2012.01.29

リュープリンという選択(9)

映画『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 更新が遅くなり、申し訳ありません。インフルエンザが流行っているようですね。皆さんもどうかお気をつけください。私は、普段、滅多に風邪を引かないのですが、どうもこの週末は調子が悪く、今、風邪を引いてしまいそうな自分と必死に戦っています。(苦笑)

 I医師の診察のために早起きして出掛けた。しかし、またしても家を出るのが遅くなってしまい、病院の最寄駅に着いたときには、既に予約時間となってしまっていた。しかも、路線バスの時刻表を確認してみると、路線バスは発車してしまったあとで、次の発車まで十五分も待たなければならなかった。最寄駅からI医師の勤務する病院まではバスでおよそ十分掛かるので、このままでは予約時間に三十分も遅刻してしまうと思い、再び駅前まで戻ってタクシーを利用することにした。路線バスがの運賃わずか二百円であるのに対し、タクシーはバスよりも速く移動できたものの、一二三〇円も掛かってしまった。しかし、おかげで十分程度の遅刻に留めることができた。

 婦人科で受付を済ませると、間もなく私の名前が呼ばれた。診察室に入ってI医師とあいさつを交わすと、I医師は私に、
「あなたはいつも荷物が多いですね」
とおっしゃった。それに対し、私は、
「ヨガに通っているので、着替えなどが詰まってるんです」
と説明させていただいた。I医師は、なるほどとうなずいていた。

 I医師に、この一ヶ月の様子を尋ねられたので、私はすかさず、本格的な生理のようなものがあったと答えた。先日も書かせていただいたように、一週間以上も出血が続いたので、I医師にご報告させていただいた次第である。具体的には、私の生理もどきは一月六日から一七日まで、合計十二日も続いた。私の生理は、普段からこのように長引いているわけではないので、いつもよりも長い生理が、スプレキュアからリュープリンに切り替えたタイミングでやって来たのは不思議だった。

 私は、十二月二十九日が病院の年内最終診察日だったため、その前の注射の時期を少しずらしていただいたところ、それが妥当ではなかったのかもしれないとI医師に申し出た。確か看護師さんからは、三回目の注射までは前にずらすことは可能だが、三回目以降の注射に関しては後ろにずらすことになると言われたとI医師に報告させていただくと、I医師は、
「その言い方は良くないかもね」
と、診察室に居た看護師さんに同意を求めていた。I医師の話では、注射を始めて二回目くらいまではきちんとサイクルを守る必要があるが、三回目以降は注射の時期について、少し柔軟になっても良いとのことだった。ということは、私が四回目注射の時期を調整していただいたことは、それほど問題ではなかったわけである。

 I医師は、私に本格的な生理のような出血があったことを受けて、
「注射をすると、一時的にエストロゲン値が上がることがあるんです」
とおっしゃった。私は、そのようなことを聞いたのは初耳だったので、驚きの声をあげた。今回の私の注射は、一回目と二回目はリュープリン、三回目と四回目はリュープリンよりも弱めのスプレキュア、そして五回目と六回目は再びリュープリンに戻していただいた。I医師曰く、やはり私にとってはスプレキュアの効果が弱く、身体が少しずつ生理の準備を整え始めていたところへ強いリュープリンが使用されたため、エストロゲン値が高まり、出血に至ったのではないかとのことだった。生理のサイクルは、子宮内膜の厚さとも関係しているらしく、ちょうどそのサイクルと重なったのではないかとの見解だった。

 なるほど、確かにスプレキュアの注射をしていただたいた頃は、更年期の症状は比較的軽かったものの、筋腫は元の大きさに戻りつつあったように思えた。だから、私のほうから申し出て、再びリュープリンに戻していただいたのだ。しかし、今回で六回と言われていたリュープリンの注射を終えてしまったわけで、このリュープリンが一ヶ月しか効き目がないとすると、先行きが恐ろしい気がする。何しろ、リュープリンよりも弱いとは言え、女性ホルモンの分泌を止めるだけの注射をしていただいてもなお、筋腫が成長していたのであれば、注射をせずに自然な状態に戻したならば、私の筋腫は恐ろしいスピードで元の大きさに戻ってしまうように思えたからである。

