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2004年5月

2004.05.31

テレパシーごっこ

 「頭をくっつけて寝る」にも書いたように、ガンモと頭をくっつけることは、最高に気持ちがいい。もしかしたら、本当にテレパシーが通じるのかと思い、0から9までの数字を頭に浮かべ、思い浮かべたイメージをお互いに相手に送り合ってみた。

 結果は、まるみ→ガンモは×、ガンモ→まるみは○だった。エネルギーの消耗が激しいので、一日に何度も実践することはできないが、二人で訓練すればエスパーも夢じゃないと思った。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 この日記を読んだガンモが私にこう言った。
「あのとき本当はわかってた。でも、わからないと言ってみた」

 つまり、本当の結果はまるみ→ガンモ、ガンモ→まるみともに○だったということだ。ガンモは私がガンモの思っている数字をピタリと当てたとき、ひどく驚いていた。それに加えて自分も当ててしまったら怖いという気持ちが働いたようだ。

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2004.05.30

ガンモ、鉄に目覚める

 鉄道マニアのことを「鉄っちゃん」と呼んでいるが、最近、ガンモがその「鉄」に目覚めつつあるようだ。もともと、青春18きっぷで旅をしたときに、列車の名前から「これはクモハだからうんぬんかんぬん」といったような説明を加える傾向はあったのだが、最近ではすっかり、本屋で鉄道マニア向けの雑誌を読みふけるようになって来た。ガンモ曰く、「鉄の世界は、カメラの世界よりも奥が深い」そうだ。今年の夏は、青春18きっぷの「赤きっぷ(昔のペラペラ切符)」を買うなどと宣言している。

 実は私も、世間一般の女性よりは鉄道には詳しいほうである。学生時代から時刻表のピンクのページが大好きで、学割の年間発行枚数を上回るほど日本中を旅をしていた。オーダーメイドの周遊券も、何度作ったことか。

 ところで今朝、ガンモと四国の予讃線の話になった。

ガンモ「予讃線を走ってた急行電車、何だったっけ?」
まるみ「いしづちだよ」
ガンモ「そう、それそれ。じゃあ、特急は?」
まるみ「今はいしづちとしおかぜだよ」
ガンモ「何でそんなことスラスラ言えるの? やっぱりまるみの生まれたところは田舎だから、特急に乗らなければ高松に行けないもんね。俺なんか、特急に乗らなくても高松に行けたし」
まるみ「あのね(^^; 多分、岡山行きの特急がいしづちで、高松行きの特急がしおかぜなんじゃないかなあ?」
ガンモ「うそお?」

 実際に調べて見ると私の見解とは反対で、岡山発の特急がしおかぜ、高松発の特急がいしづちだった。

 まだまだ本物の「鉄」の人たちに比べればかわいいものだが、お互いにライバル意識を持ちながら、新たな趣味を開拓して行けることが、今後の楽しみでもある。

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2004.05.29

お互いの欲しいものに対する協力

 私たちは、お互いの欲しいものに関して、大変協力的だと思う。どちらかの仕事の都合で別行動を取っているときでさえ、私たちは相手が欲しいと思っているものをさりげなくチェックしている。

 例えば、ガンモがOld mac(古いマッキントッシュ)を収集し始めると、フリーマーケットで安く売られているOld macを私が見つけて仕事中のガンモに電話連絡する。ガンモが「それ、買いだ!」と言うと、私はガンモの代わりに商品を抑えておいて、ガンモの仕事が終わるのをそこで待つ。また、私がDTM製作を始めたときも、私が欲しがっていたMU2000という音源をガンモが中古で見つけて買って来てくれた。

 つまり私たちは、今、相手がどんなものを欲しがっているのかをちゃんと知っていて、それを購入することへの協力を惜しまない関係にある。これは同時に、お互いの趣味がかけ離れたところに存在していないことを意味している。

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2004.05.28

信頼の休日

 私は結婚してすぐに関西で働き始めたのだが、これまでに体験したことのないほどの忙しさに見舞われ、深夜2時、3時まで仕事をしてタクシーで帰宅するという日々が続いていた。仕事が忙しすぎて、私は生まれて初めて幽体離脱しそうになった。あのまま魂が抜けてしまっていたら、もしかすると遠いところに旅立っていたかもしれないとさえ思う。

 休日出勤も余儀なくされ、曜日もわからなくなるほど働き続けていたのだが、ある休日に、友人が遊びに来ることになっていたので、その日だけは休みたいと会社に申し出た。ところが、仕事が余りにも忙しかったため、その申し出は却下され、遊びに来られるお友達にはホテルをご用意しますから、とまで言われてしまった。その仕事は私にしかできない仕事だったため、どうにか都合をつけて休日出勤して欲しいとのことだった。

