2009.07.08

沼津港飲食店街

映画『ぼくの大切なともだち』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 「親友は何故、真友ではないのか?」という議論を、以前、ある方と交わしたことがあります。そのときの結論としては、「親友だと『親しい友』という意味になるので、そこに複数の存在を許容できるが、真友だと『真の友』となり、ただ一人の存在しか認められなくなるので、相手への負担が大きくなる」というものでした。私はその結論には何となく納得が行きませんでしたが、果たしてどうなんでしょう。(笑)

 熱海を出発したカングーは、一般道を通ってやがて三島に出た。三島では、伊豆 村の駅に立ち寄り、トイレ休憩を取った。伊豆 村の駅では、周辺地域で取れた新鮮な野菜や魚貝類が多数販売され、とても繁盛していた。私たちは、熱海のデニーズで朝食をとったばかりだったので、ここでは何も食べず、お土産を買うことに専念した。特に私は、たまごグッズを売っているお店がひどく気に入り、そこでいろいろなグッズを買い込んだ。

 お昼ごはんは、沼津の港でとる予定だった。行きたい場所をカーナビにセットしておくだけで、目的地まで確実に案内してくれる時代になったことは、時間の節約にも繋がっている。しかしその一方で、車の窓を開けて、勇気を振り絞って地元の人に道を尋ねるという光景は、既に失われつつある。

 お昼前に沼津港飲食店街に着いてみると、有名な場所なのか、これまたたくさんの人たちで溢れ返っていた。立体駐車場の行列に並び、カングーを駐車場に停めると、私たちは沼津港飲食店街へと繰り出した。

 ちょうどお昼どきということもあり、沼津港飲食店街はとても混雑していた。店先で干物を並べて売っている人たちがいる。時折、威勢のいい掛け声が聞こえて来る。ガンモが行きたいと言っていた山盛りの掻き揚げを食べさせてくれる有名なお店は、既にたくさんの人たちが行列を作って並んでいたので、私たちはそのお店を見送ることにした。鉄道乗り潰しの旅も含めて、ガンモと一緒に全国あちらこちらを旅して来たが、それぞれの土地で、自然から受け取った恵みを日常生活に取り入れている光景を目にして来た。簡単に言えば、海には海の暮らしがあり、山には山の暮らしがあるということだ。

 私たちは、目移りしながら飲食店をめぐり、あまり混んでなさそうなお店を見付けて入った。そこは、千五十円で四つの丼を食べさせてくれるお店だった。お昼どきだというのに、私たちが入ったときは誰もお客さんがいらっしゃらなかったのだが、私たちがお店に入ってしばらくすると、次々にお客さんが訪れ、やがてお店のテーブルはお客さんでいっぱいになった。私は、過去に友人が言った言葉を思い出していた。
「実は私、人を呼ぶ体質やねん。トイレに入ると、入ったときは空いているのに、私が入ると、次々に人が来るねん。お店もそう。私が入ったときは空いているのに、私が入ると、次々にお客さんが入って来るねん」
なるほど、まさしく今の私たちにも当てはまる表現だった。

 いただいた四つの丼とは、おそらく、マグロ、桜海老、生しらす、素麺(そうめん)だったと思う。これらがそれぞれ小さな丼に盛られているのだ。素麺以外は、ネタの下にすべてご飯が盛られている。何と言っても、丼がこぶりでかわいい。おまけに予想に反してボリュームもたっぷりで大満足だった。

 こうして沼津の海産物をたっぷり味わって腹ごしらえをした私たちは、再びカングーに乗り込み、数百キロ離れた自宅を目指して長い長い旅を再開したのだった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、沼津港飲食店街をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 四つの丼は、本当に小さな丼に盛られていたのですが、実際に食べてみるとボリューム満点でした。野菜不足になるので、あとから野菜を補うことが必要ですが、地域で取れた海鮮類がふんだんに使われているので、とても贅沢な気がしました。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

| | トラックバック (1)

