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2004年6月

2004.06.30

サービス満点の床屋さん

 ガンモの髪の毛を私が切っていることは、以前ここに書いた通りだ。髪の毛が伸び始めてから切るまでのガンモの態度の変化はなかなか面白い。ガンモの髪の毛が伸びて来たことに先に気付くのは、たいてい私のほうだ。

まるみ「ガンモ、最近、髪の毛が伸びて来たね」
ガンモ「うん」

 このやりとりが2、3回続いたあと、ガンモはようやく自分の髪がうっとおしいと感じるようになる。すると、ガンモは私の顔を見る度にこう言うのだ。
ガンモ「ねえ、髪の毛、切ってよ」

 そう言われてからも、しばらく私がじらしていると、今日こそは切ってくれと懇願されてしまう。

 その懇願の日が、きのうだった。ガンモが裸になって先に浴室に入り、シャワーを使って自分の髪の毛を濡らす。続いて私も裸になって浴室に入り、裸のまま私が床屋さんになってガンモの髪の毛を切る。私もお風呂に入るつもりだったので、何のためらいもなく裸になったのだが、お客さんのガンモがこう言った。
「ねえ、何でまるみまで裸になるの?」

 確かに、そう言われてみればその通りだった。髪の毛を切ってもらう立場のガンモは、髪の毛を濡らすから裸になるのはおかしくない。でも、私は・・・・・・?

 私はすかさず、
「サービスだから」
と答えておいた。

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2004.06.29

歓喜天

 このブログを飾っているのは、歓喜天(聖天)という仏像の写真である。歓喜天は、男女和合にご利益のある仏像で、上半身ばかりでなく、下半身もしっかりと結び付いている。実際にお祀りされているお寺などでも、この仏像が一般の人たちの目に触れることはほとんどない。つまり、いい加減な信仰が許されない秘仏なのである。

 私がこの秘仏を骨董屋さんで見つけたのは、ガンモと出会う少し前のことだった。数万円の値段がついていたが、あまりもの美しさに感動し、この仏像をずっと探し求めていたことを告げると、かなり値引きしてくれた。何と言っても、男女ペアの象が固く固く抱き合って、幸せそうな顔をしているのがたまらない。

 女性の象は十一面観音の化身と言われ、男性の象であるビャナカ王の足を押さえつけるような形で立っている。これについては面白いエピソードがあるので、興味のある方はネットで検索してみて欲しい。

 私は、男女の親密な関係を肯定できるかどうかを、この歓喜天に強く惹かれるか否かによって判断することが多い。実際、こういった仲の良い男女の仏像を目にしても、まったく何も感じないと言う人もいれば、反対に気持ち悪いとまで言ってしまう人もいる。男女の親密な愛の話に取り憑かれている私は、こういう意見を聞くと、彼らとは男女の親密な愛の話ができないと感じてひどくがっかりしてしまう。彼らは、男女が抱き合ってうれしそうにしている姿を受け入れないようにすることで、自分が傷つかないようにコントロールしているのかもしれない。

 だから、ガンモがこの仏像をとても気に入ってくれたときはうれしかった。ガンモは歓喜天を見て、
「これは俺らだから」
と言った。そして、私たちが抱き合うときも、いつも歓喜天の真似をして抱き合っている。

関連写真:お気に入りの仏像

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2004.06.28

ビックリカー

 ガンモは古い車が大好きで、私と知り合った頃は、昭和45年製の日産セドリックに乗っていた。その車を運転して初めて私の実家に来たときに、高速道路の料金所の出口で待っていた私は、大きな車体に角張ったデザイン、そして懐かしの三角窓に声を立てて大喜びしたものだ。


 ガンモは当時、私の一人暮らしの部屋をビックリハウスと呼んでいた。ビックリするくらいモノがたくさんあって、ビックリするくらい散らかっていて、ビックリするくらい落ち着くことができるという理由からだ。私はそれにちなんで、ガンモのこの車をビックリカーと名づけた。

 結婚して初めてのお正月、二人で四国の実家に帰ったときのことだった。両方の実家を訪問し、いよいよ帰ろうというそのときに、ビックリカーの様子がどうもおかしいことに気づいた。走行中に、エンジンの馬力が急激に下がってしまうのだ。そのとき、冷却水の温度計が異常に高い温度を示していたので、ガンモが車を止め、ボンネットを開けて様子を見たのだが、特に変わった様子はなかったと言う。

 その後、しばらくその現象が再発しなかったので、私たちは高速に乗った。しかし運悪く、高速道路でその現象が再発してしまったのだ。それまで80キロくらいで走っていたのが、突然20キロに落ちてしまう。このままでは、高速道路を走り続けることは不可能だった。

 トンネルに入ったとき、このままでは非常にまずいということになり、トンネルの中の退避帯に車を止めて、しばらく様子をうかがった。少し車を休めてエンジンを冷やすと何とか復旧するようだが、目的地まではまだまだ走り続けなければならなかった。待避帯といえども、私たちのすぐ隣を車が高速でびゅんびゅん通り抜けて行く。帰省ラッシュのため、交通量は普段よりもはるかに多いはずだった。私たちは二人ともトンネルの中でビックリカーの確認のために車を降りたが、車に戻るときに味わった恐怖を一生忘れることはないだろう。車に乗るためにはドアを開けなければならなかったが、開けたドアと高速道路を走っている車の間には、ほんのわずかの隙間しか空いていなかったのだ。退避帯が用意されているとは言え、高速道路を走っている人たちは、まさかこんなところに車が停車しているとは思ってもいないだろう。一歩間違えば、大きな事故につながるところだった。