 私は、リュープリンが効いているかどうか不安だったので、
「リュープリンが効いているかどうかは、今日、血液検査をしていただいて、エストラジオール値を診ていただけばわかるのではないでしょうか」
とI医師に提案させていただいたのだが、I医師はいつものように、
「いや、(変動しているので)それはあまり意味がないですね。おそらく効いているでしょう」
とおっしゃった。

 そして、いつものように二ヶ月分の桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)を処方していただいた。何となく、前回の診察よりも余裕があるように感じられたので、私はI医師に、
「患者さんは増えましたか?」
と尋ねてみた。I医師がテレビに出演されたことで、以前よりも患者さんが増えるのではないかと思っていたからだ。しかし、I医師の口から返って来たのは、電話による問い合わせは増えたものの、患者さんの数自体が増えたわけではないという答えだった。

 次回に二ヵ月後の診察となり、私はいよいよ六回目である最後の注射を打っていただいた。一回目のときに注射を担当してくださったベテランの看護師さんが担当してうださった。看護師さんによって、注射のときに皮膚を通して感じる痛みが異なるのは不思議なことである。痛みを感じるときは、注射に失敗してはいけないという恐れが患者に伝わってしまうのかもしれない。

 I医師の診察を終えたあと、貧血の検査もしていただこうと思っていたのに忘れたことに気が付いた。また、ここのところ、階段を昇るとひどく息切れをすることも相談させていただこうと思っていたのに、忘れてしまった。次回の診察のときに相談させていただこうと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回で、女性ホルモンの分泌を止める注射が終わりました。この注射は一ヶ月効くので、そのあとは更年期の状態を卒業してしまいます。(苦笑)生理がないという状態は、やはり楽チンでしたね。また、注射の時期を冬に設定したことで、更年期障害のためにほてりが強くなったとしても、生活面ではほとんど差し支えはありませんでした。むしろ、この寒い冬に軽装でいられるので良かったくらいですね。次回はいつになるのかわかりませんが、小さくなったお腹をこれからの目標にしながら、リバウンドに備えたいと思います。

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2012.01.27

映画『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』

表現の不自由の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 私は子宮筋腫が大きいので、これまでエストロゲンを含む乳製品は控えていたのですが、今は注射で女性ホルモンの分泌を止めているため、乳製品でも臆せずに摂っています。最近は、コンビニなどで売られている五百ミリリットル入りの紙パック飲料「練乳オーレ」が特にお気に入りです。練乳は、子供の頃にかき氷などにかけて食べていましたので、私にとっては、とても懐かしい味ですね。

 世界的に有名なストリート・アーティストのバンクシーが監督したドキュメンタリー作品である本作を鑑賞したのは、映画『いのちの子ども』を鑑賞したのと同じ七月二十三日のことである。

 あるときロサンゼルス在住のティエリー・グエッタというフランス人が、ストリート・アートの映像を撮り始めた。しかし彼は、長年撮り貯めた映像を振り返ることもせず、録画したテープは貯まる一方だった。

 のちに彼は、これらの映像を使って映画を製作しようと思い立つのだが、出来上がった作品は、彼にしかわからないようなマニアックなものだった。そこで、彼の作品の中に登場する世界的なストリート・アーチストであるバンクシーが立ち上がり、自ら監督になってティエリーも登場させ、本作を仕上げたというわけだ。

 ストリート・アートというと、日本よりも海外のほうが活動が活発であるように思う。海外を旅行した人たちがすぐさま思い浮かべるのは、海外の電車に乗ったときに景色として見えて来る数々の落書きではないだろうか。あの手の落書きは、文字が多いのだが、ストリート・アートは、文字通りアートである。私は気付かなかったのだが、ストリート・アーチストたちは、自分の作品の周辺にサインを残しているらしい。もちろん、バンクシーもそうである。

 彼らは人目につかない夜中にこっそり出掛けて行き、夜のうちに実に手際良く作品を仕上げる。しかし、実際のところ、落書きかアートかの線引きは難しいように思う。ストリート・アートは、自分の用意したキャンバスではなく、街角のコンクリートなどに勝手に描くわけだから、もしも描いたものが落書きレベルのものであれば、迷惑千万な訳である。

