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2004年9月

2004.09.30

自転車がない!

 今日はガンモの仕事が休みだった。私はまたまたそそくさと仕事を上がり、自宅から少し離れたスーパーマーケット近くでガンモと待ち合わせをした。私が最寄駅に着いて、自転車に乗って待ち合わせ場所に向かっていると、ガンモから、
「自転車がない!」
と電話が入った。

 それもそのはずである。ガンモはきのう、会社の車で出勤したが、その前日、自転車で最寄駅まで出掛けて、駅に自転車を置いたまま帰宅したのだ。更に、私たちはゆうべ、大雨のため、駅に自転車を置いたままバスに乗って帰宅したのだから。ガンモの自転車がないことで、またまた二人で大笑いした。ガンモは自転車がなければ私との待ち合わせ場所に行くことはできない。そこで、急遽、自宅近くのラーメン屋さんに行くことになった。

 おそらくガンモは、明日の朝も、
「自転車がない!」
と慌てることだろう。

※写真は、夏休みに出掛けた長崎の市電、チキンラーメン号。今夜、ガンモとチキンラーメンを食べたわけじゃないのだが(^^;

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2004.09.29

台風が来ていたなんて

 今日、私は、台風が来ているとも知らずに仕事に出掛けた。部長のお昼の挨拶に、
「今日は台風が来ているので、早めに仕事を終えて帰れるようにしましょう」
と言う言葉が出て来て驚いた。「ええっ? 台風が来ているの? しかも、今日?」という感じだった。

 今朝は大雨だったにもかかわらず、私は雨が弱まった合間を見計らって、カッパを着込んで自転車で出掛け、ビチョビチョになった。あんなに雨が降っていたのは、台風だったからなのだと、部長の言葉を聞いてようやく理解した。ガンモは今日、会社の車で出勤だったので、雨が降っているから車に気をつけてねという話をしただけだった。

 早めに仕事を上がって三宮まで出ると、ガンモは既に最寄駅に着いていると言う。電車が動かなくなるかもしれないので、会社に車を置いたあと、早めに電車に乗ったらしい。ガンモは私が最寄駅に着くまで、ずっと最寄駅の待合室で待っていてくれた。

 電車は、遅れながらも何とか運行していた。最寄駅に降りてガンモの姿を見つけたとき、やっぱりうれしかった。人ごみの中にガンモの姿を見つけたとき、私はとてつもない安堵感とうれしさがこみ上げて来る。それから二人でご飯を食べて、駅に自転車を置いたままにして、バスで帰宅した。これでもか、というくらい雨が降っていた。最寄のバス停で降りて自宅まで帰る間に、カッパを着て自転車で帰るのと同じくらいビチョビチョに濡れたが、二人で笑いながら歩いて帰った。

※写真は、今日の台風の雨ではなく、今月の初めに出掛けた青春18きっぷの旅で、止まってしまった名松線の伊勢興津駅から松阪駅までタクシーに乗ったときのもの。今日と同じように、雨が凄かった。

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2004.09.28

『人生ノート』にもの申す

 ここ数日、美輪明宏さんの『人生ノート』を読んでいる。この本は以前、友人から借りたことのある本なのだが、時期が悪かったのか、ただの一ページも読めずに返却することになってしまった。それが最近、どうも気になって、とうとう古本屋さんで購入してしまったのである。

 本全体の感想については、後日、別のブログに書くことにして、この人の持つ結婚観には、かなりがっかりさせられてしまった。彼(彼女?)はこの本の中で、「結婚だけが幸せではない。幸せな結婚生活を送ることのできる夫婦はほんの一握りだ」というようなことを書いている。確かにその通りかもしれない。しかし、どうしてそのような結婚生活に陥ってしまったのかを考えずに、ただ目の前の現実を受け入れることだけに集中しようとしている。これでは、幸せな結婚生活を送っていない人は、すっかり安心し切ってしまって、積極的に状況を改善して行こうという気持ちにならず、いつしかその状況が世の中の平均になってしまう。

 私は、男女の間柄をつかさどっているものは、10%の「自由意思」と、90%の「前世からの因縁」だと思っている。だから、自分で「今(現世の状況)」を変えて行かなければ、また同じ関係の繰り返しになる。男女も親子もそうだが、深く愛し合う関係もあれば、愛情だと思っていたものが、いつの間にか憎しみや敵対に変わってしまう関係もある。後者の関係の場合は、加害者と被害者が入れ替わりながら、互いに相手の立場を理解しようとしている関係なのではないだろうか。こういう関係で本当に大切なのは、相手を自分の鏡としてとらえ、憎しみや敵対の繰り返しに気づくこと。これが悪循環からの脱却への鍵となると思うのだが、実際は、なかなか気づかずに、繰り返しのループにはまってしまう場合が多いようだ。愛のないところには、愛がなくなるに至る原因があり、その原因が何であるのかを探るには、相手の行動を注意深く観察することだと思う。相手のその行動は、実は自分が過去世で取った行動の鏡だったりするのである。

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2004.09.27

件名:業務連絡

 朝10時過ぎ、ガンモからメールが届いた。

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件名:業務連絡
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今日は休みだったので帰る(^_^;)
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 は?
 どうやらガンモは、自分が今日休みだということを知らずに出勤してしまったらしい。ガンモの職業はハードウェア屋さん。ハードウェアのメンテナンスや入れ替えなどの業務を行っている。平日は、お客さんのところにあるハードウェアが稼動していて止められないため、作業は休日に行うことが多い。だから、平日に振替休日が割り当てられている。

 私はてっきり、ガンモが自分の休みに気づかずに出勤したものと思い込んでいたのだが、スケジュールを組んだ人が先週の金曜日にスケジュールの再調整を行った結果を、他の人たちに知らせるのを忘れてしまったようだ。仕事だと思って出勤したのに休みだったなんて、ちょっと怒りたくもなる気分なのだが、それでもガンモはニコニコしていた。ガンモにとっては、こういうアクシデントが面白いのだ。

 ガンモが休みなので、私はそわそわしてしまい、今日も早めに仕事を終えて、ガンモと地元の駅で待ち合わせをした。そこは、普段通勤には利用していない駅なのだが、最近、新たに開発されて、駅ビルができた。その駅ビルには、大きな薬屋さんもあれば、おしゃれなブティックもおいしい食べ物屋さんもある。今日はおいしいスパゲティセットを食べて帰宅した。

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2004.09.26

骨董市と摩耶山

 ゆうべ、寝る前に、どうして私たちの間に怒りのエネルギーが溜まってしまったのかをガンモと話し合った。まず、ガンモの怒りは、私の携帯電話がなかなか通じなかったことに原因があると言った。しかし、私がバスの後ろの席に座っていた人の声が大きかったことを話すと、ガンモは納得してくれた。次に、私の怒りは、私が買って来た鉄道関係の古本を、ガンモが高いと言って素直に喜ばなかったことにあったと伝えた。ガンモは、本当は自分のことを気遣ってくれてうれしかったけど、値段が気に入らないだけだったと素直に言った。こうして、私たちはお互いの怒りを解放したあと、眠りに就いた。

 今日もガンモは午前中だけ仕事で、私は朝から鍼灸治療に出掛けた。鍼灸治療が終わり、お昼過ぎに、仕事を終えたガンモと元町で待ち合わせをして昼ご飯を一緒に食べた。それから、阪急六甲近くの護国神社で行われている骨董市に足を運んだ。

 この骨董市に足を運ぶのは、実に数年ぶりのことである。以前は二人で良くここに来たものだ。ここともう一つ、月の最終日曜日には、垂水海神社(たるみかいじんじゃ)で骨董市が行われていたので、ここと垂水海神社を掛け持ちで回ったりもした。しかし、いつの間にか、垂水海神社の骨董市はなくなってしまったようである。

 護国神社と言うと、何となくあまりいいイメージはしないのだが、ここの骨董市は面白くて、境内の外がフリーマーケット、境内の中が骨董市となっている。ガンモはフリーマーケットのお店で、8歳くらいのお子さんから、鉄道関係の古本を格安で譲り受けた。彼曰く、「これらの本は、子供の頃に読んでいた本」だと言う。「子供の頃」と言っても、彼はどう見てもまだ小学生だったのでおかしかった。ガンモは、私がきのう購入した価格のおよそ10分の1の価格でそれらの本を譲り受けたことに、すっかりご満悦の様子だった。

 ところで、護国神社は、三宮行きのバスが行き交う場所にある。そのバスは、摩耶ケーブルというケーブルカーの駅にも停車することになっている。それを知ったガンモが突然、
「摩耶ケーブルに乗ろう」
と提案した。どうやら、鉄道乗りつぶしの対象にしたいようだ。そして、私たちは三宮行きのバスに乗り、摩耶ケーブル駅に降り立った。そこから摩耶ケーブルに乗り、更にはその先の摩耶ロープウェイにも乗って、標高690メートルの地点まで足をのばした。

 摩耶ロープウェイを降りたあと、私たちはレンタサイクルを借りた。山道に沿って走れば、近くに牧場があるはずなのだ。レンタサイクルの自転車は、以前、指宿で借りた楽チャリと同じタイプのもので、坂道でも電動で楽に走れるというものである。しかし、実際に乗ってみると、この山道はかなりきつかった。

 まず最初に、長い長い下り坂がある。下り坂がどこまでも続くと、ブレーキを常に握り締めるため、腕が痛くなってしまうということを、私たちは初めて知った。おまけにカーブと坂がきついので、スピードがどんどん出てしまい、かなり怖い。それに加え、時折車も走って来る。さすがの私も途中で何度も挫折しそうになったのだが、ガンモに叱咤激励されながら何とか頑張った。ガンモはスーツ姿でレンタサイクルに乗り、まるで集金中の信用金庫の人みたいだ。