 それでも何とか車の中に戻り、命からがらトンネルを出ると、しばらく渋滞が続いた。どうやら事故があったらしい。そして、その渋滞のおかげで、ビックリカーにほとんど負荷がかからずに済んだのだ。

 ようやくサービスエリアに着き、ボンネットを開けて、ラジエータの蓋を開けようとしたとき、ガンモが悲鳴をあげた。
「あちーっ!」
ラジエータの蓋が取れると、中からぶくぶくと白い泡が溢れ出して来た。私はわけがわからず、ただおろおろしていた。
「そっかー。」

ガンモにはようやく原因がわかったようである。ラジエータの中から水が漏れていて、ラジエータの中の水分が足りなくなっていたようなのだ。そこで、ラジエータを水で冷やすため、水を加えたところ、入るわ、入るわ。追加しても追加しても、どんどん入るのだ。水分がすっかり失われてしまっていたしい。これなら、冷却水の温度計が異常に高くなっていたのも説明がつく。

 ガンモが言うには、ヒータの配線をしたときに、水漏れ防止剤を使用したが、それがいたずらしているようだとのことだった。もともと、ビックリカーでヒータを使用すると水漏れが発生していたのだそうだ。その水漏れを防止するための防止剤が、どうも不当な働きをしていたらしい。

 原因がわかってホッとしたものの、高速道路のトンネルの退避帯で味わった恐怖は、私たちの胸に深く焼き付いた。それにしても、事故の渋滞に救われたというのは、何だか申し訳ないような気がしている。

※この記事は、ホームページで公開していたものに手を加えたものです。

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2004.06.27

手作りの喜び

 TOIECを受けに行っていたガンモが新しい携帯電話を買って来た。4年間もブランクがあったため、高性能の携帯電話を手にして、まるで初めて携帯電話を買ってもらった子供のように大はしゃぎしている。帰って来るなり、
「ねえねえ、『ドロロンえん魔くん』の和音付きの着メロを作ってよ」
と私に言う。ここに来てようやく私の愛妻着メロが活躍するときが来たようだ。

 シーケンサに向かい、MIDIファイルを作成し、DoCoMoのmldファイルに変換するまでおよそ1時間半。変換した着メロをアップロードしたサイトをガンモの携帯電話にメールで送信する。しかし、ダウンロードしたガンモから、
「音が小さい」
と言われ、やりなおす。変換するときに、どうも音量が劣化してしまうようだ。

 いろいろ試行錯誤を重ねながらも、出来合いのものではなく、自分の手作りのものがガンモの役に立っているのだという喜びとともに、それがすっかり私の楽しみになっていることを実感する。普通なら、もっと女性らしい品を手作りするのだろうが・・・・・・(^^;

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2004.06.26

念力で壊れた携帯電話

 つい先日、愛妻着メロという記事の中で、

>私としては、もっと刺激的な着メロを提供して行きたい気持ちもあるのだけれど。(^^;

などと書いた。その願いが叶ったのかどうかわからないが、ガンモが長年使用して来た携帯電話(N502i)が壊れてしまった。着信するとリセットがかかってしまうそうだ。確かに、こちらからガンモの携帯に電話をしても繋がらない。携帯電話が次々と買い替えられる時代に、4年も使い続けたのだから、もうお疲れ様と言ってあげていいだろう。しかしガンモは、換えの電池を4つも持っていたので、それらが無駄になってしまうのを残念がっていた。

 ガンモ、これからは楽しい楽しい着メロをたくさん作ってあげるからね。

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2004.06.25

「急行きたぐに」寝台車の旅

 この夏は、毎年恒例のガタンゴトンツアー(青春18きっぷを利用した旅)とは別に、横浜で行われる野外ライブへの参加も決まっている。ちょうどその頃は、割引のついた新幹線チケットが使えないので、ガンモの提案で急行列車の寝台車に乗ってみることになった。

ガンモ「朝、新潟に着いて、それからチョット新潟市内を観光してから、MAXに乗って東京入りするから」
まるみ「ええっ? それ、どういうこと? 横浜まで行くのに、何で新潟まで連れて行かれなくちゃいけないの?」
ガンモ「だって、新潟行きの急行列車なんだから仕方ないじゃん」
まるみ「ええーーーーっ?」

 鉄に染まり始めたガンモが言うには、その寝台車は、もう少しで引退してしまう予定なのだそうだ。だから、今のうちに乗っておかないと、もう会えなくなるということらしい。ガンモのその提案に、最初のうちは驚きはしたが、それもなかなか面白いと思った。

 しかし、問題は寝台車で寝るときのはなしだ。ホテルのダブルの部屋が取れないとき、ツインルームに泊まっても一つのベッドに寄り添って寝て来た私たちが、とうとう夜の床を別々にするときがやって来てしまうのだろうか?