 そう言えば、私は東京に住んでいた頃、アパートの自室でギターの練習をしていたのだが、私が練習を始めると、隣接している歯科の窓がぴしゃりと閉められた。また、夜、遅い時間であれば、大家さんから「ギターを弾くのをやめて」と電話が掛かって来たりした。そのことを、ギターのうまい友人に話すと、「自分はそんな経験ないよ。ギターがうまいから」と憎たらしいことを言われた。

 さて、このドキュメンタリー映画の面白いところは、これまでストリート・アーチストたちの映像を撮り続けていたティエリーが、バンクシーの勧めにより、自分自身もアーチストに変身してしまうところだろう。ミイラ取りがミイラになったという表現が適切かどうかはわからないが、ストリート・アーチスト撮りがアーチストになり、作品を発表するようになったのである。しかし、ティエリーはにわかアーチストなので、どうやら真のアーチストからは批判を受けているようである。実際、彼の個展が開催されるまでのプロセスが本作に盛り込まれているのだが、スタッフはついて来ないばかりか、開催直前まで作品のレイアウトも決まらず、しっちゃかめっちゃかである。しかも、自分がアーチストになるまでに、知名度の高いバンクシーを利用しているようなフシもある。

 とは言え、本作は、そんなティエリーに仕返しをするような意味合いも込められているようにも思う。どこからどこまでがバンクシーによる演出なのか、正直言って、良くわからないところも面白い。

 本作を鑑賞して感じたのは、真のアーチストというのは、絶対に譲れない自分なりのこだわりを持っているが、にわかアーチストは人の意見に流され易いということだった。また、真のアーチストは作品を産み出すという行為は三次元以上で行われているが、にわかアーチストは二次元でそれを行っているのかもしれない。そんな違いをはっきりと感じ取ることができた。ストリート・アーチストだけでなく、ありとらゆる芸術的な分野において、真のアーチストとにわかアーチストの違いを実感したい人にもお勧めの作品である。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 残念ながら、日本ではストリート・アートをあまり見掛けませんね。この作品を鑑賞してからは、ストリート・アートを見掛けたら、作者のサインに注目しようと思いました。

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2012.01.26

表現の不自由

いいところを褒められるの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 寒いですね。関西地方でも雪が舞っていました。私は、職場ではずっと半袖Tシャツで過ごしているのですが、お昼休みを終えて食堂からオフィスに戻る途中に一瞬だけ屋外に出ます。そのときに外の雪を見て、雪が降っているのに半袖Tシャツを着て歩くのも悪くないなと思いました。(苦笑)

 最近、Twitterやブログなどで自分の考えていることを述べ易くなった反面、特定の誰かの発言が広く世間に取り上げられ、発言の自由をなくすというシーンを良く目にする。Twitterやブログは、個別に向けて発信するメールと違い、大多数の人に向けて発信することになるので、その内容を受け入れてくれる人もいれば、そうでない人もいるわけである。

 私自身にも書きたいことはたくさんあるのだが、最近は、以前にも増して「読まれること」を意識するようになった。誰しもそうだとは思うのだが、日常会話においては、親しい人になら詳細まで話すが、まだそれほど親しくない人には、ここまでにしておこうと情報の公開を制限することがある。しかし、ブログに記事を書くとなると、そうは行かない。何故なら、すべての人に対し、同じ言葉で発信することになるからだ。

 そういう意味で言うと、限られた空間で綴ればいいのではないかと言われてしまいそうだが、おそらく私のように書くことが好きな人たちの中には、もともとオープンな場所で書きたいという相反した欲求が存在しているものなのである。

 そんな書き手の我儘を貫き通すとするならば、今度は読み手に大いなる期待が掛かる。どんな期待かと言えば、書き手が真剣に発信していることを素通りせずにちゃんと受け止めて、気持ちの連動が見られるような期待である。もしもそれが確実に実現されるならば、私は書きたいことを書くだろう。今、私の頭の中の大部分を占めているのはあることなので、そのことを書かなければ、嘘の自分を演出しているような気持ちになってしまうのだ。

 そのことについて書くか書かないか、しばらく考えさせて欲しい。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 最近の私の文章は、どことなく歯切れが悪いですよね。書きたいことを書けないでいるときに、しばしばこういう状況に陥ります。しばらく考えてみますね。