2009.07.07

映画『ぼくの大切なともだち』

心温まるおもてなし(後編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。ガンモの話では、楽天トラベルの評価において、奥様の手料理が大変な評判なのだそうです。またいつか、元気になられた奥様の手料理をいただきに上がりたいと思っています。

 劇場で予告編を見て気になっていたにもかかわらず、劇場公開中に見逃してしまったので、DVDで本作を鑑賞した。やはり、予告編で気になっていただけあって、実に見応えのある作品だった。一体誰の監督作品なのだろうと思い、調べてみると、何と何と、パトリス・ルコントだった。とは言え、私はパトリス・ルコントの監督作品をそれほどたくさん鑑賞しているわけではない。せいぜい、映画『髪結いの亭主』と映画『サン・ピエールの未亡人』、映画『親密すぎるうちあけ話』くらいである。しかも、映画『髪結いの亭主』を鑑賞したとき、多くの映画ファンたちが絶賛しているというのに、妻の意外な選択に、私は一人で置いてけぼりにされたような気持ちになったものだった。当時の私は、映画と現実の世界を同列に見てしまい、肩の力を抜いて、映画を映画として鑑賞することができなかったのだ。そんな私も、場数を踏むことにより、おかげさまで少しずつ余裕で映画を楽しめるようになって来た。

 本作は、映画を映画として鑑賞しなくても良い作品である。中年の美術商フランソワが、自分の誕生パーティの席で、自分の葬儀に参列してくれそうな友人が一人もいないことに気付く。みんな、一見友達のようでいて、利害関係のある知人たちばかりだったのである。ショックを受けたフランソワは、その席で美術商の女性パートナーの提案に同意し、十日以内に親友を探し出すという賭けをする。やがてフランソワは、人当たりのいいタクシー運転手ブリュノに出会う。オープンな性格で、友達の多そうなブリュノに、フランソワは友達の作り方を教わることになる。

 いわば本作は、「親友探しの旅」と言っても過言ではないだろう。恋人や配偶者というと、告白などといった宣言から始まるので、ある程度、関係性を見出しやすい。しかし、友達はどうだろう。「友達だよね」と互いに確認し合ったり、「私たち、親友よね」などという会話を交わさないだけに、相手も自分と同じ気持ちでいてくれるかどうかを確かめるのは、少々怖い気がする。また、友達の場合、最初から多対多の関係を結んで行くので、「親友」という言葉で相手を縛りたくないという気持ちもあるだろう。

 高校生のとき、何かの授業中に、
「親友がいる人、手を挙げて」
と先生に聞かれ、ひどく戸惑ったのを覚えている。私が親友だと思っている友人は、同じように私のことを親友だと思ってくれているのかどうか、とても不安だったのだ。気持ちを確かめ合う男女の場合は、このような不安はないだろう。もちろん、友人から入った恋愛でなければの話だが・・・・・・。

 そんな経験から、自分の誕生日に多くの人たちの目の前で、
「親友はいるか?」
と尋ねられたフランソワの戸惑う気持ちが良くわかる。

 タクシー運転手のブリュノに力を借りながら、親友探しを続けて行くフランソワだったが、やがてフランソワとブリュノの間にただならぬ友情が芽生えて行く。しかし、その先には、せっかく築き上げた友情に対する裏切りも・・・・・・。真の友情とは何かと問われたときに、裏切りに対する絶望感を乗り越えることができるかという追試まで用意されているのだ。そして、その追試を乗り越えてこそ、初めて親友と認識することができる。

 確かに、私自身の経験からもそうだ。まだ一度も喧嘩をしたことのない友人を、友人と呼ぶには少々くすぐったい。また、友人たちの多くは私のことを「まるみちゃん」とか「まるみさん」、「まるみ」、あるいは「まるみん」と呼んでくれているが、中には仕事を通じて知り合った仲間たちのように、苗字で呼んでくださっている人たちもいる。そういう人たちとの間には喧嘩は成立せず、故に、まだまだ乗り越えていないものがたくさんあるように思う。だからこそ、大喧嘩をしても仲直りをして交流を深めて来た友人たちの存在は貴重である。

