することができた。汽笛の音は、SLスチーム号が鳴らすガンモへの熱いラブコールだったのだ。SLの乗車券は大人二百円。私たちはわくわくしながら、SL乗車待ちの行列に並んだ。

 間もなく、ホームに入線して来たSLを見ると、トロッコ列車になっている。それだけでも、楽しい気分になる。SLに乗るために集まって来た人たちを見ると、子供さん連れの家族も多いが、大人もたくさんいる。みんな、子供みたいにうれしそうな顔をしている。

 みんなの喜びが伝わるのか、毎日、決められた時間に、決められた回数、同じことを繰り返しているはずの係員の人たちの顔もほころんでいる。あたかも、乗客それぞれにとっての当別な日を応援しているかのようだ。私は、非日常を体験しようとやって来ている乗客の誰かの喜びが、日常お決まりの仕事としてこなしている係員にも伝わっているということが、とてつもなくうれしかった。そして、その状況に愛を感じずにはいられなかった。

 SLスチーム号は、本物の石炭を消費しながら動いている。たくさんの石炭を使用しても、実際にSLの原動力になるのはほんのわずかである。つまり、SLは、大変燃費の悪い贅沢な列車である。それでも、これだけ多くの感動を私たちに与えてくれるのだから、多少の無駄には目をつむりたくなってしまう。

 人々は、非日常であるSLの一つ一つの動きから目を離さず、じっと見守っていた。こうした感動的な体験が、日常に戻ったときの糧になって行くのではないだろうか。

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2004.12.04

寄せては返す波のように

 今朝、私を自開症と言った人からメールが届いていた。そのメールの中に、今のスランプを抜けるヒントが隠されていた。そう、波だ。陽の私は、寄せている波だけが心地良いと思いたがる。しかし、引いているときも、再び寄せるための準備を整えている。だとすると、波は、再び寄せるという信頼があるから引くことができるのかもしれない。もしも波が二度と寄せないとわかっていたら、波は停止してしまうのではないだろうか。

 もしかすると、音楽も同じなのかもしれない。単調なリズムが繰り返されたかと思えば、やがて変拍子になる。耳をつんざくような大音響が聞こえて来たかと思えば、繊細なアコースティックサウンドが心地良く耳に響いて来る。これらが一つのアーチストで実現されるからこそ、本当に面白いと思えるのではないだろうか。

 話は変わるが、実は先日、向かい合わせの関係と背中合わせの関係が、同じ意味であることに気がついた。私は、向かい合わせの関係こそが素晴らしい関係だと思っていたが、地球が丸いとするならば、背中合わせの関係もまた、もっとも遠い向かい合わせの関係だったのだ。だから、波が寄せているときは、もっとも遠まわしの状態で引いているのだし、反対に、波が引いているときは、もっとも遠まわしの状態で寄せているのだった。

 嵐の翌日は、からりと快晴になる。空はまるで、たくさんの雨を降らしたことを忘れているかのようだ。すべては対比の中にあり、陰と陽は過不足なく存在している。

 戦争と平和の繰り返しもまた、同様なのかもしれない。多くの人が平和を願っているにもかかわらず、いつまで経っても戦争がなくならないのは、人々が平和という単調なリズムに飽きが来てしまうからではないだろうか。

※脱線ついでに、ちょっと興味深い記事を。
米、ヘビメタ攻撃 武装勢力に効果!? 大音響で「精神的苦痛」らしい

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2004.12.03

自開症と呼ばれて

 感覚が閉じてしまっているのか、どうも調子が出ない。トリップするような言葉を紡ぎたいのだが、なかなか出て来ないのだ。どうやら、感動からも遠ざかってしまっているようだ。月のパワーが半分しかないせいだろうか? それとも、本当に脳みそを侵されてしまったのだろうか?(※注1)

 さて、タイトルに掲げているのは「自閉症(じへいしょう)」(※注2)ではなく、その反対の「自開症(じかいしょう)」である。ある人に言われたのだが、自閉症に対し、私の性格は自開症らしい。だから、感覚が閉じているときはどうも調子が出ないようだ。

 自開症は、愛情で結ばれた関係においては、何に対してもオープンであることを好む。私を自開症呼ばわりしたその人は、もの影に隠れてひっそりと生きて行きたい自閉症タイプ。太陽の光はまぶし過ぎるので、月明かりくらいがちょうどいいのだと言う。いっぽう、私はと言うと、さんさんと照りつける太陽の下で、できる限り公明正大でありたいと思う。

 自開症の私が克服しなければならないのは、沈黙を守ろうとする自閉症タイプの人との関係性において、いかにして相手の気持ちを理解するかということである。何故、相手が黙ってしまうのか。それがわからなくて、いつも不安になってしまうのである。ときには、不安が怒りに発展することだってある。ガンモもどちらかと言うと自閉症タイプなので、私はいつも「黙るの禁止!」と言いながら怒っている。どうやら自閉症タイプの人は、どんなときも完璧な言葉を生み出そうとして頭をひねっているうちに、時間がどんどん過ぎ去ってしまうらしい。自開症の私は、例え完璧でない言葉であっても、表に出そうとする。そこが、自閉症タイプの人たちとは大きく異なっているようだ。