 牧場までは片道およそ3キロの道のりだったのだが、上り坂と下り坂が半分ずつあって、かなりきつい旅となった。おまけに、レンタサイクルの返却時間までおよそ1時間程度しかなかったため、途中の景色はおろか、牧場に着いても中を楽しむことさえほとんどできなかった。

 それでも、私たちは楽しみながら何とか元の場所まで戻って来た。そして、展望台から神戸の街を見下ろした。

 ちょっと骨董市に出かけるつもりが、大冒険だった。

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2004.09.25

タイミングがずれた日

 今日は朝早くからガンモは仕事に出かけ、私は歯医者さんに出掛けた。歯医者さんの治療が終わったあと、私は一人で京都・北野天満宮の天神さんの市(骨董市)に出掛けた。

 関西で開催されている骨董市の中では、私はこの天神さんの市が一番好きだ。どういうわけか、欲しいものがたくさんあるのだ。今、私が注目しているのは、着物をアレンジした衣服や小物である。どの衣服も小物も、着物の柄がちゃんと生かされていて、古い着物がここまで生まれ変わるのかと、目を見張るばかりである。着物地のアロハシャツまである。ただし、アレンジされた衣服は、どれも高価だ。

 骨董市では、古い着物が、安いものだと500円から1,000円程度で売られている。自分でアレンジを加えたりするには、大変お手軽な値段だ。私は、着物をアレンジしたバッグをいくつか買った。それから、冷え性なので腹巻も。(^^)

 お昼頃に、仕事が終わったというガンモから電話が入ったが、私はちょうどバスに乗っているときで、音楽を聴いていたため、ガンモの電話に気がつかなかった。何故、バスの中で音楽を聴いていたかと言うと、バスの後ろに座っている人の声が、やたらと大きかったからだ。その声が耳元で響くので、音楽でも聴いて気分を紛らわそうと思ったのだ。しかし、返ってそれが仇になり、ガンモとしばらく連絡が取れず、時間をロスしてしまった。着信履歴を見て、慌ててガンモに電話を掛けたところ、ガンモは電話が通じなかったことで、ちょっとご機嫌斜めだった。もう大阪まで出て来ているのだと言う。

 その後、ガンモもこちらに向かうことになった。しかし、私は夕方から管理組合のミーティングが入っていたため、京都でそれほど長い時間を過ごすわけには行かず、また、北野天満宮までは、JR京都駅からバスで30分以上かかってしまうことから、ガンモはJR京都駅近くのソフマップでウロウロしながら、買い物を終えた私と合流することになった。実を言うと、JR京都駅に着いたガンモは、すぐに北野天満宮行きのバス乗り場に足を運んだのだが、バスが目の前で発車してしまったため、次のバスを待つ余裕がなかったようだ。ここでもタイミングを逃してしまったわけである。今日もとりわけ残暑の厳しい一日だったので、どう考えても、仕事を終えてスーツ姿のガンモが天神さんの市に足を運ぶのは、酷だったろうと思う。

 私は、ガンモへのお土産にと思い、天神さんの市で鉄道関係の古本を数冊買った。しかし、ガンモは私の買った値段が気に入らなかったらしく(もっと安い値段で掘り出して欲しかったようだ)、なかなか喜んでくれない。その古本にしきりに見入っているくせに、今日のガンモはちょっと素直じゃなかった。

 家に着くと、管理組合のミーティング開始まであと少しというところだった。私は急いでご飯を胃の中にかきこんで、ミーティングに参加した。ガンモは早朝から起きて働いていたので、とても眠かったようだ。私が家を出る頃には、既にベッドで横になっていた。

 管理組合のミーティングの出席者は、全部で三世帯だったのだが、私以外の人たちは、みんなご夫婦で出席されていた。私はちょっと寂しくなった。ガンモは連日の仕事疲れと早朝からの出勤の寝不足のため、家で寝ている。それは仕方のないことだが、今夜のミーティングは、先日の空き巣事件に対する今後の対策などを話し合う重要なミーティングでもあり、夫婦揃って出席すべきタイミングだったのかもしれない。

 天神さんの市もガンモと一緒に回れなかったし、鉄道関係の古本も喜んでくれなかったし、管理組合のミーティングにも参加してもらえなかったので、私はちょっとご機嫌ななめだった。

 私がミーティングから帰ってきてしばらくすると、眠りから覚めたガンモがガサゴソし始めた。
「ねえ、今夜のミーティング、皆さんご夫婦で出席されてたんだよ。私だけ一人で寂しかったよ」
と私は言った。
「あ、そう? 寂しかったの?」
と言いながら、睡眠不足と疲労感を解消したガンモはニコニコしている。
「あのね、今日はみんなご夫婦で来てたんだよ」
ガンモはようやく申し訳なさそうな顔をしながら、私に向かって、口パクパクの空中キスをした。
※「口パクパクの空中キス」とは、お互いに立っている距離が離れているときに行うキスで、実際に口と口を合わせるのではなく、魚が餌を食べるように口をパクパクさせて行うキスである。

 今日は何となく、二人の息が合わなかったのか、要所要所でタイミングがずれてしまった。このずれを、今日のうちに矯正しておかなければ。

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2004.09.24

"サムライ"と呼ばれて

 今日はプロジェクトメンバーとの飲み会だった。お酒が入るとやけに明るくなる人が一人いて、私はその人に、
「山下さん(私の苗字)は、俺らの間で"サムライ"と呼ばれてるんですよ」
と言われた。私が仕事中に言いたいことをはっきりと言い、また、上司からかなりきついことを言われてもめげずにいることから、そう呼ばれているらしい。

 "サムライ"と聞いて、私はキョーセラの"サムライ"というカメラを思い出して、8ミリ風の構え方のその"サムライ"を手で構えるポーズを取ってみたのだが、一人だけそのカメラのことをわかってくれる人がいた。そう、例のマニアックな彼である。

 "サムライ"の私は、同じプロジェクオのメンバーから見ても、不思議な存在に映って見えるらしい。私たち夫婦がどんなに仲のいい夫婦だと力説しても、私のことを"サムライ"だと思い込んでいる彼らには、まったくイメージが沸かないらしいのだ。まさか、この「ガンまる日記」のアドレスを教えるわけにも行かないし。(^^;

 私の上司曰く、夫のガンモは私を前にして、絶対に我慢しているはずだと言う。
「ガマンなんかしてないですよ。いつも対等ですよ」
と言っても信じてもらえなかった。彼らの判断基準は、深く愛し合っているかどうかよりも、私が料理をするかしないか、なのだ。私はこれまでに何度も、私たち夫婦はそういう価値観ではないと話して来たつもりだ。しかし、それはなかなか通じず、私が直接的な愛情表現を口にすると、彼らは黙り込んでしまう。

 私は飲み会で、私の思う男女の愛とはどんなものであるかをちゃんと語りたかった。しかし、彼らがこれまで体験して来た愛では、私は物足りなかったのだ。私は飲み会のあと、トイレに行くと言って彼らの元を離れたまま、一人で最終電車に乗った。ああ、私はいつも愛情いっぱいに溢れているのに、今夜の飲み会ではそれが空振りに終わってしまった。そのことが残念でならなかった。

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2004.09.23

空き巣とぜねこ?

 今日はガンモが休日出勤のため、車で仕事に出掛けた。夕方、ガンモから、仕事が終わったので家に帰っているという電話が車の中から入った。

 私はずっとマシン室(本当は、お客様をお迎えするはずの和室なのだが、現在はパソコンだらけの部屋になってしまったので、マシン室と呼んでいる)にいた。ガンモからの電話があってから、およそ1時間後にガサゴソという音が台所のほうから聞こえて来たので、私はてっきりガンモが帰って来たのかと思い、
「ガーン?」
※「ガーン」とは、私が呼ぶガンモの愛称。
と呼んでみた。ところが、返事がない。見ると、寝室からわずかに光が漏れている。寝室の電気が付いているようだ。私はもう一度、
「ガーン?」
と呼び掛けてみた。しかし、やはり返事がなかった。

 私は急に怖くなった。先日の空き巣事件を思い出したのだ。私たちの部屋は5階だが、相手が空き巣なら、寝室の窓から侵入しようと思えばできなくもない。防犯対策をしている入口を避けて、空き巣が寝室から進入しているのだとしたら・・・・・・。私はあれこれ想像をめぐらした。

 そうこうしているうちに、寝室の電気が消えたように見えた。もともと私の家は、外の明かりが入って来易い場所にあるため、寝室のドアの隙間から、外の明かりが入って来ていたとも考えられる。そして、風の加減で寝室のドアが閉まり、明かりが漏れなくなったのではないかとポジティヴに考えようとも思った。

 そんな状況の中、私は、だんだん尿意をもよおして来た。しかし、トイレは玄関先にあり、そこまで行くには、寝室の近くを通らなければならない。相手が空き巣なら、私の動きに耳をそばだてているはずだ。いざとなったら、ここでおもらししてしまってもいいだろう。でも、そのうちガンモが帰って来て、寝室に入ることになる。そのとき、私はどうすればいいのか。ガンモが寝室に行かないように食い止めるには、私は玄関まで出ておかなければいけない。私は、ガンモの携帯電話に電話を掛けようかとも思ったが、運転中だとわかっていたので電話を控えた。

 ガンモが帰って来たらどうするか。それに、やっぱりトイレにも行きたい。私の中で、いろいろなことが頭をかけ巡った。とりあえず、玄関まで行こう。そのとき、何もなければ玄関から避難してしまおう。そう思いながら、私は近くにあった簡易パイプ椅子を握り締めた。金属製の中古カメラがたくさん転がっていたが、いくら固いカメラでも、一度投げてしまえばそれで終わりだからだ。

