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2004.08.31

ガンモの愛情

 義母が入院している頃、義父が足に火傷をした。義父は糖尿病のため、既に足の先の感覚がなくなってしまっていて、すぐ側にファンヒータがあることに気づかなかったのだ。義父の足はひどくただれて、見るからに痛そうだった。それでも、歩くときもびっこを引いていたので、少しは感覚が残っているのだろう。

 ガンモと義母を見舞ったとき、義父にも同行してもらった。家を出るとき、義父はいつも履いている靴を取り出して履こうとしたが、その靴では火傷を負っている部分にまともに当たってしまう。私は義父に、サンダルはないのかと尋ねた。義父は、靴はこれしかないと答えた。

 ガンモは、義母のいる病院に行く前に、近所のスーパーの前に車を止めた。
「まるみ、ちょっと降りて」
とガンモが言う。義父には、
「ちょっと車の中で待ってて」
と言った。私はわけがわからず、何か買い物するのかと思って、ガンモにくっついて行った。ガンモはスーパーの中をずんずん歩き、やがてサンダル売り場を探し当てて立ち止まった。私は恥かしくなった。義父に対する歩み寄りが、まだまだ足りなかったのだ。ガンモのほうが、義父のことを深く深く愛していた。私は、義父の足が、靴よりもサンダルを欲していることに気づいていながら、すぐにその処置を取ろうとしなかったのだ。私は、自分の愚かさを実感するとともに、ガンモの優しさに震えた。

 私たちは義父の足の傷ができる限り当たらないようなサンダルを選び、車に戻った。車に戻るとすぐにサンダルを包みから取り出して、義父に履いてもらった。義父はとてもうれしそうだった。

 ガンモは、自分の両親に対する愛情を表現することにかけてはとても不器用なのだが、このときばかりはストレートに表現していた。義母は、義父の履いているサンダルにすぐに気づいて、
「そのサンダルどうしたん?」
と言った。義父は、私たちが買ってくれたと答えた。

 ガンモは、義父の足が完治するかどうかも心配していた。私は、糖尿病に関する知識がまだないため、この病気のことが良くわかっていない。ガンモは、感覚のなくなった足で火傷をしたら、足を切断しなければならなくなるのではないかと考えていたようだ。実際、その心配はなかった。時間はかかったが、義父の足はすっかり良くなった。

 ガンモは、私と結婚してから、素直とは言えないまでも、親に対する愛情を示せるようになった。これまで数年に一度くらいしか帰らなかった実家も、同じ四国出身の私と結婚したことで、帰省する回数がぐっと増えた。実家に帰っても、私たちは親からの愛情を受け取るばかりだ。私たちは、親に対してどのような形で愛情を返して行けばいいのか、まだはっきりと見つけ出してはいない。夫婦が仲良くしていることが一番の親孝行だと言ってくれる人もいるが、私たちが親に恩返しをしている実感がないということは、まだまだ表現できるだけの愛情を、自分たちの中に隠し持っているということなのだろう。

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