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2004.10.19

センチメンタル・ライブ

 今日は、神戸で行われた長年応援し続けているアーチストのライブに参加した。私の勤務先から会場までは一時間ほどかかってしまうため、あらかじめ仕事を休んでおいた。退社時間直前になって、「山下さあん!(私の苗字)」と、突然作業が降って沸いてしまうことが多いからだ。

 最近の私はちょっとボケていて、彼らが神戸にやって来るというのに、チケットの予約を怠っていた。だから今回のチケットは、ライブ当日ギリギリになって、インターネットで余りチケットを売っている人を探し当て、入手したものである。神戸のライブはいつもガンモと二人で参加するのだが、私がチケット予約を怠っていたため、ガンモは仕事の予定を入れてしまっていた。そのため、今回は私一人で出掛けることになってしまったのだ。

 彼らとの付き合いがずいぶん長いからだろうか。今や私は彼らのライブを、悪く言えば惰性、良く言えばかなり落ち着いた気持ちで聴いている。若かった遠い過去に引き戻されでもしない限り、ライブで泣いたりすることも少ないのだが、どういうわけか、今回のライブではかなり泣けた。一人で参加したせいか、曲を聴きながら、独身の頃のことを思い出してしまったからかもしれない。演奏される曲が、私の涙のポイントを押さえているのだ。

 私には四年間ほど、そのアーチストから遠ざかっていた時期がある。遠ざかっていたと言っても、年に一度くらいはライブに足を運んでいたので、完全に遠ざかっていたわけではない。ただ、その頃、週に何度かはそのアーチストと顔を合わせるような状況にいたのだが、突然、私は彼らの前から姿を消したのだ。直接のきっかけは、彼らとの関係に行き詰まりを感じてしまったことが原因だった。その当時、私自身がもっとビッグにならなければそのアーチストと対等になれないなどと大それたことを考えていたのだ。また、他に夢中になる俳優ができたことも重なった。しかし、その俳優への熱は、すぐに冷めてしまった。生年は違うが、私と同じ誕生日の俳優である。

 最初に泣けたのは、私が遠ざかっていたその時期に、彼らが歌っていた曲が久しぶりに演奏されたときだった。あの頃、ベストテン番組でその曲を聴きながら、彼らの元に引き戻されてしまいそうになる自分がいたことを思い出した。テレビの画面を通して見る彼らが、私に何かを訴えかけているように思えたものだ。

 四年後のある日、私は突然思い立って、そのアーチストの前に姿を見せた。かつて、一週間に何度も顔を合わせていたとは言え、四年も経っているのだから、忘れられてしまっていても仕方がない。しかしそのアーチストは、私の姿を認めると、驚きの目をくりくりさせながら、「久しぶりぃ」と言ってくれた。その短い一言に私は歓喜し、その一言のおかげで、四年間のブランクが一瞬のうちに埋まった。そして、まるで四年間のブランクなどなかったかのように、私は再びそのアーチストの前に姿を見せるようになった。

 今夜のライブを見ながら、そのアーチストに対し、ガンモや私と同じ魂を強く感じた。ガンモが隣にいないのに、ガンモと仲間の魂を持った人が、ステージに立っている。私にはそんな気がしていた。そう、ガンモと出会ったときも、このアーチストを好きな気持ちと矛盾しない存在だと思った。これまで好きになった人で、このアーチストと共存できる対象は、ガンモ以外にいなかった。だから私は、人生をガンモと一緒に過ごしても、このアーチストと一緒に過ごしても(実際には有り得ないことだが)同じだと思うことができたのだ。

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