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2004年2月

2004.02.29

ガタンゴトンツアー

 毎年のように、私たちは夏休みを利用して、青春18きっぷで旅をする。青春18きっぷとは、普通列車が一日乗り放題の切符のことである。私たち夫婦は、青春18きっぷの旅のことを、ガタンゴトンツアーと呼んでいる。

 ガタンゴトンツアーをしていると、学生さんや熟年の夫婦など、様々な年齢層の人たちが、同じように青春18きっぷで旅をしている姿に出くわす。青春18きっぷで旅をしている熟年のご夫婦は、とても仲がいい。いくつになっても、夫婦が一つのことをできるのは幸せの証だと思う。

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2004.02.28

似て来る夫婦

 ほとんどの点において、私たち夫婦は似通っている。仕事の分野も趣味もほぼ共通しているため、二人でマニアックな会話をすることも多い。その度に、こんな会話が成り立つ夫婦も珍しいだろうと実感している。

 もともと似ている部分も多いのだが、結婚してから似て来た部分もある。お互いに、相手が新しい分野に興味を持ち始めると、自分もその分野に足を突っ込んでみたくなるのだ。例えば、私がプログレ系のライブに行くとなると、ガンモも一緒に付いてくる。関西に来てから縁のある宝塚観劇も、今ではガンモがチケットを取ってくれるまでになった。また、仕事の都合で別行動を取っているときには、ガンモの代わりに私がパソコンショップを巡回し、携帯電話でガンモに様子を知らせることもある。

 私たちは、二人で同じ方向に向かっていることが、たまらなく楽しい関係なのだ。

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2004.02.27

結婚式への抵抗

 私たちは、カメラ仲間や一部の親戚たちの間で結婚披露パーティを催してもらったものの、結婚式は挙げなかった。世の中の多くの女性は、ウェディングドレスというものに、ひどく憧れるらしい。でも私は、女性だけが主役になりがちな華やかな結婚式に激しく抵抗していた。もともと男女の関係は対等であると思っていたし、何よりも、結婚とは「着飾る」と言うよりもむしろ「どんどんラフな関係になって行く」ものだと思っていたので、その人生の門出において、「着飾る」などということを避けたかったのだ。だから私たちは、カメラ仲間に企画してもらった披露パーティーで、パジャマ姿になった。

 もちろん、二人で一緒にいられればどこにいてもいいと思っていたので、新婚旅行にも行かなかった。私は、自分たちの結婚を通して、慶びごとの多くが商売になってしまっていることを嘆いた。結婚式を挙げた友人たちは言う。披露宴のビデオ撮影に、途方もない金額を要求されるということ。比較的低めの予算で披露宴を開催しようとすると、ビールの栓を何本でも抜きますよと脅されること。(すなわち、もっと高いプランにするように、暗に促されるということ)私はそこに、愛のなさを感じた。二人の門出を心から祝福できない人たちは、幸せな二人の門出に介入すべきではないと思う。

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2004.02.26

前世の弟

 パソコン通信の写真フォーラムのオフで初めてガンモに会ったとき、「あっ、知ってる人だ!」と思った。最初に会ってから交際を始めるまでに5ヶ月近くかかったが、自分の気持ちに素直になったとき、私たちは言葉では表現しがたいほどの涙を流した。それは、胸のずっとずっと奥のほうからこみ上げて来る涙だった。当時、ガンモも私も、メールを書きながら、何でこんなに泣けて来るのかわからないと言い合っていた。きっと、私たちの魂に深く刻まれていた愛の記憶が呼び覚まされたのだと思う。

 私はガンモに、「ガンモは前世で私の弟だったような気がする」と言った。ガンモもまた、「俺もまるみのことはお兄ちゃんという気がする」と言っていた。しかし、お互いに今でもその感覚を引きずっているわけではない。長い間一緒に過ごすことによって、その感覚の上に、現在の夫と妻、そして親友という今の感覚を上乗せして来たからだろう。それでも、私はいまだに夢を見るとき、私の現実の弟とガンモを混同してしまうことがある。それは、夢が魂の世界だからかもしれない。

