« 2004年2月 | トップページ | 2004年4月 »

2004年3月

2004.03.31

空気のような存在にもの申す

 良く、自分のパートナーは「空気のような存在だ」と言う人がいる。私は、あたかも夫婦の愛を象徴するかのように見えるこの表現が、あまり好きではない。

 「空気のような存在」が意味するところは、「特に意識することはないけれど、なくてはならない存在。または、そこにいるのが当たり前の存在」ということなのではないだろうか。これは、パートナーに対する誉め言葉ではなく、相手を失ってしまってから本当に大切だったと思うような、後悔型の関係であると言える。

 私は、ガンモが身近にいることを、もっともっと実感していたい。私にとってガンモは、空気のような存在などではなく、自分と同等の存在である。

| | コメント (0)

2004.03.30

抱きしめる

 ガンモと二人で出かけると、私は人ごみの中でガンモを突然抱きしめたくなることがある。私はためらわずにガンモを抱きしめる。そんなとき、ガンモも恥ずかしがらずに私に身を任せる。

 そのような状況が突然起こるのは、もう少しで愛を素通りしてしまいそうになったとき、ハッと気づかされるからかもしれない。ちょっと進み過ぎたと思ったら、ちょっと戻って、忘れ物がないかどうかを確かめる。そうすることによって、受け取る/与えるのバランスを保ち続けていられるように思う。

| | コメント (0)

2004.03.29

ガンモに癒される

 最近、仕事のことでかなり落ち込んでいた。毎日寝不足になるほど忙しいし、頭もうまく回らない。上司に間違いを厳しく指摘される。そんな状況の中、私はガンモに泣きついた。ガンモと抱き合うと、私の悲しみや苦しみを吸い出してくれるかのような安心感を覚えた。抱き合ったときのフィット感が、とっても心地いい。

 そして私は癒され、立ち直った。驚いたことに、仕事の状況も緩和されつつある。ガンモパワーは素晴らしい。ありがとう、ガンモ。

| | コメント (0)

2004.03.28

すべては対比の中にある

 仕事が忙しくなると、私は仕事帰りに泣きながらガンモに電話をかける。摩擦の多い仕事関係者と長い時間を一緒に過ごすと、酸素不足になってしまうからだ。ガンモの声を聞くと、一刻も早くガンモのいる家に帰りたいと思う。

 摩擦のある関係と、境界線のない心地良い関係。すべては対比の中にあると思った。そして私は、この心地良さを知ってしまったばっかりに、心地良い関係とそうでない関係を比較し、区別するようになってしまった。もしもこれほどまでに心地良い関係を知らなければ、その対比に苦しむこともなかっただろう。大きな幸せを実感したら、その反対側にある他者との間に生まれる摩擦もまた、知ることになる。

| | コメント (0)

2004.03.27

運命の人と出会うためには

 自分にぴったりの運命の人と出会うためには、本当の自分を見失わずに生きていなければならないと思う。本当の自分を見失ってしまうと、自分に不似合いな人とシンクロしてしまい、恋に落ちてしまうのだ。いつまでも劣化しないでいられる関係は、常にバランスを保とうとしている。不似合いな関係というのはどちらかに無理が生じるため、決して長続きしない。

 本当の自分を見失わずに生きるというのは、自分がどこかで無理をしていないかどうかを、常に自分自身に問い合わせながら生きて行くということである。そのためにはまず、自分というものを深く知らなければならないだろう。

※ソウルメイト/ツインソウル/運命の人に関しては、精神世界のはなしという私のサイトに詳しく書いています。

| | コメント (0)

2004.03.26

愛のパワー

 友人から、結婚するという知らせが届いた。話を聞いてみると、私たち夫婦みたいにラブラブで、短期間のうちにわかり合えた関係のようだ。私はまるで、自分のことのようにうれしかった。

 これまで奥手だった友人が、出会い一つでどんどん本当の自分に返って行く。物理的な障害などものともせず、純粋な愛は、二人の距離をどんどん縮めて行く。やはり、純粋な愛のパワーは素晴らしい。

| | コメント (0)

