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2004.11.06

近親相姦

 「セックスは何のために存在するのか?」という質問を、かつて私のホームページのアンケートで回答を募っていたのだが、精神世界とはかけ離れた視点に重きを置いている、検索エンジンなどからやって来られる方たちが、あまりにも下品な書き込みをして行くのでとうとう閉鎖してしまった。

 私は、セックスとは、二つのものが一つに向かおうとする行為だと思っている。すなわち、一たす一は一の考えである。ところが、中には、生殖行為のためだと答える人もいた。こちらは、一たす一はニの考えである。セックスにおける生殖行為は、目的ではなく、結果なのではないだろうか。セックスの度に妊娠していたら、それこそ大変なことになってしまう。

 私自身は、セックスと生殖行為を切り離して考えているため、誰も傷つけないのであれば、近親相姦という形もあっていいのではないかと書いた。すると、そのことに対して、いろいろなご意見をいただいた。

 まず、近親相姦は、神の決めた掟に反するということだった。しかし、何故? という疑問が湧いて来る。私が愛読している手塚治虫先生の漫画には、近親相姦を扱った作品がいくつかある。それらを読んでいても、ちっともイヤな気がしないのだ。何故なら、そこに描かれているセックスが、欲望に基づいたものではなく、もっともっと純粋な愛をベースにしたセックスだからだと思う。

 しばらくすると、近親相姦という言葉に反応して、家族に無理に関係を迫られた経験のある女性からの書き込みがあった。彼女は結婚されていたが、そのときに味わった恐怖心がいつまでも消えず、夫ともセックスができないでいるのだそうだ。私が近親相姦を認めるのは、誰も傷つけず、純粋な愛情で結ばれた関係だけ、という前置きをした。彼女が体験したのは、家族の欲望の対象としてのセックスだったと想像する。私には、彼女の痛みの半分も理解できないかもしれないが、もしもそれが愛情に基づいたセックスだったとしたら、彼女がそれほどまでに深く傷つくこともなかったのではないだろうか。

 愛のない一度限りのセックスが世の中でまかり通っているのに、純粋な愛情で結ばれて、誰も傷つけることのない近親相姦が、胸を張ることのできない関係であり続けるのは、私は納得がいかない。

 こんなふうに思うのは、私の中でガンモが、「前世の弟」という感覚が残っているからかもしれない。

※私の病気のことを気遣って、メッセージをくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ひとつひとつお返事させていだきますので、よろしくお願い致します。

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