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2012.01.25

いいところを褒められる

映画『ヒミズ』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 映画『ヒミズ』に平田満さんが出演されていると書いてしまいましたが、すみません、光石研さんの間違いでした。(苦笑)また、いつも画像を引き込んでいるガンまるコムサーバがしばらくダウンしてしまっていたため、作品の画像を表示できていなかったようです。アクセスしてくださった皆さんにはご迷惑をお掛けてしまい、申し訳ありませんでした。

 職場でちょっと面白いセミナーに参加した。内容については、詳細を書くことはできないのだが、講師の方が参加者の前で説明をするとともに、参加者にも実践の機会が与えられた。

 それは、数人のグループになって、グループのメンバーの良いところを他のメンバーが褒めるというものだった。他のメンバーから語られた内容によれば、私は話し易いらしい。普段、他の人たちとはあまりコミュニケーションを取っていない人からそう言われたので、余計にうれしくもあった。また、職場改善の提案がとても的確であるとも言われた。私は普段から、派遣社員であるという立場をあまり意識することなく、職場に対して、こうしたほうがいいのではないかという意見をできるだけ主張するようにしているのだが、そうした姿勢を前向きにとらえてくださっていたようだった。

 私のことだけでなく、同じグループの他のメンバーの良いところも次々に褒めた。私自身は、同じグループの他のメンバーとそれなりに話をしたことがあったのだが、同じグループの他のメンバーの中には、互いにあまり話をしたことのない人たちも含まれていた。それでも、あまり話をしたことのない人たちのことを、話をしたことがないなりにも普段から良く観察し、的確な言葉で褒めていたのには驚いた。「黙っていても、見ている人は見ているのだな」と、気が引き締まる思いがした。

 セミナー自体は、現実の会社生活からは少しかけ離れてしまっている部分もあったのだが、グループでのこうした実践が新たな扉を開いてくれたことは確かだろう。ただ、講師の提案通りに実践することで、ある程度、「本音ではない、作られたコミュニケーション」が形成されがちであることは否めなかった。講師が示してくれたのは、あくまでコミュニケーションのきっかけでしかなく、コミュニケーションの密度を自分の納得の行くレベルまで引き上げて行くのは自分次第なのだと思った。

 好景気の頃は、企業もこうしたセミナーに社員らを参加させることに積極的だった。そのため、あちらこちらでいろいろなセミナーが開催されてもいた。しかし、ここのところの不況で、企業もセミナー参加に対して自粛する動きが出て来た。それだけに、セミナーの内容が以前よりも濃いものになって来ているのかもしれない。たまにはこういうセミナーに参加して、新しい息吹を感じてみるのもいいかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 最初は、自分のことが褒められると聞いて、何だか怖いような気もしていたのですが、実際にグループの方たちの言葉に耳を傾けてみると、うれしい気持ちもありましたが、少し恥ずかしい気持ちのほうが大きかったように思いました。それでも、私にとっては、なかなか有意義なセミナーでした。講師には人を強く惹き付ける魅力がありましたので、自分自身が人前で話をするときの参考にもなりました。

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2012.01.24

映画『ヒミズ』

私は何故、今の職業を選んだか?の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 更新が遅くなり、申し訳ありません。東京では雪が降ったそうですね。雪国でない地域で雪が降ると、普段から雪に慣れていないためにいろいろな事故が起こるようです。私も、関西地方で雪が降るのならば、ムートンブーツで歩くのは危険だろうと思っています。以前、冬の北海道に行く前に購入した、手持ちの靴にはめるだけの滑り止めのゴムがどこかにあったはずなのですが、どこに行ってしまったのか、見当たりません。(苦笑)地元の方に聞いたのですが、北海道で売られている靴は雪道に強い靴のようですので、雪の日でも通常の靴を履かれている方は、十分ご注意くださいね。

 今回は、一月二十日に鑑賞したばかりの本作のレビューを書かせていただくことにする。映画『冷たい熱帯魚』映画『恋の罪』の園子温監督がまたまた新作を発表した。劇場で本作の予告編が流れたとき、正直言って、「えっ? ついこの間、映画『恋の罪』を鑑賞したばかりなのに」と、心の中でうれしい悲鳴をあげた園子温監督ファンは、私だけではなかったはずだ。

 本作のキャストは、映画『冷たい熱帯魚』の俳優陣に、光石研さんと染谷将太くん、二階堂ふみちゃんが加わったような感じだ。そして今回も園子温監督は、人間の持つ深い深い闇を見せ付けてくれた。それも、単なる闇ではない。実の親からも愛されず、むしろ憎まれながら生きて来た十五歳の少年少女の話なのだ。