まるみ「寝台車って、確かベッドが狭かったよね?」
ガンモ「うん。狭いよ。105センチしか幅がないからね」
まるみ「私たちの身体じゃあ、無理かなあ?」
ガンモ「うーん・・・・・・、ちょっと難しいかもしれないね」

 すぐ側にいるのに、別々に眠るのはきっと寂しいに違いない。でも、独りでも狭い寝台に、ふくよかな私たちが寄り添って寝られるはずもない。

 また、お盆を過ぎた頃に、この旅の報告をしたいと思う。

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2004.06.24

映画『アメリ』

 2年ほど前のことだったろうか。『アメリ』という映画が劇場で公開されていた頃、ガンモの東京出張が入った。確か、ちょうど派遣の仕事が切り替わる時期だったので、私はその出張に付いて行った。ガンモが仕事に出かけている間、『アメリ』を見ようと思い、渋谷シネマライズに足を運んだ。

 ヤン・ティルセンの独創的な音楽にひと聴きボレしたばかりでなく、とにかく私は『アメリ』の映画の世界に強く引き込まれてしまった。そして、何が何でもこの映画をガンモにも見せたいと思った。そこで、ホテルに帰ってから、一生懸命映画の感動を伝えようとしたのだが、実際にその映画を観ていないガンモにはピンと来なかったのか、なかなか重い腰を上げようとはしなかった。
「とにかく、騙されたと思って観て!」
私はほとんど絶叫に近い叫びを上げながら、ガンモに『アメリ』が取り上げられているYahoo!ムービーのページを紹介した。
(私たちは、お互いに旅行中でもノートパソコンを持参して、インターネットを楽しんでいる)

 ガンモはしばらくそのページに見入っていた。そして、CM用のビデオクリップを何度か繰り返して観たあと、ついに、
「観に行ってもいいよ」
と言った。やった!

 翌日、私たちは新宿の映画館で『アメリ』を観た。会場がしーんと静まり返っていると言うのに、私は一回目に観たときには理解できなかったシーンで大笑いした。予想通り、ガンモは私と同じようにこの映画の世界に完全に引き込まれ、映画を観終わった直後に
「あの映画は俺らの映画だから」
とまで言ってのけた。

 それからしばらくの間、私たちの間に『アメリ』ブームが沸き起こったのは言うまでもない。「アメリ缶」という限定DVDをうれしそうに買って来たのもガンモだった。そう、ガンモはやっぱりそういうヤツなのだ。 

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2004.06.23

ガンモと義弟の違い

 ガンモには、年の離れた弟がいる。義弟は、ガンモとはまったく違うキャラクターだ。ガンモはなごみ系だが、義弟はなかなか女性に人気のありそうなタイプである。

 私たちの結婚が決まったとき、義母が二人の性格の違いを話して聞かせてくれたことがある。義母が幼稚園に迎えに行ったときの反応が、ガンモと義弟ではまったく異なっていたそうだ。どのように違っていたかと言うと、ガンモは義母の顔を見ると顔をくしゃくしゃにして泣き出すのに対し、義弟は義母を見つけると笑いながら手を振るのだと言う。もしかするとガンモは幼稚園で孤独を感じていたのかもしれない。だから、義母の姿を見ると安心して泣き出したのではないだろうか。一方、義弟は、自分がみんなに大事に思われてことをちゃんと知っていたのだろう。だから、義母の姿を見つけても、手を振る余裕があったのではないだろうか。幼稚園の頃から、それぞれの子供たちの性格は形成されていたのだ。

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2004.06.22

ツボにはまる

 先日、朝起きてみると、右手の甲の親指の付け根あたりに大きな痛みを感じた。病院で診てもらってもまったく原因がわからなかったのだが、湿布薬と痛み止めを処方してもらったら翌日には痛みが引いていた。
 私の症状を知ったガンモは、お医者さんの振りをしてこう言った。
「ホームページの作り過ぎです」
これにはとにかく笑った。

 また、私たちが付き合い始めた頃、ガンモにトランクスをプレゼントしたのだが、ガンモは既に世界的コレクターかと思われるほどたくさんのトランクスを持っていた。それほどたくさんのトランクスの中から、私がプレゼントしたトランクスを見事に探り当てるので、
「どうしてわかるの?」
と尋ねたら、
「新入りだから」
という答えが返って来た。これもまた私のツボにはまって大笑いした。

 先日、ここにも書いたキング・クリムゾンのライブに一緒に行ったときも、ガンモはヴォーカルのエイドリアン・ブリューを、映画に出ている誰かに似ていると言った。
ガンモ「ええと、誰だっけ?」
まるみ「もしかして、バック・トゥ・ザ・フューチャーのドク?」
ガンモ「そうそう、それ、それ!」
そのあと二人が大笑いしたのは言うまでもない。

 他にも、笑いのエピソードはたくさんある。もしかしたら他の人にとってはちっとも面白くない内容かもしれないが、ガンモのユーモアは、私にとっては妙にツボにはまるのだった。

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2004.06.21

台風が来れば思い出す

 台風が来れば思い出すのが、初めてガンモと顔合わせをしたときのことだ。そう、私たちが初めて会ったのは、何年かぶりに都内にやって来た大型台風の日だった。

 パソコン通信の写真フォーラム電子会議室(現代で言うところの掲示板)で知り合った私たちは、ガンモの上京に合わせてボードの常連たちとガンモの迎撃オフを開催することになった。場所は、同じくボードの常連のM月さんのお店、南青山レチナハウスである。(現在は、残念ながら閉店)

 当日の朝、ニュースを見ながら、一部の電車が止まっているという情報を得た私は、
「台風です! 台風です! もしかしたら行けないかも」
などとボードに書き込んだ。それを読んだM月さんからお電話をいただいて、
(M月さんと私は、歩いてわずか数分という近所に住んでいた)
「あんな書き込み読んだら、みんな来なくなっちゃうんじゃないの?」
と言われた。それもそうだった。せっかくガンモが上京しているというのにかわいそうだ。

 台風は、報道されていたほど大型ではなく、私はさほど苦もなく南青山レチナハウスにたどり着いた。既に何人かのボード仲間も来ていた。台風の中、集まったということで、ボード仲間たちの気持ちの上での結びつきはとても強かったのではないかと思う。M月さんに、
「ガンモさんは?」
と尋ねると、まだだと言う。