※注1 脳みそが侵されるというのは、愛と人生ってなんだろうねのmiyashu氏お勧めのプログレバンド、Dream Theaterを聴きまくっているためです。

※注2 もしもこれを読まれる方で、本当に自閉症という病気で悩んでいる人がいらっしゃったらごめんなさい。自開症で悩んでいる人はいないと思いますが(笑)。自閉症タイプというのは、「陰の気質を持った人」と読み替えてください。それに対し、自開症は「陽の気質を持った人」です。

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2004.12.02

ポリネシアン・セックス

 これは、愛と人生ってなんだろうねセックスに対する別の見方へのトラックバックである。

 この記事を拝見するまで、ポリネシアン・セックスという言葉を知らなかったのだが、実は、私たちにもこういう経験があることを思い出した。

 あれは、今からちょうど一年くらい前のことだったろうか。その日は年末恒例のライブの日だったのだが、ガンモは仕事だと聞いていたので、ガンモのチケットを手配していなかった。しかし、ガンモの仕事が急に休みになったのだ。せっかく二人して休みなのに、私は一人でライブに出掛けることになってしまい、ガンモと一時的に離れることを惜しみながら、ライブの時間ギリギリまで、服を脱いでベッドの中でガンモと抱き合っていた。そのときに体験したのが、どうやらこのポリネシアン・セックスというものらしい。

 挿入はしなかった。ただ、お互いの身体と身体をしっかりと合わせ、時間をかけて愛のエネルギーをたっぷり交換し合った。しかし、とうとうライブに出掛ける時間が来てしまい、後ろ髪が引かれる思いでガンモの元を離れなければならなかった。それでも、ライブの間も、ライブが終わったあとも、私の中に熱いものがずっと残っていた。

 この記事を拝見した私は、
「また、あれやろうね」
とガンモに言った。しかし、今ではガンモは、あのときのことをすっかり忘れてしまっているらしい。
「ねえ、本当に忘れたの? すごく良かったのに」
と私が聞くと、
「いつもいいから」
とガンモは答えた。どうやら、精神的なのは私だけのようだった。

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2004.12.01

時間と空間

 インターネットが著しく普及した昨今、時間や空間を超えたコミュニケーションが、これまでよりも容易になったと言える。かつては、海外に住んでいる人とは、手紙やFAXによるコミュニケーションが主流だった。手紙は時間がかかるし、FAXは電話回線と共用していると、時差のため、朝方の呼び出し音に目覚めてしまうなどという難点があった。E-Mailや掲示板は、大変手軽でお互いの都合の良いときに交流できるコミュニケーションツールである。

 関係性によっては、空間の隔たりが気になる人もいれば、時間の隔たりが気になる人もいるだろう。私の場合、空間よりも、時間の隔たりが気にかかるほうである。

 時間差というものが気にかかり始めたのは、確か、高校生の頃だったと思う。私は全日制の高校に通っていたのだが、普段自分が使っているその机を、定時制の生徒も使っているということに、不思議な感覚を覚えたのだ。誰だかわからないが、時間差はあっても、同じ空間を共有しているのは間違いなかった。もしも彼(女)と私が同じ時間軸にいれば、同じ机を共有して授業を受けることはできないわけである。

 この考えは、男女の関係にも応用できるのではないだろうか。そして、これらの時間と空間の一致した出会いが、私にはあまりにも緻密に計算されているとしか思えない。

 例えば、ガンモと私は同じ四国に生まれ、同じ時期に東京で暮らしていたことがある。厳密には、ガンモが住んでいたのは横浜だったのだが。ガンモが横浜を離れて五年後、私は、当時、ガンモが勤めていた会社の仕事を請け負うことになる。しかし、ガンモはもはやその会社を退職してしまっていたので、その仕事を通じてガンモと知り合うことはなかった。このとき、ガンモと私には時間差が生じていたことになる。

 この時間差を吸収できたのは、それから更に五年ほど経ってからのことだった。今になって思えば、あのときガンモと仕事を通じて知り合っていたとしても、これほどまでには盛り上がらなかっただろうと思う。お互いに、まだまだ精神的な準備が整っていなかったのだ。私には、凄まじいカルマの相手との関係を精算し終えたあとにガンモと出会う必要があったと思う。何故ならガンモは、カルマの相手との関係に疲れた私を、まるで癒すかのようなご褒美的な存在だからだ。

 いわゆる魂が近い存在とは、こうしたニアミスといったものが多発している。同じ場所に出掛けて行くのだが、時間軸がずれているために、同じ場所で同じ時間を共有できないのである。しかし、それは、これから自然に整って行く可能性を示唆しているようにも思える。無理に時間差を調整しようとすると、その後の計画が大きく狂ってしまうのではないだろうか。

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