 冒頭で、壊れた家屋などが写し出されたとき、「えっ? これ、セットじゃないよね? まさか、東日本大震災のリアル映像?」と思い、少し引いてしまった。実際に、東日本大震災のリアルな映像が映画に使われるとは思ってもいなかったからだ。というよりも、仮にそうした映像を受け入れられる時期が来るとしても、もっと先のことではないかと思っていた。私たちが東日本大震災のリアルな映像を映画の中の一こまとして受け入れるには、まだまだ早いような気がしていたのだ。ちなみに、舞台となっているのは東北地方ではなさそうだが、染谷将太くん演じる主人公の住田の住む貸ボート屋の近くには、東日本大震災で家をなくした人たちがテントを張って暮らしている。

 両親に愛されることなく育って来た住田の心は頑(かたく)なだった。母親は住田に興味がなく、質素な生活を送りながらも、しばしば恋人との逢瀬を重ねている。父親は、ときどき貸ボート屋にやって来ては金をせびり、住田に対して、「お前なんて生まれて来なけりゃ良かったんだ。あのとき死んでいれば保険金が入ったのに」などという暴言を住田に向かって繰り返し吐く。信じられないことだが、そこには正真正銘の憎しみが込められているようにも思えた。

 父親も母親も、自分自身が幸せになろうとすることに精一杯で、子供である住田の幸せを考える余裕などなさそうに見えた。育ち盛りの住田の顔に笑いがないのは、彼が親から愛されずに育ってしまったからだろう。愛されないどころか、むしろ憎まれながら生きて来たのだから、それでも彼が笑っていられるとしたら、よほど能天気な青年と言える。

 しかし、そんな住田に注目している少女がいる。二階堂ふみちゃん演じる住田のクラスメイトの茶沢である。茶沢もまた、親に愛されずに育ったことは、彼女の自宅での描写から想像できる。茶沢の母は首吊り台を作り、我が子である茶沢を自殺させようとしているのだ。

 それでも私は、茶沢の中から溢れ出る住田への確かな好意に注目した。茶沢にとって、最初はアイドル並みの存在だったはずの住田が、いろいろな出来事を経て、ただの憧れ的な存在から本当の愛を注ぐべき存在へと変化している。いろいろなテーマが詰まった作品だとは思うのだが、私は本作を純愛映画ととらえた。

 私がどうしても涙をこらえ切れなかったシーンがある。それは、住田と茶沢が横になって寝ているときのシーンだ。二人は互いに顔を合わさないまま、とても大切なことを語り合っている。それは、住田に関わるある重大な事実を知ったあとのシーンなのだが、永遠の愛を誓おうとする茶沢に対し、住田は、茶沢が大学生になれば、アルバイト先で知り合った男と恋に落ちるだろうと予言しながら涙するのだ。このシーンは、これまでずっと頑なだった住田を見守って来た人たちにとってはたまらないシーンだ。何故なら、親に愛されなかった住田が、本当は愛を受け取るのが怖くて(受け取った愛を失ってしまうのが怖かったのかもしれない)、必死で突っ張り続けていたのに、ようやく茶沢の愛を受け入れ、未来のことを語り合うシーンだからだ。

 これまで、愛というものを肌で感じ取って来なかっただけに、やや自己愛寄りの愛情表現になってしまっているのだが、おそらくこれが住田にとっての精一杯の愛情表現だったのだろう。しかも、そこで語られていることは、大人になったら結婚して子供を生んで、というごくごく当たり前の平凡な男女の未来だ。それなのに、住田や茶沢には、みんなが当たり前のように目指せるはずの平凡な未来が約束されていなかったのだ。本作のすべてはこのシーンに集約されていると思う。またしても、園子温監督、やってくれたなあという印象だった。

 茶沢にとって、最初はアイドル的な存在だったはずの住田が、だんだん身近な存在になり、互いに感情を交わし合う関係になる。アイドルとは、確実に、相手の生き方に影響を与えない一方的に参照するだけの存在であり、本当の愛とは、確実に、相手の生き方に影響を与える関係なのだと実感した。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m またしても衝撃的な園子温監督の作品でありました。今回の作品は、じわじわと責めて来ます。(苦笑)若いのに、茶沢はしっかりした愛を持っていると感動しました。彼女自身も親に憎まれて育って来たと思うのですが、彼女の魂の奥底からの愛は、どこから生まれて来たのでしょう。う。これほどの深い愛情を持って生きて行けたらいいですね。

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2012.01.23

私は何故、今の職業を選んだか?