 私はかなり迷ったが、友人とは既に約束をしてしまっていたし、友人一人でホテルに泊まってもらうわけにも行かなかった。そこで、友人には大変申し訳なかったのだが、予定通り友人を自宅に迎えることにし、ガンモと友人を自宅に残したまま、私は仕事に出掛けた。

 狭い部屋の中に、ガンモと私の友人が二人で休日を過ごしている。仕事中にそのことが気がかりだったが、ガンモと友人に対する信頼感が私を安心させてくれた。友人にも申し訳ないことをしてしまったし、口べたなガンモにも負担をかけてしまったが、今ではこの話もすっかり笑い話になっている。

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2004.05.27

がんばろや

 ガンモと私がまだ付き合い始める前に、パソコン通信のカメラ仲間とのオフが神戸で開催された。当時、東京に住んでいた私が、三連休を利用してそのオフに参加したことがきっかけとなり、ガンモと私の距離がぐっと縮まって、交際に至った。オフで出掛けた異人館や、ガンモに連れて行ってもらったJR三ノ宮駅からJR神戸駅までの高架下商店街(通称:モトコータウン)など、私にとって、神戸という街は大変魅力的な街に映っていた。

 オフが開催される一年前、神戸は大震災に遭ったばかりだった。私が足を運んだときも、街のあちこちに生々しい震災の傷跡が残っていた。至るところに貼られている「がんばろや神戸!」の張り紙を目にすると、胸が熱くなったものだった。

 ガンモもまた震災の体験者であり、震災当時、一人暮らしの部屋で出勤(早出)の準備をしていたそうだ。何が起こったのかわからないうちに、29型のテレビがゴロンゴロンと部屋の中を転がり、蛍光灯が上から落ちて割れたと言う。部屋の壁には大きな穴が空き、水が止まったので、トイレもしばらく流せなかったそうだ。電車も止まってしまったため、通勤用に大阪まで自転車を買いに行き、大阪から自転車に乗って帰ったと言う。そのときガンモは、大阪の人たちは何故、普通の暮らしをしているんだ、と思ったらしい。出向先の企業にお風呂の施設があり、その企業の方から、お風呂を使ってもいいと言われ、使わせてもらっていたそうだ。

 それほどの苦しみを、私と出会う前にたった一人で経験し、頑張り抜いたガンモ。もしも私たちが出会うのがあと一年早かったら、震災を一緒に体験できたのに、と思う。ガンモが震災を体験していた頃、私は私で大変な時期だったのだが・・・・・・。

 今年から、ガンモは厄年で、私は大殺界である。今のところ、これと言って大きな出来事は起こっていない。お互いに、あの時代を一人で生き抜いたのだから、これからどんなことが身に降りかかろうとも、二人でなら乗り越えられそうな気がする。

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2004.05.26

確率四分の一の並び方

 ガンモと私が並んで歩くときは、ガンモが左、私が右側を歩く。当然のことながら、ガンモは右手で、私は左手でお互いの手を繋ぐ。この並び方で手を繋ぐ歩き方が、私たちには一番しっくり来る。歩く位置が反対になると、どこかぎこちなくなってしまうのだ。しかし、世の中のカップルを見ていると、私たちとは反対の組み合わせ(つまり、男性が右側を歩いている組み合わせ)が多いように思う。

 これらは、数学的には確率四分の一の並び方だ。どちらも左側を歩きたがる場合もあるだろうし、どちらも右側を歩きたがる場合もあるだろう。私たちの場合は、お互いの好む位置が、最初から矛盾なくフィットしていたのだった。

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2004.05.25

左脳繋がり

 ガンモと私は同じコンピュータ業界にいるが、ガンモはハード屋さん、私はソフト屋さんである。当然のことながら、ガンモはハードに強く、私はソフトに強い。ハードの仕組みを理解しているガンモは自作パソコンを組み立てるのが得意だが、私はからっきしダメである。その反面、ガンモは私が教えるまでクリップボードのショートカットキー(Crl+C,Ctr+Vなど)を知らなかったし、Excelの使い方にも疎かった。また、ガンモは汎用機出身なので、unix OSが苦手で、私の大好きなviエディタも使えない。とにかく、ソフトは最低限のことが実現できればいいと思っているみたいだ。一方、私はと言うと、そのソフトの便利な機能を次々に探し出すのが得意だったりする。

 こんな私たちだから、私は仕事でハードのことに行き詰まるとガンモに電話を掛け、ガンモはソフトのことで行き詰まると私に電話を掛けて来る。いつだったか、私が職場にあるパソコンの必要なファイルをうっかり消してしまったとき、OSやネットワークにも強いガンモの落ち着いた対応で難を逃れたことがあった。

 自宅でも、私たちはときどきコンピュータ業界の思い出話で盛り上がる。先日はお風呂の中で、add drive, del driveの話で盛り上がっていた。
「世の中広といえども、お風呂の中でadd drive, del driveの話ができる夫婦は少ないよね」
と言って笑い合った。