2004.03.25

幸せで泣けて来る

 私には、「幸せで泣けて来る」なんてことが良くある。仕事をしているとき、一人で家にいるとき、その想いは突然やって来る。とにかく、私は幸せを感じて良く泣くのだ。ガンモと出会って本当に良かった。ガンモが存在してくれて本当に良かった。ガンモと結婚して本当に良かった。ガンモは、私の今の学びに本当にぴったりの相手だと。

| | コメント (0)

2004.03.24

愛情の本質

 人それぞれに、こうじゃなくちゃ絶対に駄目というこだわりがある。例えば、家が散らかっているのが駄目な人、妻があたたかい手料理を作ってくれないと駄目な人、アイロンのかかったワイシャツを用意してくれないと駄目な人など。でもそれは、私に言わせれば、愛情よりも、単に自分自身のこだわりに人を付きあわせているだけのような気がする。以前も書いたが、本当に愛し合っていれば、まずは直接的な方法で愛を表現して行くと思う。

 私がいつも読ませていただいている日記を書いている人で、離婚経験のある男性とお付き合いをしている女性がいる。彼女の日記に、料理のできない前の奥さんのことを非難した表現があった。私はそれを読んだとき、何か違うと思った。彼女は、料理ができないことを非難したかったのではなく、前の奥さんがその男性のことをちゃんと愛してあげられなかったことを残念に思っているだけなのだろうと思った。

 また、私の友人は、自分の夫に、
 「お前は先にお風呂に入るな。汚いから」
と言われたことがあるそうだ。私はその話を聞いて、悲しくて涙が出た。何故、夫婦が対等でないのだろう? 彼女は、自分は妻ではなく、家政婦だと言っていた。その夫は大変なきれい好きで、いつも家の中が片付いていないと友人に文句を言うらしい。夫婦の間に愛情というものはなく、ただ子供のためだけに一緒にいるのだそうだ。離婚したいと思っても、自分が経済的に自立できないうちは実現できないと言う。彼女もまた、経済的な理由から、夫を利用しているに過ぎないのだ。

 悲しいことだが、現実にそういう夫婦はたくさんいる。愛情の中にあって、常に愛を実感できなくなってしまったら、今度は愛以外の助けを借りて、愛の尊さを実感しなければならない。愛情の本質とは何なのか、もっと見極めて行かなければ、愛のない関係の悪循環を作り上げてしまうと思う。

| | コメント (0)

2004.03.23

鐘が鳴る

 良く、「結婚する相手と出会ったときは鐘が鳴る」などと言う。私の場合、鐘が鳴ったというわけではないのだが、短期間のうちに、私はガンモと結婚するのだと確信した。結婚相手というのは、それまで付き合った相手とは絶対的に違う何かを持っている。そのことに気づくと、結婚に向けてとんとん拍子でことが運んで行く。二人の想いが強ければ強いほど、まるで人ごみの中をどうぞ通ってくださいと言われているかのように、道が開けて来るから不思議だ。

| | コメント (0)

2004.03.22

男女の仲睦まじい姿

 若い頃、私の周りには、「自分が一人もののときは、男女が仲良くしているのを見ると妬けて来る」と言い放つ友人が多かった。でも私は、男女の仲睦まじい姿を見ると、うれしくてうれしくてたまらなかった。今でも、若い男女は当然のことながら、熟年のご夫婦や老夫婦の仲睦まじい姿を見ると、うれしくてうれしくてたまらなくなる。

 男女の間に流れているエネルギーやお互いの想いの強さは、はっきりとした感覚で伝わって来る。だから、対等でない関係や、どちらかの想いだけが強いアンバランスな男女を目にするのはとても苦痛なのだ。相思相愛の男女なら、ごくごく自然に引き合うだろう。相思相愛の男女が引き合う美しさは、その真っ只中にいる者たちにしかわからないのかもしれない。