 私は思い切って、リビングに電気をつけた。何も変わった様子はない。私は一歩踏み出し、更に一歩踏み出し、ようやく玄関まで辿り着いた。玄関に着いてみると、ガンモの仕事用カバンがある。あれ? 更に、玄関の外に出て、駐車場を見下ろしてみると(普段は高所恐怖症で怖いはずなのに、そんなことはおかまいなしだった)、我が家の車がある。あれ? ガンモは家に帰って来ている。

 私はひとまず安心して家の中に戻り、トイレに入り、ガンモの携帯に電話をかけた。数回コールでガンモが電話に出た。
「ガーン、どこにいるの? 寝室にいるの?」
「うん」
と、ガンモ。ガンモはとても眠そうだった。
「寝室にいるんだね?」
私は電話を切り、寝室へと入って行った。

 ガンモはベッドで寝ていた。ここのところ、連日、早朝から仕事の呼び出しが入り、睡眠不足で疲れ切っていたガンモ。帰宅したときに私の名前を呼びかけてくれたようだが、私が返事をしなかったので、私がマシン室で寝ていると思い、起こさないように気を遣っていたらしい。そして、自分も疲れ果てて帰って来たので、寝室に入るなり、すぐにベッドに横になったようだ。私が呼んだ声は何となく聞こえてはいたが、既に眠りに入りつつあって、返事を返せない状態だったらしい。

 私はガンモに、パイプ椅子まで握り締めてトイレに行ったことを話した。今回も、笑い話で済んで良かった。最近、心臓に悪い話が多すぎるので、疑心暗鬼になっているのかもしれない。

 ちなみに、タイトルの「空き巣とぜねこ?」は、昔流行った恋占いからもじったものである。Google検索:あきすとぜねこ

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2004.09.22

ちょうどいい距離

 今日、女子トイレで、結婚に関する派遣仲間の会話が聞こえて来た。彼女はもう5年ほど付き合っている男性がいるそうなのだが、彼との結婚はまったく考えていないと言う。彼女曰く、
「自分のことで精一杯なのに、人のことなんて考えられない」
のだそうだ。私は、本当にそういうものだろうかと思いながら、話の内容がちょっと込み入っている様子だったので、なかなか個室から出られなかった。

 おそらく、彼女と彼は、今の関係がちょうどいい距離なのだろう。だから、それ以上近づくことになる結婚は考えられないのだ。ガンモと私は、遠距離恋愛だったにもかかわらず、遠距離などという気がしないほどデートを重ねていたし、付き合い始めてわずか4ヶ月で、流れるようにゴールインした。くっつきたくて、いつも一緒にいたくて仕方がなかったのだ。

 最近の私は、夕方になると、どうもそわそわして落ち着かない。仕事を終えて早く家に帰りたい気持ちが強まっているようだ。今日も、本当は仕事が忙しいはずなのに何だかそわそわしてしまって、早めに仕事を上がってガンモと待ち合わせをした。ガンモの顔を見るとうれしくて、お店の中でもかまわずに抱きしめたかった。

 たくさんの時間を一緒に過ごせること、一緒に楽しめる何かがあること、価値観が似ていること、ずぼらなところが一致していること、お互いに影響を与え合って似て来ること。私たちにとっての結婚の醍醐味は、そういうところにある。そして、二人の関係は、私たちにとってちょうどいい距離を保ち続けている。

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2004.09.21

スパムメール

 ホームページを持っていると、いろいろな人からメールが届く。スパムメールも多いため、ホームページでは、私は、メールアドレスを公開しないフォームメールを提示し、ガンモのアドレスは、普段使用しないフリーメールのアドレスを公開している。特定のURLからメールアドレスだけを読み出すソフトもあるようなので、掲示板などで発言するときも、自分のメールアドレスは絶対に書かないようにしている。メールソフトもBecky! を使い、スパムメール対策プラグインBkASPil for Becky!2と併用している。

 ところで、今日、ガンモのアドレスに、以下のような電子メールが届いた。

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件名:土屋といいます。初めまして☆
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初めまして!土屋由美子といいます。
セックスフレンド募集されてましたよね?
もし、まだ相手が決まってないのならと
思ってメールしています。
自己紹介しますね。
土屋由美子、26歳のおばはんです。
ルックスも自信ないです。ダンゴッ鼻ですし、
肌もメラニンまくりだし。
こんな私ですが、セックスはすごく好きです。
今までセックスフレンドがいましたが、
わけあって逮捕されちゃって…。
それ以来、穴がさびしくて、欲しがってて、
それでこうしてメールしています。
さっきも書いた通り、ルックスに自信はないんですが、
その分下半身には自信があります。あそこで
吹き矢飛ばせます。私のあそこを見てから
決めてもいいです。あそこの写メ、
送ってもいいでしょうか?

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 はあ? 試しにGoogleで検索をかけてみると、同じようなメールを受け取った人たちが、出て来る出て来る。こんなメールを送り付けてもらっても、私の日記ネタになるだけなのに・・・・・・。

 しかし、この人は、一体どんな人生を送っている人なのだろう。こういうメールを送り付けて来るということは、相手は誰でもいいわけだ。実際に会うには、危険も伴うだろう。それは、ある意味凄いことだと思う。でも、もっと凄いのは、不特定多数の人を、下半身だけでなく、上半身でも同時に愛せる人じゃないだろうか。愛がないからこそ、これだけ自分の下半身を酷使できるのだと思う。でも、実際は、精一杯の愛を注げる対象は限られて来るのではないだろうか。私はこのメールから、上半身と下半身のアンバランスを感じてしまう。

 こうしたスパムメールは、普段使っていない私のメールアドレスにも次々届く。最近は、何が目的なのかわからない、意味不明なメールも多い。

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件名:最近何してるの?
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最近会ってないねまた会いたいね
連絡下さい

真奈美
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 真奈美って、誰?

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件名:ありがとうございます。
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先日はありがとうございました。困ってたから助かりましたm(__)m
今度あう機会があったらお礼させてくださいね♪

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 名前書いてないけど、これも、誰?

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件名:こんにちは
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私の会社は連休が無いんだぁ
今日やっと休みもらえたけど
みんなどっか行ってだ〜れも居ないし
お盆の休みはどこか行きました?

美弥子
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 美弥子って誰?

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件名:昨日のはなしのコトなんだけどぉ♪
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どうする〜?アッコとカナは行くみたいなんだけどぉ・・・由美
は彼氏とデートなんだって!(>_<)
4人だけで行っちゃう??っていうか彼氏ほしいー(>_<)
ひろみはあの人とどうなったぁ?またコンパ企画してよぉ〜(@⌒O⌒@)

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 アッコとカナと由美って誰?

 これらのメールは、間違いメールを装って、相手からの反応を期待しているのだろうか。この他、海外からのバイアグラの広告など、とにかくスパムメールが後を絶たない。掲示板にも、セールスの書き込みが時々ある。気が付く度に削除しているが、ネットの世界では、入口を見つけられると、いろいろな人が次々に入り込んで来る。

 最近では、フリーのメールアドレスでも、それなりにスパムメール対策がなされているようだ。私なりのスパムメール対策は、ガンモ&まるみのコンピュータよもやま話:私のスパムメール対策にまとめているので、スパムメールでお困りの方は、ご参考あれ。

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2004.09.20

汗だくの日

 牛丼屋さんでつゆをたくさん入れてもらうことを、「つゆだくにしてください」などと言うらしい。それとはまったく関係ないのだが、今日は思いのほか残暑が厳しく、汗だくの日だった。

 こんなに暑い日になるとは知らずに、私たちは早起きして、四天王寺の骨董市に足を運んだ。四天王寺では、毎月21日に弘法大師の命日にちなんで大師会(だいしえ)という名前の催し物(参拝される方々をお迎えするために、数百もの露天が出る)が開催されている。お彼岸の頃は、21日の前後3日間に渡って露天が出るため、駄もの好きの私たちにとって、この時期の四天王寺は見逃せないのである。

 ガンモは'70年代の8ミリ(シングル8)と格安の電池を、冷え性の私は腹まきを数枚買った。四天王寺の中には、複数の参拝スポットがある。普段のガンモはそれらのスポットには見向きもしないのだが、今回は参拝すると言って自ら仏様の前に何度も立ち、何やら熱心にお願いをしていた。何をお願いしているのかと尋ねてみれば、私の病気が良くなりますように、とお願いしてくれていたらしい。ガンモ、どうもありがとう。

 それから私たちは、阪堺(はんかい)電車を制覇するために、一日乗車券を買って天王寺を出発した。最初に下車したのは、全国でも由緒正しいと言われている住吉大社の近くだ。しかし、私は正直言って、スピリチュアルな気分にはなれなかった。明るいイメージがないし、神社の中にある木々の鼓動が静止してしまっているし、並んでいる灯篭もくたびれたものばかりだった。しかも、大きく丸く添った橋は、高所恐怖症の私にとって、ここを渡るなと言われているようなものだった。話が横道に反れるが、私は、名古屋の熱田神宮が特にお気に入りだ。あそこの木は素晴らしい。そして、神社から感じ取れる気も素晴らしい。熱田神宮を訪れると、本当にスピリチュアルな気分になれる。熱田神宮は、自然と神と人間が交差できる、そんな場所だ。

 阪堺電車を制覇したあと、恵比寿町(えびすちょう)で降りて、日本橋(にっぽんばし)まで歩いた。日本橋は、東京で言うと秋葉原のような電気街である。ガンモはそこで、鉄道模型のお店を新たに発掘し、とてもうれしそうだった。私は同じ店で、β(ベータ)のビデオテープに録画されているジャンクテープを買った。素人の方が録音されたテープのようで、再生してみるのがちょっと楽しみでもある。

