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2004年7月

2004.07.31

ガンモと一緒ならば

 さて、私たちは今、広島にいる。今日からガタンゴトンツアー(青春18きっぷの旅)に出たのだ。今、いるのが広島だからと言って、素直に山陽本線を下って来たのかというと、そうではない。早朝、大阪国際空港から出雲空港に飛び、一畑電鉄を制覇したあと、山陰本線・三江線・芸備線を経由し、ようやく広島入りしたわけである。松江でルイス・C・ティファニー庭園美術館あたりをウロウロした以外は、すべての時間を移動または乗り継ぎのために費やした。

 今日、もっとも気がかりだったのは、台風の影響で、飛行機が欠航になってしまわないかということだった。今回のプランは、ガンモが4ヶ月も前から緻密に立ててくれたプランだった。だから、できればプラン通りにことが運んでくれることを願っていたが、一方で、ガンモと一緒に過ごすなら、どんなハプニングが起こってもかまわないとも思っていた。特に、高所恐怖症で飛行機が苦手な私は、台風による強風のため、飛行機が揺れても、ガンモと一緒ならいいとさえ思えた。だから、私はきっと、一人で飛行機に乗ることはないだろう。飛行機が無事に出雲空港に到着したとき、私たちの命を預かってくれた操縦士に深く感謝した。

 今日はあいにくの雨だったが、私たちはほとんどの時間を移動に費やしていたので、大した影響は出なかった。乗り換え時間が少なくて猛烈にダッシュしたり、普通列車の長椅子シートで、人目をはばからずにガンモとお弁当を食べたり、普段見慣れない電車の写真をデジカメに収めてみたり。ガンモは自分の立てたプラン表と始終にらめっこしながら、電車が何時に着くか、待ち時間は何分かということについて、常に気を配っていた。

 明日もお天気は良くないらしい。晴天続きだった西日本にとっては恵みの雨だし、一日のほとんどの時間を移動に費やす私たちにとっても、それほど大したことではないと思えるのだ。おそらく、私にとって、何が起こるかはあまり問題じゃないように思う。私にとってもっとも重要なのは、ガンモと一緒にいるかどうか、ということなのだろう。

(※ガタンゴトンツアーの詳しい状況尾については、まるみデイリーにリアルタイムに書き綴っていますので、よろしければ、そちらもあわせてご参照ください)

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2004.07.30

トイレ仲間に良縁の兆し

 きのうの記事に書いた「「白くま」だが、パッケージに「南国」という表記がなかったことが気になって、冷凍庫でおとなしくしている「白くま」を確認してみたところ、鹿児島産の「白くま」ではなく、兵庫産の偽物だった。是非とも現地で本物を食べなければ。

 さて、今日で夏休み前の仕事をすべて終え、踊る気持ちで勤務先をあとにしたのだが、駅まで向かう途中の道で、同じ派遣先で働いている派遣仲間にばったり会った。彼女と私は、ときどきトイレで顔を合わせては、男女の愛について盛り上がっている仲である。

 彼女は、おそらく私と同じくらいの年齢で、独身である。夏休みの話になり、彼女の予定を尋ねてみると、体力づくりに励もうと思っているのだそうだ。私の予定を聞かれたので、明日から夫のガンモと二人で旅行に出掛けると答えた。そして、つい先日も、寝台急行に乗って、ガンモと一つの寝台に身を寄せ合って寝て楽しかったことを話すと、彼女は私の手を握りながら、喜びを表現してくれた。彼女の周りには、辛い結婚生活を送っている人が多いらしく、そういう人たちの話を聞くと、自分はまだ結婚しなくてもいいと思ってしまうのだそうだ。そして、
「まるみさん(実際には私の苗字)の話を聞くとうれしくなる」
と言ってくれた。私は、
「夫婦は毎日顔を合わせるし、他の関係と違って、肉体的な関係も持つから、いい、悪いが出やすいのよね」
と言った。彼女は、
「そうね。友達だったら、ちょっと離れてみようかなと思えるけど、夫婦はそうはいかないものね」
と言った。

 私は、彼女ならきっと、自分にぴったりの素敵な男性と出会って、素晴らしいパートナーシップを築いていけると思う。彼女もそろそろそんな時期にさしかかっているのではないか、という気がした。だから、
「○○さん(彼女の苗字)なら、きっとぴったりの人と出会って、とても仲良く過ごせると思うよ」
と言った。彼女とは、1年半ほど前から男女の愛の話をし始めたのだが、今日の彼女を見ていて、直感的にその言葉が出て来た。彼女もいよいよ運命の人に出会えるのかもしれない。そうなったら、またトイレで彼女と話し込まなければ。

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2004.07.29

白くま

 練乳たっぷりのみぞれの中に、凍ったフルーツとあずきがトッピングされているセイカ食品の「白くま」は、ガンモの大好物である。

 先日、その「白くま」がスーパーで安売りされていた。私は仕事中のガンモに電話をかけて、
「もしもし? 白くまが安くなってるけど、買っとこうか?」
と尋ねてみる。

 いつもなら、絶対に買ってくれと即答するはずなのだが、先日の健康診断で血糖値の高かったガンモは、しばらく考えてから「うん」と答えた。ガンモ自身、甘いものを食べるのを控えていたこともある。それに加えて、あさってから始まる夏休みで、白くまの故郷である鹿児島にも足を運ぶことになっているため、原産地で食べる白くまを楽しみにしていたらしい。

 ・・・・・・と言いつつも、ガンモは今日、先日私が行ったスーパーと同じスーパーに足を運び、安売りされていた白くまを2個も買って来た。結局は、安売りという誘惑に負けてしまったようである。

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2004.07.28

鉄道乗りつぶしマップ

 鉄道好きの人が読む雑誌に、JR線と私鉄線の鉄道乗りつぶしマップが付録でついている本がある。ガンモはそれに魅せられ、わざわざ本屋さんで取り寄せてもらって入手した。

 鉄道乗りつぶしマップは寝室の壁に貼られ、先日出かけた城崎や東京がガンモによって、どんどん塗りつぶされて行く。私は、これまで乗ったすべての路線が塗りつぶされて行くものだとばかり思っていた。しかし、出来上がった鉄道乗りつぶしマップを見てみると、数年前に制覇したはずの飯田線(所要時間6時間)が書き加えられていなかった。

まるみ「飯田線を加えないのはどういうこと? 6時間もかけて乗ったのに」
ガンモ「乗った時間と車両の名前がわからないものに関しては、塗りつぶさないの。しかも、まるみと二人で乗ったとこだけ塗りつぶして行くから。これを全部塗りつぶし終わったら、ようやく海外に行けるから」
まるみ「ええっ? 国内の全鉄道を制覇しないと、海外に行けないの?」
ガンモ「そう」
まるみ「ガーン」

 ところで、今週末から私たちは夏休みに入り、9日間の夏休みをまるごとガタンゴトンツアーに費やす予定である。今回は、青春18きっぷだけでなく、在来線特急や飛行機(YS便)にも乗ることになっているのだが、どうやら台風が接近しているらしい・・・・・・。

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2004.07.27

急な仕事

 きのうは、ガンモが休みだったので、今度こそ○○(ガンモと良く行っている地元の飲食店)に行こうと思っていた。仕事が終わってすぐにガンモに電話を掛け、待ち合わせ場所と時間を決めた。

