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2004.06.28

ビックリカー

 ガンモは古い車が大好きで、私と知り合った頃は、昭和45年製の日産セドリックに乗っていた。その車を運転して初めて私の実家に来たときに、高速道路の料金所の出口で待っていた私は、大きな車体に角張ったデザイン、そして懐かしの三角窓に声を立てて大喜びしたものだ。


 ガンモは当時、私の一人暮らしの部屋をビックリハウスと呼んでいた。ビックリするくらいモノがたくさんあって、ビックリするくらい散らかっていて、ビックリするくらい落ち着くことができるという理由からだ。私はそれにちなんで、ガンモのこの車をビックリカーと名づけた。

 結婚して初めてのお正月、二人で四国の実家に帰ったときのことだった。両方の実家を訪問し、いよいよ帰ろうというそのときに、ビックリカーの様子がどうもおかしいことに気づいた。走行中に、エンジンの馬力が急激に下がってしまうのだ。そのとき、冷却水の温度計が異常に高い温度を示していたので、ガンモが車を止め、ボンネットを開けて様子を見たのだが、特に変わった様子はなかったと言う。

 その後、しばらくその現象が再発しなかったので、私たちは高速に乗った。しかし運悪く、高速道路でその現象が再発してしまったのだ。それまで80キロくらいで走っていたのが、突然20キロに落ちてしまう。このままでは、高速道路を走り続けることは不可能だった。

 トンネルに入ったとき、このままでは非常にまずいということになり、トンネルの中の退避帯に車を止めて、しばらく様子をうかがった。少し車を休めてエンジンを冷やすと何とか復旧するようだが、目的地まではまだまだ走り続けなければならなかった。待避帯といえども、私たちのすぐ隣を車が高速でびゅんびゅん通り抜けて行く。帰省ラッシュのため、交通量は普段よりもはるかに多いはずだった。私たちは二人ともトンネルの中でビックリカーの確認のために車を降りたが、車に戻るときに味わった恐怖を一生忘れることはないだろう。車に乗るためにはドアを開けなければならなかったが、開けたドアと高速道路を走っている車の間には、ほんのわずかの隙間しか空いていなかったのだ。退避帯が用意されているとは言え、高速道路を走っている人たちは、まさかこんなところに車が停車しているとは思ってもいないだろう。一歩間違えば、大きな事故につながるところだった。

 それでも何とか車の中に戻り、命からがらトンネルを出ると、しばらく渋滞が続いた。どうやら事故があったらしい。そして、その渋滞のおかげで、ビックリカーにほとんど負荷がかからずに済んだのだ。

 ようやくサービスエリアに着き、ボンネットを開けて、ラジエータの蓋を開けようとしたとき、ガンモが悲鳴をあげた。
「あちーっ!」
ラジエータの蓋が取れると、中からぶくぶくと白い泡が溢れ出して来た。私はわけがわからず、ただおろおろしていた。
「そっかー。」

ガンモにはようやく原因がわかったようである。ラジエータの中から水が漏れていて、ラジエータの中の水分が足りなくなっていたようなのだ。そこで、ラジエータを水で冷やすため、水を加えたところ、入るわ、入るわ。追加しても追加しても、どんどん入るのだ。水分がすっかり失われてしまっていたしい。これなら、冷却水の温度計が異常に高くなっていたのも説明がつく。

 ガンモが言うには、ヒータの配線をしたときに、水漏れ防止剤を使用したが、それがいたずらしているようだとのことだった。もともと、ビックリカーでヒータを使用すると水漏れが発生していたのだそうだ。その水漏れを防止するための防止剤が、どうも不当な働きをしていたらしい。

 原因がわかってホッとしたものの、高速道路のトンネルの退避帯で味わった恐怖は、私たちの胸に深く焼き付いた。それにしても、事故の渋滞に救われたというのは、何だか申し訳ないような気がしている。

※この記事は、ホームページで公開していたものに手を加えたものです。

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