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2004.10.17

 きのうの結婚式の二次会のあと、私は職場の同僚たちと一緒にStarbucks Cofeeに行った。紅茶党の私は、Starbucks Cofeeのようなコーヒー専門店でコーヒーを飲むようなことはない。私が外でコーヒーを飲むのは、喫茶店に入って、セットメニューについているのがたまたまコーヒーしかないときなどに限られる。ガンモもそれを知っているから、私をStarbucks Cofeeのようなところには誘わない。だから、Starbucks Cofeeにチャイがあるなんて知らなかったし、また、そこでチャイが飲めるということがうれしくもあった。

 私は温かいチャイを注文して、席に着いた。Starbucks Cofeeのカップには蓋がかぶせられていて、その蓋にはストローが差せるほどの穴があり、そこに直接口を付けて飲むようになっている。私はそれを知らなかったので、その蓋を取って飲もうとした。すると、職場の同僚が、
「そのまま口をつけて飲むんですよ。蓋がついているのは、冷めないようにするための工夫なんです」
と言った。私は驚いた。そして、その素晴らしい工夫にカルチャーショックを受けた。すると、私の驚きに対して、別の同僚が目を丸くしているのがわかった。彼女にとっては、Starbucks Cofeeのカップがそういう仕様になっていることなど、もはや当たり前のことだったのだ。彼女は、私がそのカップの仕様を知らなかったという驚きの余り、固まってしまっている。まるで私が世間知らずであることを、わざわざ指摘されているような気さえした。でも、これは、まったくもって嗜好の問題である。私は、コーヒーが好きではないのだから、わざわざコーヒー屋さんに入ろうとは思わない。そう説明したかったが、何となく言いそびれてしまった。その場の雰囲気を察してか、私が紅茶党だということを知っている別の同僚が、
「私も最初、このカップを見たときは驚いたなあ」
とフォローしてくれた。

 他人は自分を映し出す鏡である。このとき私はそう思った。これまで私は、何度も自分の価値観でモノを判断し、他の人の行動に驚いて来た。このガンまる日記にも、あたかもその人の生き様を否定するかのように、その驚きを何度も何度も綴って来た。固まった彼女の行動から、いつもの自分を見せつけられたような気がした。

 更に、そのとき私は、もう一つの鏡を見せられた。小学生の子供さん連れで結婚式の二次会に参加していた夫婦がいるのだが、その夫婦の小学生の二人の子供たちが、会話も交わさず、私たちの前でずっとゲームボーイで遊んでいたのだ。それも、別々のゲームボーイで。うわあ、これは、まさしく、通勤途中の私だと思った。(苦笑)私は、ネットでの交流が停滞することが怖くて、通勤の途中でもPDAからインターネットにアクセスしている。彼らとは違う理由だとしても、周りから見れば、私の取っている態度は不思議に写って見えて仕方がないことだろう。

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