 そう。私たち夫婦は、お互いの知識を共有し、蓄積できる関係にあると思う。こういう繋がり方は、左脳繋がりと言っていいのだろう。左脳繋がりのおもしろおかしい夫婦。それが私たちなのだ。

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2004.05.24

苦手アーチスト克服<その後>

 先日、私の苦手アーチストのライブのチケット発売があり、たまたま休みだったガンモが一生懸命電話を掛けたようだ。しかし、チケットはわずか数分でSOLD OUTになってしまったようで、チケットを確保することができなかったらしい。私の仕事中にガンモからしょんぼりメールが届く。苦手アーチストのチケットが取れなかったので、代わりに吉田拓郎さんのチケットを取ったとか。拓郎さんのライブなら、私ももっと積極的な気持ちで出掛けられるだろう。

 それにしても、
「ライブ前には予習(レコードをかけて、一生懸命曲を覚えること)するから」
と張り切っていたガンモがちょっとかわいそうだった。チケット取りの電話なら私の方が達人なので、今度は私が電話してあげようかな。

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2004.05.23

常識的な範囲で落ち着いて来た

 結婚して1年くらい経った頃に、思いついたことをあれこれ書き込んでいた古い手帳が見つかった。ガンモがその手帳に目を通して、
「この頃の俺は、まるみに愛されていたよなあ」
と言った。
「おいおい、今だって、こんなに愛で溢れているじゃない」
と私は反論した。

 そう言えば、結婚する前は、ガンモが車の運転をしている間でさえ、ガンモと目を合わせられないのがもどかしかったのを覚えている。運転中に二人で見つめ合っていたら、当然事故を起こしてしまうのだが、そんな当たり前のこととはかけ離れたところに、私の感情はあった。結婚して、ずっと一緒に暮らすようになってから、次第に状況が常識的な範囲で落ち着いて来たのは事実である。

 私たちの新婚時代を知っている友人に何年か振りに再会すると、
「最近、落ち着いて来たね」
と言われる。体格が落ち着いて来たというのも多少あると思うが、彼らから見て、私たちのくっつき方は常識外れだったのだろう。今でも、二人で一つのシングルベッドに寝るなど、かなり常識外れなのだが・・・・・・。(^^;

 常識的な範囲で落ち着いて来たとしても、根底に流れる愛に変化はない。むしろ、愛というものについて、もっともっと深く追求するようになった気がする。そして、こういう愛を、世の中のみんなに伝えて行きたい思いでいっぱいなのである。

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2004.05.22

想いの強さ

 私たちがまだ新婚だった頃、私の友人に「まるみちゃんのほうが想いが強そうだね」と言われたことがある。それを聞いて私は驚いた。ガンモと私は、お互いに同じくらいの想いでいるとばかり思っていたからだ。しかし、友人から見ると、ガンもよりも私の想いのほうが強いように映って見えているらしい。

 ガンモは外に出ると、極端に大人しくなる傾向にある。つまり、私以外の人の前では、自分の想いをしっかり内に秘めてしまうのである。そのため、私と二人きりのガンモを知らない人には、私のほうが想いが強いように映ってしまうようだった。

 私たち夫婦は、基本的には似たもの同士なのだが、お互いに正反対の要素も持ち合わせている。私は活発だが、ガンモは消極的である。私は自分の想いを大勢の前で堂々と語れるが、ガンモは自分の想いを語ることに関して非常にシャイである。私は文章を書くのが大好きだが、ガンモは文章を書き上げるのに時間がかかる。とりわけ激しいとまでは行かないまでも、基本的には私が陽で、ガンモが陰の要素を持っている。私のほうが目立つので、「夫婦って、かかあ殿下のほうがうまく行くんだよね」などと言われたこともある。

 目に見えている要素が多い分、他の人から見れば、私の想いのほうが強いと判断されても仕方がないのだろう。でも、目には見えなくても、私たちはお互いに同じくらいの強さで想い合っている。実際に、愛の中にある私自身がそう思うのだから、愛の外から観察する人の判断よりも、ずっと正確だと思う。

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2004.05.21

安定

 私たち夫婦は、常に安定の中にいる。二人の愛を思い出させるような突発的な事件は何も必要ない。

 先日、「ビッグ・フィッシュ」という映画をガンモと二人で観に行った。映画のテーマからは少々外れるのだが、その中に、ユートピアにあって、詩が書けなくなる詩人の話が盛り込まれていた。私は映画を見ながら、そのシーンにひどく共感したものだ。

 これを愛に例えるなら、安定の中にいると、愛を忘れてしまいがちになるということだろう。だから、愛を忘れてしまいそうになった人たちは、愛を思い出すような出来事を、自ら引き起こして行くことになる。これは、仕事に例えるなら、時間の大切さを忘れてしまった人ほど、仕事が忙しくなる傾向にあるということなのだろう。