 思えば、私はガンモと出会う前から、自分が仲睦まじい夫婦生活を送ることを知っていたのだと思う。だから、例え彼氏のいない時期であっても、仲睦まじい男女を見ると、未来の自分の分身を見た気がして、うれしくてたまらなかったのだ。

| | コメント (0)

2004.03.21

一つの湯船

 いつだったかテレビで、熟年の夫婦が一つの湯船につかっている映像を見た。何だかそれだけでもうあたたかくて、熟年の夫婦に目が釘付けになってしまった。

 もちろん我が家も、一緒にお風呂に入っている。二人で湯船につかっているとき、私は必ずあのテレビの映像を思い出す。そして、年を取ってからも、ずっとずっと今と変わらない生活を送ろうと思うのだった。

| | コメント (0)

2004.03.20

床屋さんごっこ

 ガンモの髪の毛は、いつも私が切っている。気心の知れた人に切ってもらうほうが、いろいろ注文ができるからというガンモの要望で始めた散髪だが、これがまた非常に面白いコミュニケーションとなっている。

 髪の毛を切るのは、およそ2ヶ月に一回の割合である。私が床屋さんになって、「お客さん、最近、仕事はどうですか?」などとガンモに尋ねる。ガンモもそれに合わせて適当な世間話をする。

 初めて私がガンモの髪を切ることになったとき、ガンモは自分で鏡を手に持って、私が髪を切る様子をじっとうかがっていたものだ。おそらく、私がどんな切り方をするのか心配で仕方なかったのだろう。今ではすっかり信頼関係も出来上がって、ガンモはもう鏡を持たなくなった。

 とにかく、「床屋さんごっこ」は、愉快な夫婦にお勧めのコミュニケーション法の一つである。髪を切り過ぎても、「すぐ伸びるから大丈夫」と笑い飛ばせる夫婦関係が、そこにはある。

| | コメント (0)

2004.03.19

結婚とは

 カメラ仲間たちの多くは、結婚というものに対する夢を既に失ってしまっている。と言うのも、結婚すると、物欲に対する自由が奪われてしまうと主張する人が多いためだろう。妻にナイショでカメラを買う。カメラを買っているのが見つかると、「またこんなもの買ってえ!」と言われる。つまり、もともと価値観の異なる夫婦が一緒になり、お互いの歩み寄りが見られないケースが多いように思うのだ。そして、独身の人たちはそういうサンプルを見て、次第に結婚に対する夢を失って行く。

 私は、こういう状況は、お互いに愛が足りていないと思う。愛が足りていないサンプルを見て、結婚に対する夢を失ってしまってはいけない。

 愛が足りている状態とは、相手の価値観の中に、どんどん踏み込んで行けることだと思う。すなわち、相手が興味を持っていることに対し、素知らぬ顔をしないこと。言い換えれば、お互いが決して一つの性に偏らず、中性的な存在であり続けることが大切なことなのかもしれない。
 

| | コメント (0)

2004.03.18

手を繋がない不自然さ

 私は、ガンモ以外の人と一緒に歩くとき、隣にいるのがガンモだと思って、思わず手を繋ごうとしてしまったことが何度もある。私にとって、隣にいる人と手を繋がないでいることは、不自然に思えたのだ。

「一緒にいるのに手を繋がないでいるなんてヘンだよね。ガンモとならいつも手を繋ぐのに」

 これまで、一緒に歩く人に、何度その台詞を言ったことだろう。

|

2004.03.17

一緒にいる錯覚

 相手が仕事のために動けないときに限って、私たちは別行動を取る。例えば、私が一人で骨董市に出掛ける。しかし、一人で行動していても、一緒に出掛けたような錯覚に陥ってしまう。お互いの存在がいつも心の中にあるからだろう。

 本当は一人で行動したのに、「あのとき一緒に行ったじゃん!」と言い合うことが多い。

| | コメント (0)