 ガンモが南青山レチナハウスに到着したのは、それから数十分経った頃だったろうか。以前ここにも書いたが、ガンモとは初めて会った気がまったくしなかった。初めて会ったのに、どこかで会ったことのあるような既知感が漂っていたのだ。ただ、このときはまだ、将来的に付き合うようになるとか、よもや結婚相手になろうなどとは思ってもみなかったのだ。

 ガンモはボードではたくさん面白いことを書き綴るのに、面と向かい合うとほとんどしゃべらなかった。そのギャップが面白くもあったが、今でも最もガンモらしいと思えるのが、みんなでお昼を食べにレストランに入ったときに、他の人たちにならって、ほとんど飲めないビールを注文していたことだ。私はビール好きだから、当然のように注文していたのだが、ガンモが食事の最中にアルコール類を注文することなど、普段の生活ではまったく有り得ないことだったのだ。

 だから私は今、これを書きながら、ガンモの優しさを感じて涙が出て来る。みんながあっちを向いていたら、和を乱さないようにと、自分も一緒にあっちを向く。ガンモはそういう優しさを持った人なのだ。

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2004.06.20

アーチを作る

 ガンモと私は、街を歩くときに、小さな子供とぶつかりそうになると、アーチを作る。そうすれば、私たちは繋いだ手を離さなくていいからだ。ぶつかりそうになった子供には、私たちの作ったアーチの下をくぐってもらう。

 これが発展して、自動改札でも手を繋いだまま通り抜ける術を覚えた。ガンモは左手、私は右手で切符を持ち、繋いだままのもう片方の手でアーチを作る。駅の改札で友人たちと待ち合わせをしているときなどは、歓声が上がるから面白い。

 更にこれが発展して、コンサートに行って拳を振り上げるときも、手を繋いだまま振り上げるようになった。そして、椅子に座っているときはお互いの頭をくっつけている。

 小さな子供とぶつかりそうになるなど、一見、不自由に思えるようなことであっても、こういった工夫をこらすことにより、繋いだままの手を離さずに済む。私たちはそういった工夫や、周りのリアクションを楽しんでいる夫婦であると言える。

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2004.06.19

それぞれの夫婦の学び

 きのうは派遣仲間との飲み会だった。私は飲み会の席でも男女の愛の話をするのが大好きだ。話題を男女の愛の話に持ち込むと、私は水を得た魚のように生き生きして来る。

 私と同じ主婦の派遣仲間がこんなことを言った。
「結婚って、これまでの恋愛とは全然違うよね」
私もそれに同意して、
「そうそう。絶対的に違うものがあるよね。だから、いつまでも長い春のままのカップルは、それがお互いにとってもっとも適当な距離なんだと思う。結婚って、もっと吸引力があるものね」
と答えた。

 彼女もまた私たち夫婦と同じように、同じ趣味を通じて、ネットの世界で今のご主人さんと知り合って結婚したそうだ。聞くところによると、二人は同じ雰囲気を持った者同士で、夫婦仲はとてもいいそうだ。二人の共通の趣味は、やはりマニアックなものだった。私は更にこう続けた。
「一番違うなあと思ったのは、相手の痛みを自分の痛みと同等に感じられることかな。うちは、ほとんど喧嘩はしないけど、年に一回くらい、大きな喧嘩をするのね。そのときに、夫が泣いているのを見ると、もう耐えられなくなるの。お願いだから泣かないでって思っちゃう。夫の悲しみがダイレクトに伝わって来て、自分も一緒に泣いちゃうの。これまでの恋愛では、そんなことは有り得なかったかな」
 これを聞いた彼女は、口をあんぐりと開けて驚いていた。そして、
「うちは、そこまでの感情はないなあ」
と言って、黙ってしまった。

 彼女は、ご主人さんに何かあったときのために、女性の友達も大切にしているのだと言う。世の中に、たったひとりぼっちで残されてしまうのが怖いらしい。私が、
「そうなんだ。じゃあ、自分のためにも準備を進めてるんだね」
と言うと、
「そうそう。主人にもそう言われたことがある。主人はね、いつも私のことを全面的に考えてくれてるんだけど、私はどこかに押さえみたいな感覚があって、主人のことが全部になれないの。そこが、僕たち夫婦は違うねって言われてるよ」

 話を聞いていると、彼女は私から見てとてもドライに見えた。明らかに、私たち夫婦とは違う。私は、ガンモがどうにかなったら、などということは真剣に考えていない。そのときになってから考えようと思っている。だから、
「もしもこうなったらということを想定して準備を進めておくことは、そうなってもいいという覚悟があるということなんじゃないの?」
と彼女に言ってみた。彼女はまたまたうなっていた。彼女から見ると、私は非常にストイックなのだそうだ。多分私は、どんなときでも完全燃焼してしまいたいのだろう。だから、いつもギリギリのところで生きている。お金だって、貯めるよりも使うほうが好きだ。

 彼女のご主人さんは、外に出掛けたときに、みんなの前で彼女に対する熱い想いをオープンに語るらしい。しかし彼女は、それが恥ずかしくて仕方がないそうだ。
「ご主人への愛に、曇りがあるんじゃないの?」
と私は冗談っぽく言ってみたのだが、彼女はその言葉にひどく共感し、
「もしかするとそうかもしれない!」
と言った。

 本当に、世の中いろいろな夫婦がいる。おそらく、夫婦の学びは、その組み合わせの数だけあるのだろう。そして、自分の学びにぴったりのパートナーを自分で選んでいる。

 私は、男女の愛について発信しながら、自分と同じ学びをしている人たちをずっとずっと探し続けている。だから、飲み会の席でもかなり過激な発言をして、私の言葉に共感してくれる人を探しているのだ。しかし、なかなか見つからないのがとても寂しい。