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2004.02.25

私たちのセックス

 セックスを肉体的なものだと思っている人たちは、セックスについて、コソコソ語りたがる。おそらく、自分の欲望が露見してしまうのを恐れているからだろう。

 愛の状態に入って行くと、自分たちが欲望や肉体的な快楽とは正反対の方向に向かっていることに気づいて行く。セックスの最中に顔をゆがめたり、自分だけの快楽に溺れて目を瞑るのではなく、何度も何度もキスを交わしながら、まるで瞳の奥に深く焼き付けようとするかのようにお互いの顔をしっかり見つめ合い、笑みさえ漏らすようなセックスを体験するようになる。

 セックスは、肉体こそ使うが、精神の喜びそのものなのだ。

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2004.02.24

新婚さん

 結婚して8年近く経つと言うのに、私たち夫婦はいまだに私の親から「新婚さん」と言われている。恋人同士のように映って見えるのか、外食をすると、清算のときに、「お会計は別々で?」などと言われてしまう。仕事以外のときは、出掛けるのがいつも一緒で、決して離れるということをしない。私たちにとって、離れていることは、悲劇的なのだ。これだけ一緒にいられるのは、お互いの意思がいつも同じ方向を向いているからなのだろう。

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2004.02.23

愛情いっぱいのケンカ

 こんな私たちでも、年に一度くらいはケンカをする。ケンカのときにどちらかが泣くと、もう片方も必ず泣く。相手の悲しみが、まるで自分の悲しみであるかのようにダイレクトに伝わって来るのだ。そして、相手の泣き顔を絶対に見たくないと思う。腹を立てながらケンカをしているのに、いつの間にか固く固く抱き合って、キスをしている。すると、瞬く間に怒りが消え、これまでよりも一層相手のことを大切に思う自分たちがいる。

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2004.02.22

毎日が記念日

 驚かれるかもしれないが、我が家には、バレンタインデーにチョコをあげたり、クリスマスを特別なものにしたり、お誕生日のプレゼントを買ったりという風習はない。かつてバレンタインデーに、「だんなさんにチョコレートをあげるんですか?」と聞かれ、「うちは毎日がバレンタインデーだから、あげないよ」と答えたことがある。結婚記念日でさえ、せいぜい食事に出かけるくらいのことしかしない。そう、私たちにとっては毎日が記念日のようなもので、もちろん、お祝いの言葉は欠かさないが、記念日だからと言って、その日だけを特別な日にしたりしないのだ。

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2004.02.21

ペアルック

 私たちは出掛けるとき、必ずと言っていいほどペアルックにする。最初から服を買うときに、色違いを買っておくのだ。服だけでなく、バックやリュックもお揃いで買う。結婚したての頃、ペアルックの状態で写真を撮ると、どっちがどっちだかわからないと良く言われたものだ。想いが相手に向かっていると、容姿まで似て来るのだと思う。

 あるとき、女性もののオーバーオールを二着買った。女性ものだから、ズボンのチャックが飾りになっていて開かなかった。ガンモが「これではおしっこするのが大変だ」と言うので、飾りチャックの部分にハサミで切り込みを入れてみた。しかし、そのままの状態では、座ったときに窓が開いたままになってしまう。そこで私は、慣れない手つきで飾りチャックに本物のチャックを取り付けたのだった。オーバーオールの男物と女物の違いは、異性が履いてみないとわからないものだということがわかった。

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2004.02.20

出張

 結婚してからも、ガンモはしばしば東京に出張に出掛けた。しかも、一週間単位という長い期間である。私はガンモが出掛ける当日になると、「ガンモ、出張に行くの? 出張に行くの?」と何度も何度も尋ねた。ガンモは、仕事だから仕方がないという顔をしたが、二人にとって、離れ離れになるのはとても辛いことだった。

 東京に行くとき、いつもは新大阪から新幹線に乗るのだが、あるとき新神戸から乗ったことがあった。私は新神戸駅でガンモを見送った。新幹線改札の前で、離れ離れになるのが辛くて、二人で泣いた。あのときガンモは、新大阪駅で降りようかと思ったらしい。

 それからは、ガンモが出張のときは私も極力休みを取って、週の後半くらいから東京に行くようにした。ガンモが働いている間、私は東京ライフを楽しんでいた。そして、夕方になると、仕事を終えたガンモと待ち合わせて夕飯を一緒に食べた。

 初めて週の後半から東京に出掛けたとき、ホテルでガンモに再会するのが恥ずかしかった。ずっと一緒に住んでいるのに、たった三日会わないだけで、こんなにも恥ずかしくなるものかと思った。