 日本橋からなんばまで歩き、なんばの高島屋で、来月出席する派遣仲間の結婚式の衣装を買った。体型が変わってしまってから初めて買うまともな衣装だった。かなり張り込んだ。いつも、Tシャツにパンツというスタイルで仕事をしているので、フォーマルな服装を派遣先の人に見られるのはちょっと恥かしい。

 なんばでセルフの讃岐うどんを食べたのだが、量がちょっと足りなかったので、りくろーおじさんの焼きたてチーズケーキを、ガンモと二人でぱくついた。

 家に帰って、汗だくの身体をきれいにして、ふうっと一息ついている。三連休は今日で終わってしまったが、今週はもう一日休日があり、今から楽しみである。明日とあさって、仕事が忙しくても頑張ろうと思う。

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2004.09.19

「発言小町」より

 ネットを徘徊していたら、「*大 手 小 町*」というサイトの中に、「発言小町」というコーナーがあることを知った。その中で、とってもほのぼのするトピックを見つけたのでご紹介したい。

夫(妻)のかわいい発言

 面白くて、ついつい読みふけってしまうトピックである。ほのぼの発言が共感を呼び、次々といろいろな人が発言しているのも興味深い。しかし、中には否定的な意見(書き込みの後半部分)もある。この発言を見て、以前、友人と会話をしていたときに、彼女が、
「おじいちゃんおばあちゃんになっても、一つの布団に一緒に寝てるなんて気持ち悪い」
と言ったことを思い出した。今思えば、彼女は家庭環境が複雑だったために、こういう発言をしたのだと思う。おそらく、仲の良い男女の姿を見ても自分が傷つかないように、感情をコントロールしていたのだろう。

 ところで、今日は三連休の中日だ。珍しくガンモも三連休で、二人で家の中でまったりと過ごしている。ここのところ、出かけてばかりの休日だったので、こんな休日もいいなあと思う。

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2004.09.18

歯医者さんごっこ

 2週間ほど前から、歯の様子がおかしいと感じるようになった。特別痛いわけではないのだが、左の奥歯のあたりがどうも気になる。先日、歯痛を経験したばかりのガンモに相談すると、
「はい、口を開けてください」
と歯医者さんの真似をしながら、私の奥歯に何か固いものをトントンと当てて、
「叩くと痛いですか?」
などと言う。

 ガンモ曰く、歯は、それほど痛くならないうちに治しておいたほうがいいらしい。私も、ガンモの苦しむ様子をさんざん見て来たので、意を決して、数年ぶりに歯医者さんに行くことにした。家の近所にできたばかりの歯医者さんがあるので、鍼灸治療が終わったあと、そこに足を運んだ。

 結果は、過去に治療したことのある歯と歯の間にある奥歯が軽い歯槽膿漏を起こしていて、少し浮いた状態になっているとのことだった。現在は使用してはいけない成分を含んだ古い詰め物をしていると指摘されたので、新しい詰め物に変えてもらう。歯医者さんが、ガンモが家でしたように、私の奥歯をトントンと叩いて、
「響きますか?」
などと言うので、笑いを堪えるのに必死だった。

 歯医者さんで驚いたのは、助手の女性と歯医者さんの連携プレイが素晴らしいということだった。歯医者さんがガリガリと私の歯を削る一方で、助手の女性が掃除機みたいなもので唾液を吸い取ってくれる。まさに、あうんの呼吸でなければ実現できない連携プレイだ。9月の初めに開院したばかりの歯医者さんのはずなのに、彼らの連携プレイの素晴らしさに感動してしまった。

 特に大きな虫歯はないということだったが、小さな虫歯を治すために、しばらく通うことになった。

 家に帰ると、
「どこに詰めたの?」
と言いながら、ガンモが私の奥歯をのぞき込む。
「はい、口を開けてください」
そう言って、私の奥歯を点検する。私はガンモの顔を間近で見ながら、私はこんな面白くてかわいらしいヤツと結婚したんだなあと実感し、愛に包まれた。

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2004.09.17

趣味の変遷

 今日は、ガンモに初めて会った日だ。初めて会った記念日なのに、今日は私の仕事が忙しくて一緒にご飯を食べられそうになかったので、ガンモに電文を打つ。読み返してみると、何だか情けない文章だ。

タイトル:晩メシ
「ガンモへ
残業になった。今日の晩メシは、食堂で食べる。
まるみ」

 私が家に帰ると、ガンモが洗面所で歯磨きをしていたので、私も洗面所に行き、ガンモと並んで鏡を見た。
「おなかが出てるよ」
とガンモ。
「ガンモもな」
と私。それから抱き合って、鏡を見ながら何度もキスをした。

 ガンモと初めて会った日のことは、「台風が来れば思い出す」の記事に書かせていただいたとおりである。あの頃のカメラ仲間たちとは、今でも中古カメラ市の会場などで、ときどき顔を合わせることがある。一つの趣味を長く続けていると、その趣味に対して非常に情熱的な時期とそうでない時期がはっきり分かれてしまう。情熱的な時期をともに過ごして来た人たちとは何故か息が合い、気兼ねなく話ができる。しかし、少し前の中古カメラブームに乗ってクラシックカメラをいじり始めた人たちとは、情熱的な時期をともにしていないせいか、どうも感覚がずれてしまう。

 中古カメラについて情熱的だった頃は、中古カメラ市が開催されるとなると、開店前からいそいそと並び、開店と同時に会場まで、我先にと突進していたものだ。初日の殺気立った雰囲気を感じ取るのが大好きで、私は独身の頃から、どんなに仕事が忙しくても有給休暇を取って参加していた。そして、お昼になるとカメラ仲間たちと連れ立ってご飯を食べに行き、戦利品を見せ合いながら、カメラ談義に花を咲かせていた。

 もちろん、ガンモと結婚してからも、中古カメラ市が開催される度に、ガンモと二人で東京に出掛けていた。私たちが中古カメラ市に出かけるときは必ずペアルックだったため、会場ではとても目立っていたのだろう。ホームページのプロフィール写真をご覧くださった方々に、「ガンモさんとまるみさんですか?」と声を掛けていただくことも多かった。

 次第に中古カメラへの情熱が落ち着いて来た頃、他のカメラ仲間たちも同じように情熱が落ち着いて来た。当然、中古カメラ市への意気込みも落ち着き、会場では、買い物をするよりも、カメラ仲間や店員さんと話をして帰ることが多くなった。関西からわざわざ東京まで出かけて、何も買わずに帰って来たことも何度かある。最近ではすっかりそのパターンが定着してしまい、昔のカメラ仲間を見つけては、肩を張る必要のない会話を楽しんでいる。

 今では、ガンモは中古カメラよりも鉄道にはまってしまった。ガンモは、パソコンを組み立てたり、オールドマッキントッシュを集めたりと、全体的に固いものを担当している。一方、私は、固いものの話もガンモとならできるが、どちらかと言えば柔らかいもののほうが好きになった。これまでよりも熱心に音楽を聴いたり、創作にはげんだり、コミュニケーションに力を入れたりしている。そう、固いもの好きのガンモの職業もハードウェア屋さん、柔らかいもの好きの私の職業もソフトウェア屋さんだから。

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2004.09.16

お気に入りの街、神戸

 最近、「哲学・思想ランキング」にランクインされている各サイトをまめに拝見させていただいている。これが、なかなかいいのだ。せっかくのブログなので、お邪魔した証にコメントを書かせていただきたいとも思うのだが、私自身がコメントやトラックバックを受け付ける設定にしていないため、ちょっと足踏みしている。ランキングカテゴリーとしては、「恋愛」もあったのだが、既にココログの「恋愛カテゴリ」で浮いてしまっているというのに、これ以上浮くわけには行かない。「ガンまる日記」の場合、「恋愛」の「恋」という文字は必要ないみたいだ。

 さて、今日は何となくそわそわした一日だった。仕事先のトイレで深呼吸しようと思っても、既に人が入っていたりして、なかなかリラックス感を味わうことができなかった。落ち着かない私は、そそくさと仕事を上がって、ガンモと神戸で待ち合わせをしてご飯を食べた。

 神戸は、三宮よりもお店が充実している。だから、仕事をするなら三宮よりも神戸だなあと思う。以前、何度か神戸にある会社で働いたことがあるのだが、そのときはなかなか面白かった。派遣先で知り合った人と昼休みにギターの練習をしたり、隣のフロアの別会社に派遣されている派遣仲間と、女子トイレの棚を利用して、本の貸し借りをしたり。最近連絡を取っていないが、彼女たちは今ごろどうしているのだろう。

 神戸は、ガンモと良く行く街だ。何と言っても、モトコータウンと言って、元町−神戸間の高架下商店街がいい。まるで骨董市のようなノリの、怪しいお店がたくさんあるのだ。何を隠そう、このモトコータウンは、私たちが付き合うようになる前に、二人で急ぎ足で歩いた想い出の場所である。あのときは、ガンモが手を繋いでくれないので、もどかしかった。まだ付き合ってもいないのだから、当たり前のことなのだが。(^^; 最近、モトコータウンにはすっかりご無沙汰してしまっているが、私はここで古本を買ったり、古カメラを買ったり、インドTシャツを買ったりしていた。また、ガンモにとって神戸は、ソフマップがある街でもある。神戸は、モトコータウンとハーバーランドを回るだけで一日が終わってしまうほど夢中になる街なのである。