 ところが、最寄駅に着くや否やガンモから連絡が入り、客先でトラブルが発生したため、これから仕事に出掛けなければならなくなったと言う。こんなふうに、ガンモは休みの日でも突然仕事が入ったりする。それでも、好景気の頃に比べると、そういった急な仕事もずいぶん減った。人が動くと、それだけお金がかかるからだ。

 結局、ガンモが帰ってきたのは午前4時だった。本当にお疲れさま。何と、それまで食事も取らずに仕事をしていたらしい。そのあたりの雰囲気が、ソフト屋とハード屋で大きく異なるところだ。ソフト屋は、どんなに忙しくても、モノを食べずに仕事を続けるなどという無茶なことはしない。それは、自分のオフィスで作業ができるからかもしれないが。客先で作業をするハード屋は、休み時間も取らずに、目処が立つまで延々と作業をし続ける。

 今朝、ガンモは私に言った。
「○○に行きたかったなあ」

 それを聞いて、私の胸がまたチクリと痛んだ。

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2004.07.26

連絡を怠る

 いつも仲良く寄り添っている私たちでも、ごく稀にバランスを崩すときがある。それは、連絡を怠ったときだ。つい先日も、ベッドの上で取る食事に書いたように、連絡を怠ったばっかりに、ガンモとすれ違ってしまった。このときガンモは、私が最寄駅に着いたらもう一度連絡を入れるものだと思って、外に出て待機していたらしい。
「○○に行くのかと思ってた」
とガンモは行った。○○は、私たちが良く行くお店の名前である。

 あれ以来、○○の前を通る度に、私の胸はチクチク痛む。お決まりのルートから外れるときは、念を入れて確認しなければ、と思う。

 きのうも、ちょっとした行き違いがあった。ガンモは車で仕事に出掛けていたのだが、夕方になって、
「もうすぐ家に着くから、一緒に買い物に出掛けようか。外に出て待ってて」
と電話があった。

 私は、大急ぎで支度して、近所のスーパーまで、資源再利用のための牛乳パックと、実家に送るための荷物を持って出掛けた。台所に溜まっていた不燃物のゴミも、そのときに出した。そして、ガンモに電話を掛けて、近所のスーパーにいるからと伝えた。しかし、ガンモは運転中なので、詳しい状況を説明することができなかった。

 スーパーに着いて、宅急便の手続きをしているときに、私の携帯にガンモが何度も電話を掛けてきたらしい。私は、携帯電話をバッグの中に入れていたので、まったく気が付かなかった。宅急便の手続きが終わって、スーパーで無料でもらえるアルカリイオン水を専用ボトルに注いでいると、ガンモから電話がかかって来た。
「何で携帯に出ない!」
ガンモは怒っている。
「ちょっと待ってよ。私はさっきまで宅急便の手続きをしてたんだよ。電話になんか出られるわけないじゃん!」

 そのとき私は、実家に宅急便を送ることも、牛乳パックを出しに行ったことも、ガンモに伝えていなかった。ガンモは、10分くらい電話を掛け続けていたと言うが、それはおかしい。私がガンモにスーパーにいるからと電話を掛けてから、まだ10分も経っていないはずだったからだ。

 こんなふうに、私たち夫婦は、連絡を怠ると、事態が思わぬ方向に発展してしまう。相手に詳細を伝えることなく、いつもと違うことをするというのは、ある意味では、信頼を裏切ることになってしまうのかもしれない。

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2004.07.25

一人で素麺をすする

 今日はガンモが仕事に出かけたので、お昼に素麺を作って一人で食べた。何だかむなしかった。専業主婦の方は、いつもこんな感じなんだろうか?

 私は、夫婦で同じ仕事をしている自営業に憧れる。以前、自営業をしている独身の友人に、
「夫婦が毎日一緒にいられるっていいよね」
と言ってみたことがある。するとその友人は、
「毎日一緒にいるから、それだけ対立も多いよ。うちの両親は、そういうカルマがあるから一緒にいなければならないんだと思う」
と言った。愛し合う男女が毎日一緒にいられるということを、そんなふうに表現する人もいるのかと思って、私はひどく落胆したのを覚えている。彼女にとって、自営業で夫婦が同じ仕事をすることは、愛の共同作業ではなく、カルマの解消ということらしい。

 世の中には、「亭主元気で留守がいい」なんてことを平気で言ってのける人たちがいる。それって、本心なんだろうか? もしも本心なら、彼女たちにとって結婚とは一体何なのだろう?

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2004.07.24

決定権を委ねる

 きのう書き忘れていたことがあった。それは、私が自分で自分の誕生日プレゼントを買ったということだ。私が買ったのは、インドの神様のTシャツを10枚ほどと、インド雑貨をいくつか。我が家は誕生日プレゼントを買うのもセルフサービスなのだ。

 ところで、ガンモは自分の日記にこんなことを書いてくれたのに、今日、私の母から電話があったときに、母には何も言わなかった。ガンモはそういうヤツなのだ。まさしく、シャイの塊。

 話は変わって、私の働いている派遣会社では、誕生月になると、誕生日プレゼントを選べるカタログが届けられる。私の派遣会社から届いてたカタログなのに、ガンモはさっさとその中から商品を選んで、
「これ、ポストに入れといて」
と言う。私も私で、選ばれた商品が何なのかを確認もせずに、そのままポストに入れる。あとからガンモに、
「何を選んだの?」
と聞くと、
「届いてからのお楽しみ」
などと言う。

 職場で、同じ派遣仲間の子にカタログを見せてもらって確認すると、選べるのは4種類しかなく、その中にはとりたてて欲しいと思えるようなものは何もなかった。だから、私が選んでもガンモが選んでも、結局は同じことだったのだ。むしろ、私が選ぶ手間が省けたとも言える。私たち夫婦は、何が大切で、何が大切でないかをちゃんと心得ている。もしもこれが、人生における重要な選択なら、きっと二人で話し合って決めるだろう。しかし、それほどこだわりのないことに関しては、どちらか一人に決定権を委ねてしまう。

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2004.07.23

おかしな誕生日

 今日は私の39回目の誕生日だった。夕方、ガンモと大阪で待ち合わせをして、Yodobashi-Umedaのレストラン街にあるカプリチョーザで食事をした。カプリチョーザは、誕生日に訪れると、店員さんが集まって、歌を歌ってお祝いしてくれるのだ。カップル向けのコースを注文してからしばらくすると、店員さんたちが集まって、歌を歌い始めた。私のところに来てくれるのかと思ったが、別のテーブルのお客さんのところへ行ってしまった。私の他にもお誕生日のお客さんたいるらしい。お店の人たちが歌っているときは、お客さんたちも一緒に手拍子をしながら盛り上がる。私もそんなふうにお祝いしてもらえるのかと思うと、ちょっと緊張して来た。

 カプリチョーザのコースは、とにかくボリューム満点だ。それに加え、お誕生日には、飲み物とデザートが特別サービスとして付け加えられる。私はグラスワインを2杯も飲んで、ちょっとご機嫌だった。店員さんに名前を尋ねられた。歌を歌うときに、私の名前を呼びかけてくれることになっているらしい。