 映画『サン・ピエールの未亡人』を鑑賞したとき、ルコントの作品は実に繊細だと思った。本作もまた、男同士の友情が繊細に描写されている。一見、たくさんの友人たちに恵まれていそうなブリュノにさえ、心の中に闇があった。社会の中で生きて行くということは、そうした心の闇を上手に隠しながらやり過ごすことなのかもしれない。しかし、心の闇を隠したままでは親友に出会うことはできない。オープンな入口を作り、勇気を振り絞って相手に向かって行ったり、考え方の異なる相手を受け入れたりする姿勢が必要だ。美術商という、ビジネスも成功し、利害関係で結ばれた知人ならたくさんいるはずのフランソワが、利害関係のない親友に出会うプロセスを見届けると、「ああ、いい映画を鑑賞したなあ」という満足感でいっぱいになるのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 映画『サン・ピエールの未亡人』もそうでしたが、ルコントの作品は深いですね。「友達」という身近なテーマを深く掘り下げた作品だと思います。同性の友人に好意を示すことがちょっぴりくすぐったい私には、「友達とは何か?」、「親友とは?」ということについて、改めて考える良い機会になりました。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

| | トラックバック (0)

2009.07.06

心温まるおもてなし(後編)

心温まるおもてなし(前編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。あらあら、いつの間にか、記事のタイトルに(前編)が付加されています。(苦笑)それから、記事と連動した写真を掲載するのがすっかり遅くなってしまいましたが、掲載しておきましたので、よろしければ雰囲気を味わってみてくださいませ。

 睡眠不足は解消されたものの、朝、目覚めてみると、私は亀になっていた。固い畳の上に敷かれた布団が、背骨をまっすぐ伸ばそうとして、お腹に力の入らない私を苦しめるのだ。背骨が曲がっている私は、普段、弾力性のあるベッドに寝ているため、いくらか救われている。しかし、例えば実家に帰省したときなど、固い畳の上に敷かれた布団に寝ると、曲がった背中が伸びるのを守ろうとして亀のようになるのだ。起き上がるにはお腹に力をこめなければならないが、私のお腹にはたくさんの筋腫があり、第二チャクラが弱っているため、なかなか起き上がれないのである。

 私がやっとのことで起き上がると、ガンモは、
「下が固いから、背骨が良く伸びて気持ち良かった」
などと満足そうに言った。背骨が伸びたことはともかく、ガンモも良く眠れたらしい。

 さて、本来ならば、目覚めたあとは民宿で朝食をいただくことになるのだが、実はゆうべ、夕食の案内をしてくださったときに、申し訳ないが、朝食に関しては用意ができないと民宿のオーナーから話があった。そのため、わざわざ朝食分の代金を差し引いてくださるという。民宿で朝食を食べられないということは、チェックアウト後にどこかで食べることになるので、私たちは朝食をとるべく、いつもよりも早めにチェックアウトを済ませようと思っていた。

 ところが、私たちが帰り支度を整えていると、部屋の電話が鳴り、
「お風呂のご用意ができていますので、どうぞ」
と、民宿のオーナーがわざわざ朝風呂の案内をしてくださった。

 私は、朝、もう一度温泉に入っておきたいと思っていたので、チェックアウトの準備を止めて、温泉に入けとにした。大きなホテルならば、何の断りもなく、朝風呂に入るのだが、個人経営のこじんまりした民宿では、朝風呂を利用するのを遠慮してしまう。こうしてご案内いただいたことで、正々堂々と朝風呂を利用できるというものだ。一方、ガンモは既にチェックアウトの準備を整えていたので、朝風呂は遠慮させていただいた。

