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2004.04.19

永遠に流れて行く時間

 ネットサーフィンをしていて、ご主人さんと死別された方のホームページに辿り着いてしまった。そこには、最愛の人を亡くされた辛さが綴られていて、私の胸はきゅーんと痛んだ。そのとき私は思ったのだ。私がこうしてガンモとの愛の生活を幸せたっぷりに綴ることは、悲しみを背負ったまま生きている人たちを余計に悲しくさせてしまうのではないだろうかと。

 そこで私は、あることをここに書いておこうと思い立った。既に私のホームページでは表現しているのだが、ホームページを読んでくださっていない方たちのためにも書いておこうと思う。

 私には、部分的ではあるが、いくつかの前世の記憶がある。その中に、ガンモの目の前でリフトのようなものから落ちて死んだときの記憶がある。それを思い出したときの私は、とにかく尋常ではないほどたくさんの涙を流した。そして、自分が肉体を去る瞬間の気持ちをはっきりと思い出したのだ。私は、ガンモを残して自分だけが死んで行くことが、たまらなく悲しかった。ご主人さんと死別された方のホームページにも、亡くなって行くご主人さんの目にたくさんの涙がたまっていたと書かれてあった。私は、このご主人さんの気持ちがとても良くわかる。一般に、死別すると、残された人だけが悲しんでいるかのように思われがちである。でも、愛する人を残して肉体を去って行く人もまた、とてつもなく悲しいのだ。そのことを思い出したとき、現世でガンモと再会できて本当に良かったと思った。更には、達成されない想いが残ったからこそ、またガンモと再会したのだと思った。

 ただ、ガンモはそのことを覚えてはいないと言う。私自身も、私が肉体を去ってから、ガンモがどのようにして暮らしたのか、知らない。でも、自分が落ちて死んだときのことを思い出したときの私は尋常ではなかった。もしもそれが自分のでっちあげた空想なら、そこまで自分がおかしくなることもなかったのではないかと思う。ちなみに、現世の私は、大変な高所恐怖症である。それは、前世で高いところから落ちたときの恐怖が残っているからなのではないだろうか。

 前世を思い出してからの私は、時間というものが永遠に流れているのを実感している。そして、愛が完全に引き裂かれることもないとわかった。愛し合う者同士が離れている時間など、長い長い魂の歴史からすれば、きっとほんの一瞬のことなのだろう。

 だから、辛い別れを経験した人にも、時間が永遠に流れていることを知っておいて欲しいと思う。

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