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2004.03.24

愛情の本質

 人それぞれに、こうじゃなくちゃ絶対に駄目というこだわりがある。例えば、家が散らかっているのが駄目な人、妻があたたかい手料理を作ってくれないと駄目な人、アイロンのかかったワイシャツを用意してくれないと駄目な人など。でもそれは、私に言わせれば、愛情よりも、単に自分自身のこだわりに人を付きあわせているだけのような気がする。以前も書いたが、本当に愛し合っていれば、まずは直接的な方法で愛を表現して行くと思う。

 私がいつも読ませていただいている日記を書いている人で、離婚経験のある男性とお付き合いをしている女性がいる。彼女の日記に、料理のできない前の奥さんのことを非難した表現があった。私はそれを読んだとき、何か違うと思った。彼女は、料理ができないことを非難したかったのではなく、前の奥さんがその男性のことをちゃんと愛してあげられなかったことを残念に思っているだけなのだろうと思った。

 また、私の友人は、自分の夫に、
 「お前は先にお風呂に入るな。汚いから」
と言われたことがあるそうだ。私はその話を聞いて、悲しくて涙が出た。何故、夫婦が対等でないのだろう? 彼女は、自分は妻ではなく、家政婦だと言っていた。その夫は大変なきれい好きで、いつも家の中が片付いていないと友人に文句を言うらしい。夫婦の間に愛情というものはなく、ただ子供のためだけに一緒にいるのだそうだ。離婚したいと思っても、自分が経済的に自立できないうちは実現できないと言う。彼女もまた、経済的な理由から、夫を利用しているに過ぎないのだ。

 悲しいことだが、現実にそういう夫婦はたくさんいる。愛情の中にあって、常に愛を実感できなくなってしまったら、今度は愛以外の助けを借りて、愛の尊さを実感しなければならない。愛情の本質とは何なのか、もっと見極めて行かなければ、愛のない関係の悪循環を作り上げてしまうと思う。

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