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2004.09.15

寝言

 今日は定時退社日だったので、いつもより早めに三宮まで出て、ガンモの仕事が終わるのを待っていた。仕事が終わったガンモと合流し、スパゲティーを食べて帰った。

 ところで、先日私は、
「ガーン、ガーン、ガーン、ガーン」
と、夜中に寝言を言っていたらしい。「ガーン」とは、「ガンモ」の愛称である。ガンモが私の寝言に気づいて起きて、私の手を握ってくれたようだ。それで安心したのか、私の寝言は止まったらしい。

 私は、ガンモが手を握ってくれているのは何となく覚えているのだが、そのときどういう夢を見ていたのか、まったく覚えていない。怖い夢だったのか、それとも、悲しい夢だったのか・・・・・・。

 私の見る夢は、いつもカラーだ。強烈な夢を見た日は、夢日記をつけている。しかし、このときは夢の記憶がまったくない。

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2004.09.14

肉体を去って行った魂

 私の職場では、お昼休みにNHKのお昼のニュースが流れる。そのニュースで、栃木県小山市の兄弟誘拐事件で男の子の遺体が見つかったことと、大阪府池田市の児童殺傷事件の死刑囚の刑が執行されたことを知った。どちらも、胸が痛くなるニュースだった。こんなニュースを聞いて、何事もなかったかのように仕事をするほうがおかしいとさえ思った。

 ここのところ、愛を知るための手前の段階にいる人たちの様子が浮き彫りにされている。怒りや苦しみは、いつまでも持続するものではない。喜びもまた同じだ。だから、ほんの一時の感情に押し流されてしまわないように、少しずつ怒りを解放しながら生きて行くことも大切だと思う。いつまでも持続できるのは、本当の愛だけだ。何故なら、愛は感情ではないからだ。

 死刑囚の刑が執行されたことに関しても、やり切れない気持ちでいっぱいである。たとえ、死刑囚に子供たちを殺されたことで心にぽっかり大きな穴が空いてしまったとしても、死刑囚の刑を執行したところで、その穴は埋まらないのだ。もしも本当に埋めるとしたら、死刑囚自身が生まれ変わって子供を産み、愛情をこめて育てて行くことだと思う。

 死刑は新たな加害者を作り、また、加害者が本当の愛を知るチャンスも与えない。私たちがどこかしっくりこない気持ちになってしまうのは、そういった背景があるからではないだろうか。「生まれてこなければ・・・・・・」という死刑囚の言葉に、彼は生まれてから一度も、誰からも愛されることがなかったのかと思い、涙が出て来た。

 だから・・・・・・、だから・・・・・・。こういう事件があるからこそ、男女が心から愛し合うことは、本当に大切なことなのではないかと思う。子供たちは、自分の親を男女の愛のサンプルとして見る。親は、子供たちが愛情を感じながら育って行けるような環境を提供して行くことが大切なのではないだろうか。

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2004.09.13

繋がらない電話

 夕方から急に打ち合わせが入ってしまい、会議室にこもっていたら、その間にガンモから何度も連絡が入っていたようだ。携帯電話はとても便利だが、ひとたびその便利さを知ってしまうと、今度は繋がらないときの不便さを思い知ることになる。

 打ち合わせが終わって、席に戻ると、
「携帯電話がずっと鳴ってたよ」
と同僚に言われた。マナーモードにしていなかったので、同僚には申し訳なかった。慌ててガンモに電話を掛けてみたが、電波の届かない地域にいるとのアナウンスが流れて繋がらない。そのあと仕事を上がって外に出た頃、ようやく繋がった。

 ガンモは、夕ご飯を一緒に食べようと電話を掛けて来たらしい。私は打ち合わせのため、まだ食べていなかったが、電話が繋がらなかったので、一人でもう食べてしまったと言う。
「これから三宮まで出るから、そこで待ってて」
と言うと、ガンモは本屋さんで時間を潰しながら、私が三宮に向かうまでのおよそ四十五分間、そこで待ってくれることになった。

 ところが、三宮に着いてガンモの携帯に電話を掛けてみたが、またまた圏外で何度掛けても繋がらない。私は、家に帰るのが遅くなるので、ガンモの携帯電話が通じるようになるのを待ちながら、一人で軽い夕食を取ることにした。何だかむなしかった。ただ電話が繋がらないだけでも、こんなにむなしくなるものだろうかと思った。

 夕食を食べ終わる頃、ようやくガンモから電話がかかって来た。時間を潰していた本屋さんが圏外だったということに、やっと気づいたみたいだった。私は、
「携帯電話を持ってるのに意味ないから」
などと膨れっ面をしたが、もとはと言えば、ガンモが一生懸命電話を掛けているときに、私が打ち合わせをしていたことが、ことの発端だった。

 相手に対して行った行為は、やがて自分にも返って来るなどと言うが、今日の私たちはまさにそれだった。きのうは消化と吸収のはなしを書いたが、今日の出来事も、まさしくそれに近い現象だと思う。私たちは、こうした現象がすぐに起こり、ただちに相手の立場を理解することが多いが、場合によっては、相手の立場を理解するのが次の転生になってしまう組み合わせもある。そういう組み合わせもまた、消化と吸収に時間がかかってしまう関係なのだろう。

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2004.09.12

消化と吸収

 趣味の世界で交流させてもらっている男性の作品に、私が手を加えたものを送ってみたら、自分が意図したものとまったく別のものになってしまっているという厳しい反論のメールが返って来た。確かに、私もそのことには気がついていたのだが、ええいと思って送ってしまったのだ。彼からすると、自分がこだわりを持っていた部分が私によってまったく生かされずに、別の形の主張にとってかわってしまっているのが気に入らないようだ。私からすると、彼はとても扱いにくい。何故、扱いにくいかと言うと、私がまったく予想もつかないような意見を返して来るからだ。喜んでくれるだろうと思ったら、今回のように激しく反論されたり、怒らせたかな? と思ったら、実は怒っていなかったり、また、時には黙り込んでしまったり。それでも、共感と対立が交互にやって来るので、とてもメリハリのある関係になっているし、私は彼の魂を深く愛してもいる。しかし、周りから見ると、まったく仲がいいのか悪いのかわからない関係だと思う。私は、反論できるような関係は、仲がいいと思っているのだが・・・・・・。おそらく彼も、私に対する信頼があるからこそ、反論して来るのだろう。信頼がなければ、言いたいことも言えない関係になってしまうだろうから。

 対立したこともすっかり忘れて、まるで何事もなかったかのように振る舞える関係は、単に肯定だけの関係よりも強固な関係だと私は思う。何故なら、その関係の中では、消化と吸収が行われているからだ。ところが実際は、対立にまで至らずに終わってしまったり、無理に肯定的な関係に押しとどめようとする場合が実に多い。私は、対立を乗り越えるという人間関係の醍醐味を知らないまま関係を終わらせてしまうのは、非常にもったいないことだと思う。

 ガンモと私がめったにしない喧嘩を体験すると、わずか数十分後に必ず申し訳ない気持ちでいっぱいになる。これもまた、消化と吸収が行われている証拠である。消化と吸収が行われないまま関係が途絶えると、怒りや悲しみなどの感情が残ってしまうのではないだろうか。しかし、例えそれらの感情が残ったとしても、消化と吸収に時間がかかっているだけで、いつか必ず消化と吸収が行われることになるだろう。そう考えると、相性の良し悪しというのは、消化と吸収が早いか遅いかの違いなのかもしれない。

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2004.09.11

慌しい一日

 今日の私は、あちこち飛び回っていた。午前中は、およそ2週間ぶりの鍼灸治療。治療が終わり、お昼ご飯を食べたらすぐに、バンドの練習のため、はみ出しマーチンを持って電車で移動。派遣先の社員の人に車で拾ってもらい、スタジオ入り。そこで2時間ほど音合わせをしたあと、あわただしく帰宅し、夕ご飯を食べてから管理組合のミーティング。何とも忙しい一日だった。ガンモは仕事で呼び出される可能性があったため、自宅待機していた。

 バンドのメンバーは、職場では同じプロジェクトのメンバーではないため、ほとんど会話をしたことがない人たちだったのだが、何故か息の合う人たちだった。やはり、音楽という接点がそうさせるのだろうか。驚くほど会話がはずむ。車の中でかかっていた洋楽を聴きながら、変則チューニングの話になった。私が、
「こういう話って、職場ではできないですよねえ」
と言うと、喫煙ルームにでも行かない限り、趣味のはなしには発展しないらしい。確かに、今の職場は、仕事中に無駄話をしない傾向が強い。真面目なのか、話の接点が見つからないのか、良くわからないが。

 音合わせは、予想していたよりも、はるかに良い状況だった。それぞれが自分のパートに専念して、一つのものを仕上げるというのは、心地良い達成感がある。私は久しぶりに弦を触ったので、ちょっと指が痛い。練習していなかったのがバレバレだ。次なる課題曲は、ミスチルの『イノセントワールド』になった。

 夕方の管理組合のミーティングで知ったことだが、私たちのマンションで、既に空き巣が3件も発生しているそうだ。空き巣の手にかかれば、鍵なんて、あってないようなものだと言う。先日、空き巣に入られた家では、空き巣は玄関から入り、出て行くときもちゃんと鍵を掛けて出て行ったと言う。しかし、家の中は引き出しという引出しが開けられ、ぐちゃぐちゃの状態だったとか。他にも、自転車が盗まれたり、いたずらされたりという被害も多発していて、住民は警戒を強めている。

 社会の情勢が不安定になると、人々の心までも不安定になってしまうのだろうか。自分を愛することで精一杯の人たちが多くなって来ているように思う。確かに、まずは自分が健康であったり、幸せであることが一番なのだろうが、自分を愛することを実現させるために、他の人をも巻き込んでしまうのは、まだまだ愛が未熟であることの証だと私は思う。