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2004.06.18

211

 ガンモと私は仕事でも、ほんの少しだけかぶることがある。これまで同じフロアで仕事をした経験はないのだが、異なる時期に、とあるメーカの工場に常駐していたことがある。タイトルの211とは、そのメーカの工場の棟の名前である。

 以前も書いた通り、ガンモはハード屋さん、私はソフト屋さんである。ガンモにとっては211にある会社がハードウェアを買ってくれたお客さんだった。一方、私はと言えば、二重派遣の形式で211にある会社に派遣されていた。

まるみ「211のトイレってくちゃいよね」
ガンモ「そうそう。あれ、何とかならないものかねえ」
まるみ「ところで、安全パトロールって知ってる?」
ガンモ「知ってる! 知ってる! 整理整頓されているか、業務上、危ない場所がないか、見回りに来るんでしょ?」
まるみ「そうそう!」

 確か、この話を始めたのもお風呂の中だったように思う。こんなふうに、お風呂の中ではいつも、とてつもない共通点が生まれるのだった。

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2004.06.17

結婚8周年の2次会

 今日は、ガンモと結婚8周年記念の2次会。(^^; 私は、ガンモのきのうの日記にちょっとだけ文句を言った。

まるみ「ねえ、ガンモ。ガンモの書いたきのうの日記を読んでると、私よりも鉄のほうが大事みたいに思えるよ」
ガンモ「そうなんだよね。わしもそう思って反省してるとこ」
まるみ「どう見ても、私の想いのほうが強いみたいに見えるよねえ・・・・・・」

 だから、今日の日記はガンモなりにちょっと気を遣ったみたいだ。確かにガンモとは、ずっと一緒にいるような気もするし、反対に、まだまだ新婚のような気もしている。新旧どちらにも転べるという、何とも不思議な関係である。

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2004.06.16

結婚8周年

 今日は、8回目の結婚記念日だった。8年前の今日、私たちは入籍したのだ。今でも覚えているのは、市役所に向かう途中の道で、新しく買ったばかりの靴が足になじまなくて、私がキリキリしていたこと。でも、キリキリしたことをすぐに後悔して、市役所までガンモと二人で一生懸命歩いた。あの頃は、今よりも格別に若かった。おそろいの服を着てはしゃぎ回る私たちは、まるで子供みたいだった。

 さて、今日は運良く定時退社日だったので、さっさと仕事を上がって、ガンモと神戸で待ち合わせをして一緒に食事をした。・・・・・・と言っても、仕事の帰りに待ち合わせをして食事をすることは、私たちにとっては日常茶飯事なのであるが。(^^;

 毎日が記念日のような接し方をしている私たちにとっては、結婚記念日もそれほど特別な一日ではない。何しろ、毎日が日々の積み重ねなのだから。私たちには、今日と同じ明日があるだけだ。だから、新たな誓いも必要ない。肉体的にはどんどん変化しているけれど、今でも私たちは一つのシングルベッドに二人で寝続けている。体型が変わってしまっても、同じズボンをはくことができる。すなわち、私たちは、いつまでも相対的に変わらない関係なのだ。

 結婚8周年。でも、ちょっと中途半端なので8進数にしてしまおう。8進数にすると、結婚10周年。さてさて、来年は9進数にしようか。(^^)

 ガンモへ:これからもヨロシク!

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2004.06.15

1たす1は1

 最近のガンモは、すっかり鉄に目覚めてしまい、休みの日は一日何時間も鉄道に関するホームページを読みふけっている。これまで好きで読んでいた4コマ漫画日記も、鉄のページを参照する時間を確保するため、巡回対象を減らしているそうだ。

 先日も、ガンモの大好きなSofmap!(パソコンショップ)に行ったのだが、店内をさっと軽く一周する程度で終わってしまった。これまでのガンモの熱中ぶりからすると、考えられないことだった。更に、ガンモがお風呂の中で熱く語ることと言えば、鉄のことばかり。ああ、ガンモはどこまでもどこまでも固いものが好きみたいだ。

 ガンモの提案で、お互いに休みを取って、一泊旅行を兼ねて山陰方面のとある特急電車に乗りに行くことになった。どこまでも鉄にのめり込もうとするガンモ。でも、私たちの関係は「1たす1は1」だから、そのうち私もすっかり鉄に染まってしまうのだろう。

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2004.06.14

結婚指輪

 私たちの結婚指輪には、GAMMO・MARUMIと刻まれている。その指輪は、もはや私たちの肉体的な成長について行けなくなってしまい、今ではガンモの結婚指輪は私の左手の薬指に、私の結婚指輪は私の左手の小指にはめられている。では、ガンモがつけている結婚指輪は? と言うと・・・・・・。

 それは、私が結婚指輪の代わりに買って来た安物の銀製の指輪である。デザインは似通っていても、結婚指輪はプラチナなので、質感がまったく異なっている。

 私はときどきその指輪を見て、
「ガンモは一体誰と結婚してるの?」
と尋ねてみる。ガンモは照れながら、その指輪を指先でクルクル回す。
「結婚十周年になったら、もう一度、結婚指輪を作り直そうか」
とガンモが言う。うん。形にこだわる必要はないけれど、そうするのもいいかもしれない。

 私たちの肉体は、容赦なく変化して行く。でも、二人の気持ちが変わらなければそれでいいのだ。

関連記事:結婚指輪

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2004.06.13

愛妻着メロ

 ガンモの携帯電話で使用している着メロは、私が耳コピーして入力してあげた『ドロロンえん魔くん』と『Sofmap world(パソコンショップsofmap! のテーマソング』である。どちらも、出来合いの着メロにはないメロディなので、ガンモは大変お気に入りらしい。特に、『ドロロンえん魔くん』は同世代の人たちには評判が良いそうだ。