 民宿のオーナーは、
「何もお出しできませんので、お風呂から上がったら、コーヒーを飲んで行ってください」
とおっしゃった。私は、コーヒーを飲む習慣はなかったが、
「はい、いただきます」
と返事していったん部屋へ戻った。

 そして帰り支度を整え、ガンモと一緒に一階に降りて行った。すると、オーナーが私たちにコーヒーを勧めてくださったので、私たちはカウンターに腰を落ち着けてコーヒーをいただいた。

 ゆうべ、オーナーが飲食店のママと話をしているのが聞こえて来たのだが、緊急入院された奥様は高血圧の症状が出ていたそうだ。私の両親も血圧が高いので、私はオーナーに、
「高血圧には、らっきょうがいいそうですよ」
と言った。すると、オーナーは、
「そうですか。らっきょうなら、うちにもたくさんあるので、一生懸命食べることにします」
とおっしゃった。

 もともとオーナーのほうが血圧が高く、血圧を抑える薬を服用していたくらいなのだそうだ。奥様の血圧は、普段、それほど高くはなかったはずなのに、あるとき、誰かと電話で話をしている最中に倒れてしまったのだという。オーナーがすぐに気づき、救急車を呼ぼうとしたが、恥ずかしいから救急車はやめてくれと奥様に懇願されたらしい。

 結局、救急車を呼ぶことになったらしいが、病院に運ばれた奥様は順調に回復されているそうだ。ただ、帰宅すると民宿の仕事をこなしてしまうことから、しばらく病院に入院させていただいている状態だという。そのため、奥様の主治医に、
「病院は休むところではありません」
と冗談っぽく言われたそうだ。

 オーナーは、普段はもっとお客さんがいらっしゃること、常連のお客さんが多いこと、一ヶ月から数ヶ月単位で出張に来られる方が、何度も利用してくださっていることなどを話して聞かせてくださった。確かに、これだけのおもてなしを受ければ、何度も足を運びたくなる気持ちも良くわかる。私たちはオーナーの話に耳を傾けながら、コーヒーをすすった。

 コーヒーをごちそうになった私たちは、そろそろ出発することにした。オーナーに宿泊料金を支払うと、二人分の朝食代金をしっかり引いてくださった。私が、
「コーヒーをいただいたのに」
と言うと、オーナーは、
「コーヒーはサービスですから」
とおっしゃった。私たちは恐縮しながらも、お言葉に甘えることにした。

 間もなく、お世話になったお礼と奥様へのお見舞いの言葉とともに、私たちは民宿をあとにした。奥様が緊急入院されるという事態に見舞われながらも、私たちに温かいおもてなしをしてくださった民宿のオーナーに深く感謝している。おかげで、私たちにとっても特別な体験になった。またいつか訪れたい民宿だ。

 民宿をあとにした私たちは、近くのデニーズで朝食をとった。私はコーヒーを飲む習慣はないというのに、
「アメリカンコーヒーでしたらお替わり自由です」
と言われ、アメリカンコーヒーを注文してしまった。

デニーズで朝食

普段はコーヒーを飲まないのに、お替わり自由と言われると弱い

 こうして朝の腹ごしらえも終わったので、私たちはまだまだ遠い自宅を目指しながら、次なる目的地へと向かったのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m こちらの民宿に、常連さんが多い理由がわかるような気がします。人と人との距離は、最初から遠慮してしまうとどんどん遠ざかってしまうものですが、こうして思い切って交流を始めてみれば、お互いの中に心地良い距離感が出来上がって行くものなのですね。それを、どちらが先に始めるかが重要なのでしょう。見知らぬ利用客に対しても先に歩み寄ることができる民宿は、きっと、人が人を呼ぶ民宿になるのでしょう。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2009.07.05

心温まるおもてなし(前編)