ホットヨガ(二七七回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。久し振りに「地震が発生しました」というタイトルのメールが届き、驚きました。びくびくしながら開封してみると、福島県で震度五弱の地震が発生したと書かれていました。該当地域にお住まいの皆さん、お怪我はありませんでしたでしょうか。余震が続いていた頃は、まだまだ地震に対する心構えもあったかと思うのですが、ここのところ、比較的大きな地震は発生していなかったかと思いますので、驚きや不安、そして恐怖心も大きかったことと思います。今や日本全国の人たちが地震に備えるべき時代がやって来ました。もしものときに冷静に行動できるように、普段から準備しておきたいものですね。

 職場では、私と同業者であるソフトウェアエンジニアの皆さんが書かれているブログをiGoogleに登録して仕事の合間に読んでいる。その中の一つに、ひでみさんの書かれているプログラマで、生きているというブログがある。ひでみさんのブログは、以前からずっと拝読しているのだが、はっきり言って骨のあるブログだ。私がひでみさんのブログを特に気に入っているのは、毎回、良く練られた文章を書かれているからである。ひでみさんの書かれる文章は比較的長いのだが、誤字や脱字がない。おそらく、一度記事を書き上げてから何度も何度も推敲を重ねられているのだろう。また、私の苦手な顔文字や絵文字もない。だからだろうか。私の中には、ひでみさんの書かれる文章が頭の中にすっと入って来るのだ。

 そんなひでみさんが、先日、自分の稼ぎで食っているという記事を書かれた。この記事の中には、私と同い年のひでみさんが、何故、現在の職業を選択したかということについて、ご自身の健康状態を背景に赤裸々に綴られている。私はこの記事を拝読して、強く心を打たれた。そして、思ったのだ。では、私自身は何故、現在の仕事を選択したのだろうと・・・・・・。

 小学校の教科書に載っている脚本をみんなの前で読んだときに、先生が誉めてくださったのをいいことに、私は大人になったら女優さんになりたいと思っていた。しかし、自分で脚本を書いたり、高校時代に演劇部に所属したりはしたものの、結局、本格的に女優を目指すことはなかった。

 その一方で、子供の頃は刑事ドラマにも憧れ、自分で警察手帳を作り、大人になったら女刑事になろうとも思っていた。子供向けの推理小説も読みあさっていたので、女刑事になるよりは女探偵のほうがいいかもしれないなどとも思っていた。探偵になって、警察も解決できないような難事件を解決したいと思ったのだ。しかし、実際の探偵の仕事は、浮気調査などが主であるということを知り、夢破れてしまった。

 そんな私がソフトウェア業界を目指したのは、ひとえにテレビゲームが好きだったことに起因する。しかし、私が就職活動をしていた頃、ゲーム業界はまだ週休二日制ではなかったので、もし同じような仕事をするならばと、業務アプリを開発する会社に就職したのだった。

 ひでみさんも書かれているように、コンピュータ業界はまだまだ若い業界だったので、仕事で頭を酷使することからも、当時は「三十五歳定年説」なるものがささやかれていた。すなわち、三十五歳になれば、プログラムを作成する能力が衰えてしまうので、やがて退職することになるだろうということだ。

 しかし、いつの間にか、予想された定年を十年以上も上回ってしまった。そんな今でも、私自身、やりたいことが他にないと言えば嘘になる。それでも私がこの業界で働き続けているのは、やはりひでみさんが書かれているように、手に職を付けたからなのかもしれない。あまりもの忙しさに辞めようと何度も思い、結婚してしばらくしてからは、実際に仕事を辞めて一年ほど自宅で過ごしていたりもしたのだが、派遣会社の営業担当からの熱心なアプローチを受けて仕事に復帰し、現在に至る。