 耳コピーした曲を携帯電話の着メロに変換するには、シーケンサを使っていったんMIDIファイルに保存し、それを携帯着メロ用のファイルに変換する。携帯着メロへの変換ツールは、優秀なフリーソフトがたくさん出回っている。

 ただし、ガンモが現在使っているのは、オリジナルメロディが単音しか入力できない古い古い機種である。おまけに、スクリーンもモノクロと来ている。そう、ガンモは次から次へと携帯電話を買い換えるタイプじゃない。携帯電話を買うと、予備の電池を三本ほど買って、その電池の持ちが極端に悪くなるまで使い続けるのだ。私としては、もっと刺激的な着メロを提供して行きたい気持ちもあるのだけれど。(^^;

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2004.06.12

愛と恋の違い

 愛は心が上にあって、恋は心が下にあるなどと言う。なるほど、と思う。私は、愛と恋のもっとも顕著な違いは、想いが永遠であるか一時的であるかだと思う。

 愛は、想いが劣化することなくいつまでも持続する。そして、お互いに与え合う。それは、確実に相手に向かっている。でも、恋は相手に向かう想いではなく、あくまで自己愛のレベルである。だから、相手の都合も考えずに自分の都合だけを考えてガンガン攻めようとする。これが愛ならば、相手の都合を第一に考え、無責任な状態で関わろうとはしない。

 愛は、相手を取り巻く人たちさえも含有しようとする。でも恋は、相手を、相手を取り巻く人たちから切り離そうとし、相手と自分だけの新たな世界を作り上げようとする。すなわち、愛は全体的だが恋は部分的である。不倫の愛と言わず、不倫の恋と言われてしまうのは、不倫が相手を取り巻く人たちをも含有しようとしないからだ。これが愛ならば、相手を取り巻く人たちの存在を決して否定しようとしたりはしない。むしろ、自分と出会う前に存在してくれてありがたい気持ちにさえなるのではないだろうか。何故なら、その人たちがいてくれたおかげで、相手がずっと孤独にならずに済んだのだから。

 ガンモと出会う前、私も苦い苦い恋を体験した。彼女のいる人と恋に落ちてしまったのだ。だからはっきりと言える。愛と恋は、明らかに別物である。

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2004.06.11

単なる好みとは違うもの

 先日、私のホームページの掲示板に書き込んでくださった方の言葉の中に、「好きになった人が、これまでの好みのタイプとは違っていた」という表現があった。それを読んで、自分自身のことに置き換えて考えてみたのだが、はっきり言って私は、自分の好みというものがわからなくなってしまっていることに気づいた。

 苦手なタイプの男性の条件なら、ここにつらつらと並べることができる。でも、好みのタイプと聞かれると、ちょっと困ってしまう。ガンモに強く惹かれたのは、単なる好みとは違うものだった。好みよりも、もっともっと奥深いところにあるものだ。強いて挙げるならば、前世からの結びつきを思わせるほどの懐かしさや、愛らしさ、安心感、古いものをいつまでも大事にするところ、放っておくと自分を犠牲にしてしまいそうなほどの優しさとか、そんなものだ。あと、ガンモにはちょっとウジウジしたところがあって、思わず手を差し伸べたくなるほどかわいらしかった。でも、それらが好きになった理由ではない。好きになった理由なんてない。何故なら、条件につられたわけではないのだから。

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2004.06.10

夫婦にプライバシーは必要なのか?

 私はいろいろな人が書いた日記を読む習慣がある。だいたいにおいて、日記というものは、自分の日常とはかけ離れた内容のものが好まれるものだ。今日読んでいたのも、そんな日記の一つだった。

 敢えてアドレスは書かないが、その日記は、うまく行かない夫婦関係を赤裸々に綴ったものだった。外面はいいのに異常性癖を持つ夫、家事や親戚付き合いの負担を無理に受けて立つ妻、姑との確執、夫婦の価値観の違いなど、読んでいてもため息の出るような内容ばかりだった。夫婦の間にまったく愛情は感じられず、お互いが自分の心配ばかりしている。こんな夫婦もいるのかと、胸がキリキリ痛んだ。

 一気にその日記を読み終えた私は、まるでトリップでもしていたかのような気持ちになった。その日記の中で特に気になったのは、夫婦の間にもプライバシーが必要だと主張されていたことだった。その日記を書いた人は、自分宛に届いた手紙を夫に開封されるのがイヤだったらしい。私は、果たして夫婦とはそういうものなのだろうかと疑問に思った。

 我が家に限って言えば、決してプライバシーが必要だとは思っていない。ガンモに届いた電子メールも、私宛に届いた電子メールも、読もうと思えばいつでも読める状態にあるし、郵便物だって、誰が開封してもいいことになっている。しかしそのご夫婦は、お互いに秘密を持っていたようで、インターネットの巡回履歴なども毎回注意深く削除していたようだった。最もリラックスできるはずの自宅でそんな状況なら、そのご夫婦は一体どこでリラックスするのだろう?