 実はきのう、私自身にも、ガンモが本当に大切だと思えるような出来事があった。仕事先のトイレの鏡を見ながら、自宅でいつもお風呂に入る前に洗面台の鏡を二人でのぞきこんでいるシーンを思い出して、目頭が熱くなったのだ。いつも一緒に歩いているのに、自分だけがちょっと進み過ぎたり、横道にそれたりすると、必ずこういった現象が起こる。安定の中にあって、当たり前のように過ぎて行く日々。どんなに一生懸命生きたとしても、私にはまだまだガンモを愛する余裕が残されているような気がする。その余裕が惰性にならないように、安定の中にあっても、常に愛を表現しながらガンモと歩いて行きたい。

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2004.05.20

香川というところ

 ガンモの生まれ育った香川と、私の生まれ育った愛媛は隣同士の県なのだが、言葉も少し違うし、食文化も違っている。はっきり言って、香川の食文化は、全国レベルで見ても変わっている。

 まず、お正月に食べるお雑煮に、あんこの入ったお餅を使う。私は小さい頃からあんこが大の苦手で、和菓子を食べるにも、あんこを包んでいる皮だけを好んで食べていたくらいだった。今でも和菓子の類は苦手である。だから、お正月にガンモの実家に帰ったとき、義母の作ってくれたあんこ入りお雑煮を食べられるかどうか、とても心配だった。

 ところが、食べてみると、意外にもおいしかったのである。白味噌が、あんこの甘さをしっかりと抑えているし、私の実家で作られるお雑煮(醤油ベースで、具はほとんど大根だけ)よりも、たくさんの具が入っているのだった。目からウロコとはこのことだ。あんこ入りお雑煮は、あんこが苦手な人にも食べられる、ちょっと病みつきになりそうなお雑煮である。何事も、体験してみなければわからないものだ。

 もう一つの変わった食文化とは、全国的にも有名なうどんである。香川の人たちは、とにかくうどんを好んで食べる。一番驚いたのは、法事のときに、お坊さんや集まってくれた人たちに対し、うどんを出しておもてなしをするということである。しかも、法事に参列している人たちも、出されたうどんを当たり前のように食べている。そのような食文化のない場所で育った私には、カルチャーショックだった。

 少し前に、法事のために実家に帰ったときに、たまたま法事が重なってしまった。私たち夫婦は、時間がなくてもう一つの法事には参加できなかったのだが、とある法事でうどんを食べて、もう一つの法事でもうどんを食べるということが、香川の人たちは平気らしい。

 もともと私は、うどんが大好きだった。だから、うどんをたくさん食べられるところにお嫁に来たのかもしれない。あんこいりお雑煮は、あんこが食べられる嫁になるように、ということなのだろうか。

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2004.05.19

苦手アーチスト克服?

 ガンモは、私が行く様々なアーチストのライブに付き合ってくれる。そして、いつの間にか、それらのアーチストのファンになっていたりする。私は基本的にソロアーチストよりもバンドが好きだ。一方、ガンモは昔から、さ○ま○しさんや松○○春さんなどのソロアーチストを聴き込んでいる。実はその二人は、私が最も苦手とするアーチストだった。(^^;(ファンの方々、ごめんなさい。m(__)m)

 ずっと以前の話になるのだが、ガンモが私に、
「さ○ま○しや松○○春のライブに行こうよ」
と言った。私は軽く、
「ガンモが自分でチケットを取るなら、行ってもいいよ」
と答えてしまった。それから月日は流れ、ガンモは自分でチケットを取ることを覚えた。
「松○○春が××に来るからチケットを取ろうと思うんだけど」
とガンモに切り出され、いざそのときになってみると、たじろぐ私がいた。でも、思い切って、
「いいよ。チケットが取れたら行こう」
と言ってみた。本当に苦手なアーチストだったので、今でも自分の発言が信じられないくらいだ。実際にそのライブを見て、これまで食わず嫌いだったと言える日が来るのだろうか。

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2004.05.18

自分の名前が好きになる

 結婚して苗字が変わったとき、私はこれまでよりも自分の名前を好きになった。私の旧姓は「越智(おち)」と言って、愛媛では電話帳を何ページも埋め尽くすほどポピュラーな苗字だった。下の名前は「美恵」なのだが、苗字と合わせると大変画数が多いので、試験のときにみんなが問題を解き始めても、私だけがまだ自分の名前を書いているような状況だった。

 結婚して、苗字が「山下」になった。「山下」の下に自分の名前を連ねてみると、何だかずっと昔からこの名前だったようなフィット感がある。それに、自分の名前を見るのがうれしい。苗字の画数とともに、心まで身軽になれたような、そんな幸せな気持ちでいっぱいなのだ。