 防犯対策のため、明日、ガンモと一緒にホームセンターに行く予定だ。私流に言えば、防犯対策をするということは、空き巣がやって来るための準備を整えるとことになってしまうのだが。しかも、普段から、人の不幸の延長線上にある自分への心配を嫌悪しているはずなのに、空き巣に入られた人のことよりも、自分たちのことを心配している。私がその人と交流がなく、良く知らないせいもあるのかもしれないが。

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2004.09.10

はみ出しマーチン

 派遣先の会社の社員の人たちと一緒にバンドを組むことになり、明日、その初めての練習を貸スタジオで行う。課題曲はスピッツの『空も飛べるはず』で、私はアコースティックギター担当だ。私はギターのハードケースしか持っていなかったので、ハードケースを抱えての電車移動はとても不便だと思い、今日は仕事を早めに上がって楽器屋さんにソフトケースを買いに行った。ギターが手元になかったので、大きさが良くわからなかったのだが、このくらいでいいだろうと当たりを付けて購入した。ところが、家に帰ってギターと合わせてみたら、ギターのほうが大きくて入らなかった。(^^;

 ガンモに、
「入らん」
と言ったら、ちょうどお風呂を入れた直後だったので、
「お風呂に入る?」
と聞かれた。ガンモには、「(お風呂に)入らん?」と誘っているように聞こえたらしい。
「違う、違う。ギターがソフトケースに入らなかった」
そう言うと、ガンモは、アハハハと大笑いした。ガンモは、私がドジをすると、いつもこんなふうに笑う。つい先日も、私がズボンを買って来たところ、履いてみると、あと少しというところでサイズが合わなかった。ちょっとしたズボンだったので、試着せずに買ってしまったのだ。今回のギターのソフトケースもまったく同じ状況で、あと少しというところだった。
 私は、重いハードケースを抱えて電車に乗るよりも、このはみ出しソフトケースで、はみ出している部分をひもでしばって使うと宣言した。ガンモは残念そうに、
「マーチンなのに」
とつぶやいた。そう、確かに私のギターはマーチンなのだが、マーチンにしては安いほうだし、そもそも弾く人は私なのだ。

 明日のために、久しぶりに弦を張り替えた。アコースティックギターは湿気を嫌うはずなのに、ここのところずっと手入れをさぼって、ハードケースから出したままだった。明日の練習で、いい音を出してくれるといいのだが。

 それから私たちは一緒にお風呂に入り、私はおよそ2ヶ月ぶりにサービス満点の床屋さんになった。

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2004.09.09

雨の日の天の川

 今日は、加古川で仕事があったというガンモと三ノ宮で待ち合わせをした。ガンモが乗っている新快速をホームで待っていると、先頭車両に乗っているガンモの姿が目に入って来て、うれしくなった。そのまま新快速に乗って帰っても良かったのだが、ちょうどそのとき反対側のホームに「かぼちゃ」がやって来た。(※かぼちゃとは、緑とオレンジのデザインの快速電車のこと。この「かぼちゃ」は、来月で引退してしまうため、もはや貴重な存在となりつつある)私はかぼちゃ好きのガンモの携帯電話に急いで電話を掛けて、
「かぼちゃに乗る?」
と尋ねてみた。するとガンモは、
「乗る、乗る」
と答えた。
 先頭車両にいたガンモは、新快速を降りてかぼちゃに乗り込んだようだ。しかし、私は、立っていたホームの位置の関係で、後方車両に乗った。かぼちゃはすぐに発車してしまったが、ガンモとは電車の中で会えるものと思っていた。私が後方車両にいることも、最寄駅での長い快速電車の降車位置が、私の乗った後方車両のほうが有利なこともガンモは知っていたので、ガンモが私を探してやって来てくれるだろうと思っていたのだ。しかし、ガンモはなかなかやって来ない。そうこうするうちに、車内アナウンスが流れた。

三両目と四両目の連結部分は、通り抜けできません

 なるほど、そういうことらしい。夫婦で同じ電車に乗っているのに、会えない。まるで、雨の日の天の川を目の前にした、織姫と彦星のようだ。

 最寄駅に着いて、ようやくガンモに会う。快速電車の車両は長いので、ガンモは遠くのほうから歩いて来る。その姿を見ると、とても安心する。私たちは、お互いの姿を確認したという合図として、いつもこんな仕草をする。このポーズを取ったときは、「大丈夫。わかっている」という意味なのだ。

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2004.09.08

"SONGBOOK"に思うこと

 最近の私は、どうも疲れが溜まり過ぎているようだ。体力がないのか、仕事から帰って、パソコンの前でしばらくうたた寝してしまっていた。やがて、ガンモが仕事から帰って来て、私の患部に手を当ててくれたのがわかった。ガンモ、どうもありがとう。私の中で、またあの整体院に行って治療を受けたいという気持ちが強くなっている。近いうちにそれを実現させたい。

 相変わらずスランプ気味で、メールや掲示板の返信も滞ったままである。皆さん、本当にごめんなさい。

 今日は、ポール・サイモンのSONGBOOKを聴きながら通勤した。私は、このような貴重なアルバムを持っているわけではなかったのだが、ある方が青春時代に聴きこんでいたアナログ盤を音楽CDに起こしたものを送ってくださったのだ。これは、ポール・サイモンがまだ売れない頃に、単身、イギリスに渡ってレコーディングしたという貴重な一枚である。私はそのアルバムを聴きながら、どんなときも大切なことを見逃さない生き方をして行きたいと思った。

 音楽には、いろいろな聴き方がある。単なるBGMとして聞き流してしまう方法もあれば、どうしてこんなにギターの音が渇いているのだろうと気になって、ギターの銘柄まで調べてしまう聴き方だってある。私は、できれば後者でありたいと思う。ライブに行っても、演奏している人たちをただ眺めるのではなく、ギターのコード進行を目で追いたい。そうすれば、例え絶対音感がなくても、オリジナルキーで演奏されているかどうかがわかる。

 私は、こだわりのある分野に関しては、いつもこういう姿勢でいたい。だから、人との交流に関しても、できる限り密な関係でいたい。自分が大多数の中に埋もれて行くのもイヤだし、無責任な大多数を切り落としてでも、「わかる」と言ってくださるごく少数の人たちと密に関わって行きたい。

 お気に入りの音楽のように、何度聴き込んでも決して飽きない対象であること。何度同じことを言っても決して聞き飽きないこと。挫折しないこと。それができる関係こそが愛ある関係だと私は思っている。

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2004.09.07

我が家にも異変

 今日は台風の影響で、仕事を午後4時半過ぎに上がれた。どこの会社も帰宅勧告が出されたようで、三ノ宮駅は家路を急ぐ人たちでごった返していた。JR線は、快速・新快速とも運休し、各駅停車しか運行していなかった。本数も少なくなってしまっているため、東京に住んでいたとき通勤に利用していた山手線みたいに混雑ぶりだったので、電車を一本見送った。おかげで、いつもは1時間半で家に帰れるのに、今日は2時間もかかってしまった。

 ガンモは自宅近くのお客さんのところで作業をしていたため、自宅には歩いて帰ったようだ。面白いことに、ガンモも私もほぼ同じ時間に外を歩いていて、二人ともあまりもの風の強さに吹き飛ばされそうになっていた。そう言えば、つい先日も、ガンモが私の仕事先近くまで来たとき、お互いにほぼ同じ時間に「今、ここで待ち合わせできれば、鉄道乗りつぶしマップの地下鉄部分がクリアできるのに」と思っていたらしい。(私たちは、夫婦一緒に同じ路線に乗って初めて、鉄道乗りつぶしマップを乗りつぶしている。つまり、どちらか一方だけが乗った路線は、乗りつぶしの対象にはしていない)

 近所のスーパーでガンモと待ち合わせをして、買い物をして家に帰った。私たちが家に帰り着いた途端、たくさんの雨が降り始めた。ほんの少しでも遅かったら、びしょ濡れになってしまっていたことだろう。

 ここのところ、台風が多発したり、火山が爆発したり、テロ事件があったり、地震があったりと、いくつもの異変が起きている。実は、先日の地震が影響したのか、我が家にも異変が起こった。我が家はマンションの5階なのだが、地震のあった夜、網戸に大きなヤモリ(イモリかもしれない)がくっついていたのだ。どこからやって来たのかわからない。色は黄色で、おなかがふくらんでいて、体長さはおよそ12センチくらいだったと思う。私が見つけてガンモに報告したのだが、ガンモと私で、このヤモリだかイモリに、ここにいるよりも外に出たほうがいいと話し掛けた。夜、寝ている間に網戸を少し開けておいたのだが、朝起きたら、彼(彼女?)の姿は消えていた。あんな大きなヤモリだかイモリを見たのは初めてだった。

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2004.09.06

悲しみの理由

 普段仕事を持っている上で、週末をたっぷり旅行に費やしてしまうと、家の中でやらなければならないことがてんこ盛りになってしまう。それに加え、最近はメールや掲示板の返信も滞りがちで、皆さんをすっかりお待たせしてしまっている。そうならないようにするためにも、普段からノートパソコンやPDAを持ち歩いてはいるのだが、旅行中は普段よりも精力的に歩き回るせいか、ホテルに帰るとぐったりしてしまって、なかなか文章を書くことができない。それでも、この「ガンまる日記」だけは、どうしても書き上げたい意気込みがある。私の中では、「ガンまる日記」を書くことが、最優先事項となっているようだ。そして最近は、「ガンまる日記」だけを書いて力尽きてしまうパターンが続いている。