 しばらくすると、店員さんたちが揃って、再び歌を歌い始めた。いよいよ私のところにやって来てくれるのだろうか? と思ったが、また別のお客さんのところに行ってしまった。どうやら、私と同じ日に生まれた人はたくさんいるようだ。しかも、そういう人たちが、同じ時間帯にお店に居合わせるのだから、偶然とは面白い。思わず、私たちも一緒に手拍子をする。

 カップルコースに付いていたデザートを食べ終えた頃、とうとうそのときはやって来た。誕生日用のデザートに、線香花火が飾り付けられ、運ばれて来たのだ。店員さんたちが、手拍子でリズムを取りながら集まって来る。お客さんたちも、こちらを見ながら一緒に手拍子をしてくれている。ガンモも楽しそうに手拍子をしてくれている。店員さんたちは私の名前を呼びながら、歌を歌ってくれた。ワインを飲んでいたせいか、恥かしさはいつの間にやらどこかへ飛んでしまっていた。私は店員さんやお客さんたちにありがとうの気持ちを込めて頭を下げた。たまたまそこに居合わせた人たちなのに、一緒にお祝いしてくれたことがうれしかった。

 そのあと、お店の人が私たち夫婦の写真をチェキで撮影してくれた。そして、その写真をメッセージカードに入れてプレゼントしてくれたのだ。お店の人が貸してくれたマーカで、ガンモがそのカードにメッセージを綴る。
「39才のおたんじょうびおめでとう! これからも、ずーっと一緒だからなあ」
子供みたいな字でそう書いてある。ガンモはあったかいヤツだ。

 ところで、私たち夫婦の誕生日は、ちょっと変わっている。今日は私の誕生日だったはずなのだが、ガンモは自分用に高級デジカメを買った。鉄道を撮るためには、タイムラグのないデジカメが必要なのだそうだ。通常、デジカメというものは、シャッターを押してから実際にシャッターが切れるまでに時間がかかってしまう。一眼レフ式のデジカメだと、この問題が解消されるのだ。今日買ったデジカメは、「まるみの誕生日記念」ということらしい。
「えっ? そのデジカメ、私にくれるんじゃないの?」
と言うと、
「あげない。触らせてあげるだけ」
と意地悪なことを言う。
「来年、こいつ(今日買ったデジカメ)の一歳の誕生日を、まるみの誕生日と一緒にお祝いするから」
などと言う。何だかなあ。

 しかも、カプリチョーザに行った帰りに、ガンモは自分用の靴を2足買った。仕事用の靴と、今まで履いていた靴がボロボロだったからだ。ガンモは、余程気に入らないと買い物をしない。だから、ガンモが気に入った靴を見つけることができて良かったと思う。そうでなければ、ガンモはずっとくたびれた靴を履き続けることになってしまうからだ。

 私は、自分の欲しいものはいつでも自分で買える状態にある。だから、私の誕生日にわざわざ自分の買い物をして、「まるみの誕生日記念だから」と言ってのけるガンモを面白いと思う。愛のない夫婦なら、ここでケンカになってしまうのかもしれない。でも、私にとっては、ガンモが気に入ったデジカメを買ったことや、気に入った靴を買ったことが、同時に私の喜びでもあるのだ。

 結婚して初めての私の誕生日は、もっと変わっていた。そのとき私は31歳の誕生日を迎えたわけだが、二人とも仕事で帰りが遅くなってしまい、仕事の帰りに仕方なく、自分でサーティーワンアイスクリームに寄って、デコレーションケーキを買って帰ったのだ。
「31歳の誕生日に、自分でサーティーワンアイスクリームのケーキを買って帰った」
まるでシャレのような本当の話だ。

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2004.07.22

我が家を最後に訪れた人

 我が家に最後に人が訪れたのは、今からおよそ4年も前のことである。訪問してくださったのは、写真雑誌のカメラマンと記者の方である。私たちが何かスクープされるようなことをやらかしたのかというと、そういうではない。夫婦でクラシックカメラを集めているということで、取材に来られたのだ。写真雑誌誌の名前は、「フラッシュエキサイティング」。大人向けの写真雑誌だ。カメラ仲間の大先輩を通じて、取材の申し込みがあったため、お受けしたというわけである。

 私たちの家には、当時から既にモノがたくさんあったので、自宅での取材となると、とにかく家の中を片づけるのが大変だった。取材はリビングで行われたのだが、リビングのあちこちに散らばっていたガラクタを和室に運び込み、和室に入り切らない段ボールなどは、バルコニーに追いやった。取材の途中、バルコニーでカメラを構えてくださいと言われたらどうしようとヒヤヒヤしていた。

 こんなふうに、二人して一生懸命片付けたのに、取材に来られた方たちは、私たちの住まいを見て目を丸くしていた。取材の詳しい状況については、「フラッシュエキサイティング」取材レポートをご参照いただけたらと思う。

 さて、取材は無事に終了し、後日、FAXでゲラが送られて来た。なるほど、文章が良く練られ、きれいにまとめられている。それからしばらくして発売となったのだが、ガンモの実家と私の実家の反応がそれぞれ違っていておかしかった。私は、自分の実家には電話で雑誌に載ることを伝えておいたのだが、ガンモの実家には、大人向けの雑誌だったこともあって黙っていた。わざわざ本屋に出向かなくても、実家に帰ったときに掲載誌を見せようと思っていたのだ。一方、私の両親は、掲載誌を本屋に買いに行って、親せきの人にも見せて大騒ぎしていた。年末にガンモの実家に帰ると、
「雑誌に載ったんやって?」
と義母に言われてギクリとした。実はそのとき、その掲載誌を見せようと、実家に持って帰っていたのだが、慌てて引っ込めた。義母の話によれば、義弟がたまたまその雑誌を購入し、私たちが載っているのを見つけたらしい。自分の息子夫婦が雑誌に載っているのを見つけても、実際に会うまで黙っているガンモの両親と、親せきにも見せて大騒ぎする私の両親の大きな違い。実に対照的で面白かった。

 あの取材以来、我が家は荒れ放題となった。理由は、あんなに一生懸命片付けても意味のないことがわかったからだ。私たちがどんなに片付けても、世間一般の「整理整頓された状態」からはかけ離れている。だからあれ以来、我が家は、遊びに来たいというお客さんを頑なに拒み続けている。我が家で見たことを、絶対に口蓋しない人なら考えてもいいが。(^^;

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2004.07.21

女性もののシューズ

 いつだったか、休日用のズックがないというガンモを連れて、靴屋さんに行った。ガンモはそこで、女性ものだがとても心引かれる靴を見つけた。ガンモはどうしてもその靴が欲しかったらしく、自分でレジに行くのは恥かしいからと、私に会計を任せた。

 私は、自分の足のサイズが22センチなのに、ガンモのサイズの25センチの靴を持って、ちょっと複雑な想いを抱えながらレジで会計を済ませた。

 ガンモは、その靴がひどく気に入って、外に出かけるときはいつも履いていた。あれからずいぶん経ったので、今やその靴もボロボロになってしまった。あれ以来、ガンモは女性ものの靴に目をつけていて、私と一緒に靴屋さんに入ると、男性もののシューズよりも先に、女性もののシューズを丹念に見る。そして、私がガンモから離れると、「俺から離れないで。恥かしいから」と言うのだ。まったく、女性ものの下着を買うんじゃないんだから。

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2004.07.20

お会計は別々で?