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2004.05.17

選ぶのではない

 たくさんの異性と知り合える環境にあると、よりどりみどりだね、なんてことを言う人がいる。私はそれは違うと思う。自分のパートナーは、大勢の中から選ぶのではない。いくらたくさんの人と知り合える環境にあったとしても、そのままの自分を預けられる人というのは限られている。

 私がクラシックカメラの世界に足を染めたとき、周りはほとんど男性ばかりだった。私はその中からガンモを選んだのか? と言われると、決してそうではないのである。ガンモは私にとって、ちょうどいいタイミングに私の前に現れてくれた。それも、私が自分一人でやらなければならないことをちょうど終えたばかりのときに。

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2004.05.16

ガンモポイント、まるみポイント

 クラシックカメラという共通の趣味を持っている私たちは、お互いの買い物に関して、ポイント制を導入している。ポイント制と言っても、私たちのポイント制はちょっと変わっている。このポイントは、相手に対しても同額の買い物を認めるというポイントなのである。

 例えばガンモが3万円のカメラを買ったとする。このとき、3万円分のガンモポイントが発生する。ガンモポイントが発生した時点で、私は新たに3万円分の買い物ができる権利を得る、ということなのである。

 別に競わなくてもいいはずなのに、最近はこのポイントをガンモと二人で競い合っている。二人で一緒にカメラを見ているのに、いざ会計という段階になると、お互いに出し渋るのだ。つまり、自分の欲しいものを相手のポイントにしてしまって、自分が新たなポイントをゲットしようとしているのである。でも、最近は、それほどポイントを気にせずに買い物をするように心がけている。

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2004.05.15

夫婦セットで

 私たちは普段、別行動を取ることは滅多にない。しかし、どちらかが仕事に出かけているときは、別行動を取ることになってしまう。そんなとき、外で共通の友人に会うと、「ガンモさんは?」と言われるのがとてもうれしい。夫婦セットで扱われる実感は、私たちにとって、この上ない喜びなのである。

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2004.05.14

占い師の予言

 まだガンモと出会う前、私はある占い師に、
「あなたは絶対に長男の男性とご結婚されます」
と断言されてしまったことがある。その言い方は、推定ではなく、強い断定の口調だった。当時の私は、長男の男性とはまったくご縁がなかったので、妙なことを言う占い師だなあと思っていた。

 でも、実際に私は、長男であるガンモと出会って結婚した。こんなふうに、断言されてピタリと当たる占いもあるのだ。それとも、あの占い師は実は魔女で、私が長男と結婚するように、魔法をかけられてしまったのかもしれない。

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2004.05.13

一人暮らしの経験

 お互いに一人暮らしの経験があると、結婚生活において、対等な関係を築いて行くのにプラスになると思う。相手への依存度が軽減されるからだ。おそらく私は、同じ人間が二人いるような家庭を築きたいと考えていたのだと思う。そして、二人で家事を分担して生活することに憧れを持っていた。ガンモと結婚してそれが実現されたわけだが、最近の私は、ちょっと家事をサボリ気味である。

 今日もガンモは休みで、私だけが仕事に出掛けた。玄関で、「行ってらっしゃい」とガンモが言う。ん? もしかすると私はお嫁さんになったのではなく、お嫁さんをもらったのかもしれない。

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2004.05.12

顔にすりすり

 今日は、ガンモの仕事が休みで、私だけが仕事だった。こんな日は、ベッドでまだ眠っているガンモを置いて仕事に出かけなければならない。仕事中も、早く家に帰りたいと思う。

 家に帰ってから、ガンモの顔にすりすりしてキスをする。こんなふうに、愛を表現する方法はいくらでもあるのだ。これからも、恥かしがることなく愛を表現し続けて行こう。

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2004.05.11

嫉妬のない関係

 ガンモとの関係は、私の過去における恋愛と絶対的に異なっているところがある。それは、お互いに嫉妬という感情がほとんど生まれないということである。

 嫉妬が生まれてしまうのは、一番に、相手の愛情不足が原因だと思う。または、自分に対する愛情がはっきりと見えているかどうかだろう。相手からの愛情が見えなくなると、不安定になるものだ。私たちは常に、相手対して愛を表現し続けているし、どんな人と交流しているかも示している。だから、お互いが異性と交流するようなことがあっても、嫉妬の感情は生まれない。お互いの愛に、絶対的な信頼関係があるのだ。

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2004.05.10

ちょっと反省

 ゆうべはパソコンの前で眠くなって、寝てしまっていた。夜中にガンモが一緒にお風呂に入ろうと言って、優しく起こしに来てくれたのだが、とにかく眠かった私はお風呂なんかに入らないと言い、パソコンの前でそのまま寝続けてしまった。まだ目を覚ましたくなかったのだ。