 ホームページからではなく、ココログやランキングサイトからアクセスしてくださっている方の中には、私が何故、この「ガンまる日記」にコメントやトラックバックを受け付けない設定にしているのか不思議に思われている方もいらっしゃるかもしれない。理由は二つある。一つは、私自身がホームページの運営だけで精一杯の状態であること。これ以上入口を増やしてしまうと、コメントを書くのが追いつかなくなってしまうだろうと判断したためだ。もう一つは、どうせ交流させていただくなら、コメントやトラックバックなどの交流方法よりも、もっと密なコミュニケーションを望みたいと思っているからである。私はインターネットの世界で、いくつもの限界のない密なコミュニケーションに挑戦して来た。その挑戦をここでも実現させて行くには、ブログのコメントやトラックバックなどの交流方法では物足りないのである。

 さて、今日はガンモが休みで私だけが仕事だった。それなのに、私は仕事が忙しく、なかなか帰宅することができなかった。ようやく仕事を上がってガンモに電話を入れると、
「何時に帰って来るの? じゃあ、お風呂は23時半でいい?」
とガンモに言われた。私たち夫婦は、世間一般の夫婦という既成概念からは、すっかりかけ離れてしまっているようだ。

 ところで、今日、職場の男性から、離婚することになってしまったと聞かされた。彼は私よりも一つ年下で、お子さんはいない。奥さんとは高校時代からの付き合いだそうで、付き合いが長いだけに、別れを切り出されたときは相当ショックだったようだ。どんなに精神的にダメージを受けていても、彼は仕事をしなければならず、誰も彼を待ってくれたりはしない。あわただしい社会生活にあっては、落ち込んだり、立ち止まったりしている暇はない。しかし、そうして自分を騙して生きたツケは、いつか必ず払うことになるだろう。だから、どこかで立ち止まって調整して欲しい。

 つい先日、飲食店でご飯を食べていると、ご主人さんと離婚されたか死別された人たちで形成されるサークルに参加されているであろう方々の会話が聞こえて来た。
「ご夫婦で旅行されている人たちを見ると、本当にうらやましくてね」
「そうよねえ・・・・・・」

 離婚することになってしまった同僚の話と、ご主人さんと何らかの形で別れてしまったという熟年の女性たちの会話が、私の中でぐるぐる回っている。今の私には、本当の意味で彼らの悲しみを理解することはできないだろう。ただ、思うのは、不完全燃焼で終わらせてしまった関係は、きっと次の転生でその続きを体験することになるのではないかということだ。実は、私たち夫婦だって、そうだったのだ。以前もここに書いたが、前世では私のほうがガンモよりも先に肉体を去ってしまった。私は、ガンモを残しで死んで行くことが悲しくて悲しくて仕方がなかった。でも、こうしてまた出会えた。

 長い人生を過ごして行くうちに、これ以上前に進めないというときが来るかもしれない。でも、例え進めなくなったとしても、ほんのちょっとお休みするだけなのだ。そして、再び前に進めそうになったときに、頑張ればいい。本当の幸せを知るために、悲しみはある。悲しみがなければ、本当に幸せかどうかもわからないのだから。

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2004.09.05

武豊線三昧

 今日は、名古屋駅から武豊(たけとよ)行きの区間快速に乗って武豊線に入り、その沿線を堪能した。実は、今回の旅を計画して間もなく、私のホームページの掲示板でいつも交流させていただいているスピリチュアルな女性より、この武豊線沿線にとても優秀な整体の先生がいらっしゃるので、私の病気のことを相談してみてはどうかという内容のメールをいただいた。武豊線に乗るという計画を立てたばかりの提案だったので、私にはまるでそれが天からの導きのように思えた。彼女の話によれば、日曜日は予約が必要とのことだったので、私は出掛ける数日前に整体院に電話を掛けて、予約を取らせていただいた。彼女の名前を出させていただくと、日曜日は基本的には休みにしているが、私の指定した時間でも大丈夫だとおっしゃってくださったのだ。

 その先生はとてもスピリチュアルな先生で、患者さんの歩き方を見ただけで、その人の身体のどこが悪いかピタリと当ててしまうらしい。果たして、私の病気のこともわかってくださるのだろうか。そう思いながら、整体院のドアを開けると、とても親しみやすそうな先生が、患者さんの身体に手をかけて整体をしている最中だった。予約時間よりも30分も早く着いてしまったのに、先生はすぐに私を通してくださって、小さなベッドの上に横になるように指示してくださった。そして、ベッドに横になっている私のところまで歩いて来るその間に、先生は、私の悪いところをぴたりと言い当てたのだ。

 とにかく驚いた。更に、私が冷たい飲み物を好んで飲んでいるということまでズバズバ言い当てられてしまった。
「こんなふうになるまで、良く我慢されましたねえ」
とまで言われてしまった。私の病気は、血液の流れが悪いことが原因になっているらしく、そういう女性は、顔を見ただけでわかってしまうのだそうだ。顔を合わせてからまだほんの1〜2分しか経っていないし、こちらはどこが悪いか一言も言っていないと言うのに、あなたはここが悪いとずばずば言い当てられてしまって、私は笑いを抑えることができなかった。私の身体のことを、私よりも良く知っている人。そういう気がしたのだ。

 私は下半身がとても冷えやすく、もう10年くらい(いや、それ以上かもしれない)、自分の温かい下半身を知らない。しかし、先生の治療で私の下半身は、まるで自分の下半身じゃないみたいにポカポカして来たのだ。先生の話によれば、私の身体には歪みがあり、その歪みために血液の流れが悪くなってしまっているのだそうだ。下半身に血を送ろうとして心臓は頑張るのだが、下半身に血液が行き渡らないために心臓に負担がかかり過ぎてしまうのだと言う。東洋医学では、こうして悪いところの相関関係を探りながら、根本的な解決に向けての治療を行って行くようだ。私が望んでいた治療法とは、まさしくこのような治療法だった。

 およそ1時間半ほど治療を受けて、症状を緩和させる体操も教わった。どういう食べ物を摂取したらいいかもアドバイスしていただいた。ああ、私はここに通院したい。治療中、そのことばかり考えていたが、実際には距離的な問題がある。しかし、月に一回程度なら通える距離ではないのだろうか。これほどまで自分の身体のことをわかってもらえると、安心して自分を預けられる。スピリチュアルな先生だから、治療もきっと楽しいことと思う。

 ガンモをずっと待たせてあったので、私は治療が終わるとすぐにガンモに電話を掛けた。ガンモは駅周辺にいて、やって来る列車の写真を次々に撮影していたらしい。珍しい列車の写真が撮れたようで、長く待たせた割には、ガンモはちょっとうれしそうだった。私は興奮状態でガンモに治療のことを次から次へと話した。ガンモに、ここで治療を受けたいと言ってみた。ガンモは、頻繁に来るのは難しいかもしれないが、秋にまた来ようと言ってくれた。

 私たちは再び武豊線に乗り、乙川、半田、そして、武豊線の終着駅の武豊で降りた。乙川では、半田鉄道記念館に足を運び、半田では、JR東海最古の跨線橋(こせんきょう)を見た。武豊から折り返して、大府で降りて昼食を取り、名古屋まで戻って、ガンモの希望でソフマップへと足を運んだ。これまで、名古屋にはソフマップはなかったのだが、最近できたのだ。名古屋駅前は電脳化が進んでいて、駅前にあった生活創庫という百貨店も、ビッグカメラに変身している。

 ソフマップを見たあと、大垣まで出て、大垣から美濃赤坂まで出た。そこから折り返して大垣まで戻り、米原行きの列車に乗り換え、米原から快速電車、新快速電車を乗り継いで大阪まで戻ろうとした。ところが、新大阪に着く手前で地震が発生し、しばらく電車が止まってしまった。電車に乗っていても、長い時間、縦にかなり揺れているのがわかるほどの地震だった。すぐにPDAからインターネットに接続し、地震情報を参照してみると、和歌山方面が震源地らしい。そして、さきほど、この日記を書いている最中にも、再び大きく揺れた。

 電車は数十分ほど停車したあと、やがてそろそろと運転を再開した。きのうに引き続き、こうしてハプニングが発生したわけだが、いつも思うのは、ガンもと一緒なら、どんなハプニングも怖くないということだ。しかし、別々にいるときに大きなハプニングに巻き込まれ、お互いのことを思いながら死んで行くのはイヤだなあと思う。だから、ガンモとはできる限り同じ時間を過ごしていたい。

 大阪で夕ご飯を食べて、少し買い物をしたあと、大阪から再び電車に乗り、最寄駅で降りた。家に着くと、時計は既に22時近くを差していた。いつものようにトルマリンのお風呂に入ったところ、これまで10分以上お湯につからなければ出て来なかった汗が、わずか5分程度でダラダラ出て来た。更に、ひどかった肩こりの症状も、驚くほど緩和されている。たった一回の治療でこれだけ効果があるとは、恐るべき整体院だ。そんな素晴らしい整体院を紹介してくれた彼女と、治療を施してくださった先生に、深く感謝したい。本当に本当にありがとう。

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2004.09.04

雨に弱い名松線

 最寄駅から大阪まで出て、加茂、亀山、松阪を経由して伊勢奥津へと旅を進めた。松阪から伊勢奥津までの線を名松線(めいしょうせん)と言い、豊かな自然に囲まれた秘境となっている。途中から本格的に雨が降り始めてしまったが、ほとんどの時間を列車の中で過ごしていたので、雨が私たちの旅行に大きな影響を与えるとは思えなかった。私たちは終点の伊勢奥津で折り返し、再び秘境の雰囲気をたっぷりと味わいながら、松阪または津で「快速みえ」に乗り換えて名古屋まで向かう予定だった。