 きのうのお昼は銀座で寿司定食を食べたのだが、お会計をするためにレジに行くと、
「お会計は別々で? それとも、ご一緒でよろしいですか?」
と店員さんに聞かれた。おそらく、私ちがまだ恋人同士に見えてしまうのだろう。「おいおい、私たちは結婚して丸8年なんだぞ」と思ったが、こういうことはこれまでにも何度か経験があることだった。しかし、素直に喜んでいいものかどうか、ちょっと悩んでしまう。

 ちなみに、きのうの私たちの格好は、お揃いの体型にお揃いのシャツ、それから、お揃いの帽子をかぶり、お揃いのリュックを背負っていた。

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2004.07.19

良く笑い、良く食べた

 きのうは、この5月にご結婚されたばかりの友人ご夫婦と夕食をともにし、ご馳走になった。彼らの引き合う愛のパワーの強さに関しては、この「ガンまる日記」にも何度か書かせていただいたことがある。彼らは、写真という共通の趣味を通じて知り合い、数百キロの距離をものともせず、短期間のうちに固く結ばれた。

 もともと友人だったのは男性の方で、私のカメラ仲間だった。のちに、ガンモと私の共通の友人になり、東京に出掛けたときは良く三人で食事をしたものだった。彼の奥さんとなった彼女は、この「ガンまる日記」に何度も目を通してくださって、何度かメールをいただいたことがある。そこには、彼に対する熱い想いがたっぷりと綴られていて、私は本当にいい奥さんに巡り会えたなあと喜んでいた。

 早くお会いして、三人ではなく、四人でお食事ができたらなあと思っていたのだが、ここ最近の暑さのせいで、彼女の体調がそれほど優れない状況であるにも関わらず、わざわざ出てきてくださり、その夢が実現した。地方の都市から東京へ出て来た彼女は、今やすっかり彼の土地や家族に馴染んでいた。これまで夜型だった彼女が、彼と結婚してから、生活のリズムや好みなどが、彼のお母さんとシンクロしているのだそうだ。更に私がうれしくなったのは、二人の爪の形がそっくりだと言って、見せてくれたこと。手の反り方まで本当にそっくりで、おまけに、彼女も含めた一家全員が、足の指でグーチョキパーができるほど開くのだそうだ。

 そんなことやあんなことを、まるで初めて会ったのが嘘のようにあれこれ話して、おなかいっぱい食べて、そしてたくさん笑った。私はビールをたくさん飲んだことも手伝って、すっかり上機嫌だった。

 やはり、愛は含有し、そして相手の環境に馴染んで行くものだと実感した。そうでなければ、初めて会ったのに、まるでずっと以前からの知り合いのように、あんな風に笑ったりできないのではないだろうか?

 男女の引き合う力は本当に素晴らしい。願わくば、もっと早くに二人が出会っていて欲しかったなあと思う。そうすれば、もっと早くから四人で楽しく食事をすることができただろうに。改めて、お二人のご結婚を祝福したい気持ちでいっぱいになった。そして、素晴らしいお食事と愛のはなしをご馳走さま。

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2004.07.18

寄り添って眠る

 さて、ゆうべ私は結局、枕と布団を持って、ガンモのいる下段のベッドに潜り込んだ。ベッドの広さは、我が家のシングルベッドよりもほんの少し狭い程度だった。電車の揺れが激しく、ほとんど眠れなかったのだが、私たち夫婦は寝台急行「銀河」の旅がとても気に入った。金額的にも新幹線より割高になるというのに、今度から東京に行くときは「銀河」を使おうという話にまでなっている。狭いスペースで二人で身を寄せ合って眠るということが、こんなにも楽しいものだということを、この旅は実感させてくれたのだ。

 電車が大船駅に着く少し前、車内アナウンスが流れた。それを聞いたガンモが私におはようのキスをする。私はそのキスがとてもうれしくて、
「銀河、気に入った」
と言った。
「俺も気に入った。また乗るから」
とガンモが言う。

 大船を出ると、あれよあれよという間に終点の東京駅に着いた。

 おそらく、乗っている人たちも鉄道好きの人たちなのだろう。電車を降りても、電車の側を離れようとせず、「銀河」が回送されるまでホームで待ち、そして見送っていた。

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2004.07.17

寝台急行「銀河」の夜

 今、私は、東京行きの寝台急行「銀河」の中でこれを書いている。A寝台で、ガンモは下段のベッド、私は上段のベッドである。ああ、私たちもとうとう別々のベッドで夜を過ごすことになってしまうのだろうか? さっき、ガンモのいる下段の様子を見てみたのだが、頑張れば何とか二人で寝られそうな広さである。やはり、ガンモのベッドに潜り込むべきか?

 実は、私はひどい高所恐怖症なので、階段を使って上段から下段に降りるのがものすごく怖い。ガンモも、窓のある下段がいいらしい。やはり、二人とも下段で寝るのが一番いいだろう。それにしても、寝台急行はひどく揺れる。パソコンに向かっていると酔いそうになるので、この続きはまた明日。

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2004.07.16

トイレ争奪戦

 実に不思議な現象なのだが、ガンモと私は同時に便意をもよおすことが多い。仕事に出かけた日は、お互いにお昼ご飯を食べる時間も違うはずなのに、とても不思議である。今日もそうだった。いつも一つのコップでお茶を飲み、一つのお椀で仲良く味噌汁をすすっている私たちだが、このときばかりは一つしかないトイレを争うことになる。余裕のないときは、こんなのは自己愛だなどと言ってられない。

 外に出掛けて帰って来たときも、ガンモは家に入る前から、
「俺、トイレ予約したから」
などと言う。おいおい、ちょっと待ってよ、私だって行きたいんだよ。

 だいたいにおいて、私のほうがトイレの占有時間は短い。ほとんど快便なのだ。しかしガンモは、トイレにこもる。
「もういいんじゃないの?」
と我慢し切れずに私がプッシュすると、
「はい、終わり」
と言って立ち上がり、流さずにそのまま私にバトンタッチする。
「流さないの?」
と尋ねると、
「サービスしとくから」
と言う。

 どうも、うちにはヘンなサービスが多い。

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2004.07.15

自己愛について考える

 今日予定されていたエアロスミスの広島公演が、メンバーの怪我により、中止になってしまったそうだ。私はエアロスミスのファンではないが、これまでに何度か、切符を買って楽しみにしていたアーチストのライブが延期になった経験がある。

 一つは、ヴォーカルのジョン・アンダーソンの怪我により、来日が半年間延期になってしまったイエスの公演。このとき、多くのファンは、ジョン・アンダーソンの怪我の具合よりも、公演が延期になったことを嘆いていた。つまり、自分の心配をしていたのだ。私は、ファンとしてそれは違うだろうと思っていた。まるで、人身事故のために遅れた電車を恨むかのようだ。

 もう一つは、ヴォーカルの草野正宗が風邪を引いたため、延期になってしまったスピッツの公演。このときは、正宗以外のメンバーが舞台に登場し、正宗からのメッセージを読み上げ、みんなに深くお詫びした。しかし、私の知る限り、スピッツのファンはうれしくなるほど理想的で、自分のことよりも、正宗の病気のことを本気で心配していた。