 プライバシーが必要ということはつまり、先日私が書いた本当に好きとは?とはかけ離れた状況なのだろう。だから、隠している部分が浮上して来たときに感じるギャップがあまりにも大きく、それを乗り越えられないのではないだろうか。

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2004.06.09

ガンモの無断外泊

 ガンモは毎年、仕事がらみのお客さんの接待で、とある温泉に行く。ほとんどの人たちはそこに宿泊して一夜を過ごすのだが、ガンモはお酒も飲めないし、我が家から日帰りできる距離なので、一人で待っている私のために帰って来てくれる。

 ところがあるとき、帰ってくるべき時間になってもガンモが帰って来なかった。私は何かあったのかと心配になって、ガンモの携帯電話に何度も電話をかけてみたのだが、一向に通じない。ガンモの身の上に、一体何があったのだろうか?

 オロオロしていると、夜中に自宅の電話が鳴った。ドキドキしながら受話器を取ると、ガンモからだった。
「ごめん、みんなに引き止められて帰れなくなった。ここは山奥で携帯の電波も届かないし、公衆電話もないので、部屋の黒電話から掛けている」
と言う。何はともあれ、とにかく無事で良かった。

 翌日の早朝、ガンモは始発電車に乗って帰って来た。しかし、慌てていたせいか、同じ旅館に泊まっていた別の人の靴を間違って履いて来てしまった。旅館の人からガンモの会社に連絡が入り、ガンモは大変恥かしい思いをしたらしい。ガンモが履いて帰った靴を良く見ると、間違えてしまってもおかしくないくらい、良く似ていた。間違えてしまった人には申し訳なかったが、同じような靴を、同じように履きつぶしている人がいることに、大笑いした。

 後日、ガンモはその靴を宅配便で旅館に送った。ガンモの靴もまた、宅配便で送り届けられた。今ではすっかり笑い話の、ガンモの無断外泊のはなしである。

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2004.06.08

二人でいることが楽しい

 先日、ガンモと二人でユニバーサルスタジオジャパンに出掛けた。人気の高いアトラクションには長い長い待ち行列ができているのだが、そこに並んでいるカップルを観察していると、仲の良さそうなカップルは、待っている間も楽しそうにおしゃべりをしていることがわかった。

 1時間以上も並んで、そのアトラクションを楽しめるのは、実際のところ、わずか数分だったりする。会話のはずんでいるカップルは、決してその数分だけに命を燃やしたりせず、長い長い待ち行列の中にあっても、二人でいることを楽しんでいる。だから、楽しい、楽しくないの要因は、外からやって来るものではないのだろう。

 私は、ずっと以前からそう思っていたので、テーマパークをデートの場所に選ぶことには抵抗があった。人工的なイベントに頼らなくても、単に二人でいるだけで楽しい。新婚旅行に行かなかったのもの、そういう理由からである。その場所がどこであろうと、どんな状況にあろうとも、二人で一緒にいることが大切なのだ。そして、どんな苦悩が訪れても、決して挫折することなく二人で一緒に乗り越えていくこと。これは、テーマパークに行ってハラハラドキドキを体験するよりも意味のあることなのだ。

 でも、ガンモと出掛けたユニバーサルスタジオジャパンは、とても楽しかった。(*^^*)

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2004.06.07

誰のために祈るのか?

 ガンモは夜中に突然呼び出されて客先で徹夜作業をして、そのまま自分で車を運転して帰宅するということが多分にある。私はその度に、ガンモが交通事故に遭わないことを祈っている。

 しかしあるとき私は、一体誰のために祈っているのだろうと考えた。ガンモが交通事故を起こして困るのは、他ならぬ私自身である。ということは、私はガンモのためではなく、自分のために祈っていることになってしまう。ひょっとすると、これはガンモを愛しているのではなくて、自分を愛しているだけなのではないだろうか?

 でも、先日、本当に好きとは?に書いたような状況であれば、私の喜びはガンモの喜びであり、私の悲しみはガンモの悲しみでもある。ゆえに、ガンモと私が分離していなければ、例え自分のために祈ったとしても、自分だけを愛していることにはならないのである。

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2004.06.06

居眠り

 一年ほど前の話になるのだが、私の好きなプログレッシヴロックバンドのKing Crimsonが来日したとき、ガンモと二人で名古屋公演と大阪公演のライブを観に行った。ガンモは普段、プログレに耳を傾けるタイプではないのだが、私が行きたいと行ったら付き合ってくれた。

 しかし、あろうことか、ガンモはライブの最中にこっくりこっくりと居眠りしてしまったのである。わざわざ名古屋まで出掛けてあちこち歩き回った上に、ガンモのまったく知らない曲ばかりだったので、居眠りしてしまったのも無理ないだろう。

 だいたいにおいて、外タレさんのライブは邦楽アーチストよりも演奏時間が短い上、チケット代金も割高である。King Crimsonのライブも、わずか1時間半の公演だった。その大半の時間を、ガンモは居眠りして過ごしてしまったわけである。

「せっかく行ったのに、もったいないよ」
と私は言った。普段から、3時間余りも演奏し続ける邦楽アーチストのライブに一緒に足を運んでいるせいか、ガンモはまさか演奏時間が1時間半しかないアーチストなどいるはずがないと思っていたようだった。

 その後参加したKing Crimsonの大阪公演では、ガンモは居眠りせずに最後までちゃんと聴いてくれた。しかも、そのとき演奏された「エレファント・トーク」という曲がえらく気に入ったようで、ライブの帰りも「エレファントーク!」とヴォーカルのエイドリアン・ブリューの物まねを楽しんでいた。

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2004.06.05

あいつ

 私は、週に一度、近所の鍼灸医院に通いながら、下半身の冷えと肩こりと足底筋膜炎の治療をしてもらっている。鍼灸医院では、鍼を打つため、男性鍼灸師に露わな姿をさらさなければならない。そのことでガンモが鍼灸師に嫉妬したりするようなことは決してないのだが、あるときガンモが鍼灸医院の近くを通りかかり、鍼灸師の顔を見たと言う。