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2004.02.19

境界線のない関係

 密に関わろうとする男女には、相手に対して自分を開放して行く喜びがある。通常の人間関係は、他者と自分の間に境界線を引くことで、あたかもうまく行っているかのように見えている。ところが、密な男女の場合は違うのだ。関わりが密になればなるほど境界線など不要になり、お互いの領域を自由に行き来するようになって行く。例えば、お互いの給料を見せ合う。トイレを開け放して用を足す。鼻毛を抜く。おならをする。これまで誰にも話さなかった秘密を話す。

 更に、もっと発展して行くと、日常使うものを一つにまとめようとする。例えば、お金。食事のときに使うコップ。歯ブラシ。パンツ。つまり、境界線がなくなると、「分ける」という概念から、次第に遠ざかって行くのだ。
  

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2004.02.18

待ち合わせ

 結婚してしばらくの間、共働きの私たちは、お互いの仕事が終わる時間を携帯電話で確認し合いながら、早く終わったほうが途中の駅まで迎えに行くということを、毎日実践していた。少しでも早く会いたかったし、どうせ家に帰っても一人だから、相手の仕事が終わるのを待つことはちっとも苦痛ではなかった。待ち合わせたあとは、最寄駅まで仲良く一緒に電車に乗り、一台の自転車を代わる代わる転がしながら帰宅したものだ。今でも時間の合うときは、携帯電話で連絡を取り合いながら、一緒に帰っている。

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2004.02.17

親への愛情

 私たちの結婚は、自分たちの中に潜んでいたそれぞれの親への深い愛情に気づくいて行くきっかけとなった。おそらく、一つの深い愛を知ると、愛が矛盾なくあらゆるところに繋がっているのを実感することになるのだろう。だから、共存させて行くことに矛盾があるような関係は、愛の関係ではないのだ。

 多くの人は、自分が親になったときに、親のありがたみを実感すると言う。しかし、私たちの場合、親になるという体験からではなく、親との直接的な関わりの中で、それぞれの愛情を引き出すことになったのだ。直接的な関わりだからこそ、受け取った愛情もその場で返して行ける。もしも子供がいれば、親との関係は間接的になり、自分の子供を守ることに精一杯になってしまうだろう。

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2004.02.16

劣化しない想い

 「愛している」という気持ちは、一日でも表現することを怠ってしまうと、次第に口にすることが恥ずかしくなってしまう。だから、想いは表現し続ける方がいい。毎日のように抱き合って、何度となくキスを交わす。相手から受け取っただけの愛情を、自分も相手に返して行く。想いを劣化させない秘訣は、一緒にいようと決めたその日から、毎日がただ、昨日の続きであり続ければ良いのだ。

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2004.02.15

引き合う力

 私たちが正式に交際を始めたのは、バレンタインの直後からだった。しかし、パソコン通信の仲間たちの多くは、それより以前から私たちが付き合っていると思っていたようだった。多分、本人たちの意識しないところで、お互いに向けた愛情のようなものが発信されていたのだと思う。思えば、その頃から、お互いがお互いにとって特別な存在だったのだ。

 私たちの婚約は、交際し始めてからわずか3週間というスピードだった。東京と関西の距離など縮めてしまえと思い、挙式もせずに付き合い始めて、4ヶ月後には入籍した。だから、遠距離恋愛で滅多に会えないとか、結婚するのにお金がないとか、そういった人たちの言い分は理解できない。二人が本当に一緒にいたいと思ったら、そんなものは障害でなくなるのだ。結局のところ、引き合う力が強いかどうかの問題だと思う。

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2004.02.14

チョコを贈るより、ハートを贈ろう

 チョコを贈るより、ハートを贈ろう。

 この言葉は、今から8年前に、私が夫のガンモに宛てたFAXに書いた言葉だ。パソコン通信の写真フォーラムで知り合った私たちは、この3日ほど前に神戸で行われたオフに参加したばかりで、気持ちがずいぶん高ぶっていた。当時、私は東京に、ガンモは関西に住んでいた。建国記念日を挟んだ連休を利用して、私が神戸で行われたオフに参加したのだった。

 神戸オフの間、幹事であるにもかかわらず、ずっとくっついていた私たち。オフが終わって、祭りのあとの寂しさのようなものを覚えた直後のバレンタイン。離れていることが不自然だと感じたのだろう。まだ付き合ってもいないのに、私はガンモに「チョコを贈るより、ハートを贈ろう」と書いたFAXを送信したのだった。

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