 これらは、あくまで、愛を知る上でのサンプルに過ぎない。楽しみにしていた予定を変更しなければならないような状況が起こったときに、自分のことを優先させて考えるか、それとも、予定変更の原因となった人のことを気遣ってあげられるかどうか。どちらが愛のある行為かと言うと、間違いなく後者だろう。

 そう考えて行くと、例えば「寂しい」という言葉一つを取ってみても、その言葉が本当は、相手のことを気遣っているのではなく、自分の状況を述べたもの、すなわち自己愛に過ぎないということがわかって来る。その前に、愛する人を寂しくさせてしまう相手の状況を把握しなければならないのだが。

 多くの恋愛において、相手への愛よりも自己愛を重んずるケースが多いのは、非常に残念なことである。また、人が自己愛に走ろうとするとき、その原因を辿って行くと、別の自己愛が息を潜めていることが多い。つまり、自己愛が自己愛を呼び、悪循環となっているようだ。

 私が誰かの愛のはなしに耳を傾けるとき、それが自己愛なのか、相手への愛なのかに注目する。たとえそれが自己愛のように感じられても、両者の間に分離が見られないのであれば、それはとても美しい。しかし実際のところ、自己愛の多くは、相手と分離した個々の自己愛に過ぎないことが非常に残念である。

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2004.07.14

芸術は似合わない

 心が満たされた状態にあると、芸術という間接的な手段を使って、特別何かを表現したいとは思わなくなるようだ。言い換えれば、芸術への渇望が失われてしまう。

 ガンモと私は、ある由緒正しいクラシックカメラのサークルに所属していた。ほとんどのクラシックカメラのサークルは、夫婦で楽しめるようにと、夫婦で入会しても年会費が半額になったり、また、たとえ入会が認められるのは男性だけだったとしても、夫婦でのイベント参加は認められていたりする。しかしそのサークルは、夫婦で参加するのにまったく特典のないサークルだった。夫婦で入会していると、同じ会報が同じ住所に二つ送られて来る。ただそれだけのことだった。そんな経緯も手伝って、ガンモはそのサークルから脱会し、現在は私だけが残っている。

 そのサークルは、年に2回のペースで写真展を行っている。結婚当初、私はガンモの写真を、ガンモは私の写真を、作品として出展していた。私が撮りたいと思う対象はガンモだったし、ガンモが撮りたいと思う対象は私だった。しかし、対象にこだわったせいか、私たちの作品のレベルはあまりにも低かった。そして、あるお偉いさんからお叱りの言葉を頂戴してしまったのだ。
「別に、あなたたちの夫婦生活を公開して欲しいなんて思ってないんですよ」

 その方は、写真を撮ることやクラシックカメラの方面において、社会的なステータスを持っていらっしゃる方だった。しかし、機嫌が良かったり悪かったりと、ちょっと気むずかしいこともある。おそらく、クラシックカメラに興味を持っていらっしゃる方なら、その方の名前を聞けば、ほとんどの方がご存じのことと思う。その方のおっしゃることもごもっともだと思った。おそらく、幸せな夫婦が芸術を探求するのは似合わないのだ。

 芸術家は気分が不安定で、気むずかしい。自分だけのこだわりを持ち、そのこだわりを理解してくれない人との間には厚い壁を作ろうとする。芸術家が自分の作品に注ぎ込むエネルギーはまさに、安定を渇望するエネルギーである。だから、すでに安定を得た人は、芸術が似合わないのだ。

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2004.07.13

財布をひとつに

 結婚してすぐに、私は派遣社員として関西で働き始めたのだが、そこで知り合った独身男性に、
「ご家庭では、お金の精算はどのようにされてるんですか?」
と尋ねられた。当時の私たちは賃貸アパートに住んでいたので、
「家賃は夫の口座から引き落とされて、生活費ともろもろの口座引き落としは私の担当ですよ」
と答えた。その男性は、しばらく考えてから、
「じゃあ、財布が二つあるんですね」
と言って、含み笑いをした。

 私は、この男性に言われたことの意味が、しばらくわからなかった。その男性に説明を求めると、ガンモのお金、まるみのお金というふうに、お金を分けて考えているうちは、例え夫婦であっても財布が二つあるということになるのだそうだ。

 それからすぐに、私たち夫婦はお金に関する考え方を改めた。それまで、自分の口座のキャッシュカードしか持っていなかった私たちが、お互いの口座に家族カードを作って、それぞれ持つようにした。ガンモのお金、まるみのお金という意識を持たなくなり、お互いの口座のお金を自由に引き出すようになった。今になって思えば、こんな当たり前のことをどうしてもっと早く実践しておかなかったのかと思うのだが、結婚したばかりの私にとっては、この男性に言われたことはかなりカルチャーショックだった。

 あの独身男性は、もうご結婚されたのだろうか。彼自身の恋愛について深く聞くこともなく、派遣の契約が切れてお別れになってしまったのが残念でならない。彼のおかげで、私たち夫婦の財布が一つになれたというのに。この場をお借りして、ありがとうと言いたい。

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2004.07.12

ベッドの上で取る食事

 今日は、ガンモの仕事が休みだったので、私はそそくさと仕事を上がり、自宅近くのスーパーで夕飯の買い物をして帰った。職場を出た直後にこれから帰るとガンモに電話をかけたのだが、ガンモはてっきり私と外食するものと思い込んでいたようで、私に呼び出されてもいいように、外に出て待機していたらしい。家に帰るとガンモの自転車がなかったので驚いた。すぐにガンモから携帯電話に連絡が入り、ガンモを自宅に呼び戻す。ガンモは近所のカメラ屋さんに行ったあと、私がさきほど足を運んだばかりのスーパーにいるらしい。連絡を怠ったばっかりに、すれ違ってしまったようだ。

 ガンモが家に帰って来てから、一緒に夕飯を食べた。私たちの食事は、いつもベッドの上で取ることになっている。そこ以外に、二人で一緒に食事ができるようなスペースがないからだ。お盆の上にご飯とおかずを乗せて、一つのコップで麦茶を飲む。一つの入れ物に入ったおかずを分け合う。これが私たちの食事である。

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2004.07.11

私の結婚観

 人は結婚観を語るとき、自らの経験に基づいて語ろうとする。だから、幸せな結婚をしている人が結婚について語れば結婚の素晴らしさを強調することになり、反対に、苦悩の多い結婚をしている人が結婚について語れば、結婚の不自由さを強調することになる。

 今日、読ませていただいた日記の中に、凄まじい夫婦関係を綴ったものがあった。それは、性欲の激しい夫にセックスを強要されるという内容のものである。その夫は子供の寝ている前でも妻にセックスを強要し、妻はそのことで夫に対して不信感を持ち、家庭内離婚のような状態に陥っているらしい。

 はっきり言ってこれは、愛のない夫婦の話である。愛のない夫婦が結婚について語れば、自由意思の狭さを強調するものになってしまう。しかし、これと同じようなことを愛のある夫婦に当てはめた場合、状況がまったく異なって来るのではないだろうか。