 仕事に関しては、いろいろ書きたいことがもやもやと渦巻いているので、この続きはまた別の機会に書かせていただくことにしよう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 時々、今とはまったく違う職業に就いていたら、果たしてどんな人生になっていたのだろうと考えることはありますね。でも、仕事に関しては、どこか割り切りがあるように思えます。スピリチュアルな世界においては、自分の好きなことを仕事にしなさいと言われていますが、仕事でお金を受けとるのだとしたら、そこに必ず誰かの利益を追求するための、本来、自分のやりたいことを実現するという純粋な意志とは違うものが働いてしまうように思えるのです。それならば、どんな仕事をしても同じではないかと、思ってしまうのですね。

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2012.01.22

ホットヨガ(二七七回目)

映画『いのちの子ども』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 映画の記事で、ほとんど毎回、予告編の動画を貼り付けていますが、私が常用しているGoogle ChromeやIEでは、それぞれの記事に貼り付けた予告編の動画が正しく表示されているにもかかわらず、どういうわけかFirefoxで見ると、過去の記事に貼り付けた予告編の動画が新しい記事の中に表示されていたりします。どうしてなんでしょうね。

 一月二十一日土曜日は、梅田店で六十分の骨盤コースのレッスンを受けた。先週に引き続き、これまでよりも一本早い電車に乗ることができたので、レッスン開始の数分前にスタジオに着くことができた。しかし、支度を整えてスタジオに入ってみると、やはりレッスンは始まってしまっていた。おそらく、いつもこのレッスンに参加されている方たちには、「あの人はいつも遅刻して来る。もっと早く家を出ればいいのに」と思われていることだろう。

 レッスンの参加者は二十一名で、うち男性会員は一名だけだった。これまでお目にかかったことのない男性会員だったので、骨盤コースのレッスンには男性会員が極端に少ないということをご存知なかったのかもしれない。ちなみに、レッスンを担当してくださったのは、梅田店でしばしば骨盤コースのレッスンを担当してくださっているインストラクターである。

 今回のレッスンは、比較的深いポーズを取ることができたように思う。どういうわけか、ときどきこんなふうに調子のいいときがある。いつもは固くて動かない身体が柔らかくなっているのだ。そのため、汗もたくさん掻いた。

 いつもよりも深いポーズを取ることができた確かな証として、四つん這いのポーズのあとに行うぺちゃんこ座りの状態のまま身体を仰向けに寝かせるポーズを取ることができたのだ。実はこれまで、骨盤コースのレッスンに何度も参加していながら、ただの一度もこのポーズを実践できた試しがなかった。しかし、今回のレッスンでは、ぺちゃんこ座りをした状態から、徐々に身体を後ろに倒し、ぺちゃんこ座りの姿勢を崩さずに仰向けで寝ることができたのである。私にとって、これは快挙である。とは言え、すぐに苦しくなってしまい、他の方たちよりも早めに足を緩めることになった。ちなみに、このポーズは骨盤を小さくするポーズと言われている。これまでできなかったことができるようになったということは、ようやく私も骨盤を小さくするための準備が整い始めたのかもしれない。

 また、今回は、熱気のこもり易いスタジオの奥のほうでレッスンを受けていたにもかかわらず、レッスン中、一度もスタジオの外に出ることなく、最後までレッスンを受けることができた。ほてりが以前ほど強くなくなって来たために、三十八度に保たれたスタジオでも暑さを感じなくなって来たようだ。そろそろ自律神経が整い始めているのかもしれない。

 レッスンを終えてシャワーを浴びたあと、受付にロッカーの鍵を返しに行った。いつものように、スタッフだけが出入りできる場所に格納されているであろう私のムートンブーツを勝手に探していたのだが、どんなに探しても、私のムートンブーツは見当たらなかった。受付にいたスタッフが出て来てくださり、一緒に探してくださったのだが、やはりなかった。

 しかし、良く見ると、スタジオの入口のところに私のムートンブーツが脱いだままになっていた。他のムートンブーツは、このように待避されていたというのに、私のムートンブーツだけがこうして入口に残っていたので、ちょっぴりバツが悪いような、何だか寂しいような気がした。まるで、私のムートンブーツだけが、出来の悪ムートンブーツのように思えてしまったのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m この日は雨が降っていたので、レッスンバッグに忍ばせていた折り畳み傘を使用したのですが、安物の傘なので、いつの間にか骨が折れてしまっていて、けろっこデメタンが持っているような蓮のよれよれの傘をさして歩いているような気持ちになってしまいました。(苦笑)

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