 30分ほどしてようやく目が覚めたとき、私ははっと我に返った。急いで寝室に行くと、ガンモがお風呂から上がってさっぱりした顔をして、寝室のパソコンの前に座っている。ああ、ガンモ、ごめん。一緒にお風呂に入れなくてごめん。

 ガンモは私が一緒にお風呂に入らなかったことを責めなかった。でも、過去にこれと逆のことがあったときは、私はガンモに対して、ひどくすねた態度を取ったのだ。立場が逆になったときは、自分が過去に取った態度を振り返るきっかけを与えてくれる。ちょっと反省。

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2004.05.09

お見合いのはなし

 ガンモと付き合い始めてから結婚を決めるまでの期間は、わずか3週間だった。あまりにもスピーディーな展開に自分たちも驚き、まだお互いの両親に付き合っていることを話していなかったその時期に、ガンモの両親がガンモにお見合いを勧めたようだった。

 あるときガンモと電話で話していると、どうもガンモの乗りが悪い。一体どうしたのかと気になって尋ねると、ガンモはためらいがちに話してくれた。両親から釣書と相手のお見合い写真が送られて来て、それを見てしまったことに対して罪悪感を感じているのだと。ガンモは、私と付き合っていながら、お見合いの写真に目を通してしまった自分がイヤでイヤで、自己嫌悪に陥っていたらしいのだ。

 何とピュアなヤツなんだと思い、私はますますガンモのことが好きになった。

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2004.05.08

宝塚にハマる

 関西に来てから、宝塚歌劇団と縁の深い友人ができた。その友人に公演のチケットを手配してもらうと、最前列〜2列目などの良い席で観劇できるようになった。そういった条件も重なったのだろうが、ガンモは一度観ただけですっかり宝塚の虜になってしまったようだ。特別お気に入りの宝ジェンヌがいるというわけではなく、女性だけで構成されるマニアックな世界に引き込まれてしまったらしい。もともと私も芝居好きだったので、ガンモが宝塚にハマってくれたのは、大変好都合だった。しかも、観劇のたびに、すぐ近所にある手塚治虫記念館に足を運ぶことができる。

 のちに、その友人は宝塚歌劇団とは縁が薄くなってしまったのだが、ガンモは自分でチケットを手配すると言い出した。チケットの入手に関してはいつも受身の姿勢を取っているガンモが、自分からチケット会社に電話をかけてチケットを手配するなど、本当に珍しいことなのだ。

 今では、ガンモが取ってくれたチケットで、私も一緒に宝塚観劇を楽しんでいる。

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2004.05.07

ツインかダブルか

 私たちがホテルを予約するときは、必ずと言っていいほどダブルの部屋を予約する。ツインの部屋を予約するよりも、自宅で寝ているシングルベッドに近い状況だからである。ときどき、ダブルの部屋が満室で、仕方なくツインの部屋に泊まることもあるが、寝るときは必ず一つのベッドに寄り添って寝ている。ツインのシングルベッドは、通常のシングルベッドよりも狭いのだが。(^^;

 それにしても、ホテルのダブルベッドは広すぎて寂しくなる。ベッドに求める広さは、そのカップルに必要な自由意思と正比例しているのかもしれない。

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2004.05.06

禁止!

 ハード屋さんのガンモは、固いものが大好きだ。固いものとは、パソコン、カメラなどのハードウェアのことである。それに対し、ソフト屋さんの私は、音楽、文学、映画、精神世界などの柔らかいものが大好きだ。

 柔らかいものは、固いものよりも場所を取らない。今のところ、固いものはトイレの中まで占有しているが、我が家において、柔らかいものが私たちの歩行を妨げるようなことはない。だから、柔らかいもの好きの私としては、これ以上固いものが増えることを阻止できる権利を持っている。

 今日は早めに仕事が終わったので、ガンモと一緒に外で夕食を取ろうと思い、ガンモに電話を掛けた。
「ガンモ、今、どこにいるの?」
と尋ねると、
「ん?」
と言う。今、どこにいるのかを説明するのに、ためらいの気持ちがあるようだ。
「どこ?」
と再び尋ねると、ガンモは開き直ったように
「ソフマップ!」
と答えた。私は
「禁止!」
と叫んだ。そう。私はこれ以上、ガンモが固いものを増やすのを阻止できる権利を持っている。
「今からそっちに行くから!」
と、すぐに駆けつけたのだが、実際にガンモの買い物を阻止したかと言うと、そうではない。「禁止!」と言いながらも、私たちはお互いが好きなものを買うことを認めている。「禁止!」と言うのは「ガンまる用語」の一つで、「絶対に禁止!」という意味ではなく、もはや自分の中から流れて行った感情を示すための用語なのである。つまり、「禁止!」という言葉が出て来るということは、相手がそれを買うことを既に認めているということなのである。