 まず、愛のある夫婦は、セックスを強要したりしない。これは絶対である。何故なら、セックスそのものが、自分の欲求を満たすためのものではないからだ。更に、セックスを強要されなくても、相手に応えようとする。

 それから、子供の前でセックスをするということについて。私たち夫婦には子供がいない。それは、積極的に子供が欲しいとは思っていないからだ。そのように思うには、妊娠・出産に対する恐怖心の克服が必要であるなど、いろいろな理由があるのだが、その中の一つに、夫婦であれ、子供であれ、愛情で結ばれた対象とは対等な関係でいたいという強い想いがある。夫婦の間に秘密がないのに、子供ができると子供に秘密を作ってしまうのは気持ちが悪いのだ。言い換えると、もしも私たちに子供がいるとするなら、子供にもセックスを見せたい気持ちがあるということだ。何故ならセックスは、男女のもっとも愛情ある行為だと思うからだ。そのもっとも愛情ある行為を子供に隠しながら生きなければならない社会に、私は反発したい。愛情ある夫婦のセックスを子供に見せることは、エロ本やエロビデオなどの存在よりももっともっと大切なことなのではないだろうか。

 このように、どのような結婚をしているかで、人々の結婚観は大きく異なって来る。だから、結婚観を語れば、その人がどのような結婚をしているかがわかる。愛のある結婚をしている人は、「制度」という枠の中から外れ、むしろ「自由」に生きている。しかし、例え「自由」であっても、決して脱線したりしない。反対に、愛のない結婚をしている人は、結婚を「制度」ととらえ、その「制度」に甘えようとする反面、「制度」というしがらみの中で生きることになる。そして、結婚が不自由であると嘆く。

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2004.07.10

修羅場を乗り越えて思うこと

 ココログ恋愛カテゴリーにおいても、辛くて苦い恋の経験を書き綴っていらっしゃる方も多い。以前、少しだけ書いたことがあるが、私にもそういった辛くて苦い恋の経験はある。

 それは、ガンモと出会う前のことだった。女性と一緒に住んでいる男性と恋に落ちてしまったのだ。あのときのことを思い返すと、どうしてもそこから逃れられないような強力な引力があったように思う。二人の関係はいつも渦の中にあり、それは栓のないお風呂に水を注ぎ込むような状態だった。つまり、足るということを知らなかったのだ。自分を騙し、本当の自分ではないもう一人の自分を作り上げていた。

 もっとも修羅場だったのは、相手が一緒に住んでいた女性から電話がかかって来たときだった。確か、夜中の3時過ぎだったと思う。連日に渡る遅い帰宅を疑った彼女が、男性を問い詰めたらしい。
「どうして取るんですか?」
と彼女は私に言った。私は何と答えたか覚えていない。相手の男性も彼女の側にいたのだが、普段、私に言ってくれている内容とはまったく別のことを言っていた。彼女が私に電話を掛けて来たということは、男性が彼女に教えたのだろう。

 彼女にばれてからも、その男性と私は会うことをやめなかった。そのときは、どうしても私とは別れたくなかったらしい。そして、いったんは、その彼女と別れたのだ。しかし、実際のところは、二人は住む場所を変えただけで、私の知らないところでお互いの家を行き来していたのだ。

 そのことがわかったのは、彼女と私が電話で長話をするようになってからだ。不思議なことに、彼女にあれほどののしられたはずなのに、彼女と私はわだかまりなく会話をすることができた。その会話の中で、別れてからも、彼とはときどき会っていたのよ、と彼女は言った。私が電話をかけたときに一緒に部屋にいたことなどを、彼女の口から聞かされたのだ。ショックだった。信頼できない男性だと思った。それでも私はまだ、その男性から離れられなかった。彼女と私は男性を悪者にした。一人だけ傷ついていない人がいるよね、と。

 結局その恋は、私が一方的に振られる形で突然終わりを告げた。彼女が期間を限定し、それまでは男性のことを待っているからと約束していたそうだ。その期限がやって来たとき、男性は私のもとを去って行ったのだ。

 しかし、いったん別れてからも、私がまだその男性のことをひきずっていたせいで、何度か会っていた。私はその男性と会っているときに、彼女に電話をかけた。「今、一緒なんですよ」と。今思えば、本当にバカなことをしたと思う。かつて、彼女がその男性と別れたあとにも会っていたことへの、仕返しのつもりだったのだ。

 そのことが男性にわかってからというもの、男性は私とは一切関わろうとしなかった。つまり、男性が本当に守りたかったのは彼女だったのだ。

 その男性と別れてからの私は、とにかく辛い毎日を送った。およそ3ヶ月もの間、毎日のように泣き続け、仕事もこなし、家に帰ると身体を掻き毟っていた。

 その頃私は、退行催眠を行い、自分の過去世の映像をはっきりと見た。その結果、前世でその男性とどんな関係にあったのかを知ることになる。簡単に言えば、前世では、その男性と私は立場が逆だった。だから、私が体験したことは、そのときの男性の痛みを知るためだったのだろう。過去世を見終わったあと、自分の涙ではない涙がたくさん出て来た。尋常じゃないほどの感情を伴い、被害者であるはずの自分が、その男性に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになったのだ。

 その苦しみを乗り越えたあと、私はガンモに出会った。ガンモと出会えたことは、苦しみを乗り越えたごほうびだったと今でも思っている。

 ガンモとは裏切りのない信頼の関係で、その男性と体験して来たこととまるで正反対だった。私は、自分自身をも騙し、我慢に我慢を重ね、その男性と彼女を一生懸命切り離そうとしていた。でも、ガンモとの愛の体験を通して強く思う。当時の私は、これこそが愛だなどと信じて疑わなかったが、あれは愛などではなかった。愛は切り離しを行ったりしない。もっとオープンで、うれしくて、相手を取り巻く環境までも含有しようとする、感動の体験だ。同じ涙を流すにしても、悲しみや辛さから流す涙とはまったく違う。

 しかし私は思うのだ。私の体験した修羅場は、愛が何であるかを知るためのステップに過ぎなかったのだと。私たちはまだまだ未熟な存在だから、愛を段階的に知る。いきなり至高体験がやって来ても、それを受け入れられる準備が整っていなければ、吸収できないだろう。そのために、幸せの対比としての苦しみや悲しみを体験することは、私たちの魂を磨いて行く上で必要なことなのではないだろうか。

 辛くて苦い恋は、人を大きく成長させる。でも、その経験は、もっともっと純粋で崇高な愛を知るための道に、確実に繋がっている。だから、いつまでもそこに停滞していてはいけないと思う。

 もしもあのときの気持ちが愛ならば、私は今でもその男性のことを想い続けているはずである。何故なら、愛は決して劣化するものではないからだ。更に、その男性を取り巻く環境、すなわち、彼女の存在をも含めて愛することができたのではないだろうか。しかし、実際はそうではなかった。その男性への想いは、まるで消耗品のようにとっくの昔に消えてなくなってしまったし、当時の私は一生懸命、男性から彼女を切り離すことばかり考えていた。そして、私はもっと素晴らしい愛を知ってしまった。だから、あれは愛ではなく恋だったとはっきり言える。そして私はもう、あのときの自分に舞い戻ったりはしない。そして、切り離しではなく、含有に向けて動いて行く。