 ところが、大雨のため、伊勢奥津まで乗った列車が、そこから折り返すことができなくなってしまったのだ。しかも、伊勢奥津駅は現在工事中のため駅舎がなく、大雨の中、私たちは、ほんのバス停ほどの広さの仮待合所で、列車の復旧の見通しが立つまで待ち続けなければならなくなってしまった。すぐそばで雷がゴロゴロ鳴っていて、時折大きな音を立てては、それほど遠くないどこかに落ちている。それに加え、狭い仮待合所は、私たちと同じように青春18きっぷの旅を楽しんでいるであろう数名の人たちで、満員状態になっていた。

 駅舎は工事中だったが、少し歩くと公衆トイレがあった。仮待合所から公衆トイレまで傘を差して歩いただけで、ズボンとリュックがびちょびちょになってしまった。普通なら、旅行に来てこんな目に遭うなんて最低だと思うかもしれない。しかし私たちはむしろ、こうしたハプニングを楽しんでいた。ハプニングはあとで必ず笑い話になり、どんな旅の想い出よりも深く胸に焼き付けることができるからだ。

 名松線の運転士さんの話によると、名松線は特に雨に弱いのだと言う。更に、今すぐ雨が止んだとしても、列車の運転を再開できるのは、早くても1時間半後だろうと言う。線路の上を専用の車を走らせて安全を確認した上でOKが出たら、列車が動き始めたとしても徐行運転しかできないのだそうだ。運転士さんは仮待合所にいる全員に声をかけてくださり、
「タクシーを呼ぶことができますが、タクシーを利用されますか?」
と聞いてくださった。いつの間にか仮待合所の人たちは、お互いに話をするようになっていて、タクシーに乗るなら一緒に行きましょうというような話も持ち上がっていた。

 そう言えば、こんな心理学の実験があったのを思い出した。公衆電話ボックスの中にぎゅうぎゅう詰めに人を押し込んだあと、その人たちを一つの部屋に案内し、しばらく時間を置いたあと、再び同じ公衆電話ボックスの中に入ってもらおうとすると、初めの実験では確かに全員がそこに入ったはずなのに、同じ部屋でしばらく時間を過ごしてしまうと、お互いが知り合いになってしまうため、入らなくなってしまうのだそうだ。つまり、最初はお互いに他人だから、ある程度残酷なこともできてしまうのだが、しばらく同じ部屋で過ごして会話を楽しんだりすると、もはや他人ではなくなってしまい、相手を気遣う気持ちが出て来るため、ぎゅうぎゅう詰めの状態が再現できなくなってしまうのだと言う。仮待合所にいる私たちにも、そんな雰囲気ができ上がりつつあった。

 仮待合所で待っていたのは全部で10人だった。そのうち、おばあさん2人は迎えのバスが来たり、家の人が迎えに来たりして、すぐに仮待合所を去って行った。また、若いカップルの2人は、誰かに車で迎えに来てもらえることになったようだ。そして、私たちを含めた残りの6人は、運転士さんにタクシーを呼んでいただいて、家城(いえき)までタクシーで向かうことになった。家城から先の松阪までは、名松線が折り返し運行をしているとのことだった。

 迎えのタクシーは、到着まで40分ほどかかると言う。その間に、若いカップルの迎えの車がやって来た。私たちは、別れのあいさつをしながら若いカップルを送り出した。その後間もなくしてタクシーが到着し、3人ずつに分かれてタクシーに乗り込んだ。

 私たちと一緒にタクシーに乗り込んだのは、携帯電話のメール着信音を、駅のアナウンスに似せた男性の声に設定している男の子だった。
「間もなく、メールが到着します」
確かそんなメッセージだったと思う。「間もなく、○番線に電車が到着します」といったアナウンスをアレンジしたかのようなメール着信音だった。彼はきっと、鉄なのだろう。その着信音があまりにもおかしくて、私は声を立てて笑った。彼はこだわりに気づいて欲しかったのか、とてもうれしそうだった。

 タクシーの運転手さんは大変おしゃべり好きな人で、このあたりに猿や鹿や猪がいて、農作物を奪われたりするという話を聞かせてくれた。タクシーの中から見える大きな川の水は、大雨のため、とても濁っていた。タクシーはスイスイ走り、30分ほどで家城に着いた。およそ6000円のタクシー代を、3人で割った。

 駅員さんに列車の運行状況を確認してみると、松阪までは折返し運転をしていて、予定よりも10分から15分程度の遅れが発生するだろうということだった。しかし、次の列車の発車時刻までおよそ1時間余りもあった。

 いつの間にか、待合所にいたおじいさんと話をするようになり、おじいさんがこれまで蓄積して来た智恵のいくつかを聞かせてもらった。人間の生活に欠かせないものは塩だということ。その塩を運ぶための道が、古くから存在していたこと。歴史を紐解いて行くことは、とても大切なことだということ。紙に書いたことはすっかり忘れてしまうが、頭の中に書いたことは、忘れることがあってもいつか思い出せるということ。これらの話は、列車が運休したからこそ聞けた話だった。智恵を蓄積して来たお年寄を社会の外に押しやってしまうのは、もったいないことだと思った。彼らは私たちに、近道を示してくれる存在なのではないだろうか。

 列車はおよそ5分遅れで家城を発車し、私たちは松阪・津を経由して「快速みえ」に乗り換えて名古屋にやって来た。名古屋への到着時刻は、予定よりも2時間遅れてしまったが、私たちはとても貴重な2時間を過ごしたと言える。何故なら、普段触れ合うことのできないような体験をすることができたからだ。

 ところで、私は「快速みえ」には特別な思い入れがある。何故なら、もしも私が「快速」という苗字の男性と結婚していたら、私の本名は「快速みえ」になっていたからである。あいにく、ガンモの苗字が「快速」ではなかったので、私の本名は「快速みえ」ではない。

 さてさて、明日もお天気は悪いらしい。明日は一体どんなハプニングが待っているのだろう。

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2004.09.03

ガンモの誘いを断って

 今日は金曜日だし、仕事も順調だったので、きっと早く上がれるだろうと思っていた。ところが、夕方になって急にプログラムのバグが見つかってしまい、対応しなければならなくなった。ようやく目処がついたのは22時半。今、帰りの電車の中である。デバッグ作業には集中力が必要なので、とても疲れた。

 18時半過ぎにガンモから連絡が入り、仕事で近くまで来ていて、これから帰ると言う。ああ、何ということだ。ガンモと一緒に電車に乗って、夕御飯を一緒に食べて帰りたかった。そのことが、残念でならなかった。一体どんな理由なら、仕事を早く上がれるのだろう。「夫が近くまで来ているので、今日はもう上がります。」そんな理由はまかり通らないのだろうか。

 ところで、ガンモと私は、明日から一泊二日の予定で名古屋に出掛ける。夏のガタンゴトンツアーで利用した青春18きっぷが余ったのだ。名古屋は近場の街なので、今回のように、青春18きっぷ消化ツアーのターゲットに選ばれることが多い。そんなわけで、名古屋の地下鉄に良く乗るので、休日用のユリカ(名古屋市営地下鉄のプリペイドカード)も持っていたりする。

 これから家に帰って旅行の準備をして、明日の早朝には出掛ける。前回の新潟−横浜ツアーで、歯痛のために旅行を満喫できなかったガンモは、今回とても張り切っている。おそらく、明日とあさっての日記は、名古屋漫遊記となることであろう。

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2004.09.02

愛する人のことを想いながら、どうしようもなく泣けて来ることがありますか?

 「愛する人のことを想いながら、どうしようもなく泣けて来ることがありますか?
私はこの質問を、ホームページを訪問してくださっている皆さんに問い掛けている。ありがたいことに、回答してくださっているほとんどの方が、「あります」と答えてくれている。ブログやホームページを通して私が伝えて行きたいのは、まさしくこういう感情の存在なのだ。

 私は、愛とは泣けることではないかと思い始めている。自分のために泣くことは、誰にだってできる。でも、誰かのことを想いながら、どうしようもなく泣けて来るなんて、愛が溢れ返っているとしか思えない。私は、ガンモが休みの日に仕事をしていると、早く家に帰りたいと思う。仕事先でも、ガンモへの想いが溢れて来るのを誰にも見られたくなくて、トイレにこもって泣いたりする。「ごめんなさい。今日は愛が溢れて溢れて、私はこれ以上仕事ができません。だから、お先に失礼します」そんなことさえ言いたくなる。また、ガンモが仕事に出掛けてしまって家に一人でいるとき、ガンモと結婚したことの素晴らしさを実感して泣けて来たりする。

 ああ、こんなふうに、いつまでも劣化しない想いがあることを、私は伝えて行きたい。

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2004.09.01

笑うのは何故?

 「家庭生活を営む上で、もっとも大切なものは何?」
という派遣仲間の質問に、私は胸を張って「愛」と答えた。すると、彼女はケタケタと笑った。彼女は、私が愛についてまじめに語ろうとすると、必ず笑う。私の話を聞いていると、照れてしまうらしいのだ。

 彼女は、「家をきれいにすること」が大切らしい。私が、
「愛は必要ないの?」
と尋ねると、
「必要ないわけじゃないけど、私の中では、家の中がきれいなことが高い位置を占めているの」
と彼女は答えた。そして、近くの席に座っている別の主婦の同僚に、
「家庭生活を営む上で、愛は大切ですかねえ?」
と尋ねた。すると、その同僚は、
「我が家には、愛はないね。愛があるとしたら、息子と私の間だけかな」
と答えた。彼女は、それを聞いてまた笑った。私の頭の中は、はてなマークでいっぱいになった。

 どうして、愛についてまじめに語ってくれる人が少ないのだろう? みんな、どうしてそんなに照れ隠しするのだろう? みんなの愛には、それほど曇りがあると言うの?

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