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2004.05.05

じゃんけんに負けてあげる

 私がまだ東京に住んでいた頃、ガンモは関西に住んでいた。結婚を決めたとき、私たちは、じゃんけんに負けたほうが相手の街に引っ越して来るをという約束のもとでじゃんけんをした。

 実は、そのじゃんけんに勝ったのは私のほうだった。だから、約束が果たされるのなら、ガンモのほうが東京に引っ越して来るはずだった。しかし、そのとき私はとっさに何を思ったか、自分のほうが関西に行くと宣言したのだ。

 現実的な問題として、私は東京では、お風呂もクーラーも電子レンジもない安アパートに住んでいたほど貧乏な生活をしていた。一方、大企業に勤めるガンモは、一人で広い部屋に住んでいた上に、蓄えもあった。私は東京のアパートを引き払って、ガンモが住んでいた関西のアパートに転がり込んだ。ガンモが広い部屋に住んでくれていたおかげで、二人の住む家を新たに探さなくて良かったのだ。

 私は関西に来て初めて、お風呂もクーラーも電子レンジもある生活を体験した。東京での生活に比べれば、それはそれは文化的な生活だった。そして、結婚して2年後にはマンションも購入した。やはり、私がじゃんけんに負けたことにしたのは正解だったのだ。

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2004.05.04

パートナーを愛する五〇の方法〜『心のチキンスープ』より

  『心のチキンスープ13 ほんとうに起こったラブストーリー』という本の中に、「パートナーを愛する五〇の方法」というのが紹介されている。中には、日本の事情に合致しないものもあるが、大変興味深いので引用してみたい。

一   まず自分自身を愛しなさい。
二   毎日、まず抱き合いなさい。
三   ベッドで朝食をとりなさい。
四   離れるたびに、「愛している」と言いいなさい。
五   しょっちゅう、存分に褒め合いなさい。
六   違いを尊重し、大切にしなさい。
七   毎日、これが最後の一日だと思って過ごしなさい。
八   思いがけないラブレターを書きなさい。
九   一緒に種をまいて、育てなさい。
一〇 週に一度はデートをしなさい。
十一 理由がなくても、花を贈りなさい。
十二 お互いの家族や友人を受け入れて、愛しなさい。
十三 「愛している」と書いたカードをつくり、家のあちこちに置きなさい。
十四 立ち止まって、バラの香りを嗅ぎなさい。
十五 いきなりキスしなさい。
十六 一緒に美しい夕日を見に行きなさい。
十七 真剣に謝りなさい。
十八 許しなさい。
十九 恋に落ちた日を思い出して、再体験しなさい。
二十 手を握り合いなさい。
二一 目で「愛している」と言いなさい。
二二 あなたの腕のなかで、彼女を泣かせてあげなさい。
二三 彼に、わかっていると言ってあげなさい。
二四 愛と献身に乾杯しなさい。
二五 興奮をかきたてることをしなさい。
二六 途方にくれたときは、彼女にアドバイスを求めなさい。
二七 彼がジョークを言ったら、笑ってあげなさい。
二八 彼女の内面の美しさを褒めてあげなさい。
二九 一日、相手の雑用を代わってあげなさい。
三〇 すばらしい夢を持つように励ましてあげなさい。
三一 人前で愛情を表現しなさい。
三二 見返りを期待しないで、愛情深いマッサージをしてあげなさい。
三三 愛の日記をつけ、とくべつのひとときを記録しなさい。
三四 相手の不安を鎮めてあげなさい。
三五 一緒に裸足で浜辺を歩きなさい。
三六 もう一度、結婚してくれないかと言ってごらんなさい。
三七 ええ、結婚します、と答えてごらんなさい。
三八 お互いを尊敬しなさい。
三九 パートナーの最大のファンになりなさい。
四〇 パートナーが求めている愛を与えなさい。
四一 あなたが求めている愛を与えなさい。
四二 相手の仕事に関心を持ちなさい。
四三 力を合わせてひとつのことに取り組みなさい。
四四 ひとつの毛布に一緒にくるまりなさい。
四五 月光に照らされて、できるだけ高くブランコをこぎなさい。
四六 雨の日に、うちのなかでピクニックをしなさい。
四七 決して、起こったままベッドに入ってはいけません。
四八 お祈りのときには、まずパートナーのことを祈りなさい。
四九 おやすみのキスをしなさい。
五〇 日本のスプーンのように、抱き合って眠りなさい。

 これを読むと、日本人がいかに愛情表現が苦手であるかがわかる。日本人はおそらく、小さい頃から感情を抑えることを教え込まれて来たからだろう。映画を観ていても、外国のカップルたちは常に愛を絶やさずに活性化させているように見える。

 ちなみに、私たち夫婦の状況とかけ離れていると思ったのは、一一、一三、二五、四五あたりだろうか。これらの項目は、ちょっと演出が入っているような気がするからだ。大切なのは、相手に対して素直な愛を表現することを怠けないことなのだろう。