2004.03.16

助け合える部分

 基本的には似たもの同士の私たちだが、お互いにないものを持ち寄って、助け合える部分もある。それは、コンピュータに関する分野だ。

 私たちは二人ともコンピュータ業界で働いているが、ガンモはハードウェア屋さん、私はソフトウェア屋さんである。ガンモが苦手なunixのviエディタのコマンドを私は知り尽くしているし、ExcelやWordの使用頻度もガンモより多い。Windowsの一般的な動作についても、私のほうが詳しい。

 一方、ハードウェアとネットワークに強いガンモは、私の職場のパソコンがおかしくなったときに電話をすると、助けをくれる。旅行に行ったときも、宿泊先のホテルでネットワークの設定をしてくれるのはいつもガンモの仕事だ。(お互いにノートパソコンを持ち歩いているため、旅先にもHubを持って行くのだ)また、自作パソコンを次々に組み立ててくれるので、私はいつも快適な環境でいられる。

| | コメント (0)

2004.03.15

仲がいいこと

 子供のいない私たちにとって一番の親孝行とは、夫婦仲がいいことだ。義母と私の母が電話で話しをするときは、必ずその話題が昇るらしい。

 親は子供に対し、絶大なる愛情を注いでいる。そのことを思えば、世間一般で言われているところの嫁と姑の不和の原因も、おのずとわかるようになる。母親は、自分の息子をもっとも大事にしてくれる嫁に、息子を託したいのではなかろうか。だから、嫁が夫に対し、絶大なる愛情を注げば、嫁と姑の不和とは無縁になれる気がする。

| | コメント (0)

2004.03.14

 私たち夫婦は、二人で並んで寄り添って、鏡に映るのが大好きだ。鏡の中に写っている自分たちのお似合いの姿を確認するのが楽しいのだ。鏡の中に写っている私たちは、お似合いのパートナーを見つけて、とてもうれしそうにしている。背の高さも体重も、体型までも似通っている私たち。鏡を見る度に、私たちは本当にお似合いの夫婦だなあと実感する。

| | コメント (0)

2004.03.13

うつらない病気

 良く、家族の風邪がうつった、というような話を聞くが、私たち夫婦にはそれがない。私は年中通してほとんど風邪を引かないが、ガンモは良く風邪を引く。ガンモが風邪を引いても、私には決してうつらない。ガンモが風邪を引いている間も私たちはキスをするし、一つのシングルベッドに仲良く寄り添って寝ている。どういうわけか、私には、風邪なんかに絶対に負けないという自信があるのだ。

 かつて、ガンモが流行性角膜炎にかかったときもそうだった。同じ家族なのに、まるで汚いものを扱うかのように振舞うことなどできなかった。だから私は、自分にうつるかもしれないという恐れが、病気を引き起こしているのではないかと思っている。

| | コメント (0)

2004.03.12

しゃべり出すガンモ

 ガンモは私の友人と一緒に行動しているとほとんど無口になってしまい、しゃべろうとしないが、私が友人と別れると、機関銃のようにしゃべり出す。そのギャップが、時には面白くもある。

 ガンモは凹型の人間なので、話し掛けられない限り、自分からは決して話さない。私が友人とおしゃべりしていると、間に入らないほうが良いと遠慮してしまうようなのである。だから私はときどき、ガンモを会話にひきずり込む。とにかく、何が何でもシャイなのだ。

| | コメント (0)

2004.03.11

直接的愛情表現と間接的愛情表現

 私は、仕事関係の飲み会でも愛の話をするのが大好きだ。しかし、料理や家事に関する話は、まったくもって苦手である。いつだったか、自宅で奥さんが作ってくれた温かい手料理を食べたいという話になった。そういう状況に愛情を感じるのが一般的な価値観なのだろう。料理や家事の話が苦手だったので、「一日に何回くらいキスしますか?」と聞いてみたら、そこにいたみんなは返答に困った様子で、場の雰囲気が固まってしまった。

 私たち夫婦の間にあるのは、目を合わせる度に抱き合ったり、キスをしたりという、直接的な愛情表現だ。それに対し、温かい手料理を作って待っているというのは、間接的な愛情表現だと思う。つまり、私たち夫婦は直接的愛情表現に没頭しているのだ。

| | コメント (0)

2004.03.10

努力の必要のない関係

 良く、夫婦関係を持続させるには双方の努力が必要、などと言う。しかし、親密な夫婦関係において、努力とは何だろう? 自分を押し殺すということなのだろうか?