映画『エリザベスタウン』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m やはり、レンタルDVDショップの店員さんご推薦の作品だけあって、ご覧になられた方も多かったようですね。私の書いた記事を応援してくださり、感謝致します。ところで、本作の脚本を書いたのは誰だろうと思いながら調べてみたところ、本作の監督も務めているキャメロン・クロウでした。音楽にも詳しい方のようですが、もしかすると本作の中でクレアが選曲したBGMにも、監督なりのこだわりがあったのかもしれません。そのあたりは、知識がないと、見落としてしまいがちなところですね。

 カングー・ジャンボリーのあと、私たちが向かったのは熱海である。せっかく東京までカングーに乗って来たので、帰りに熱海の民宿に一泊し、温泉に入ってから帰宅する予定を立てていたのだ。

 どこをどう走ったのか、あまり覚えていないのだが、熱海までの道のりがまたひどく混雑していた。そんな中、東京ビッグサイトを出てすぐに入った首都高に、段ボールやら冊子やらがあちらこちらに散らばっている光景を目にした。どうやら走行中に誰かが落として行ったらしい。道路に散らばっている冊子の数は、先へ進むごとに増えて行った。見ると、某社のカタログ冊子のようである。やがて私たちは、トラックに積んだ荷物が荷崩れを起こし、必死で荷物を固め直している運送業者に出くわした。彼は、たくさんの車が通り抜けて行く高速道路に降り立ち、崩れた荷物を独りで直しているのだ。渋滞していないとすれば、命に関わる作業である。何と孤独で恐ろしい作業だろう。

首都高に散らばったカタログ冊子

 私たちはそんな運送業者を見送り、混雑した高速道路と一般道路を乗り継いで、ようやく熱海に到着した。ガンモは自宅から徹夜で東京ビッグサイトまで走行したばかりか、東京ビッグサイトで行われたカングー・ジャンボリーのあと、熱海まで一睡もせずに運転したことになる。私は、ガンモがこれほどタフだったことに驚きを感じながら、
「良く頑張った」
と言って、ガンモを労った。

 私たちは、楽天トラベルを経由して申し込んでおいた民宿の温泉にゆったりと浸かり、夕食をとったあと、いつもよりも早めに就寝したかった。ガンモが申し込んでおいた民宿は、アットホームでこじんまりした民宿だった。チェックインを済ませ、部屋に案内していただいたところ、実は奥様が緊急入院され、食事を出すことができないので、夕食については、民宿のオーナーが経営している飲食店で用意してくださるという。私たちは温泉に入ったあと、民宿のオーナーの案内で、その飲食店まで移動して食事をとることになった。

 奥様が緊急入院されたのはその週の初めのことだったらしいが、バタバタしていたため、楽天トラベルの宿泊予約システムに宿泊不可の設定をしておくのを忘れてしまったのだそうだ。ただし、電話で予約の申し込みがあった利用客については、事情をお話しして、すべてお断りしたそうだ。そのような状況であるにもかかわらず、楽天トラベルの宿泊予約システムを宿泊不可の設定にしておかなかったことに責任を感じた民宿のオーナーは、私たちに誠心誠意を尽くしてくださっているのだ。その話を聞いた私たちは、民宿のオーナーに対し、大変申し訳ない気がしたが、オーナーがせっかく夕食を手配してくださったので、お言葉に甘えることにした。

 夕食の前に温泉に入った。温泉は、一般家庭のお風呂と同じくらいの広さの浴室だったので、ガンモと一緒に入れるはずだった。しかし、私たちは部屋の鍵を渡されていなかったので、仕事で使用しているノートパソコンを持参しているガンモは万が一のことを考え、一人ずつ温泉に入ろうと提案して来た。温泉は、七十度ほどあるらしく、冷たい水道水で薄めて入らなければ火傷してしまいそうだった。とは言え、泉質も良く、とても幸せな気分に浸ることができた。