ガンモ「今日、鍼灸医院の前を通ったとき、白い服を来た男を見た。あいつか?」
まるみ「そうそう」
ガンモ「あいつ、俺らと同じくらいの歳なんじゃないの?」
まるみ「えええ? もっと年上だと思うけど」

 後日、鍼灸師に歳を尋ねたら、ガンモと私のちょうど間の歳だった。

 それはさておき、それ以来、私が鍼灸治療に行くと言うと、ガンモは、
「また、あいつんとこに行くのか」
と言う。あいつなどと言いながらも、ガンモにとってはその呼び方が、特別な親しみを込めた言い方だということを、私は知っている。いつの間にか、私の周りにいる人たちのことを、自分の中にどんどん吸収してしまう。ガンモはそういうヤツなのだ。

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2004.06.04

本当に好きとは?

 これは、masamiさんの恋愛に必要なものへのトラックバックである。(トラックバックするの初めてなので、不手際があったらごめんなさい)

 私は、本当に好きというのは、自分と区別がつかなくなることだと思う。何故なら、もっとも愛しているのは自分のはずだから。その自分と区別がつかなくなるのが、本当に好きということになるのではないだろうか。そして、自分と区別がなくなるというのは、自分と相手の間にある境界線がなくなってしまうこと。相手の喜びが自分になることはもちろん、相手の苦痛も自分の苦痛として体験できること。つまり、物理的にも精神的にも、一つに向かって行くことだと思う。

 ちなみに、一つに向かって行くことの正反対は分離だろう。分離は、相手の中に入ろうとせず、相手の外から相手を観察することに等しい。その姿勢は、喜びも苦しみも、自分一人で体験しなさいと言っている。でも、分離していることに気付いた上で、分離していることに対しての後悔がある場合は、一つに向かいつつあると思う。

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2004.06.03

これから先のこと

 夫婦二人だけで暮らしている私たちは、この先、どちらかが先に死んだらどうするか、というようなことも話し合っている。夫婦に子供がいたとしても、伴侶を失った喪失感を埋め合わせることなどできないのではないだろうか。ガンモは私よりも精神的に弱いので、決して一人では生きて行けないらしい。私はどうなのだろう。まだわからない。でも、生きている限り、いつかは愛する人の死に直面することになる。その頃までには、死についてもっともっと極めていたい。

 例えば、私はガンモにこんなことを言う。
「もしもガンモとまた一緒になりたいと思うのなら、それは私たち夫婦がやり残しを作ったということだよ。私は完全燃焼しておきたいからね」

 そう、私は「生まれ変わってもまた一緒になりたい」という表現を、最高の愛情表現だとは思っていないフシがある。むしろ、完全燃焼できないのはかっこ悪いとさえ思っている。でも、そう思いながらも、こんな面白いヤツとまた人生を一緒に過ごしてみたいという気持ちもある。

 実際は、たとえ一生を費やしたとしても、一つの魂との関係を完結させることはできないのだろう。だから、私は再びガンモとともに過ごす人生を選択することになる。そのときに大切なのは、現世での関わりを完全に忘れてしまわないようにすることだと思う。例えば、初めて会ったはずなのに、どこか懐かしいと思えるような関係は、前世からの深い関わりを意味していると思う。だから私は、現世でのガンモとの関わりをしっかりと魂に焼き付けておこうと思うのだ。

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2004.06.02

還元の速い関係

 ガンモは良く風邪を引いて、氷枕のお世話になることが多い。その氷枕は私が雑貨屋さんで買って来たものなのだが、ほとんど風邪を引くことのない私はその氷枕を使用することがない。

 あるとき私が、
「この氷枕、ガンモ専用だよねえ。私なんてほとんど使ったことないもん」
と言った。ガンモはちょっと悔しそうだったが、事実を前にして、何も言い返せなかった。

 その翌日、私は食事中に熱い紅茶をひっくり返し、裸足の足の上に熱い紅茶がほとんどまるごと降りかかってしまった。すぐに風呂場に走り、シャワーで冷やしたので大事には至らなかったのだが、そのあとその氷枕を使用する羽目に陥ってしまった。
「これでまるみもこの氷枕使ったから」
とガンモは言った。

 熱い紅茶をかぶったと言っても、笑い話にできるくらいの出来事なのだが、私たち夫婦の間には、相手に何か言葉を投げかけると、すぐにそれが自分のところに返って来るような出来事が非常に多い。どんなこともお揃いになりたがっているのどうかわからないが、私はこういった関係を、「還元の速い関係」だと思っている。

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2004.06.01

会話がないなんてことがあるのだろうか?

 普段、滅多に見ないテレビを見ていたとき、会話のない夫婦の特集があった。夫が帰宅してから妻がご飯の支度を整え、二人揃って食卓でご飯を食べるというのに、夫婦の会話がほとんどないのだ。夫はテレビに夢中になっていたり、新聞を読んでいたりして、妻と会話をしようとしない。妻が話し掛けても生返事だったり、時には返事を返さないことさえある。世の中に、こんな夫婦がいたのかと思うと、びっくり仰天だった。私には、彼らが何のために一緒にいるのかわからなかった。

 私たち夫婦なんて、会社でこんなことあった、あんなことあった、こんな日記を書いている人がいたと、たまには人の話をちゃんと聞けと言いたくなるくらいにお互いに会話をする。

 私の勝手な解釈かもしれないが、スキンシップのある夫婦は、会話が途切れることがないのではないかと思う。そして、スキンシップができるということは、常に愛が循環しているということなのだろう。

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