« ガンモの誘いを断って | トップページ | 武豊線三昧 »

2004.09.04

雨に弱い名松線

 最寄駅から大阪まで出て、加茂、亀山、松阪を経由して伊勢奥津へと旅を進めた。松阪から伊勢奥津までの線を名松線(めいしょうせん)と言い、豊かな自然に囲まれた秘境となっている。途中から本格的に雨が降り始めてしまったが、ほとんどの時間を列車の中で過ごしていたので、雨が私たちの旅行に大きな影響を与えるとは思えなかった。私たちは終点の伊勢奥津で折り返し、再び秘境の雰囲気をたっぷりと味わいながら、松阪または津で「快速みえ」に乗り換えて名古屋まで向かう予定だった。

 ところが、大雨のため、伊勢奥津まで乗った列車が、そこから折り返すことができなくなってしまったのだ。しかも、伊勢奥津駅は現在工事中のため駅舎がなく、大雨の中、私たちは、ほんのバス停ほどの広さの仮待合所で、列車の復旧の見通しが立つまで待ち続けなければならなくなってしまった。すぐそばで雷がゴロゴロ鳴っていて、時折大きな音を立てては、それほど遠くないどこかに落ちている。それに加え、狭い仮待合所は、私たちと同じように青春18きっぷの旅を楽しんでいるであろう数名の人たちで、満員状態になっていた。

 駅舎は工事中だったが、少し歩くと公衆トイレがあった。仮待合所から公衆トイレまで傘を差して歩いただけで、ズボンとリュックがびちょびちょになってしまった。普通なら、旅行に来てこんな目に遭うなんて最低だと思うかもしれない。しかし私たちはむしろ、こうしたハプニングを楽しんでいた。ハプニングはあとで必ず笑い話になり、どんな旅の想い出よりも深く胸に焼き付けることができるからだ。

 名松線の運転士さんの話によると、名松線は特に雨に弱いのだと言う。更に、今すぐ雨が止んだとしても、列車の運転を再開できるのは、早くても1時間半後だろうと言う。線路の上を専用の車を走らせて安全を確認した上でOKが出たら、列車が動き始めたとしても徐行運転しかできないのだそうだ。運転士さんは仮待合所にいる全員に声をかけてくださり、
「タクシーを呼ぶことができますが、タクシーを利用されますか?」
と聞いてくださった。いつの間にか仮待合所の人たちは、お互いに話をするようになっていて、タクシーに乗るなら一緒に行きましょうというような話も持ち上がっていた。

 そう言えば、こんな心理学の実験があったのを思い出した。公衆電話ボックスの中にぎゅうぎゅう詰めに人を押し込んだあと、その人たちを一つの部屋に案内し、しばらく時間を置いたあと、再び同じ公衆電話ボックスの中に入ってもらおうとすると、初めの実験では確かに全員がそこに入ったはずなのに、同じ部屋でしばらく時間を過ごしてしまうと、お互いが知り合いになってしまうため、入らなくなってしまうのだそうだ。つまり、最初はお互いに他人だから、ある程度残酷なこともできてしまうのだが、しばらく同じ部屋で過ごして会話を楽しんだりすると、もはや他人ではなくなってしまい、相手を気遣う気持ちが出て来るため、ぎゅうぎゅう詰めの状態が再現できなくなってしまうのだと言う。仮待合所にいる私たちにも、そんな雰囲気ができ上がりつつあった。

 仮待合所で待っていたのは全部で10人だった。そのうち、おばあさん2人は迎えのバスが来たり、家の人が迎えに来たりして、すぐに仮待合所を去って行った。また、若いカップルの2人は、誰かに車で迎えに来てもらえることになったようだ。そして、私たちを含めた残りの6人は、運転士さんにタクシーを呼んでいただいて、家城(いえき)までタクシーで向かうことになった。家城から先の松阪までは、名松線が折り返し運行をしているとのことだった。

 迎えのタクシーは、到着まで40分ほどかかると言う。その間に、若いカップルの迎えの車がやって来た。私たちは、別れのあいさつをしながら若いカップルを送り出した。その後間もなくしてタクシーが到着し、3人ずつに分かれてタクシーに乗り込んだ。

 私たちと一緒にタクシーに乗り込んだのは、携帯電話のメール着信音を、駅のアナウンスに似せた男性の声に設定している男の子だった。
「間もなく、メールが到着します」
確かそんなメッセージだったと思う。「間もなく、○番線に電車が到着します」といったアナウンスをアレンジしたかのようなメール着信音だった。彼はきっと、鉄なのだろう。その着信音があまりにもおかしくて、私は声を立てて笑った。彼はこだわりに気づいて欲しかったのか、とてもうれしそうだった。

 タクシーの運転手さんは大変おしゃべり好きな人で、このあたりに猿や鹿や猪がいて、農作物を奪われたりするという話を聞かせてくれた。タクシーの中から見える大きな川の水は、大雨のため、とても濁っていた。タクシーはスイスイ走り、30分ほどで家城に着いた。およそ6000円のタクシー代を、3人で割った。

 駅員さんに列車の運行状況を確認してみると、松阪までは折返し運転をしていて、予定よりも10分から15分程度の遅れが発生するだろうということだった。しかし、次の列車の発車時刻までおよそ1時間余りもあった。

 いつの間にか、待合所にいたおじいさんと話をするようになり、おじいさんがこれまで蓄積して来た智恵のいくつかを聞かせてもらった。人間の生活に欠かせないものは塩だということ。その塩を運ぶための道が、古くから存在していたこと。歴史を紐解いて行くことは、とても大切なことだということ。紙に書いたことはすっかり忘れてしまうが、頭の中に書いたことは、忘れることがあってもいつか思い出せるということ。これらの話は、列車が運休したからこそ聞けた話だった。智恵を蓄積して来たお年寄を社会の外に押しやってしまうのは、もったいないことだと思った。彼らは私たちに、近道を示してくれる存在なのではないだろうか。

 列車はおよそ5分遅れで家城を発車し、私たちは松阪・津を経由して「快速みえ」に乗り換えて名古屋にやって来た。名古屋への到着時刻は、予定よりも2時間遅れてしまったが、私たちはとても貴重な2時間を過ごしたと言える。何故なら、普段触れ合うことのできないような体験をすることができたからだ。

 ところで、私は「快速みえ」には特別な思い入れがある。何故なら、もしも私が「快速」という苗字の男性と結婚していたら、私の本名は「快速みえ」になっていたからである。あいにく、ガンモの苗字が「快速」ではなかったので、私の本名は「快速みえ」ではない。

 さてさて、明日もお天気は悪いらしい。明日は一体どんなハプニングが待っているのだろう。

|

« ガンモの誘いを断って | トップページ | 武豊線三昧 »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。