 夫婦が個と個で存在し続ける場合、片方の個を守り続けることが必要になって行くのかもしれない。しかし、夫婦の間に境界というものがなく、自分の個を押し殺す必要もない場合は、努力など必要のない関係を築いて行くことができる。

| | コメント (0)

2004.03.09

シングルベッドの秘密

 結婚してからずっとシングルベッドに寝続けている私たちだが、もともと掛け布団もシングルだった。しかし、あまりにも幸せな結婚をしたため、二人とも身体に肉がついてしまい、シングルの掛け布団では身体が入り切らなくなってしまった。夏はいいのだが、冬は布団がなくて、ガンモが風邪をひいてしまう。どうも、私が布団を取り込んでしまうらしい。そこで数年前に、掛け布団だけをダブルに変えたのだった。

 二人とも、もっと痩せなければね。(^^;

| | コメント (0)

2004.03.08

目覚めたとき

 目覚めたときに、ガンモが隣にいる。それだけで、何て幸せなんだろうと思う。目覚めてから、ガンモの顔に何度も頬をすり寄せ、キスをする。そして、この生活をいつまでもいつまでも守って行きたいと思う。私にぴったりの学びのパートナー、ガンモよ。何年経っても新婚さんと言われ続けてみせよう。(*^^*)

| | コメント (0)

2004.03.07

私たちの道楽

 結婚すると、自分のやりたいことをなかなか実現できない人がいるらしい。カメラ仲間の中には、夫婦ケンカをしたときに、コレクションのカメラを窓の外から投げ捨てられたという人もいる。趣味や価値観が異なっていると、こういったことが起こりやすい。でも、奥さんに目も向けず、カメラばかり磨いていたら、そうなってしまってもおかしくはない気がする。

 私たちの場合、趣味はほぼ一致している。ガンモはカメラの他に、パソコンのコレクターでもある。我が家にはパソコンやプリンタが合わせて数十台ある。そのため、家の中は既に獣道と化しており、トイレの中にまでパソコンがある。着払いの宅配便が届くときは、ドアホンの近くで待機していないと、ピンポンが鳴り終わるまでにドアホンへの応答ができない。こんな状態になっても、私はガンモに「こんな要らないもの買ってえ!」とは言わない。私だって、ライブにはたくさん出掛けている。そのために、HARD OFF好きのガンモは、私と一緒に行動することで、全国のHARD OFFを回れることになる。

| | コメント (0)

2004.03.06

一発合格

 ガンモと結婚することを両親に告げてから、ガンモの写真を実家の両親に送った。私の両親は、ガンモの写真を見て、ふにゃふにゃと気が抜けてしまうほど安心したらしい。最初からガンモは、私の実家の雰囲気になじむようだった。

 両親が特に気に入ったのは、ガンモが歯磨きのチューブを最後まできれいに使うところだった。モノを大事にするという印象を与えたようで、そういう人ならば、自分の娘も大事にしてもらえると思ったのだろう。すなわち、ガンモは一発合格なのである。

| | コメント (0)

2004.03.05

ガンモと携帯電話に救われた

 携帯電話は本当に便利だ。仕事で帰りが遅くなるとき、駅までの道を、ガンモとおしゃべりしながら帰れる。これが公衆電話だと、早く帰りたいばっかりに、「今から帰る」の一言だけで済んでしまう。

 結婚して初めて関西で働き始めた頃、仕事がものすごく忙しくて、毎日夜中の2時、3時まで残業していたことがあった。勤務先にタクシーを呼んで、タクシーの止まっている場所まで歩いて行く間、私は毎日泣きながらガンモに電話していたことを思い出す。何でこんなに働かなきゃならないんだろう? そう思いつつも、ガンモに支えられながら、仕事を頑張って来た。