 だから今、辛くて苦い恋をしている人たちに言いたい。今がゴールではない。愛への探求は、もっともっとうれしくて、思い浮かべるだけでも涙が出るほど感動的なものだ。辛くて苦い恋に、高い授業料を払ったと思えばいい。平坦な関係だけでは、決して知ることのできないマイナスの感情にも振れることができたのだから。そして、その感情は、同じようにプラスにも振れることができるということを、やがて知ることになるだろう。何故なら、私たちは陰と陽の両方の感情を持っているから。だから、どうか苦しい今を乗り越えて、幸せで感動的な涙を流せるようになって欲しい。そして、自分と同じように苦しんでいる人たちに、光の世界の存在を教えてあげて欲しい。

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2004.07.09

恋人時代

 今日は、ガンモと三宮で待ち合わせをして、和風スパゲティーを食べて帰って来た。今週はほとんどガンモと一緒に夕食を取ることができたのではないだろうか。お互いの仕事がそれほど忙しくなく、まだお店の開いている時間に待ち合わせができるのだから。まるで恋人時代に戻ったかのようだ。

 そう言えば、先週の今日、私たちは浴衣を着て、城崎の温泉街を歩いていたのだ。ガンモに、
「浴衣を着て温泉街を歩いたね」
と言うと、
「何言ってんの。シモキタ(下北沢。独身時代、私が住んでいた街)のSubway(サンドイッチショップ)にパジャマを着てったほうがすごいから」
そう言えばそんなこともあった。当時の私は風呂なしアパートに住んでいて、ガンモが来たときは、二人で銭湯に出かけていたのだ。(私は台所にお風呂を作っていたのだが、そっちのお風呂はガンモが恥かしがるので、銭湯を利用していた)パジャマ姿のままで銭湯に行って、そのときにSubwayに立ち寄ったのだ。ああ、何だか懐かしい。

 私たちの恋人時代は、まるで神田川のような世界だった。パジャマ姿なのに、足にはビジネスシューズを履いていたり。(^^; そんなかっこ悪いことを、あとから笑い話にできる関係が、すごくうれしい。

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2004.07.08

お揃い

 今日は、ガンモの仕事が休みだったので、私は早々と仕事を上がり、帰宅途中でガンモと待ち合わせをして食事を取った。結局、今日も外食となってしまったわけだが、塩分やカロリーを気遣って、和食にしてみた。

 外でガンモと待ち合わせたときに、ガンモの姿を見つけると、私はいつもガンモを抱きしめたい気持ちでいっぱいになる。自分の夫なのに、視界に入って来ると、とてもかわいいと思えるからだ。洗いざらしのシャツを着て、私のズボンを履いて、待ち合わせの場所にひょこひょこと現れるガンモ。横に並んで歩くと、背の高さが実にしっくり来る。

 そう言えば子供の頃、弓月光さんの作品だったか、同じ背の高さの男の子に憧れるというような漫画を読んで、自分もそういう恋愛をしたいと思ったものだった。ガンモの身長は163センチ。私の身長は157センチ。私は少し踵の高い靴を履くので、並んで歩くとほとんど変わらない。体型も似通っていて、ズボンも共用している。現在は私の髪型がショートなので、髪型も似ていると言えなくもない。まさしく漫画で読んだ通りの組み合わせだ。

 もしかすると、どちらかが先に痩せれば、もう片方も痩せて来るのだろうか? ちょっと、試してみたいような衝動に駆られてしまう。

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2004.07.07

糖尿病と食生活

 先日の健康診断で、ガンモの血糖値が、合格ラインギリギリのところにあったらしい。義父と義父の兄弟は、糖尿病を患っている。つまり、ガンモは糖尿病の家系なのだ。ガンモもやはり甘いものが大好きで、食後にアイスクリームなどのデザートを好んで食べたりする。実家に帰る度に、義母に甘いものの食べ過ぎには気をつけるように注意されているのだが、ガンモはなかなかやめようとはしなかった。しかし、今回の健康診断の結果を見て、とうとう心配になったようだ。

 これを機会に、私たちの食生活のことも真剣に考えなければならない。共働きで、外食の多い私たち。今日も、ガンモと三宮で待ち合わせてご飯を一緒に食べて帰って来た。ガンモは、普段から荷物が大変多い(仕事のバックには、書類ベースの資料がたくさんつまっている)上に、外回りが多いため、手作り弁当は持参しない。私自身も、かつて手作り弁当を持参しようと心に決めたことがあるものの、続かなくて、今はコンビニ弁当だ。しかし、油分の多いコンビニ弁当はおいしいとも思えないし、健康的だとも思えない。
 
 かつて、仕事仲間に言われたことがある。「外食ばっかりだと、身体壊さない?」と。確かにそうかもしれない。しかし、現実的には、仕事から帰って料理を作ることは、時間的にも非常に難しい。普段から残業が多い上に、片道の通勤時間に1時間半もかかるからだ。例えば20時に仕事を上がれたとしても、帰宅時間は21時半。それからご飯を作るとなると、22時に晩ご飯ということになってしまう。いつもというわけではないが、仕事がもっとも忙しい時期になると、帰宅時間が0時半を回ることもある。やはり、帰宅してからご飯を食べるのは、健康に良くないだろう。

 では、健康のために、私が仕事をやめてご飯を作る? そんな生活も、きっと悪くない。しかし、それが実現するのは、一体いつのことだろう。

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2004.07.06

足して二で割りましょう

 ガンモが仕事から帰って来て、さも暑そうに長袖スーツを脱いだ。この時期に、長袖スーツで働く男性は大変だなあとつくづく思う。私のようにソフト屋をやっていると、例え客先であっても、TシャツにGパンでの出勤OKというところも多い。しかし、ガンモのように外回りの多いハード屋さんとなると、真夏日でも長袖スーツにネクタイ着用が必須となってしまう。

 オフィスで、冷房病になるほどクーラーの冷気を浴びている私と、夏の暑い日に長袖スーツで出かけるガンモ。何とかして足して二で割れないものかなあと思う。

 と同時に、長袖スーツを着用してなければ、ビジネスマンを信用しない社会にも反発心が湧いてしまう。長袖スーツにネクタイを着用して、大ボラを吹いている営業マンだって、この広い世界のどこかにはいるのではないだろうか。いっそのこと、世の中全体が、身なりで人を判断するのをやめてしまえばいいのに。

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2004.07.05

男友達

 最近のココログで、「男女の友情は成立するか?」という話題があちこちで取り上げられているようなので、私も書いておこう。私は、以下のような状況なら、成立させることができると思う。

・自分のパートナー(恋人や配偶者)に対してオープンであり、共存できる対象であること
・肉体的な関係を持たないこと
・どちらかが相手に依存するのではなく、対等であり、お互いを高め合うような関係であること
・男女を超えた間柄であること

 私にも、男友達はいる。いや、友達というよりもむしろ、魂を深く愛しているという感じである。前世から深い関わりのある魂なのだが、そのヘンの人とは語り合えないような深い話もするが、ケンカも良くする。しかし、このケンカがまたやみつきになるほど面白い。女性同士では決して味わえないケンカなのだ。ケンカをする度に、私はガンモに「もう、あいつとはもう交流せんぞ!」と宣言し、「またか」と呆れられている。