 交替で温泉に入り、定番の浴衣を着てみたものの、これから外食することになるので、浴衣のまま出掛けて行くわけには行かず、私たちは再び替えを済ませて出掛ける準備を整えた。民宿のオーナーには、準備が出来たら一階に降りて来てくださいと言われていたので、一階に降りた私たちはオーナーに声を掛けた。

 オーナーは民宿の戸締りをすると、夕食を用意してくださっているお店へと私たちを案内してくださった。比較的小さなそのお店の座敷のテーブルには、早くも私たちのための料理が並べられていた。私たちは座敷に用意された席に落ち着き、用意されたお食事をいただいた。民宿のオーナーは、お店のママに晩御飯のお弁当を作ってもらっていた。奥様が緊急入院されたため、オーナーもご飯の用意をこのお店に頼っているらしい。

民宿のオーナーの経営する飲食店で用意してくださった夕食

 オーナーは、私たちに、
「帰り道、わかりますよね?」
と確認されたあと、お弁当を持って民宿に帰って行った。

 それにしても、何と心温まるおもてなしだろう。これまでいろいろな旅館に宿泊して来たが、これほどまでアットホームな形で私たちを迎え、もてなしてくださる旅館はなかった。私たちは、出されたお料理をすべてたいらげた。お店のママがご飯のお替わりを勧めてくださったのだが、私たちは満足していたので、丁寧にお断りした。

 食事を終えた私たちは、お店のママにお礼を言ってお店を出た。土曜日の夜だというのに、熱海の街はとても静かだった。かつては賑わっていたはずの温泉街も、今では静寂を保っているようだ。海もあり、温泉もあるこの熱海が、何故、これほど静かな温泉街に変わってしまったのか、私には良くわからなかった。同じ温泉街でも、箱根はあれほど繁盛しているというのに。

土曜日の夜だというのに、ほとんど観光客がいない熱海銀座

 無事に民宿に戻った私たちは、一休みしたあと、布団に直行して横になった。徹夜で運転し続け、更に東京から熱海までも運転を続けたガンモは、私よりも早く寝息を立てていた。この日は二人ともぐっすり眠り、睡眠不足を解消させた。睡眠がこれほどまで心地良いものだったとは・・・・・・。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 民宿のオーナーは、奥様が緊急入院されているにもかかわらず、心温まるおもてなしをしてくださいました。あたたかいおもてなしというのは、規則に従うことではないんですね。ルールから外れているようであっても、本当に心がこもっていれば、こうしてちゃんと通じるものだと思います。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2009.07.04

映画『エリザベスタウン』

ホットヨガ(一五五回目)(後編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 東京ビッグサイトから一番近いスタジオだった銀座店のレッスンが取れなかったのは、このような結果が用意されていたからなんですね。しかし、なかなか予約が取れないとなると、銀座店への夢がますます脹らみます。(笑)

 またしても、レンタルDVDショップの定員さんお勧めのDVDを鑑賞した。いやはや、これが大当たりだった。映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズのオーランド・ブルームと、映画『スパイダー・マン』シリーズや映画『マリー・アントワネット』のキルスティン・ダンストのスピリチュアルなラブストーリーだ。

 シューズ・デザイナーとして成功していたドリューをオーランド・ブルームが演じている。ドリューは、発表した新作が世の中に受け入れられず、会社に多額の負債を負わせてしまいう。会社をクビになったドリューは、自宅で自殺を図るため、電動自転車に鋭いナイフを取り付け、まさしく電動自転車の電源を入れようとしていたところ、机の上に置いていた携帯電話がしつこく鳴り始め、自殺を中断することになる。それは、父が急死したという妹からの悲しい知らせだった。自分が死んだら散骨して欲しいという父の遺言を果たすため、長男のドリューは家族を代表して、父の故郷であるケンタッキー州のエリザベスタウンに向かう。その道中で、キルスティン・ダンスト演じる積極的で話し好きなフライト・アテンダント、クレアに出会うのだ。

