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2004.11.25

上質の喧嘩

 最近、私のホームページの掲示板では、「上質の喧嘩をしましょう」というのがスローガンとなっている。相性の良い相手とは喧嘩の相性も良く、喧嘩の最中でさえも相手の言い分を吸収し、対等でさっぱりした喧嘩をすることができる。反対に、相性の悪い相手とは喧嘩の相性も悪く、喧嘩の最中に吸収が行われないためにお互いの言い分がネチネチして、エネルギーを奪い合う喧嘩になってしまう。言い換えると、前者は愛のある喧嘩、後者は愛のない喧嘩と言えるだろう。

 私の経験から言えば、女性同士で上質の喧嘩をすることはなかなか難しい。そう思うのは、女性の多くは、本心を明かすことで関係が壊れてしまうと思っているために、なかなか本音を言い合える関係にまで発展しないからだ。言い換えると、女性同士の関係は、表面的に取り繕っただけの関係が多いと言える。つまり、無理にでもプラスの要素だけで関わる関係にしがみつこうとする。

 喧嘩をしていて最も心地が悪いのは、こちらの発言をまったく受け止めずに、これまでとはまったく別の話を始められてしまう場合である。話がいよいよ核心に迫ろうとしているのに、まるで今までのことなどなかったかのように、まったく別の話を始められると面食らってしまう。おそらく、核心に触れないようにすることで争いを避けようとしているのだと思うが、それが空振りに終わると、かえっていつまでもその問題をくすぶらせ続けることになる。お互いの主張ばかりの喧嘩についても、吸収が行われないという点では同様である。また、こちらが正直に話しているのに、相手が黙り込んでしまう状況も耐えられない。すなわち、お互いのエネルギー量が異なる喧嘩は、大変心地が悪い。

 喧嘩をしていて最も心地がいいのは、お互いのエネルギー量が同じで、立場的に対等な喧嘩である。これは、本当に、やみつきになるほど面白い。いつも新しい発見があり、喧嘩が終わったあと、「また喧嘩しようねえ」とまで言える。そういう関係は、喧嘩のあとにフィードバックが行われ、お互いの人間性の幅が広がって行く。しかし、このような喧嘩ができるようになるためには、相手との間に絶大な信頼関係がなければ実現できない。通常、この信頼関係は、喧嘩を行う相手との間に、愛と感動に満ちたやりとりの実績があることで築かれる。そういう観点から見ると、その相手との間に過去に味わった感動を守ろうとするための喧嘩になるのだ。

 上質な喧嘩は、愛を持って、根気良く言葉を発し続けて行くことで実現される。決してどちらかが「もう、やあめた」にならず、双方のエネルギーが飽和することで喧嘩が完結する。

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