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2004.07.04

旅の余韻

 今日は、ガンモと二人で旅の余韻を楽しんだ。これまで温泉嫌いだったガンモを温泉好きにした城崎温泉のいくつもの外湯。どうやら私たちは、すっかり温泉好き夫婦に転身してしまったようで、
「毎月のように、電車に乗って温泉旅行に行こうか」
という話まで持ち上がった。今回体験したように、外湯があって、温泉街を浴衣でてくてく歩けるようなところがいい。

 とりあえず、今月末とお盆の頃にはガタンゴトンツアーや寝台急行の旅が入っているので、9月になってから、南紀白浜温泉に行くことになった。

 ガンモは一日中、時刻表とにらめっこしていたようだ。行きと帰りを別ルートにするので、どの電車に乗るのかプランを練っていたのだ。また、今回利用した食事付きの旅館の雰囲気が忘れられず、会社の保養所を利用する方法もあることに気づいて、福利厚生の冊子をじっと眺めていた。

 とにかく凝り始めると、際限のない私たちである。しかし、何かに凝り始めると、これまで密に関わって来た何かと疎遠になってしまう傾向にある。もう若くないから、新しいものを吸収して行くには、古いものを押し出さなければならないのだ。ガンモに限って言えば、鉄の道を歩み始めてから、クラシックカメラとパソコンから遠ざかりつつある。それでも、一度手に入れたものをなかなか手放さないので、趣味は変わったとしても、モノはどこまでも増え続けてしまう。

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2004.07.03

城崎にて

 『城の崎にて』という小説を書いたのは志賀直哉だったが、その城崎(きのさき)に、ガンモと二人できのうから一泊二日で行って来た。

 城崎は温泉街で、冬場はカニがおいしいことでも有名なのだが、カニの捕れない今は、城崎にとっては言わば閑散期で、温泉街の混み具合もほどほどだった。

 いつも、ガンモと旅行に出掛けるときはビジネスホテルに泊まっているのだが、今回は観光地ということで、旅館の和室を選んで泊まった。和室に泊まるのは、結婚してから初めての試みだった。

 私は学生時代、旅館で泊まり込みのアルバイトをしていたのでわかるのだが、旅館では、夕食をとっている間に布団を敷いてくれて、朝食をとっている間に布団を片づけてくれる。そんなことをすっかり忘れてしまっていて、夕食から帰ったときに布団が敷かれていて唖然としてしまった。何しろ、私たちが旅行で持ち歩くものと言ったら、それぞれのノートパソコンと、128KのAir H"を分岐させるルータ、LANケーブルという、一般的な旅館のお客さんからはかけ離れた道具たちばかりだったからだ。それだけの電気製品を持ち歩くとなると、旅館にあるコンセントだけでは当然足りないので、コンセントを分岐させる三つ叉タップもしっかり用意している。それらを、布団を敷いてくれる旅館の人に見られてしまったのだ。きっと、怪しい夫婦だと思われたに違いない。

 城崎温泉には、外湯と言われる七つの銭湯形式の温泉がある。私たちは旅館の大浴場には入らず、外湯を利用した。浴衣を着て、下駄を履いて夜の温泉街をカランコロン歩いたのだが、夜風が涼しくてとても気持ちが良かった。ガンモは大の温泉嫌いだったのだが、今回の旅行で温泉が好きになったようだ。初めて露天風呂に入ったと言いながら、興奮していた。

 そもそも、今回の旅の目的は、鉄に染まり始めたガンモのプランによるもので、特急「はまかぜ」と特急「北近畿」に乗って、自由区間である城崎周辺を周遊するためのものだった。今日は屋形船にも乗ったし、城崎マリンワールドにも足を運んだ。そして、帰りの電車の時間までの間、二つの外湯に入った。しかし、温泉街に線路があることに気付いたガンモは、私よりも早くお風呂から上がり、時刻表とにらめっこしながら、大好きな電車の写真を撮りまくっていた。

 結婚当初は、二人で過ごすなら、どこにいても変わりがないと思っていた。しかし、こうして外の世界に触れることも大切なのだということが、次第にわかって来た。外の世界にもまた、様々な人たちの愛がある。その愛に触れることも、私たちには必要不可欠なのだ。それは、私たちが二人で体験して来た愛を、私たちの外にいる人たちとの愛と繋げて行くという役割を持っている。特に、今日乗った屋形船は最高だった。屋形船のはなしは、日を改めて、ホームページの日々の気づきのページに書き綴ることにしよう。

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2004.07.02

鯛の額

 誰にでも、言い間違いというのは良くあることだ。今回は、私たち夫婦の数少ない喧嘩の最中に起こった言い間違いのはなしである。

 ずいぶん前のことなので、その喧嘩の原因が一体何だったのか、もうすっかり忘れてしまった。私は喧嘩の最中はやたらと凸になる癖があり、言葉を矢継ぎ早に発して行かないと気が済まない。その結果、頭の回転が、喧嘩の状況に追い付けなくなってしまうことがある。

 そのとき私は、ガンモに向かって、
「鯛の額!」
と言った。場所が狭いことの例えとして、猫の額などと言うが、その言葉が私の頭の中にあったのは間違いない。私はガンモに、「そんなことを受け入れられないなんて、器が小さい」と言いたかった。しかし、私の口から咄嗟に出て来た言葉は、「鯛の額」だった。

 「鯛の額? 何、それ?」
ガンモがそう言って笑った。私も自分の発した言葉がおかしくなって、さっきまで怒っていた顔が急にほころんで、笑い顔になった。喧嘩の最中だったのに、二人で笑った。私の言い間違いは私たちに、もっともおもしろおかしい形で仲直りのきっかけを与えてくれたのだった。

 それ以来、「ガンモは鯛の額だから」などという冗談が、私たちの間で流行ったことは言うまでもない。

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2004.07.01

宇宙から帰って来たロシアの人

 誰にでも、聞き間違いというのは良くあることだ。今回は、お風呂の中で起こった聞き間違いのはなしである。

 私が派遣されている企業は、東京の府中にも事業所を構えている。そこに出向していた人が、元々の赴任先である神戸に戻って来て部長になるという話を、ガンモに聞かせたときのことだ。ちなみに、その人は芦屋に住んでいる。

まるみ「今度、府中から帰って来た芦屋の人が部長になるんだよ。異例の昇進なんだって」
ガンモ「ええっ? 宇宙から帰って来たロシアの人!?」
まるみ「違う、違う。府中から帰って来た芦屋の人だよ」
ガンモ「ああ、府中か。びっくりしたあ。宇宙から帰って来たロシアの人がホントに部長になるのかと思った。宇宙とロシアって、何となく自然な感じて結び付くし」

 お風呂の中でこれほどまでにおなかを抱えて笑ったことがあっただろうか。とにかく二人で顔をくしゃくしゃにしながら、涙が出るほど笑い合った。通勤の途中、電車が芦屋を通過する度に、ここがロシアと間違えられたことを思い出しては、密かにクスクス笑っていていた。

 後日、仕事仲間にこの話をしてみたのだが、あまりウケが良くなかった。やはり、お風呂の中で絶妙なタイミングで交わされた会話であったことに、特別な意味があったのかもしれない。

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