 仕事で大きな失敗をした上に、父を亡くしたばかりのドリューは、父の葬儀を無事に終えたら、自殺を決行しようと思っていた。しかし、クレアとの出会いによって、ドリューの人生は大きく変わって行く。

 本作で私が最も注目したのは、自由意思を持ち、言葉が宙に浮いたドリューとクレアの会話である。寝る時間も惜しんで、携帯電話で長時間、会話を続ける二人は、他愛のない日常会話ではなく、物事の真理を追究するかのような深い話をしている。二人の間で交わされている会話の一つ一つがスピリチュアルで心地良い。ああ、こんな台本を一体誰が書いたのだろうと気になってしまう。一つ一つの現象を細かく言葉で説明しているわけではなく、二人はイメージの世界を共有し、それらが真理へと繋がっている。だから、寝る時間も惜しんで長時間、会話を続けていても、充実感があるのではないだろうか。

 最初のうち、異性の大親友という雰囲気の二人だったが、やがて男女を意識する仲へと発展して行く。相手に恋人がいるかもしれないという状況の中で、互いに自分の中に湧き上がって来た感情を押し付けることなく、相手に自由意思を与えているのが良くわかる。そういうところからも、二人は自立した関係であることがうかがえる。

 欲望に身を任せてなかなか突っ走らない二人だから、鑑賞した人たちには、二人の間に通うものが一体何であるのか、わかり辛いのかもしれない。一部の映画サイトでは、本作に対して酷評を書き込んでいる人たちもいた。そんな二人がじれったいのだろうか。しかし、二人の間に通っているものが何であるのかがちゃんと見えている人たちからは、高い評価を得ている。もちろん、私も本作を高く評価する。結末を急ぐ作品は、確かにわかり易いのかもしれないが、あとに残るものが少ない。しかし、じっくりと時間を掛け、確かな結末へと導いてくれる作品には、お楽しみが多い。例えば自分が旅行をするとして、たくさん途中下車をしながら目的地へ向かって行くのと、飛行機を使ってノンストップで目的地に辿り着くのと、どちらが心に残るものが多いだろうか。そう考えると、本作の面白さを実感することができるのではないだろうか。

 葬儀の帰り、父の遺灰を持って車で長時間の旅を試みようとするドリューに、クレアは自作の地図とBGMを焼き込んだCD-ROMを渡す。クレアが作った地図には、それぞれの土地の観光スポットやお勧めのお店などの情報がぎっしり詰まっていた。ロードムービー仕立てで展開されて行くラストには、感動的な結末が用意されている。

 鑑賞し終わった私には、仕事で大きな失敗をした上に、父を亡くしたばかりのドリューにとって、クレアの存在は、ピンチのときにドリューの前に現れ、ドリュー自身の足で立たせてしっかりと歩かせる大切な役割を持っているように思えた。その大切な役割が、盲目的な男女の愛で埋もれてしまうことなく構成されているため、わかり辛いと感じる人がいらっしゃるのかもしれないと思った。

 もしも私が脚本家を目指すとするならば、本作のような脚本を書きたいと思う。直接的な表現方法よりも、間接的な表現方法が心地良いと感じずにはいられなくなるような作品である。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 相手に恋人がいるかもしれないという状況の中で、二人が少しずつ歩み寄って行く姿がたまらなくいいですね。落ち込んでいる人を言葉だけで慰めようとするのではなく、時には激しく叱咤し、自分の足で立って歩かせようとするような愛情は、なかなか注げないものです。相手への信頼があるからこそ、注げる愛情かもしれません。それは、相手の自由意思を尊重する姿勢にも繋がります。そういう意味で、アメリカ映画は強引な作品が多いと思い込んでいましたが、こういう作品があることを知って、とてもうれしく思いました。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

| | トラックバック (2)

«ホットヨガ(一五五回目)(後編)