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2004.10.16

結婚式でウルウル

 職場の同僚の結婚式は、とある教会で行われた。私は、新郎新婦が登場する前から感動でウルウルしていた。愛し合う男女が結ばれるということが、うれしくてたまらなかった。

 まず最初に新郎が入場し、続いて、花嫁がお父さんと一緒に入場した。花嫁とお父さんが、カチコチに緊張しているのがわかる。緊張のためか、二人の足並みは揃わず、花嫁は長いドレスをひきずりながら、一歩一歩ぎこちない足取りで踏み出していた。既に祭壇の前に立っている新郎は、二人の様子を、微笑みを浮かべながら温かい目で見守っていた。その様子を目にしたとき、私はとてつもなく幸せな気持ちになった。熱い気持ちがつんとこみ上げて来た。

 賛美歌の合唱も、神父が読み上げる神の言葉も、申し分なく素晴らしかった。私はキリスト教信者ではないが、神父は何よりも大切なものは愛だと説いた。そして、「二人が交わす結婚リングに始まりも終わりもないように、愛は永遠である」と言った。私は愛する男女が結ばれることの素晴らしさに深く感動し、涙していた。

 そのとき、神父の導きによって、誓いの言葉が立てられた。
「病めるときも、健やかなるときも、あなたを愛し続けることを近います」
私は、この「誓い」が残念だと思った。本当に愛し合う男女には、「誓い」など必要ないだろうと思う。何故なら、永遠の愛とは、今日と同じ明日が続いて行くだけのはずだから。「誓い」には、言葉に頼るといったような印象を与えてしまう。すると、そこに制限が生まれてしまうのだ。

 厳粛な結婚式のあと、教会の外で新郎新婦を出迎えた。花びらをふりかけたり、記念撮影をしたり、青空に風船を飛ばしたりした。


 その後、披露宴がなごやかに行われた。私はその披露宴の席で、隣に座っていた新婦の前の職場の同僚の女性と息がぴったり合い、時間の経つのも忘れてしまうほど熱中して愛に関する深い話をした。最初は私の結婚観から語った。私が今日の結婚式の感動を述べ、自分もガンモとの結婚の素晴らしさを毎日実感していると語ると、彼女はとても喜んでくれた。そして、結婚が素晴らしいと言える人に出会えて、とてもうれしいと言ってくれた。私もまったくの同感だった。私たちはお互いに、自分の中からスピリチュアルな部分を次から次へと引き出し合い、いつの間にか話題はソウルメイトやツインソウルの内容にまで発展していた。私は、ソウルメイトとツインソウルは自分のライフワークだと答えた。

 彼女は独身だったが、愛ある結婚をとてもまじめに考えていて、自分も既に運命的な出会いを果たしていると語ってくれた。その方は有名人なのだそうだが、彼女の中には有名人という意識はなく、一人の男性として、「平和への道」という自分と同じ目的を持った同志のような感覚を持っているのだと言った。私は、自分の過去の経験から、そういう感覚がとても良くわかると答えた。その男性のことを想うと、自分でもどうしてなのかわからないくらいに涙が出て来るのだと言う。こういう愛し方は、魂の愛に違いないと私は思った。彼女の使った「平和/同志」というキーワードから、
「じゃあ、ジョン・レノンとオノヨーコみたいな関係を目指しているんですね」
と私が言うと、彼女は目をキラキラと輝かせながら、
「そう、二人のポスターを部屋に貼ってます!」
と言った。更に、彼女は続けて、
「でも、あのお二人は不倫から始まってしまったんですけどね」
とも言った。ああ、そこに引っかかりを覚えてしまうとは、彼女は私とまったく同じ感覚の持ち主なのだと思った。
「そう。だからジョン・レノンは、ファンに殺されるという形で自分の人生を清算してしまいたかったのかもしれませんね」
と私が言うと、彼女はそれに対し、真剣な目で大きくうなずいてくれた。私はかつて、『ジョン・レノン物語』という本に目を通したことがある。それを読む限り、ジョンはあまりにも身勝手な生き方を選び過ぎたと思う。前妻のシンシアと離婚してヨーコと付き合うようになってからも、ジョンの女性関係は乱れていたようだ。そのため、ジョンとヨーコは、一時的に離れていたこともある。だから私には、ジョンとヨーコは、お互いが引き合うように結ばれたのではなく、引力に逆らって、かなり強引な結ばれ方をしたのではないかと思えてしまうのだ。そのために、二人が一緒になってからも、波乱万丈の人生を送ることになってしまったのではないだろうか。

 出会ってわずか二時間程度の間に、これほどまでお互いの深い部分を引き出せる相手というのは、私にとってとても珍しい。あとから新婦にこのことを話すと、彼女と私がきっと話が合うはずだと思い、わざわざ席を隣同士にしてくれたのだと言う。彼女とは、お互いに連絡先を交換し合った。

 披露宴のあと、彼女と一緒に二次会の会場に向かった。途中で寄った本屋さんで、彼女は私に仲良く並んでいるフクロウの番(つがい)のポストカードをプレゼントしてくれた。私はその心遣いがとてもうれしかった。

 二次会の会場では、派遣先の会社の参加者がおよそ半分を占めていた。私は彼女とは離れ、派遣先の会社の人たちと席をともにしたのだが、さきほどまでの高いエネルギーを再体験したくてたまらなかった。このとき私は、自分のエネルギーを高めてくれる相性と、そうでない相性があることをはっきりと感じ取った。

 派遣先の会社の人たちとは、愛の話ができなかった。一体、彼女と何が違うのだろうか? そう思ったとき、私たちは、果てしなく伸びて行く部分とそうでない部分を持っているのだということに気がついた。果てしなく伸びて行く部分が一致する人とは、どこまでも深く話ができるのではないだろうか。それが、彼女と私にとっては男女の愛に関する部分だったのだ。だから、どこまでも深く伸びて行く部分が一致しない人との関係は、窮屈に思えてしまうのだ。

 私は、今日結婚した二人はソウルメイトだと思う。何故そう思うかと言うと、二人の雰囲気がとても良く似ているし、背の高さもほぼ同じだからだ。私は、ソウルメイトは同じ血液型に生まれると思っていたが、新郎新婦の血液型はO型とAB型だった。これは新たな発見かもしれない。

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