 結婚生活の心地良さと、仕事の摩擦のギャップを埋める道具として、携帯電話は何度も何度も活躍してくれた。

※この他、ガンモと携帯電話に救われた話としては、こちらをご参照ください。

| | コメント (0)

2004.03.04

きな粉の予感

 私は子供の頃、父方の祖母から、きな粉に砂糖をまぶしたおにぎりを作ってもらって食べていた。その味がなかなか忘れられず、ご飯を食べるときも、きな粉に砂糖をまぶしたものを好んでかけていた。

 私は、自分と結婚する人もまた、同じようにきな粉に砂糖をかけて食べる人だという予感があった。実際に、ガンモはそうだったのだ。

 誰しも、自分が潜在的に知っていることを引き出すことができるような気がする。そのためには、普段から自分の直感を大切にして行くことが大切なのだろう。

※私たちの共通点については、こちらをご参照ください。

| | コメント (0)

2004.03.03

サンタとトナカイ

 毎年11月頃になると、所属しているカメラのサークルの忘年会が開催された。私たちは、その忘年会に参加するために、サンタ(私)とトナカイ(ガンモ)の帽子をかぶって新幹線に乗り、出掛けたものだった。もちろん、忘年会の席でも、サンタとトナカイの帽子をかぶったままだった。

 関西と東京では、サンタとトナカイを見た人たちの反応が違う。関西の人は指をさして笑うが、東京の人は静かにぷぷっと笑うのだ。それでも、楽しんでくれる人たちの反応が面白くて、3年ほどそれを続けた。

 いくつになってもサンタとトナカイの格好をしようと思っていたが、ワンパターンになってしまったので、サンタとトナカイを卒業した。しかし、もう一度やれと言われたら、さすがにちょっと恥ずかしいかもしれない。

| | コメント (0)

2004.03.02

親友

 ガンモと私の関係をもっとも的確な言葉で表現するとしたら、それは親友だろう。つまり、どんなことも分かち合える友人。親友は、心の友と書いてもいいのかもしれない。

 そして、ガンモこそが、今の私の生き方にぴったりフィットしたパートナーであると感じる。私は、共感をベースにした夫婦関係を築いて行きたかったのだ。そう考えると、どんな夫婦も、そのときの自分の生き方にぴったり合ったパートナーを選んでいるのだろう。

| | コメント (0)

2004.03.01

仕事

 このほど、小泉今日子さんと永瀬正敏さんが離婚された。仕事に夢中になって、生活を忘れてしまったことが離婚の原因だとか。

 私たち夫婦も、仕事はとても忙しく、二人とも帰宅時間が遅い。でも、私たちは決して仕事に夢中になっているわけではない。もともと私たちは、ガンモの収入だけで十分過ぎるくらいの暮らしができる。現在のところ、私が働いたお金はそのまま、住宅ローンの繰り上げ返済に当てていると言ってもいい。しかし、それが本来の働く目的ではない。

 では、何のために働くのか。私に限って言えば、仕事は単に、生活にメリハリをつけるためのものである。収入に大きな違いはあるものの、ガンモとのバランスを取るためのものである。

 実は、私は仕事が辛くて一時的に仕事を辞めていたこともあるのだが、家事が苦手な上に、ぐうたら主婦をしていることがガンモに申し訳なくてたまらなくなってしまった。こんな生活をするくらいなら、自分で働こう。そう思って、仕事に復帰したのだった。

 派遣だから、仕事はいつでも辞められる。それでも私はまだまだ働くだろう。家に居たって、家事が嫌いないんだから。ちなみに、我が家の家事は、主にガンモが洗濯物干し、私が台所の洗い物というふうに、二人で分担している。結婚は、それぞれの得意分野で相手に奉仕すればいいと思うのだ。

 離婚したお二人が生活を忘れたというのは、おそらく、誰も家事をしなかったということではないだろう。二人で一緒に生きているということを忘れてしまったということなのではないだろうか。

| | コメント (0)

« 2004年2月 | トップページ | 2004年4月 »