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2004.05.03

「エッチな気分にならない」に対する反響

 私たち夫婦の「エッチな気分にならないセックス」に関して、いくつかの反響が寄せられている。既に愛を知った人は、私たちもそうだと共感してくださっている。それが何よりもうれしい。

 私は、愛やセックスについて語り合うページをここ以外に持っているため、このブログではコメントもトラックバックも受け付けない設定にしている。何故なら、ブログというものの性質が、ホームページとは違って、ベースの異なる者同士の交流をあたかも成立させているかのように見せてしまうからである。

 おそらく、セックスというキーワードでネットを徘徊されている方が書かれたものと思われるのだが、私の書いた記事に対し、それはセックスに対する誤解だと指摘されている。(バルトさんのアドレッサンスな夢

 私は、愛という精神的な観点からセックスを語ろうとしているのであり、肉体的な観点から語ろうとしているのではない。この方の記事を拝見すると、セックスを精神的というよりも、肉体的にとらえていらっしゃるようだ。(少なくとも私よりは・・・・・・。)だから、この「ガンまる日記」内の愛に関する記述はまったく無視され、セックスに関する部分だけが取り上げられているのだ。そもそも、肉体的なセックスという観点からの指摘では、ベースになるものが異なっている。

 ただ、一人の人と密に関わって行くという姿勢は共感できた。そこに共感があるのだから、精神的なセックスに関して、もっともっと先があってもいいのではないかと思う。

 何故、愛ではないセックスを目にすると涙が出て来るのか。その方は、そのことには一切触れていなかった。愛を深く知れば、愛をベースにしないセックスが、とてつもなく悲しくなるというのに。更には、次第に「自分と第三者を分ける」ということからも遠ざかって行くというのに。そして、自分と第三者を分けることから遠ざかって来ると、愛の状態にいられない光景に涙するようになるのだ。

 その方のプロフィールを拝見すると、「最近ハマっていること:好きな人のことを思いながら一人エッチをする」と書かれていた。ああ、もう、私とはベースが全然異なっている。私たち夫婦は一人エッチなどしない。何故なら、一人エッチは、「結合」ではなく「分離」だからだ。

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2004.05.02

子供の頃に理解できなかったお見合いのはなし

 あれは私が中学生のときのことだったろうか。母の従弟がお見合いをして、とてもいい具合に話が進んでいた。何度も何度もデートを重ね、いよいよ結婚までもう秒読みという段階になったとき、突然、女性のほうから婚約を解消したいと申し出があったそうだ。

 どうしてなのかと尋ねると、その女性は、母の従弟の耳からたくさんの耳だれが出ているのを見てしまい、これから長い人生を彼と一緒に過ごして行くことに対して自信が持てなくなってしまったのだそうだ。

 当時まだ子供だった私には、その女性がどうして婚約を解消したのか理解できなかった。でも、大人になった今ならわかるような気がする。その女性は母の従弟ではなく、単に自分を愛していたに過ぎなかったのだ。

 物事に対して、一つの方面からしか見ることのできない関係は、こんなふうに崩れて行きやすい。物事は陽の面ばかりでなく、陰の面も持ち合わせている。陰の面にぶつかったとき、二人で困難を乗り越えて行くことに喜びを感じられるような関係でなければ、結婚してもうまくやって行けなかったことだろうと思う。どの段階でそれを築いて行くかは人それぞれかもしれないが、「条件」が先行してしまうお見合いの場合は、それが難しかったのだろう。

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2004.05.01

旅行と言えば

 旅行と言えば思い出すのが、以前、ガンモと二人で北海道に出掛けたときのことである。友人が、ライブのチケットを譲ってくれると言うので、三年前の春に北海道に出掛けた。まだ北海道には行ったことがないというガンモと二人で出掛ける予定にしていたのだが、途中でガンモが休みを取れないと言い出した。友人にライブのチケットを譲ってもらった手前、キャンセルするわけにも行かず、私一人で泣く泣く出掛けることにしたのだ。

 ところが、直前になってガンモの仕事が突然フリーになった。私は既に格安のツアーを見つけて飛行機の切符もホテルも手配できていたのだが、ガンモの飛行機とホテルは確保できていなかった。慌てて旅行会社に電話すると、ありがたいことに、ホテルだけは追加料金を払えば二人で宿泊できると言う。ホテルを二人部屋に変更してもらい、飛行機のチケットは、オークションなどを徘徊して、通常よりも安い値段で入手することができた。出発直前の落札ということで、出品者の方をかなり急かしてしまって申し訳なかったが、こちらの事情を察してくださり、非常に協力的な対応をしてくださった。

 こうして二人での北海道旅行がかなったのである。愛は決して二人を引き離さなかった。

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