« 東洋医学の敗北? | トップページ | 近親相姦 »

2004.11.05

双子

 私は、小さい頃から双子への憧れを抱いていた。特に、男の子と女の子の双子に生まれて来たかったと思う。でも、兄妹で愛し合うことはできないから、肉体の双子よりも魂の双子のほうがいい。

 双子に憧れるのは、自分の持つ価値観が特殊で、いつもひとりぼっちという感覚が強かったからかもしれない。今でもそうだが、ベースになるものが異なる人たちの前では、いつも本当の自分を出すことができないでいる。新たな人間関係を形成して行こうとするとき、私はある種のキーワードのようなものを発しながらコミュニケーションを取っているのだが、そのキーワードを拾ってもらえないとがっかりしてしまう。そして、少々大げさかもしれないが、その落胆から立ち直れないために、いつの間にか交流がストップしてしまうようだ。だから、いつまでも交流が続く関係性の中では、相手の放ったキーワードを拾い上げ、そして、自分もまた新たにキーワードを発信するといったような交流が行われている。

 キーワードを拾う、拾わない以外にも、人と知り合うタイミングというものもある。既に親しく交流している人がいるとき、人は守りの体制に入ってしまうものだ。私なら、新たな開拓よりも、現在の関係を維持することにパワーを費やしたくなる。何故なら、私のような特殊な価値観を持った者にとって、どこまでも対話が続く相手というのは、本当に貴重な存在だからだ。

 誰にでも、対話が止まらなくなってしまうような存在が必ずいることだろう。しかしその存在は、対話を続けることのできない他の対象とセットになっている。すなわち、話を続けることのできない人は、話を続けることのできる人の存在を強調している。だから、そういう要素が重なって、「ああ、すべてはひとつなんだ」と私には思える。

 ところで、肉体の双子と同様に、魂の双子にも、一卵性双生児と二卵性双生児があると私は思っている。一つの卵から生まれたのがツインソウルで、別々の卵から生まれたのがソウルメイトだ。ガンモは二卵性双生児。肉体の双子とはちょっとイメージが異なるが、ペアルックを楽しめるのも、双子ならではの醍醐味かもしれない。

|

« 東洋医学の敗北? | トップページ | 近親相姦 »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。