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2004.11.20

マンネリって何?

 これは、愛と人生ってなんだろうね結婚後の二人に起こるかも知れない事へのトラックバックである。

 結婚後にセックスレスに陥ってしまった男女が、外の異性に目を向けてしまう要因について、書き手のmiyashuさんは、以下のように書かれている。

これらのことからある長い期間連れ添っていたカップルがやがてマンネリ化して自分の相方に対しての性としての興味を失ってしまうということは十分考えられます。 日常生活の中で私たちは他人にはしないようなことを平気で自分の相手にやっていたりするものです。つまり、「だらしない」と他人に思われそうな言動や格好です。それらの事の積み重ねが二人の間の緊張感や羞恥心をなくしていき、やがて生活感が強い状態になっていきます。 それはそれでいいもんです。あるがままの自分をそのまま出してもなにもお咎めがない許しあう状態・・・きっと多くのカップルが望んでいることでしょう。しかしながらそれはセックスレスへ近づいていく道なのかもしれません。それが良いか悪いかは別にして。

 私は、セックスの原動力となるものが何であるかによって、上記のことが当てはまったり当てはまらなかったりするのではないかと思う。セックスの原動力である愛に、いろいろ余分なものをくっつけると、マンネリが起こってしまう。これは、miyashuさんの書かれている通りだと思う。

 周知の通り、我が家は互いに非常にリラックスしたオープンな関係である。人前ではおならができなくても、二人でいるときはおならができるし、時にはセックスの最中におならをすることだってある。トイレで用を足すのも開け放し。歯ブラシも共有、時には下着のパンツさえも共有、家の中は散らかっていてだらしない。体型だって、結婚前とはずいぶん違っている。それでも、決してマンネリにはならないのだ。

 マンネリの原因は、お互いのリラックスした態度から来るものではないと私は思う。マンネリの原因、それは、一言で言って、どちらかの怠慢から始まって行くものだと思うのだ。言い換えると、愛のエネルギーの循環を止めてしまうこと。すなわち、パートナーを心から愛する気持ちを表現することを、どちらかが一方的にやめてしまうことだ。その途端、愛のエネルギーの循環が停止し、継続的に愛を表現することがお互いに億劫になってしまう。そうなってしまうと、失ってみて初めてその大切さに気づくといったような関係に変化してしまうのだ。

 愛し合う男女は、継続的に愛のエネルギーを交換し合っている。そこには絶えず、美しい循環がある。愛のエネルギーの交換はとても感動的で、私は毎回のように涙を流している。マンネリに陥ってしまう人は、セックスの原動力を、純粋な愛以外のものに求めようとしているのだと思う。純粋な愛以外のものとは、例えば変化やメリハリのような、相手に飽きられないようにする「努力」であったり、常に異性として意識してもらえるような「努力」であったり。私は、それらの「努力」は、いつか必ず崩れて行くと思う。むしろマンネリとは、それらの「努力」(=本来の自分の姿でない態度)の老朽化した姿が、マンネリと呼ばれるものなのではないだろうか。

 愛をベースにセックスを考えると、そこに変化を求める必要はない。お互いが愛の循環を停止させない限り、いつも同じでつまらないとか、相手の行為に興ざめしたりすることはあり得ない。

※安心感のある関係が、必ずしもマンネリにはならないということを伝えたくて、ついつい力を入れて書いてしまいました。(苦笑)

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